18世紀のイギリスとフランスの二国間で起こる美しく壮大なロマンスを描いたチャールズ・ディケンズの不朽の名作を原作にしたミュージカル『二都物語』。初演に続き鵜山仁さんの演出で12年ぶりの再演の幕が上がりました。
酒浸りの弁護士シドニー・カートンに井上芳雄さん、フランスの亡命貴族チャールズ・ダーニーに浦井健治さん、ルーシー・マネットに潤花さんほかー、続投キャストと新キャストの融合で届けられる再演の公開ゲネプロレポートをお届けします。(囲み取材レポートは
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物語の舞台は18世紀後半のイギリスとフランス。
17年間バスティーユに投獄されていたドクター・マネットが元使用人のドファルジュ夫妻のパリの酒場で保護されているとの知らせを受けてパリへやってきたのは、娘のルーシー・マネット、父娘はついに再会を果たす。そんなマネット父娘はロンドンへの帰路で出会ったフランスの亡命貴族チャールズ・ダーニーという親切な青年。しかし彼はスパイ容疑で裁判に掛けられてしまう。そしてその窮地を救ったのはダーニーと瓜二つ、酒浸りの弁護士シドニー・カートンだった。
こうしてルーシー一家とダーニー、カートンは知己となる。

カートンはダーニーを酒場に連れ出す
二人とルーシーの関係は次第に変化していく……

ドクター・マネットに、ルーシーに結婚を申し込むことを伝えるダーニー<約束>
父としての深い愛、長い投獄中に傷ついた心をもつドクター・マネットを福井晶一さんが豊かな声で表現。

暗やみを照らす星、ルーシーに自らを肯定されたカートン
これまで気づかなかった美しい星空に気づく瞬間が訪れる
<この星空>のイントロが聞こえると、「ああ、『二都物語』だ」という思いが改めて湧きあがります。自堕落な生活を送っていたカートンが自らの人生の価値を探し、生き直す決意をする作品を象徴するシーン、楽曲のひとつです。カートンの中に芽生えた新しい感情の発露としての言葉、メロディを大切に紡いでいく井上さんの歌唱が胸を打ちます。

ルーシーのダーニーへの思いを知ったカートンは身を引く
浦井さん演じるダーニーは残忍な叔父エヴレモンド侯爵に反発し、すべてを放棄してイギリスへ亡命したフランス貴族。佇まい、歌声、所作のすべてからただよう貴族のオーラと傲慢さで“悪”を体現するのは、エヴレモンド侯爵役の岡幸二郎さん。。

一度は捨てた家ながら、かつての使用人ガベルからの手紙を受け取り……

祖国フランスへ戻ったダーニーを待ち受けていたのは、
フランス革命により蜂起し怒りに満ちた民衆たち
ルーシーへの純粋な愛とともに、貴族としての気高さやかつての使用人への情も忘れないダーニー。ルーシーの愛を得て光に包まれるようなダーニーの心の奥底にある影、正統派を真っ直ぐに演じるだけの確かな力ときらめきの浦井さん。アウトローなカートンと穏やかで堅実なダーニーの対比も鮮やか。

ドクター・マネット不在の間、ルーシーを慈しみ育てたミス・プロスとテンプル銀行のジャービス・ロリー

心優しい女性に成長したルーシーとダーニーは自然に惹かれ合い、結婚、やがて娘ルーシーを授かる
潤花さんが演じるルーシーは愛され、そして愛を与える人。分け隔てなく優しい眼差しと言葉で接する。潤さんのお芝居や歌唱といった表現から作為が感じられないからこそルーシーとしての説得力が生まれるのでしょう。そんなルーシーに幼い頃から寄り添ってきたミス・プロスには塩田朋子さん。ルーシーを身を挺して守ろうとするプロスの深い愛と勇気、人間味あふれる女性として演じます。

ロリーの使用人で墓堀のジェリー・クランチャー

物語の中での出来事の陰にこの男ありの存在感を示すバーサッド
キーパーソンとも言えるバーサッドに福井貴一さん、社会の裏も表も知るクランチャーに宮川浩さん、生き抜くしたたかさを持った男たちを愛嬌たっぷりに演じます。

