「私はいったい誰を愛したんでしょう…」
「仮に、彼を“X”と呼ぶことにします」
まったくの別人として生き、不慮の事故で命を落とした「ある男」。
残された妻の依頼を受け、弁護士の城戸章良は「ある男=“X”」の人生をたどり始める。
「X」の正体を追うなかで、弁護士の心に別人として生きた男の姿とともに、自分の存在と意義という問いが芽生える。
そしてたどり着いた真実とは──
人間の存在の根源と、この世界の真実を描いた平野啓一郎さんの著作「ある男」(2018年9月、文藝春秋刊/英訳版“A MAN”も、2020年6月に世界に向けて発売)を原作にした、新作ミュージカル『ある男』の製作発表が行われました。歌唱披露、会見の模様をレポートいたします。
【歌唱披露】
「ある男」の正体を調べる弁護士、城戸章良役の浦井健治さん、「ある男・X役」役の小池徹平さんによる<暗闇の中へ>が披露されました。
城戸が「X」の人生をたどるなかで交錯する二人の思いを歌い上げるビッグナンバーです。浦井さんと小池さん、お二人の声の重なりが、ハーモニーからユニゾンに変わった瞬間の力強さが印象的でした。城戸と「X」、実際に対面することはない二人のデュエット。このような形で作品世界、登場人物の心理を音楽でも表現できる、ミュージカルの可能性を感じさせる楽曲です。本番では、舞台上で心理的、物理的にどのような立ち位置で歌うのか、二人の視線は交じり合うのか……いろんな想像も膨らみます。すべてが明らかになるのは初日!!
不慮の事故で死んだ男、谷口大祐が全くの別人だった。そんな奇妙な事件を調査することになった弁護士の城戸章良が出会う男“X”。Xがなぜ別人になる選択をしたのか、なぜ、過去を捨てたのか。
章良が真実を追い求める中で出会うXの人生は暴かれるべきなのか。
これ以上の踏み込みが果たして正しいのか。進む先にあるものは暗闇か。
章良とXが互い心理を投げかける一幕ラストのデュエットナンバー。
平野啓一郎さん(原作者)ご挨拶
「ミュージカル化というのはまったく想像しておりませんでした」
『ある男』は僕の作品の中でも、自分の思想、ものの考え方が凝縮されているもののひとつ。自身の思い入れも強く、国内外で多くの読者のみなさんにも愛していただいた作品が、このような形で新たな命を吹き込まれることに興奮しております。正直、映画化ぐらいまでは予想できましたが、ミュージカル化というのはまったく想像しておりませんでした。
ミュージカル化に向けた作業にも関わっておりますが、かなり込み入った原作のコアにある価値観をミュージカルでなんとか表現したいという制作陣の真摯な思いに触れ、心打たれました。
今日、お越しくださったオーディエンスの方々は大変熱心なミュージカルファンの方だと思いますが、きっと、みなさんのご期待にそうような、あるいはそれ以上の作品になるでしょう。一緒に期待を膨らませて初日を待ちましょう。
脚本・演出:瀬戸山美咲さん
「体感、呼吸を大事にしたい」
──原作の印象、ミュージカル化への思いは。
原作を読んだとき、たくさんの人たちと出会うなかで自分自身もすごく長い旅をしたような感覚になりました。そして、読み終えたとき、いろんな人の人生を通して自分の人生も肯定されたような、穏やかで静かな気持ちになりました。一方、そこで描かれている現実はシビアなものもあり、心に迫る作品でもあります。この繊細な作品を、ある意味大胆な手法を用いることのできるミュージカルでお届けできることが大変楽しみです。
──ミュージカルだからこそできる表現についてどのようにお考えですか。
本作を体感として伝えたいと思っています。
原作の印象的な言葉を出発点に、音楽の力、人間の声・歌声の力によって感情の機微を、お客様によりクリアに伝える。加えて身体表現にも重きをおき、アンサンブルキャストにはダンスに長けた方を集めました。それによって主人公たちの過去、生まれ育った環境、そこから逃れられない息苦しさを振動として届けたい。そして観ている方が登場人物たちと一緒に呼吸をして、息苦しくなったり、ほっとしたり、すっきりしたりという“呼吸”を大事にしています。また、時空を超えて人と人とが共存できるのが舞台の魅力、空間の使い方でもなにかを感じていただける作品を目指します。すでにワークショップで歌についての検討、検証を進めていますが、みなさんの予想を裏切るような大胆なジャンプをしていると思います。
<続いてはキャストコメントをご紹介します>
弁護士・城戸章良役:浦井健治さん
「創作の豊かさを感じています」
──原作の印象、本作への意気込み。
家族とは、ということを考えさせられました。そして“一緒に過ごした、その時間こそが家族を家族にする”、原作から僕はそんなメッセージを受け取りました。演劇をともに創作する“カンパニー”も家族。今回も家族のようなみなさんとご一緒できることを幸せに思います。ミュージカル化については、歌唱披露でお聞きいただいたように「X」と城戸が同時に舞台上に存在しデュエットする。時空を超えた形の表現ができるところが醍醐味になると思います。
──ワークショップなどを通して感じる本作楽曲の印象は。
