劇作家、演出家、映画監督、音楽家として活躍されているケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんが手がける新作『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』が、2025年9月にKAAT神奈川芸術劇場で幕を開けます。原作のエッセンスにKERAさん流の不条理とユーモアが交錯する本作に出演する矢崎広さんにお話を伺いました。矢崎さんが見つめる創作と表現の現在地とは──。
【KERAさんと僕】
──KERAさんの新作! まだまだ明かせないことも多いかと思いますが、作品世界で矢崎さんはどのような役割を担っていると感じていますか。ひとつは“少年性”かなと思っています。ポジションとしては“ツッコミ役”ですが、芸人さん的なそれではなく、俳優として役のキャラクター、感情も踏まえてどうツッコむか。ある程度、“常識”の側にいながら、純粋さによって思わぬところが抜けているとか。そのさじ加減が難しいです。
僕の人となりを見ながら、この“愛されキャラ”をあて書きしてくださったことから、KERAさんが僕に期待してくださっていると感じます。最初は、KERAさんの作品に出演できるというだけで満たされていたのですが、今は、「もっと頑張らないと!期待に応えたい!」という気持ちが強くなっています。
──KERA作品の印象は。『百年の秘密』を観劇したときの衝撃は忘れられません。ストーリー展開はもちろん、プロジェクションマッピングを用いた視覚効果や舞台美術に引きこまれ、3時間を超える作品でしたが、目の前で繰り広げられるこの世界にずっと浸っていたいと思うほどでした。
KERAさんご本人を“目視”したのは2017年2月に行われた「読売演劇大賞」の授賞式です。僕はミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の出演者のひとりとして出席し、KERAさんも最優秀演出家賞受賞者兼プレゼンターとして会場にいらっしゃいました。そのときは、「あのKERAさんだ!」と遠くから見つめるだけという距離感(笑)。
──なかなかの距離感です。その後、まさかの交流があったとか。演劇雑誌「悲劇喜劇」(2020年11月号/早川書房)に寄稿した僕のエッセイに対して、KERAさんがTwitter(当時)で「いい文章だ、面白かったよ」と直々にリプライをくださったんです。もうびっくりして、マネージャーに「KERAさんからリプがきたんだけど、どうしよう!」と連絡して、結局、普通に「ありがとうございます。いつかご一緒したいと思っています」とお返事しました。すると「こちらこそです」と……それが5年前。こうして今、ご一緒できていることを心から嬉しく思います。
【お芝居の醍醐味】
──KERAさんの稽古場で感じていることは。嘘のない作品作りだということ。何テイクも重ねて細かく芝居を作っていくことで、どの登場人物も、どの角度から見てもちゃんと物語に根差し、生きている。こんな人物造形方法もあるんだ!と、日々感動しています。
実際、稽古はすごく大変なんですけどね(笑)。でも、それ以上の充実感があります。やはり僕らの世代の俳優にとって、KERAさんの作品に出演することは憧れで、俳優人生で、そんな日は訪れないかもしれない。目標というより、夢に近いんです。何度も言ってしまいますが、毎日嬉しいなと思いながら稽古しています。
──稽古の様子は、KERAさんのSNS発信でも拝見しています。あれ、かなり本当なんですよ。稽古の進み具合は、KERAさんのXをご覧いただければと思います(笑)。
──執筆の様子も明かされていますが、稽古開始時点で台本が上がっていないというご経験は。実は憧れだったんです。台本が初日までないというような“THE演劇”なエピソードって。それをリアルに経験されているのは、どうしても僕らより上の世代の先輩方なので、ようやく僕もいっぱしの演劇人になったような気分です。だから「どうしよう」と戸惑うというより、「ついにKERAさんの作品に参加している!」と実感し、ワクワクしています。
僕が演劇を始めた頃は、井上ひさしさんや鴻上尚史さんの戯曲を本屋で買って、俳優養成所の研究生仲間と勉強したり、実際に演じてみたりしていました。まさに本屋のあのコーナーに並ぶような、将来そうなりうる戯曲を、一から作り上げている過程を目の当たりにしている感覚。KERAさんの脚本には、それぐらいのパワーがあるんです。だから日々、作品誕生の瞬間を目撃していることに高揚感を覚えます。それこそが、お芝居の醍醐味だなと思います。
ただ、大倉(孝二)さんに言わせると、「それは経験していないからで、一度経験したらそんな感じじゃいられないよ」って(笑)。果たして、どうなんでしょうね。
【表現の礎を総動員して挑む覚悟】
