妻から「性別を変えたい」と告げられた夫とその娘──本作は「第二の当事者」(性的マイノリティ当事者の友人や恋人、周囲の人々)夫の岳人の目線の話。加藤拓也さん作・演出による『ここが海』公開ゲネプロをレポートいたします。
淡々とした会話の積み重ねの中で、家族の揺らぎや変化が静かに浮かび上がる。そんな体験を、息づかいまでも間近に感じられるシアタートラムで味わいました。
あらすじ
岳人と友理は共に仕事をしながら、真琴を連れて日本各地のホテルやロッジ等を転々としながら暮らしている。
ホテルに長期滞在中のある日、友理の誕生日を祝う為にレストランを予約していた岳人は、性別を変更しようと思っていると友理から告げられる。
岳人(橋本淳)と友理(黒木華)は、共にライターとして活動し、互いに信頼を寄せ合う夫婦。滞在先のホテルの一室で、ある日、友理は「性別を変更しようと思っている」と打ち明けます。動揺しつつも冷静に受け止めようとする岳人。沈黙を恐れて矢継ぎ早に質問を重ねる姿は切実で、時に強い語気で思いを伝える友理とのやりとりは、まるで生の会話を覗き込んでいるようなリアリティ。
一方で、いきなり打ち明けられた岳人が、「今後、手術はするの」というように次のステップへ話を進められるものだろうかという疑問もふと沸いた。でも、そこはライターという職業上、性的マイノリティについての客観的な知識を持ち合わせているからできたことなのだろうと思うのです。努めて冷静に。
舞台は派手な出来事を描くのではなく、数日後、数週間後、季節の移ろいとともに関係性が変化していく過程を断片的に描きます。その中にオンライン授業を受ける娘・真琴(中田青渚)が加わり、家族の形はさらに揺らぎ、深まっていきます。
演出は静かでシンプル。けれどその静けさが、役者たちの呼吸や言葉の間を際立たせ、一瞬の視線やふとしたひと言が響きます。そして、事実を積み上げ、こちらも冷静に観ていたはずなのに、突然、生々しい感情が押し寄せる。最後は思わず涙が込み上げてくる。それは二人へ寄せる思いなのか、もっと根源的、普遍的な“つながり”への思いなのか、そんな余韻を残す舞台でした。心に残ったのは「不可逆」であることの重さ。現行法のもとでは、友理が戸籍上の性別を変えると岳人と婚姻関係を継続できません。夫婦、親子、個人としての生き方──書類上の関係性。
橋本さんは、理性的で優しくあろうとする岳人を、やわらかさと強さを併せ持って体現。黒木さんは、「傷つけたくない」と孤独を抱えながらも意志を貫こうとする友理を、目線の変化も細やかに表現します。中田さんは等身大の現代的な感覚をもつ娘を自然体で演じ、この家族が「今」を生きていることを確かに感じさせてくれます。
そして加藤さん、橋本さん、黒木さん──前作である、第30回読売演劇大賞・演出家賞部門優秀賞、第26回鶴屋南北戯曲賞ノミネートと、数々の話題を集めた『もはやしずか』から続く信頼関係がより一層の作品の強度を生み出します。
「先のことは誰にもわからない」──それはこの家族だけでなく、私たちすべてに通じる言葉。だからこそ、この舞台を通して「誰もが居心地よく生きられる世界」を願わずにはいられません。
そして最後に、この作品に触れながら思ったのは、作り手も観客も「安易に語れない難しさ」を抱えているということ。2023年春の初稿完成以降、シスジェンダーとトランスジェンダーのメンバーが対話を重ね、上演台本は第7稿という本作。そこに込められた試行錯誤と誠実さは信頼となる。そして、正直なところ、こうして観劇レポートの言葉を綴りながら、その言葉が誰かを傷つけてしまうのではないか、不安や恐れもどこかに感じています。
それでも思うのは──演劇だから得られることがある、ということです。ちょっとかじったからと知ったような顔をしてはいけないのかもしれません。けれど、岳人がそうであったように知ることは、知っていることは大切。事前に記事で読んだ知識もありましたが、目の前で見た会話の“間”や語気の変化、視線、ふれあい、拒絶は、また違う体温をともなった「知る」体験でした。それを「経験」と言うのは大げさかもしれません。それでも、この舞台を観ることで触れられるものがあったのです。(
作品HPのインタビューもぜひ!)
この作品が、一人でも多くの方に届きますように。
【キャストコメント】
作・演出 加藤拓也この物語は、性別を変更したいと家族から告げられた第二の当事者を描いた小さな物語です。家族は暮らしかたも多くの人が経験しているような暮らしかたをしていません。そして「変わっていく人を受け入れることができる」という信頼を、変わっていく人の中に少しずつ積み重ねていく家族の話でもあります。劇場でこの作品を一緒に観れることを楽しみにしています。
橋本淳開幕まで辿り着くことができたのは、関係者の皆様、そしてお客様のおかげです。心より感謝申し上げます。演じる側として、しっかり自覚し考え、現時点での明確な答えを表現に乗せるために尽力します。もちろん観た方の数だけ、感じるものや考えがありますので、ただ純粋に鑑賞を楽しんでいただけたら幸いです。素晴らしいスタッフ・キャストに囲まれていることに感謝しつつ、いつもの作品以上に、その場で起こることに正直に反応し続け、その時間や空間の中で存在出来ることを、より意識して届けられたらと思います。ぜひシアタートラムにお越しください。お待ちしております。
黒木華長かったような短かったような稽古期間を経て、いよいよ本番です。岳人、友理、真琴。三人でとても濃密な時間を過ごした気がします。共演のお二人の感情を取りこぼさぬよう、また一緒に友理を作って下さった方々の気持ちも乗せて、見てくださる方に葛藤や愛情が伝わりますように精一杯演じたいと思います。
中田青渚稽古を重ねるごとに作品が少しずつ立体的になっていく感覚がすごく不思議であっという間の稽古期間でした。舞台に不慣れな私にも、演劇の初歩的な部分から皆さんに沢山のことを教えていただき、難しいけれど演劇って面白い!と感じました。いよいよ開幕するということで緊張ももちろんありますが、皆さんに観ていただけることがとっても楽しみです!人と人との関わりを丁寧に描いた作品ですので、ぜひ観に来ていただけると嬉しいです。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人