2025年12月上演、新国立劇場『スリー・キングダムス Three Kingdoms』日本初演にご出演の伊礼彼方さん、音月 桂さんの取材会が行われました。(撮影:田中亜紀)

伊礼彼方さん 音月 桂さん
まさに今の社会の問題点を鋭く描く“同時代性”、観たことのない劇構造、そしてその“日本初演”、2025年のラストに届く“究極の翻訳劇”の予感高まる『スリー・キングダムス』。まだお稽古開始前という時期でしたが、伊礼さん、音月さん、お二人の視点で語られる言葉が、互いの思考を刺激し合い、すでに創作が始まっているかのような“熱量”を感じる取材会の様子をレポートいたします。
作品について
ロンドンのテムズ川で発見された女性の他殺体。この殺人事件を追う二人のイギリス人刑事は、捜査を進めるうちに、ヨーロッパ全土に広がる国際的な犯罪組織の存在にたどり着きます。ドイツ、そしてエストニアへと舞台を移し、国境と言語の壁を越えながら、彼らは資本主義の裏に潜む人間の暗部と対峙していくことになります。
この作品は、イギリス、ドイツ、エストニアの3カ国のクリエイターによる共同制作プロジェクトとして誕生。イギリスでの初演時は、俳優も3カ国から集結し、三言語(英語、ドイツ語、エストニア語)が入り混じり、登場人物同様に、観客をも混乱の渦へと引き込みました。 単なるミステリーの枠を超え、善と悪の曖昧さ、グローバリズムと資本主義がもたらす影、そして人間の尊厳を深く問いかけます。イギリスでの初演時にはその挑戦的な内容が賛否両論を巻き起こし、大きな話題となりました。
【攻めのマインドで沸点到達も近い?】
──演出を手掛ける上村聡史さんも「2025年の演劇界で、攻めた作品を披露できればと思います」とコメント寄せる注目作『スリー・キングダムス』。まずは、作品の印象からお聞かせください。
伊礼彼方さん)
「マジ攻めてるな」と、サイモン・スティーヴンスという作家のマインドに感動しました。先進国、資本主義の闇をここまで描く、率直に、命の危険もあるんじゃないかと思うほど、かなりダークサイドに踏み込んだ話を描き、上演する。サイモンさんの作家としての覚悟、攻めの姿勢に、僕の中で何かが“沸騰”しました。
──攻めのマインドがお好きなんですね。
伊礼さん)
サッカーの試合でも、守りに入ると負けてしまう。ぎりぎりまでゴールを狙って攻め続けるからこそ、勝利を手にできる。僕は、そういうプレースタイルの選手やチームが好きなんです。つまり、そういう生き方が好きなんですね。だからこそ、「この作品を日本で上演するなら、ぜひ」と、熱い気持ちでお引き受けしました。
日本で、それも新国立劇場で上演する、芸術監督、そして演出の上村さんの心意気にも感動しました。上村さんは、プロフィール写真の穏やかな表情とは裏腹に、きっととても“攻めた方”なんだろうなと。今回が初めてご一緒しますが、稽古開始が待ち遠しいです。
音月 桂さん)
私は、最初に読んだとき、正直戸惑いがありました。単純明快とは真逆をいくような、どこか頭の中のモヤが晴れない感じで。すべてが分からないわけではないのですが、自分の読解力を疑ってしまうような……。もしかすると、作品全体を覆うグレーな雰囲気への“恐れ”だったのかもしれません。
でも今、こうしてお話を聞いていて、私自身が守りのマインドだったんだなと気づきました。伊礼さんの熱量を浴びて、私もだいぶ“沸騰”に近づいてきました。今は……70℃くらいです(笑)。
伊礼さん)
稽古に入ったら、すぐ120℃になりますよ(笑)。
音月さん)
そんな予感がします(笑)! お話は確かに“攻めて”いますし、イギリス演劇界の奇才と呼ばれる作家の作品、新国立劇場へ日頃から足を運ばれるお客様を前にするということには、プレッシャーも感じます。でも、きっと“噛めば噛むほど味が出る作品”。立ち上げていく過程をじっくり楽しみたいと思います。
伊礼さん)
楽しみましょう!
