“最後かもしれない”から始まった──再会と深化の『焼肉ドラゴン』2025年公演スペシャル座談会
鄭義信 キム・ムンシク コ・スヒ 千葉哲也 パク・スヨン/撮影:阿部章仁
日韓国交正常化60周年の節目に、4度目の上演を迎える『焼肉ドラゴン』。初演キャストと新キャストが再び集い、記録する演劇としての“今”を刻む。
物語の舞台となるのは、高度経済成長と大阪万博に沸く1970年前後の関西の地方都市。そこに暮らす在日コリアン一家と、彼らが営む焼肉店「焼肉ドラゴン」に集う、日々を懸命に生きるエネルギッシュな人々を描きます。
笑いと涙、そして希望が交錯する作品に挑むスペシャル座談会レポートをお届けします。
座談会のメンバーは、作・演出の鄭義信さん、2008年の初演キャストの千葉哲也さん(「焼肉ドラゴン」店主の次女・梨花の夫、哲男役)、コ・スヒさん(「焼肉ドラゴン」のお母さん、高 英順(コ・ヨンスン)役)、パク・スヨンさん(店主の長女・静花の婚約者、尹 大樹(ユン・テス)役)、キム・ムンシクさん(店の常連客・信吉の親戚、呉 日白(オ・イルベク役))のスペシャルです。
【初演キャスト×新キャストが紡ぐ『焼肉ドラゴン』】
──今回、初演キャスト再集結の狙いは。

撮影:阿部章仁
鄭さん)
特別な狙いがあったわけではなく(笑)、4度目の公演で、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思ったときに、「もう一度、初演メンバーでやってみよう」と思ったんです。
お母さん役のコ・スヒさんは、初演時は30代でした。今回の上演について連絡した際、「ちょうどいい年齢になっています。もう少し上手にお母さんを演じられるんじゃないか」と言ってくれました。そこから千葉ちゃんにも電話して、「じゃあやるか!」というような──“軽いノリ”と言ったら語弊があるかもしれませんが、築いてきた信頼関係のもとに再集結し、そこに新キャストも加わって『焼肉ドラゴン』を作っていくという感じです。

撮影:阿部章仁

撮影:阿部章仁
千葉さん)
この座談会の顔ぶれ、なるほど、初演メンバーが集まっているんですね。
お話をもらったとき、僕は、今回はアボジ(お父さん)役かと思ったんです。それを伝えたら、義信さんに「なにを言っているんだ、哲男だよ」と笑われました(笑)。哲男は40歳という設定ですが、こうしてみんなと再会してみると、みんなもそんなに変わっていないし、僕のことも「そんなに変わっていない」と言ってくれました(笑)。マッコリを飲むシーンへの恐怖はあるけど。
あと、僕は基本的に再演があまり好きではないんです。でも今年、別作品でしばらくぶりの再演を経験したら、歳を重ねたことで、「こういうふうにやってみようか」という新しい視点が生まれたんです。それを成長というのかはわかりませんが。そのとき「再演もちょっといいな」と思いました。
コ・スヒさん)
またこうして再会できたことは、夢のようです。初演キャストの全員が揃ったわけではないことにさみしさはありますが、新キャストからのフレッシュなエネルギーが加わることによって、作品がより輝くのではないかと期待しています。
パク・スヨンさん)
今回、劇場に到着して最初に千葉さんに会いました。すごく久しぶりでしたが、なんだか前の日に一緒にお酒を飲んで、翌日に会ったかのような感覚でした。そのくらいの親しみを、まず感じました。
キム・ムンシクさん)
日本での公演では、いつも新鮮さと親しみの両方を感じます。今も、慣れ親しんだ雰囲気のなかで稽古をしています。
──また、今回、時生役は公募オーディションにより北野秀気さんに決定しました。選出の決め手は。
鄭さん)
一番ストレートに思いが伝わってくるのが秀気でした。大勢の候補者のなかで、誰よりも光っていたんです。あとは今回の家族のなかでのバランスを見ても、一番いいなと思ったので、彼に決めました。
【逆境のなかで灯る希望を感じてもらえたら】
──この物語は「焼肉ドラゴン」を営む家族の物語です。その家族を近くで見つめる店の常連客を演じるキム・ムンシクさん、パク・スヨンさんにとって、印象的なシーンとは。

