こまつ座『父と暮せば』@紀伊國屋サザンシアター
おけぴ会員限定チケット 申込受付中!
1994年の初演以来、上演が重ねられている劇作家・井上ひさしさん、そしてこまつ座の代名詞のような作品『父と暮せば』。原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の温かく切ない交流を描く本作。戦後80年を迎える今年、新たな父と娘を迎え再び幕を開けます。
父・竹造には、「私はナガサキで生まれ、ヒロシマの隣・山口で育った。祖父祖母は被爆手帳を持っており、私は被爆三世である。そして方言は広島弁と酷似している」とコメントを寄せる松角洋平さん。娘・美津江には「大切な人を失い、“幸せになってはいけない”と葛藤する姿を見て『私も美津江として舞台で生きたい』とずっと思っていました」と語る瀬戸さおりさん。ご出演が決まったときから、いやその前から意気込み十分のお二人が演出の鵜山仁さんとともに新たな『父と暮せば』を立ち上げる稽古場の様子をレポートいたします。
【父と娘の対話】
この日は通し稽古が行われました。
雷鳴のなか、家屋に駆け込んでくる美津江(瀬戸さおりさん)。ドンドロさん(雷)を恐れる彼女が助けを求めるのは“おとったん”、父・竹造(松角洋平さん)です。美津江がなぜこんなにも雷を恐れるようになったのか、父と娘の人となりも伝わってくるような会話から始まる物語。やがて空もパッと晴れ渡り──

ちゃぶ台に湯呑、どこにでもある(あった)光景
市立図書館で働く美津江に芽生えたほのかな恋心。娘の恋の応援団として、懸命に娘を励ます父・竹造。
表情豊かで動きも台詞もエネルギッシュ! にっこり笑顔が印象的な松角さんの竹造。お調子者でコミカルな竹造が、一転、自らの被爆体験を語るかのように原爆瓦を手にお話を創作する場面で見せる怒り、迫力には気圧されました。娘に対する優しい眼差し、起こったことへの憤り、そのどちらも本物です。広島弁の台詞もさすがの馴染みっぷりです!
本来の溌剌とした表情、隠し切れない恋心をのぞかせながら、「恋はようせんのです」と、心に蓋をしてしあわせになることを頑なに拒む美津江の心の傷。心の機微を繊細なお芝居で表現する瀬戸さん。こまつ座作品では『きらめく星座』のオデオン堂、小笠原一家の長女・みさを役の好演も印象的な瀬戸さんのまた新たな当たり役! 誠実で真っ直ぐな声と眼差しで、生きることの尊さと意義を体現します。未来を託される美津江の瞳に、再生の光がしっかりと見てとれます。
娘に、なんとか前向きに生きて欲しいとあの手この手で働きかける父、心を開きかけたかと思うと再び閉ざす娘。やがて娘の心、記憶の奥にある思いが明かされるのです。
父と娘の徹底的な対話で展開する二人芝居、彼らの語るピカ(原子爆弾)の体験、その後に直面している葛藤の凄まじさは並大抵のものではありません。そしてその向こうに見えてくる、聞こえてくるのは、あの日、広島でピカを経験した人々の姿や声。もう二度とこんな思いをする人を出してはいけない──自然とその思いがわき上がります。
【新たな『父と暮せば』】
通し稽古を拝見し感じたのは、松角さんと瀬戸さんが演じる父と娘が本当に愛おしいということ。そしてその分、作品のメッセージが重く響く。長きにわたり上演され続けてきた本作、新キャストを迎えた再演とも言えますが、それ以上に、『父と暮せば』に新しく出会ったような新鮮さを感じました。
続いては、演出の鵜山仁さんとキャストのお二人がじっくりと振り返る時間。そこで、新鮮さの源を知ることができました。