──KERA作品ではおなじみの、小野寺修二さんのステージングについてはいかがでしょうか。小野寺さんによるステージングの稽古も行っていますが、僕の演劇の引き出しと照らし合わせると、惑星ピスタチオの西田シャトナーさんの“パワーマイム”に通じるものがあると感じています。音楽に合わせてというより、動きを決めてそこに音をはめていくようなところも。もちろん小野寺さんとシャトナーさん、それぞれ独自の手法ではあるのですが、僕としては、自分の過去の経験と繋げてなんとかくらいついていくしかない。だから、今まで、僕を鍛えてくださったみなさんに「ありがとう」と言いたいです。歌についても、ミュージカル、音楽劇の経験を活かしながら新しい表現を目指しています。そうやって、稽古場では、今まで築いてきた表現の礎を総動員しています。
──今の俳優・矢崎広さんのすべてが詰まっているのですね。すべてをぶつけないと、僕は棒人間のように、稽古場でただただ立ち尽くすだけになってしまいます(笑)。
【KERAさんを通した“自分”と出会うのが楽しみ】
──ご自身の新たな一面に気づくこともありますか。『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』が終わったときに、「こんな自分もいるんだ」と発見する。そこに期待している自分がいます。それは、KERAさんが僕を見て、僕の役を描いてくださっているから。KERAさんを通した“自分”と出会うのが楽しみなんです。「僕って、まとまるとこんな感じかもしれないな」というキャラクターになりそうです。
──稽古場で日々、矢崎さんがKERAさんにインスピレーションを与えて、それが作品やキャラクターに反映されていく、まさに創作ですね。もちろん、最初の種はKERAさんがまいてくださって、そこに僕から出るものを加えて、「あんなこともできそうだな、させたいな」と膨らませてくださっています。そのためにもKERAさんはあきらめたり、切り捨てたりせず、俳優と熱心に、根気強く向き合ってくださる。キャラクター造形に妥協しないその姿勢に、僕も、頑張ろうと思えるんです。
──KERAさんの作品の強度、密度の秘密が、そのあたりにありそうです。本当にそうなんです。不必要な役がないからこそ生まれる力がある。現状3時間越えみたいで、それを聞くと「長いな」と思うかもしれませんが、実際に観ているとそんなことはまったく感じません。これは僕自身の体験談です。
【僕は、ずっと自分に期待しすぎているんです】
──夢や正義、妄想を抱え続けることをやめ、現実を受け入れることが成熟、大人になることだとしたら、矢崎さんはそんな成熟についてどんなことを思いますか。俳優って、大人なのかなって思うことがあります。周りにも少年のような心を持った先輩たちが多いですし、僕自身もそう。実際、演劇を上演する際にも、現実を冷静に見て場を整えてくれるスタッフの方がいるからこそ、僕らはまるで理想主義者のように、自由に楽しく演じることができる。僕には、どちらの大人も魅力的に映りますし、なにが成熟なのかは正直よくわかりません。ちゃんと善悪の区別がついていれば、それで十分なんじゃないかって思うんです。
──ストレートプレイもミュージカルも、さらには映像作品でも活躍される。矢崎さんの挑戦の原動力は。原動力とは少し違うかもしれませんが、ひとつ挙げるなら、僕はひとつの場所に留まれない、究極の“飽き性”なんだと思います。もし自分の可能性がいろんなところにあるのなら、あれもこれも試してみたくなるんです。
ありがたいことに、若い頃からたくさんの挑戦をさせてもらってきましたが、その頃の僕は、レーダーチャートの各パラメーター(能力値)が低く、たとえばそれが五角形のチャートだとすると、すごく小さな五角形だった。そこから、いろんな場所で挫折や挑戦を繰り返すうちに、少しずつその五角形が大きくなってきている。ようやく、そう実感できるようになってきました。
この先、要素が増えて五角形が六角形、七角形になり、その枠自体も大きくしていけたら、ミュージカルもできる、ストレートプレイもできる、さらにはドラマも映画も。そうやって、いろんな場所に行けたら、そのほうが楽しいんじゃないかな。だから挑戦を続けようって。僕は、ずっと自分に期待しすぎているんです。でも、それこそが僕の原動力です。
──俳優のお仕事は天職ですね。たまに「全然向いてないな……」って、めちゃくちゃへこむこともありますけど(笑)。
──最後に、まだ見ぬ新作にワクワクしているお客様にメッセージを。劇場に来るときは、「一体、これからなにを見せられるんだろう」という気持ちだけでいいと思います。大倉さん演じるドン・キホーテがとても魅力的ですし、KERAさんの作品であるという期待、それにもちゃんと応える作品になっているはずです。なんといっても、僕自身が「観たい」と思える作品ですから。どうぞ、ご期待ください。
◆矢崎さんにとってKERA作品への参加は、単なる出演以上の意味を持つように思えるお話でした。何度か登場する「期待」という言葉。劇作家・演出家と俳優、俳優(作品)と観客の間にある期待もあれば、矢崎さん自身の内面に作用する期待もあります。KERA作品の魅力は、こうした期待、言い換えれば信頼の連鎖によって支えられているのかもしれません。
そして、自分への期待を、俳優としての幅を広げる原動力にして成長し続ける俳優・矢崎広さんに、これからも期待せずにはいられません。
開幕は9月14日、「なにを見せられるのか」というワクワクを胸にKAATへ行きましょう!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人