撮影:阿部章仁
パク・スヨンさん)
一般的にはラストシーンだろうと思いますが、個人的には冒頭の飛行機の轟音が強く印象に残っています。それによってこの芝居の“重さ”が感じられるからです。
──あの轟音には、どのような意図があるのでしょうか。
鄭さん)
劇中で具体的な地名は出していませんが、伊丹空港の周辺を舞台にした話です。当時、フェンスの向こうはすぐ滑走路というところで暮らしていた在日コリアンの人たちが、確かにいました。飛行機が驚くほど近くを飛び、轟音が鳴り響くのが日常という土地です。静花と哲男が夜中に空港に忍び込んだというエピソードも、僕が実際に聞いた話をモチーフにしています。

撮影:阿部章仁
キム・ムンシクさん)
僕は、やっぱりラストシーンですね。散り散りになる家族、それぞれが希望を抱いて旅立つ。“希望”という言葉が深く印象に残っています。
──力強くリヤカーを引くお父さんの姿も、本当に印象的です。
鄭さん)
逆境のなかでも力強く生きていく姿に、希望を見出してもらえたらいいなと思っています。
千葉さん)
座談会の空気が重くなってしまうかもしれないけど、「明日はきっとえぇ日になる……」というお父さんの台詞があるんです。でも、彼らの「明日」は、今の僕たちの「明日」とはまったく違うんです。希望は持つけど、現実は、明日があるのかもわからないような厳しさがあるっていうか──。それも忘れてはいけないと思っています。
──あの轟音や実話をもとにしたエピソードがもたらすリアリティや、懸命に生きる人々の息づかいや涙、笑い声が“記録する演劇”を立ち上げていくのですね。
【演劇が照らす、在日という存在】
──今、上演する意味についてはどのように感じていますか。

撮影:阿部章仁
千葉さん)
この作品は、社会が彼ら──在日コリアンの人たちを、あの町から追い出した話でもある。なぜ、彼らが、あんなにも飲んで、食って、騒ぐのか。僕たちは、日本の罪からずっと逃げてきたのではないかという意識を根底にもたなくては、この作品は成立しないと思っています。義信さんは意地悪な人だから(笑)、そういったテーマを“笑い”というオブラートに包んで、前面にはださない。でも、そんな作品の本質に迫りたいと思っています。
鄭さん)
在日コリアンという存在は、ずっと置き去りにされてきました。そして近年、状況はますます悪くなってきている。最近の排外主義的な世の中の動きを見ると、この国では、そういった人たちを「見えない人間」にしようとしていると感じることがあります。この作品を観ることで、この家族が置かれていた状況について少しでも考えてくれる人が増えれば、この家族を愛してくれる人が増えれば、状況は変わってくるかもしれない。そのためにも、多くの人に観てもらいたいという気持ちはあります。
──コ・スヒさんは、高 英順(お母さん)役をどう捉えて、今年の公演ではどのようなアプローチをお考えですか。