作曲されたジェイソン・ハウランドさんとは『デスノートTHE MUSICAL』でもご一緒しましたが、ジェイソンさんは本当に役を愛し、その瞬間の役の心情はもちろん、その後でその人物がどう変化していくか、未来への繋がりも音の中で表現するような力のある楽曲を生み出す方です。ただオリジナルで楽曲や作品を紡いでいくというのは本当に大変な労力、時間を要するもの。そこにワークショップという形で地道に取り組むところにホリプロさんの「お客様に作品を楽しんでいただく」という信念の強さ、熱意が表れています。その情熱に突き動かされ、また、我々もそれに応えたいという思いで取り組んでいます。この創作の時間こそが作品の熱量となる。ワークショップやその成果としての楽曲から、そんな創作の豊かさを感じています。
もうひとつ、楽曲について、個人的には心が動くときに歌うのはもちろんですが、本作に関しては、逆に心が動かない、そういった状況の心情をどのようにして歌ににじませるか。それが原作へのリスペクトに繋がっていくのではないかと感じております。
(“谷口大祐”を名乗っていた)ある男・X役:小池徹平さん
「LからXへ、またアルファベットの役です(笑)」
──『ある男』への思いをお聞かせください。
先ほどの、平野さんの作品への思い、ミュージカル化への期待の高さに、喜びと若干のプレッシャーを感じています(笑)。僕たちも気を引き締めて、0から1に、1から10に膨らませて、ミュージカル『ある男』初演を素敵な作品として届けたいと思います。
──小池さんは『デスノートTHE MUSICAL』以来、8年ぶりの浦井さんとの共演です。印象は変わりましたか。
8年経ちましたが、健ちゃんは見た目は全然変わっていないんですよね。その一方で、取り組みがどんどんチャレンジングになっているなと。役の幅もすごく広いですし、今回の章良役もストーリーテラーとしてお客さんの目線に近いところで物語を旅しながら、彼自身の心情の変化も表現する難役。でも、健ちゃんだったらそれを丁寧にアプローチするんだろうと思います。あと『デスノートTHE MUSICAL』では「L役」で、今回は「X役」、健ちゃんと共演するときはいつもアルファベットの役なんですよね(笑)。これもなにかのご縁ですね。
大祐の元恋人・後藤美涼役:濱田めぐみさん
「オリジナルミュージカルの創作は大変だけど楽しい!」
──原作の印象、またオリジナルミュージカルの創作の魅力をどう感じていますか
原作を読み、自分の人生を今一度、見つめ直す、すごくいいきっかけになりました。ミュージカル化については、はじめは我々キャストにもどういうことになるのかという思いがあったというのが正直な感想ですが、初日には素晴らしい作品をお届けしたいと思っています。
オリジナルミュージカルの創作現場では、最初はそれぞれが異なるイメージをもっています。同じ赤でも紫がかっていたり、オレンジ系だったり。もしくは青のイメージを持ち込む人もいる。その“点”のようなエッセンスがやがて、線となり、面となる。さらに面が立体を作り出す。その頃には色味もだいたい一緒になり、出来上がった立体のなかにはみんなの愛情、情熱、エネルギーがしっかりと注がれている。さらに演出家によって形が整えられたものが舞台に乗る。そして初日、お客様がいらっしゃったときにはじめて完成する。その過程での作業は大変だけどすごく楽しい。幕が開き、皆様にお届けできるその日を楽しみに頑張ります。
「X」の妻・谷口里枝役:ソニンさん
「この作品に携わることで、私になにかが起こるかも」
──原作の印象は。
原作を読んだとき、自分のアイデンティティに悩む主人公と自分自身が重なり、この作品に携わることで、私になにかが起こるかもと直感しました。
──本作ではソニンさんのまた違う一面を見られるのではないかと思っています。谷口里枝を演じる上で、楽しみにしていることは。
まず、今の年齢でこの役を演じられるということが楽しみです。里枝はXと結婚していた女性。小池徹平さんとは、ご縁があって何度も共演し、芝居の話をじっくりとしながら一緒に作品を作り上げた経歴もあるので、小池さんと夫婦役と聞いた瞬間、そこはもうお互いに“居るだけ”で成立すると思いました。それくらい信頼しています。あとは、ミュージカル版の二人の関係、里枝としての役割をしっかりと果たしていきたいと思います。
大祐の兄・谷口恭一役:上原理生さん
「すごくクリエイティブな空間に驚きました」
──原作の印象は。
緻密な人間ドラマを、率直にとても面白いと思いました。そして国籍、名前……なにをもってその人を推し量るのだろうということを突き付けられる作品だということも。みなさんの期待をいい意味で裏切れる作品にできるように頑張りたいと思います。
──ワークショップなどで、ゼロから作品を生み出す過程はいかがですか。
ワークショップでは、作曲家のジェイソンが「今朝できたよ、この曲」といって出来立てほやほやの楽曲を持ってきて、それをその場で音取りして、村井さんのピアノで歌うところから始まりました。それを聴いたジェイソンが「今度は、こんな風に歌ってみてくれるかな」とその場で変えていく。本当に“生まれたての楽曲を歌う”という、すごくクリエイティブな空間には驚きもありました。
