2025年7月に開催されるコンサート『Life's A Joy! Life Goes On!!』~with 20 years of Gratitude from Umeda Arts Theater~。 このコンサートは『グランドホテル』『ファントム』『TITANIC』『NINE』『DEATH TAKES A HOLIDAY』など、美しく抒情的な作品を生み出してきた音楽家モーリー・イェストンの生誕80周年を記念し、モーリーの作品と共に歩みを重ねてきたとも言える梅田芸術劇場が、梅田芸術劇場創立20周年の感謝と共に“最高のひととき”を届けるというスペシャルな企画。モーリーが手掛けた各作品の歴代キャストが夢の共演を果たすこのコンサートにご出演される伊礼彼方さんにお話を伺いました。
伊礼さんは、1920年代ベルリンを舞台に、様々な人間のドラマが交差する豪華ホテルの一夜を描いたミュージカル『グランドホテル』で、ギャングによる借金の取り立てから逃げている美しき貴族、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵を演じました。
モーリー・イェストン
作曲家・作詞家・作家として演劇、映画、学術、コンサート音楽制作、そして高名な音楽学者として教職につくなど、業界の垣根を超えて幅広く活躍しています。『NINE』『TITANIC』でトニー賞の最優秀作詞作曲賞を2度も受賞し、『NINE』ではドラマディスクアワードの作曲賞・作詞賞を、『グランドホテル』ではローレンス・オリヴィエ賞を受賞するなど、登場人物たちの感情を美しく、ドラマティックに描く楽曲の数々は高く評価されてきました。
【芝居と親和性の高い音楽】
──本コンサートご出演への思いからお聞かせください。伊礼さん)モーリー・イェストンさんの生誕80年を記念したコンサートに出演できることを嬉しく思います。梅田芸術劇場(以下、梅芸)さんで上演した作品では、『グランドホテル』に出演し、『ファントム』『TITANIC』『NINE』も拝見していますが、こうして改めて手掛けられた作品のリストを見ると、本当に素晴らしい作品、楽曲揃いだと感じます。『グランドホテル』は、僕自身も再演をしたいとずっと思っている作品、コンサートという形ですが、僕の中では再演のような気持ちで臨みます。
──モーリー・イェストンの楽曲の印象は。伊礼さん)音の高低差や転調、テンポの変化が生み出す緩急によって感情を豊かに表現する、芝居寄りの楽曲。シングルカットできるようなキャッチーな楽曲ももちろんありますが、オープニングからラストまで、すべての楽曲でひとつの交響曲のような印象です。それもあって個人的には、モーリーさんの作品をボーカルのないインストゥルメンタルで聴くのも好きです。イントロからメインのメロディに滑らかに移行していくのもとても心地がいいんです。僕の場合、メロディに言葉を乗せようとすると、最初はノッキングを起こしてしまうのですが、モーリーさんの楽曲は不思議なくらいに芝居の中で歌うとしっくりくる。実際に演じた経験からも、“芝居と親和性の高い音楽”を作られる方だと思います。
『グランドホテル』で演じた男爵が歌った<Love Can't Happen>は低音から始まって、途中で台詞も入り、後半の歌い上げはかなりの高音になります。「そこまで上げますか、もう半音下げても……」と思うくらい(笑)。でも芝居で歌うと、そこに気持ちがたどり着く。「やっぱりこの音だ」とわかるんです。これは僕の勝手な分析ですが、モーリーさんの楽曲は感情とともに作られているのではないかと思います。もしお目にかかる機会があったら伺ってみたいですね。
もうひとつ、『グランドホテル』の幕開き<The Grand Parade>に象徴されるように、群像劇として物語が始まるところも好きです。そしてそれを音楽でも巧みに表現する。作品の構造、ストーリーにもよると思いますが、『TITANIC』や『NINE』でもそう感じたので、それも特徴なのではないかと思います。
【歌唱表現について】
──いつもはミュージカルの中で歌われますが、コンサートで歌うときに心掛けているのは。伊礼さん)ピッチ(音の正確性)です。ミュージカルで歌うときも必要なことですが、ピッチは歌稽古などで身体にしみ込ませた上で、本番では目の前で起きたこと、その瞬間の感情の流れに意識を向けることが第一。一方で、コンサートでも作品世界は大事にしますが、マイクを持って一人で歌うときは、自分の身体を楽器として歌を届けるという音楽的要素への意識を高めるように心掛けています。ただし、デュエットなどで、相手が目の前にいるとなるともう少し演出的なアプローチになるかもしれない。今回、どのような演出になるのかはまだわかりませんが、演出に合わせた最善の表現方法で楽曲をお届けしようと思います。
また、今回、自分が出演したことのない作品の楽曲も歌う予定です。ミュージカルコンサートは、俳優にとっても新たな作品や楽曲との出会いの場でもあります。それも大いに楽しみたいと思います。