撮影:阿部章仁
コ・スヒさん)
初演では、与えられた台詞や動きを消化することに一生懸命でした。2011年の再演で、『焼肉ドラゴン』という話の本質を少し理解できたように思います。私自身、この作品を通じて在日コリアンの方々に関心を持ち、自分でも韓国で在日コリアンを描く芝居を創作しています。今回は「どう見せるか」ではなく、なにがあったのか──ヨンスンやその家族がどんな生活、経験をしたのかを「そのまま見せる」ことに集中したいと思います。
──では本作は、韓国の観客にどう響くのでしょうか。初演ではいかがでしたか。
千葉さん)
韓国公演で、哲男が「北へ行く」と言い出したときに、笑いが起きたことをよく覚えています。
コ・スヒさん)
なぜかと言うと──韓国では、北朝鮮による在日コリアンの帰還事業はあまり知られていないので、「北へ行く」というのが荒唐無稽に聞こえてしまうんです。
──そうなのですね。では、家族の物語という視点ではいかがでしょうか。1970年代、初演された2008年、そして今では韓国での家族観というものも変化しているかと思います。
パク・スヨンさん)
今、韓国社会は過渡期にあると思います。家族内であっても、以前より、政治や宗教など、価値観の分断がある。そして昨年来、社会が正常化へ向けて動き出すなかで、家族の形も新しい姿を模索している状態です。そうした状況が、本作で描かれる在日コリアンの家族たちが、さまざまなものに耐え、なにかを探していく姿に重なるように思います。

撮影:阿部章仁
鄭さん)
韓国では、日本以上に家族、親族、そして知人──同心円状に人間関係が広がっていく。ただ、そんな家族の輪も徐々に崩れてきているよね。それもあって、日本では『焼肉ドラゴン』にノスタルジーを感じる年配の観客が多かったのに対して、韓国では、「急激な経済成長の過程で崩れていく家族の姿」として共感した若い観客が多かったですね。
──同じ作品を観ても、捉え方が違ったり、それによってそれぞれの社会が抱えているものが見えたりするのですね。お話を伺っていて、笑いやエネルギーの奥に潜む苦難や痛みに光を当て、過去から、今を生きる観客への問いかけ続けるのも、演劇の役割だと改めて感じます。
【『焼肉ドラゴン』が帰ってくる!】
──最後に、『焼肉ドラゴン』4度目の上演を楽しみにしているみなさんへメッセージを。

撮影:阿部章仁
コ・スヒさん)
ついに帰ってきました!
パク・スヨンさん)
初演では30代、再演では40代、今回は50代。50歳にもなった人が、こんなにも苦労して人を楽しませようとしている──その姿に同情して(笑)、そして楽しんでください。
キム・ムンシクさん)
とても騒がしくて、とても楽しい演劇を、ぜひ観に来てください。
千葉さん)
今回の新旧の混成チームなら、これまでの『焼肉ドラゴン』より上に行けるんじゃないか!という思いで、取り組みます。
鄭さん)
初演キャストと新キャストがぶつかり合い、交じり合うことで新しい『焼肉ドラゴン』が生まれる──その化学反応に、僕自身も期待しています。
──観客として、また「焼肉ドラゴン」に集うエネルギッシュな人々と再会できることを、楽しみにしています。
公演は2025年10月7日~27日に新国立劇場 小劇場にて上演の後、11月に芸術の殿堂での韓国公演、そして福岡、富山での全国公演を経て12月19日~21日に新国立劇場 中劇場に凱旋します! 作品ファンの皆さんも、初めてご覧になる皆さんも、『焼肉ドラゴン』のエネルギーに触れる、その日をお楽しみに!!
ものがたり
万国博覧会が催された1970(昭和45)年、関西地方都市。高度経済成長に浮かれる時代の片隅で、焼肉屋「焼肉ドラゴン」の赤提灯が今夜も灯る。
店主・金 龍吉は、太平洋戦争で左腕を失ったが、それを苦にするふうでもなく淡々と生きている。
家族は、先妻との間にもうけた二人の娘・静花と梨花、後妻・英順とその連れ子・美花、そして、英順との間に授かった一人息子の時生......ちょっとちぐはぐな家族と、滑稽な客たちで、今夜も「焼肉ドラゴン」は賑々しい。ささいなことで泣いたり、いがみあったり、笑いあったり......。
そんな中、「焼肉ドラゴン」にも、しだいに時代の波が押し寄せてくる。
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人