台本にはたくさんの折り目が
「あの台詞を発する動機は?」、竹造のとある台詞から受ける印象や細かなニュアンスについて鵜山さんからの問いが投げかけられます。松角さんが、自らが考える、竹造の思い、さらにそこに込めた井上ひさしさんの思いを語ると、大きく頷きながらも鵜山さんは「でもさぁ、竹造って、そんなことを思ったり、言ったりするかな」と続けます。確かに、それまでの竹造の言動の印象からは少し違う論調。すると松角さんも「(今の言い方だと)急に賢くなった感じですね」と笑います。そして「少し考えて、明日、試してみます」と。
そこに整合性を持たせる道筋、表現方法は一つではなく、またそのなかからなにを選択するかは俳優次第。鵜山さんは芝居の方法を具体的に指示するのではなく、あくまでも問いかけます。それを俳優が考え、芝居として積み上げることよって新しい竹造と美津江が生まれ、新しい『父と暮せば』が生まれるのでしょう。
初演から本作に携わり、深く井上ひさし作品を知る鵜山さんですから、 “すべての答えを持っている存在”に思えるのですが、「ここ、僕もずっと不思議に思っていたんだけど、どう思います?」と、目の前にいる俳優たちの中にあるものを探り、そして自らにも問い続ける。それによって作品は色あせることなく鮮度を保つ。新たな肉体、声、心で伝えられる『父と暮せば』の開幕がますます楽しみになりました。
【演劇の力、演劇の面白さ】
図書館、原爆資料、子どもを集めたおはなし会……劇中で語られる次世代へ、長いスパンで“伝える”ということ。演劇もまた、過去を知る“経験”となります。フィクションではあるもの、あの時代の広島には竹造や美津江をはじめ、物語で語られるような思いで生きていた、死んでいった人々はたくさんいた。簡素な家屋のワンシチュエーション、二人の登場人物の会話、受け取る観客の想像力で戦後の広島を追体験させる、戯曲や演劇の力を改めて感じます。また、本作は、力強いメッセージとともにちょっと粗野な父としっかり者の娘の温かく微笑ましいやり取りなど、お芝居の面白さもふんだんに含んでいます。
被爆体験のない自分が被爆者を書き、作品にすることへ長く思い悩んでいたという井上ひさしさんは、本作執筆にあたり、膨大な数の被爆者の方の日記・手記を、可能な限り手に入るだけ集め、何度も読み込んだそうです。さらに原子爆弾そのものの勉強もし、広島弁の手製の辞書を作り、当時の地図を書き、言葉を選びぬいて描いたという『父と暮せば』。戦後80年、この物語に込められたメッセージの必要性は高まる今、次世代に伝えるべく新しく生まれ変わる本作が一人でも多くの方に届くことを切に願います。

セットの色調もこれまでより明るくなっていますが、サイズはそのまま
背の高い松角さんは、電気の笠や時計の上にも手が届く!
小柄な瀬戸さんとの対比も鮮やかで、そんな見た目の印象もまったく新しい『父と暮せば』なのです(もちろんそれだけにとどまらず!)。
こまつ座『父と暮せば』@紀伊國屋サザンシアター
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<イベント情報>こまつ座「戦後"命"の三部作」──
井上ひさしさんが描きたいとしていた、ヒロシマ、ナガサキ、オキナワ。原爆から3年後のヒロシマの夏が舞台の父と娘の物語『父と暮せば』。その後、書くことが叶わなかったナガサキ(『母と暮せば』)とオキナワ(『木の上の軍隊』)は井上さんの意志を継ぎ、現こまつ座代表の井上麻矢さんの企画、メモや資料をもとに、次世代の劇作家の手で創作されました。
今年は、7月5日に、第一作の『父と暮せば』が開幕、続いて映画『木の上の軍隊』が7月25日(金)より公開(6月13日に沖縄先行上映)されます。
さらに演劇から映像、すべての繋がりを大切に『父と暮せば』『木の上の軍隊』『母と暮せば』のこまつ座「戦後"命"の三部作」に触れていただけるよう、2025年7月23日(水)〜27日(日)にこまつ座のホームともいえる紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAで、「こまつ座 戦後80年イベント 井上ひさしの魂を次世代へ」 舞台映像上映会/トークショーが開催されます。(
イベント情報)
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人