新国立劇場 <海外招聘公演>『鼻血 -The Nosebleed-』アヤ・オガワさん(作・演出・出演)インタビュー



2025年11月、ニューヨークを拠点に活動する劇作家・演出家のアヤ・オガワさんが、長いディベロップ期間を経て生み出した『鼻血 -The Nosebleed-』が、海外招聘作品として新国立劇場で上演されます。本作は2021年の初演以来、アメリカ各地で上演され、2022年にはオフ・ブロードウェイで上演された優れた舞台に贈られるオビー賞を受賞しました。

父との関係、失敗の記憶、アイデンティティの揺らぎ。アヤ・オガワさんが自らの人生を舞台というキャンバスに描き出した『鼻血 -The Nosebleed-』は、ただの自伝的演劇にとどまらず、誰もが心の奥に抱える「語れなかったこと」に、そっと寄り添い、光を当ててくれるような作品です。キャスト、そして観客の失敗談のシェアから始まり、4人の俳優たちが「アヤ」を演じ、本人が父と次男を演じる。その構造自体も非常にユニークな本作。アヤ・オガワさんに、作品誕生の背景や舞台に込めた思い、そして自身の創作活動について伺いました。



アヤ・オガワさん 

撮影:阿部章仁


【『鼻血』誕生の背景】

──まず『鼻血 -The Nosebleed-』というタイトルには、どのような意味が込められているのでしょうか?

劇中で息子が鼻血を出すカオスな場面があり、そこが過去の距離のある話から、より自分に差し迫った話へと転換するポイントになります。そして「親と私と子ども」をつなぐのが血縁——「同じ血が流れている」ということ。鼻血は誰もが経験するありふれた現象、特別なことではないけれど、それによって結ばれている。その象徴として、タイトルを『鼻血』にしました。

──本作を創作するきっかけは。

2015年に上演した作品に対して、「これは失敗だ」という批評がありました。「失敗」という言葉が10回くらい出てきて、かなりショックでした(笑)。そこから「失敗」について考え始めたのですが、自分一人では答えが出せず、スタジオにコラボレーターを呼んで話し合うことにしました。実験的に創作を始めるのは、私のいつものスタイルです。

ちょうどその頃、2016年11月のアメリカ大統領選でトランプが当選。私の周囲のコミュニティでは、多くの人が絶望感を抱いていました。意図せずして、「失敗」というテーマと私たちの生活の距離が近づいていったんです。

「実験」では、週に一度スタジオを開放し、仲間と「失敗談」を共有しました。その話をもとに物語を演じてみると、話した本人とは別の人が演じることで、「失敗」と「当事者」の距離が生まれ、自分の失敗を少し温かい目で振り返ることができると気づきました。さらにそこに観客を招いたところ、「他人の失敗談によって自分の失敗に向き合えた」というフィードバックも得られました。こうして、失敗や後悔を共有し昇華することで、コミュニティに漂う絶望感も癒せるのではないかと思うようになりました。

──実験の過程で新たな課題も生まれたそうですね。

それは、みんなが話す失敗談について「あの人の話はどこまでがフィクションなのか」という観客からの疑問です。そこで観客がその点にとらわれないよう、一人の人物を「過去の自分」「未来の自分」など複数の側面に分解し、アヤ・オガワという私自身の人生をキャンバスに物語を構成するとことにしました。

──「実験」の結果として4人の俳優が「アヤ」を演じ、アヤさんがお父さんと次男を演じるという劇構造ができたのですね。

「アヤ」を演じる4人は、それぞれ異なるアイデンティティを抱えながら、どこか私と重なる部分があります。その「同じところ」と「違うところ」によって多様性が生まれ、結果として多様な観客に響く作品になったと思います。俳優には「私の真似をする必要はない。あなたのままでいい、それが『アヤ』だから」と伝えています。