カートンとロリーの交流も作品を豊かにします
とても印象的なのは、カートンとジャービス・ロリーのシーン。ともに家庭には縁がなかった、でも誰かのために生きる二人の会話ににじむ温もりは、どこか親子の情のようにも感じられます。また原 慎一郎さん演じるカートンの弁護士仲間のストライバーのルーシーへの恋心も微笑ましい。
一方フランスでは──

フランス革命を率いるドファルジュ夫妻

マダム・ドファルジュの貴族へ向ける憎しみの理由とは

大道芸人たちの風刺のきいた劇
酒場を営むドファルジュ夫妻も物語を大きく動かす存在。はじめは酒場の片隅で黙々と編み物をしていたマダムの恨みが爆発するとき──未来優希さんのパワフルな歌声が劇場に響き渡ります。激しさを増すマダムと対照的に、冷静さを取り戻すドファルジュ。橋本さとしさんの包み込むような歌声が、地獄のような世の中を変えたいという思いのその先にある、妻を憎しみから解放してあげたいという深い愛情を感じさせます。

誰かのために
フランスへ戻り囚われの身となったダーニーを救うために、カートンは、最後にある決断を下すのですが、不思議なほど自然に受け入れていました。そこまでの道程がしっかりと描かれ、瞬間瞬間の心情、その変化が積みあがった結果、自然と「彼ならそうするだろう」と思えるのです。
それぞれの道を選択し歩んできたカートンとダーニー、それがこの楽曲で一つになる。
井上さんと浦井さんが、ときに互いに見つめ合い、そして真っ直ぐ前を見つめて歌う<いまは子どものままで>。ここで瓜二つの言葉が体現されます。それを見つめる小さなルーシーという、ある種 “ド直球”な鵜山さんの演出が見事にはまります。これも俳優への信頼の表れ、それにしっかりと応えるお二人も素晴らしい。まさに作品の“主題歌”シーンです。
歌唱技術の高さはもちろん、芝居巧者が集まった本作。カートン、ダーニー、ルーシーだけでなく彼らに関わるたくさんのキャラクターが登場しますが、たとえ短いシーンでも、そこにいる俳優の中にキャラクターの生き様や立場がしっかりと息づいているので非常に印象的に。また歌唱シーンだけでなく芝居の背景音楽(アンダースコア)が非常に効果的で心情を増幅させ物語をよりドラマティックにする豊かな音楽性の作品。そこに鵜山さんの俳優の個性を活かし、信じる演出で、ほどよく力は抜けながらも不朽の文学作品としての重厚感のある仕上がりに。
さらに舞台空間をダイナミックに使う美術や照明効果など、総合芸術としてのミュージカルの魅力がギュギュっと詰まっています。そしてやっぱり、信頼する共演者と紡ぐ壮大な物語、その真ん中で“井上芳雄ここにあり”と言わんばかりの確かな存在感と表現力でシドニー・カートンを生きる井上さんがスゴイ!
12年のときを経たミュージカル『二都物語』再演が、観客としてもとても嬉しくなりました。
STORY
18世紀後半、イギリスに住むルーシー・マネットは、17年間バスティーユに投獄されていた父ドクター・マネットが酒屋の経営者ドファルジュ夫妻に保護されていると知り、パリへ向かう。無事に再会し父娘でロンドンへの帰途の最中、フランスの亡命貴族チャールズ・ダーニーと出会うが彼はスパイ容疑で裁判に掛けられてしまう。そのピンチを救ったのはダーニーと瓜二つの酒浸りの弁護士シドニー・カートン。3人は親交を深め、ダーニーとルーシーは結婚を誓い合う仲になる。カートンも密かにルーシーを愛していたが、2人を想い身を引く。穏やかな暮らしが続くかに見えたが、ダーニーは昔の使用人の危機を救おうと祖国フランスに戻り、フランス革命により蜂起した民衆たちに捕えられてしまう。再び裁判に掛けられたダーニーだったが、そこで驚くべき罪が判明し、下された判決は死刑。ダーニーとルーシーの幸せを願うカートンはある決心をし、ダーニーが捕えられている牢獄へと向かう──。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人