(本物の)谷口大祐役:上川一哉さん
「関係性をしっかりと作り、ちゃんと呼吸しながら谷口大祐の人生を体現したい」
──原作の印象は。
今を生きる我々にとって大きな問いかけのある作品だと感じました。その答えを丁寧に見つけていきたいと思います。
──(本物の)谷口大祐を演じる上で大事にしたいことは。
谷口大祐は、名前は出てくるものの人物像はなかなか語られない部分があります。どうして彼が“その道”を選んだのか。大祐の生い立ちや、抱いていた感情、思考を稽古の中でつかみたい。理生くんが演じる兄の恭一やめぐさん演じる美涼との関係性をしっかりと作り、ちゃんと呼吸しながら谷口大祐の人生を体現したいと思っています。めぐさんとは劇団四季を退団してからはじめての共演、ずっと背中を追ってきた大好きな先輩なので、今作でもいろいろと学びたいと思います。
城戸の妻・城戸香織役:知念里奈さん
「はじめてその役に息を吹き込むというのは、いつもチャレンジ」
──本作に臨む意気込みは。
浦井健治くん演じる城戸の妻を演じます。実生活の夫(井上芳雄さん)が浦井くんととても仲良くさせてもらっており、本作出演のことを伝えた際にはちょっと複雑そうな顔をしていました(笑)。私もなんだかちょっと気まずいかなと思いましたが、今日こうして素敵なみなさんとお会いして、そんなことは気にせずにしっかりと役割を果たそうと思いました(笑)。
──初演に携わること、オリジナルキャストとして作品に参加する際に感じることは。
自分がはじめてその役に息を吹き込むというのは、いつもチャレンジです。また、海外のライセンス作品では難しいこともありますが、創作ミュージカルではお芝居により自分の意見を反映させることができます。共演者のみなさん、クリエイターのみなさんを信じて、お互いの意見を交換しながら作っていけることが今から楽しみです。
小見浦憲男/小菅役:鹿賀丈史さん
「Xの正体を追う過程でカギを握る人物2役を演じます」
今回、2つの役を演じます。ひとつは小見浦憲男という、なんとも得体のしれない男。まるで彼のなかに虚と実が同時に存在しているような小見浦のナンバーはなかなか手強いのですが、そこも含め不気味に演じられればと思っています。もうひとつは小菅という非常に男気のある人物。両者に接点はありませんが、ともにXの正体を追う過程でカギを握る人物です。
──鹿賀さんが本作出演を決めたのは。
お話をいただき、直感的に「これは面白いな」と思いました。ホリプロでのオリジナルミュージカルの経験は『シラノ』『デスノート』『生きる』に続いて4本目となります。1から創り上げるというのは格別な喜びがあります。この創作の過程も含め『ある男』という作品を私自身も楽しみにしています。
<最後に、瀬戸山さん、小池さん、浦井さんからのメッセージを頂戴します>
【メッセージ】
瀬戸山さん)
この複雑な社会のなかでどうやって生きていくのか──そのヒントとなる、観た方にとって救いになるような作品を目指します。劇場でお待ちしております。
小池さん)
自分の本当の幸せとはなんなのか。自分という人間は何者なのか。みなさんの心になにか一つ突き刺さるようなテーマがある作品です。劇場に体感しにお越しいただけたら嬉しいです。
浦井さん)
平野さんが筆をとり、ご自身の思考をさらけ出しながら描いた原作に忠実に、敬意をもって、この座組だからこそできる表現を目指します。同時に、演劇は、その時代に必要なものを映し出し、さらに未来に繋がっていくもの。この作品に描かれている、環境、境遇を生き抜いた、もしくは生きようとした人物たちをしっかりと体現できるように精進して参ります。
【あらすじ】
「私はいったい誰を愛したんでしょう…」
「仮に、彼を“X”と呼ぶことにします」
弁護士の城戸章良は、かつての依頼者である谷口里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。
宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失い、夫と別れた過去があった。長男を引き取り14年ぶりに故郷に戻ったあと、故郷で出会った谷口大祐と再婚し、二人の間に新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。そんな幸せな日々が続いていたある日、大祐は不慮の事故で命を落とす。
愛した夫を亡くし悲しみに打ちひしがれていた里枝だったが、夫の死後、長年疎遠だった大祐の兄から衝撃の事実を突き付けられる。
それは、愛していた夫「大祐」が全くの別人だということ。
名前も戸籍も全てが偽りだった。
なぜそんな噓をついたのか。共に過ごした時間、過去、全てが嘘だったのか。
人はなぜ人を愛するのか。愛にとって過去とは何なのか。
「X」の人生を辿るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿、その姿と共に、自分の存在と意義を問い、この世界の真実に触れることになる。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人