──この構造の妙はきっと、体験しないとわからないことですね。楽しみです。



"The Nosebleed"ワシントンD.C.公演
©DJ Corey Photography


【父との関係】

──本作では、ご自身の家族、とりわけ父親との関係が主軸となっています。

仲間に向けていた「あなたの失敗は何ですか」という問いを自分に向けたとき、思い浮かんだのが父のこと。決して良い関係とは言えず、亡くなったときもお葬式をあげませんでした。あれはやっぱり「失敗」だったなと。

──作品を創作、上演することでご自身の中でお父様との関係は変わりましたか。



撮影:阿部章仁


2021年のプレミア公演のとき、ジャパン・ソサエティの芸術監督・塩谷陽子さんが「あなたは本当にいい娘ね。お父さんは誇りに思うでしょう」と言ってくれました。それまで父がこの作品を観てどう感じるかなんて考えたこともなかったし、誇りに思ってもらうために創ったわけでもありませんでした。

亡くなって10年以上が経ち、今の距離感で振り返ると「父親もまた、ひとりの人間だった。死が怖かったのだろう」と思います。この作品を通して、「これで許してください」という気持ちです。

──観客との関係性も重要な作品ですね。

創作の初期段階から、観客との関係性は大切にしてきました。最初にキャストが失敗談を披露し、その後、観客にも立候補してもらって失敗談をシェアしてもらい、本編が始まります。これは作品に入る儀式のようなもの。最後の場面でも観客の力が必要となりますし、この作品は観客と出会ってはじめて完成する作品です。だから一度として同じ公演はありません。



"The Nosebleed"ワシントンD.C.公演
©DJ Corey Photography


──この作品が初めて出会うこととなる日本の観客に対して、どんな思いがありますか?

ある種の“恐怖”も感じています。移民としてアメリカで生きてきた私が抱えてきたものを、どれだけ理解してもらえるのか。また、自分の嫌な部分も描いていますし、父のことも美しくは描いていない。この話がどう受け止められるのかという不安はあります。

でも、この作品に関しては、他の手段がなかったんです。自分を出すしかない。アーティストとして抱えていた問題に対する、私の解決法はこれしかなかった。うん、しょうがない(笑)。



撮影:阿部章仁


──状況は違っても、家族への思いや後悔は、日本でも身近なテーマです。映像を拝見すると、痛みとともに、笑いの明るさも印象的でした。

笑いって、すごく大事。この作品には、笑いとその真逆の悲しみが同時に起きているようなシーンが多くあります。それは笑いがないと、シリアスな部分に目を向けられないから。笑いがあってこその作品だと思います。

──来日公演に向けて、カンパニーの皆さんの意気込みは?

みんな、とても楽しみにしています。楽しみにしすぎていて、心配になるくらい(笑)。これまでアメリカ国内で、よく笑う観客と作品を創ってきました。日本ではまた違った反応になると思うので、パフォーマーとして心の準備をしてもらいたいです。

日本の観客との出会いが何を生むのか、私自身もまだまったくわかりませんが、それを見つけることが、新国立劇場での公演から私が学ぶことなのだと思っています。小川絵梨子さんとは、彼女がアメリカにいたころからの付き合いがありますが、今回このような形で招聘公演を実現してくださったことに、心から感謝しています。



撮影:阿部章仁


【アヤさんと演劇】

──ここからは、アヤさんご自身についてお聞きします。演劇人を志したのは?