──ここからはミュージカル楽曲ができるまでについてお聞かせください。俳優さんそれぞれの方法があると思いますが、伊礼さんは、どのようにアプローチしますか。伊礼さん)僕は、まず音です。耳で聴いて、感じた音を自分の中に入れます。その後で、歌詞を台詞として落とし込みます。そして台詞としてしゃべれるようになったら、音楽と融合させる。翻訳作品の場合、その段階で、原語に合わせた高低差、音階になっているところで日本語と音楽が乖離する部分が見えてくることがあります。それを日本語で伝わるように、音楽的な歪みが生じない程度に無声音にしてみたり、少し台詞的にしたり自分なりに考え、その表現を音楽監督や演出家にプレゼンしてジャッジしてもらう。そこからは1人での作業ではなく、稽古で相手役と芝居をしながら作っていくことになります。
──オリジナルのクリエイターが生み出したものを日本のカンパニーで試行錯誤し、それが俳優によって届けられるのですね。その強度があるからこそ、きっとコンサート版でも情景が蘇るような珠玉のミュージカルソングを楽しめるのでしょう。【梅田芸術劇場の20周年】
伊礼さん)このコンサートではモーリーさんの生誕80周年とともに、梅芸さんの20周年もお祝いしたいと思っています。僕は、梅芸さんの冒険心をもって挑戦し続けるところをとてもカッコイイと思います。
──後に『グランドホテル』も手掛けることになる、ウエストエンドの気鋭の演出家トム・サザーランドさんを2015年に『TITANIC』で日本デビューに導いたのも梅芸さんです。伊礼さん)歌舞伎や宝塚などの流れから、伝統的に日本の商業演劇、ミュージカルは様式美に寄るところがありますが、トムは大劇場であってもリアルな会話を積み上げていく芝居が大事だと説きました。目の前の相手とちゃんと向き合って、互いに心を動かせば、それは客席の最後列まで届くと信じる演出家の考え方に、僕は強く共感しました。また『グランドホテル』はREDとGREEN、プリンシパルキャストはチーム制でした。僕はRED、オットー役の成河くん、グルシンスカヤ役の草刈民代さんをはじめ、言葉、翻訳にも高い意識を持った仲間と熱量の高い稽古を重ねた思い出があります。楽しかったな。
──様式美とリアリズムの双方に魅力があり、それで言うと宝塚版と梅芸版、両方の『グランドホテル』が上演されていることも興味深いです。こうして多様な表現を楽しめるのは観客としても大きな喜びです。さて、ここで少し話題を変えて本コンサートのタイトル「Life's A Joy! Life Goes On!!」にちなんで、伊礼さんの“Joy”を教えてください。伊礼さん)まず、とても素敵なタイトルですよね。僕のキャッチコピーにしたいくらい! そして僕の最近のJoyは腸活! 人生を楽しむためになくてはならない“健康”に、日々、喜びを感じています。というのも、健康って、普段はあまり意識しないけれど、体調を崩すとそのありがたさが身に沁みる。そんな年頃になりました(笑)。その流れで、最近は“腸活”を楽しんでいます。
毎日乳酸菌を1兆個摂取! 始めて2か月ほど経ちますが、とても調子がいい! 食生活も見直し、買い物するときも、まず成分ラベルをチェックし、なるべく添加物の少ないものを選んでいます。保存管理やコスト面など添加物が必要なこともわかるんですけどね、“なるべく”です。トレーニングも役に応じて、多少、身体を絞ったり大きくしたりということもありますが、普段のフラットな状態の自分に一番合うのはどんなトレーニングなのかということも考えています。食事と運動って、なんだか健康セミナーみたいですね。以前は自分が健康についてこんなに熱く語るなんて考えられなかったですが(笑)、ここから先、俳優を長く続けるための新しいステージに差し掛かったということです。
──健康についてお話されている伊礼さん、とても楽しそうです。伊礼さん)新しいステージで新しいチャレンジをすることがすごく楽しい。自分の会社を作ったときの、「本当にやっていけるのか」という不安と戦いながら前に進んでいたときの高揚感に似ています。こうしてみなさんのおかげで10年以上続いていますが、だからこそその先を考えて挑戦を続けていかなくてはならないと思うんです。立ち止まることが、僕には一番の恐怖。腸活のように人生も常に活性化させないと! これからの伊礼彼方にも期待していただけるように挑戦を続けていきたいと思います。
──では最後に、コンサートを楽しみにしているみなさんへメッセージを。伊礼さん)『グランドホテル』を観てくださった方には、一緒に共有したあの時間を思い出していただけるような、観たことがない方にはこの素晴らしい作品との新たな出会いになるようなパフォーマンスをしたいと思います。そしてモーリー・イェストンさんの生み出したたくさんの素晴らしい楽曲の世界を共に楽しみ、共にお祝いしましょう。
【おまけ】ちなみに僕、梅芸さんの10周年コンサートにも呼んでいただいているんです。今回の20周年に続いて、次、30周年コンサートも今から楽しみにしています(笑)。その時、お声がけいただけるようにこれからも精進していきます。
ヘアメイク:Eita(Iris)
スタイリスト:吉田幸弘
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人