私、(プロの)演劇を観たこともなかったのに、なぜか「演劇をやりたい」という気持ちがあったんです。人と一緒に何かをつくって、それを観客の前でシェアするという行為が好きだったし、楽しかったんだと思います。そして実際に演劇を始めてみると、初めて「自分の居場所を見つけた」と感じることができました。

親、特に母には反対されました。確かに、80〜90年代のアメリカではアジア系の俳優が演じられる役は限られていたので、その心配もよくわかります。でも、そこで私は「役がないなら、自分で演劇を作る!」って言ったんです。それが何なのか、まったくわかっていなかったけれど(笑)。

ところがあるとき、母が突然折れて、「演劇のことはわからないけれど、できる限りサポートするから頑張りなさい」と言ってくれました。目の前に立ちはだかっていた壁がなくなったことで、一瞬戸惑って立ち止まり、「演劇」について改めて考えました。そして、自分には演劇しかないと確信しました。無理してやりたくない役に自分を押し込むのではなく、自分で書いて、演出して、プロデュースするしかない。みんながやっているやり方ではだめだ、と決意したんです。



撮影:阿部章仁


──ご自身の作品創作の一方で、アヤさんは、日本の作品を英語に翻訳し、世界に広める翻訳家としても活躍されています。

私がジャパン・ソサエティで働いていた頃、岡田利規さんの作品が海外で上演されることになり、翻訳を依頼されました。最初は、岡田さん独特の文章を訳すのにすごく苦労しました(笑)。でも、そこから岡田さんとの付き合いが始まり、彼の作品のスタイルも少しずつ変化してきたこともあって、だんだん訳しやすくなっていったんですけど。そうやって翻訳家としての仕事が始まりました。

当時は子育て中で、自分の作品をつくる時間がなかなか取れなかったので、比較的時間の自由度がある翻訳ならできると思い、そこからフリーで翻訳を引き受けるようになりました。すると次第に、「翻訳家のアヤ・オガワ」の名前が、「アーティストのアヤ・オガワ」よりも前に出てくるようになって、そのことに葛藤した時期もありました。

でもあるとき、「私の翻訳も、私にしかできないこと。海外に日本の作品を紹介することも、私の責任なんだ」と思うようになったんです。そこからは、より主体的に「どの作品を翻訳するか」を選ぶようになりました。芸術的な観点から面白いことをしている方、女性劇作家、そして“端っこのほう”で活動している方をもっと引っ張り上げたいと思って、今もそういう活動を続けています。

──自分の作品をつくることと翻訳、どちらも同じご自身の表現だと感じられるようになったのですね。

もちろん、細かいところではやることが違います。でも、アイデンティティとは別に、翻訳・演出・作家・俳優などの肩書きや手段は、全部ぐちゃぐちゃでOK! いろんな自分がいて、人間として3倍くらいのモンスターになって、前に進むしかないって(笑)。



撮影:阿部章仁


お話を伺っていても、誠実さと情熱がビシビシ伝わってくるアヤさん。アヤさんのお話にもあったように観客と出会って初めて完成する作品。だからこそ、今、劇場で観る意味があります。アメリカで生まれたこの舞台が、日本の観客とどう響き合うのか──その瞬間に立ち会ってみませんか。

STORY
作家のアヤに紹介された4人の俳優がそれぞれの「失敗談」を語る。やがて彼らはそれぞれ「アヤ」を演じながら観客に問い始める。
「『バチェラー』という恋愛リアリティ番組を見たことがありますか?」
番組で描かれる男性とその父親の難しい関係。その関係にまつわる「失敗」がアヤ自身の親として、そして子どもとしての失敗を思い出させる。面白おかしく、ほろ苦い失敗の数々。しかし、一番大きな失敗は、父親が亡くなった時にお葬式もあげなかったこと。
次々に観客へ投げかけられる問いを通して紐解かれていくのはアヤと、無口で冷たい昭和の父親との相いれなかった親子関係。亡くなってしまった父との関係はこのまま「失敗」としてアヤの中に残り続けるだけなのか......



【公演情報】
新国立劇場<海外招聘公演>『鼻血―The Nosebleed―』英語上演/日本語字幕付
2025年11月20日(木)~24日(月・休)
作・演出:アヤ・オガワ
字幕翻訳:広田敦郎
キャスト
ドレイ・キャンベル アシル・リー クリス・マンリー
アヤ・オガワ 塚田さおり カイリー・Y・ターナー
https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-nosebleed/

おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人

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