実は「噛めば噛むほど、掘れば掘るほど面白くなる」──そんな演劇の奥深さを教えてくれたのは、ほかならぬ小川絵梨子さん(新国立劇場 演劇芸術監督)なんです。
サム・シェパード作『今は亡きヘンリーモス』(2010年)という作品で、当時アメリカから帰国したばかりの絵梨子さんと出会いました。読み合わせに約3週間かけて、1日1ページも進まない日もあったほど。「行間の意味は?」「なぜこの人物はこの台詞を発したのか?」といったことをじっくり話し合う──そんな初めての経験に、最初は戸惑いました。でも、次第にそれが面白くなっていって。1日に10ページ進んだときは、「こんなに進んでいいの?」と不安になるくらいでした(笑)。キャラクターの人物像や心理、その裏の裏まで考え、深掘りしていくことの面白さに、そこで初めて目覚めたんです。
そういう意味でも、この作品はまさに“ドンピシャ好み”。ミステリー小説さながらのサスペンス要素にも惹かれましたし、闇から闇へと事件の真相を追い続けるうちに、気づけば自分が丸裸にされているような感覚に陥る。そして、そのことにすら気づかない。「これは……!?」という幕切れの余韻を持ち帰ることができる、そんな作品です。早くイグネイシアスの頭の中に入り込んでいきたいと思っています。
【それぞれの視点】
──伊礼さんは、ロンドンで起きた殺人事件を追うイギリス人刑事イグネイシアス、音月さんはイグネイシアスがハンブルクで出会うシュテファニー(ほか)を演じます。現時点でご自身の役をどのように捉えていますか。
伊礼さん)
イグネイシアスが刑事──真実を追い、取り締まる側の立場にあるという設定が面白いと思っています。
この「取り締まる」という部分を「守る」と言い換えると、僕自身、共感できるところがあるんです。親として、子どもを守るために「あれはダメ」「これはダメ」と言っているけれど、過去の自分はそれをひと通りやってきている(笑)。そんな自己矛盾って、誰もが抱えているものですよね。
そう考えると、ヨーロッパを舞台にした国際的な犯罪という、一見自分たちとはかけ離れた話のようでいて、彼が過去の過ちを正当化し、見ないふりをする姿には、思い当たる節がある。今回の上演でも、そうした部分で観客との距離感を縮められるのではないかと思っています。あくまでも現段階での考えですが。
それから、イグネイシアスには「キャロラインと同じ歳だ」という印象的な台詞があります。キャロラインは彼の妻ですが、彼が抱える過去や女性との関係性は、イグネイシアスの内面を探るひとつの鍵になるのではないかと感じています。彼の思考、刑事という立場や“外面”と、内面に抱えるものとのアンバランスさは、深掘りし甲斐があると思います。
物語の中での役割という意味では、これまで僕は、話をどう動かすか、ときには引っ掻き回すか──ドラマを“作る側”の役どころを演じることが多かったんです。今回は、物語の主人公として“動かされる側”。人物像はしっかり作ったうえで、自らが動くというよりは、出会う人や起こることに、ちゃんと影響されていきたいと思っています。
音月さん)
伊礼さんの視点での受け止め方が、とても新鮮に映りました。「そういうスタンスがあるんだ」「なるほど」と、気づきの連続です。
この作品をひも解く鍵のひとつになり得るのが、男性性と女性性──男性の支配欲や権力欲と、それに押し流されていく女性たちという構図かなと思うんです。でも、それを読んだ私の感覚では、描かれている男性たちを「なんて愚かな」と思ってしまうところもある。演じるうえでも、「どう翻弄していくか」に、やり甲斐があるのではないかと感じています。
また、これまで私が演じてきた役は、生まれや経歴などが戯曲の中で明らかにされていて、“ちゃんと履歴書が書けるような役”が多かったんです。でも今回、私が演じるシュテファニーをはじめとする女性たちは、バックグラウンドがほとんど描かれていません。だからこそ、いかようにも立ち上げられる余白がある。その分、表現の方向性が試される役だと思います。上村さんや共演者の皆さんと丁寧にコミュニケーションをとりながら、自分なりの役作りをしていきたいと思っています。
伊礼さん)
いやぁ、僕が「真実を追い」「守る」と熱弁をふるったことを、別の視点から「なんて愚かな」とひと言で切り返す──鮮やかです! 本当に、男は愚かだな。
音月さん)
もちろん、男・女という型にはめる必要はないと思っています。でも、考え方の違いは確かにある。そしてこの作品でも、男性たちは良くも悪くもシンプルに描かれている印象があります。こうして私と伊礼さんでも、これだけ捉え方に違いがあるので、稽古が始まって、それぞれの考えを皆さんとシェアできるのがすごく楽しみです。私も、早くお稽古を始めたいです!
【この作品を日本で上演!!】
──“日本初演”について伺います。本作はイギリス、ドイツ、エストニアの3か国を舞台に物語が展開します。本作を日本で上演することについてはどう感じていますか。冒頭のお話で、ダークサイドに引きずり込まれるような攻めた内容であることに加えて、どのように上演するのだろうという興味も沸く作品です。
伊礼さん)
ロンドンでの初演では、三カ国から俳優が集まり、字幕を使って英語・ドイツ語・エストニア語が入り混じる形で上演されたと聞いています。それぞれの土地の“香り”を感じられるような、素敵な試みだと思いました。ただ、僕らは多言語で書かれた台詞を、この座組で日本語で上演すると聞いています。今から「ここはドイツ語でお願いします」と言われても、さすがにドイツ語はしゃべれませんし(笑)。
登場人物の話す言語が変わるというのは、演劇として伝わるものもすごく大きいと思うんです。それを日本語でどう表現するのか──そこはきっと、上村さんの中にアイデアがあるはず。僕はそれにしっかりとついていきたいと思っています。
音月さん)
この物語で三カ国を旅するお客様には、そのシーンごとに舞台となる国の空気や匂いまで変わるような、そんな“旅”を味わっていただきたいと思っています。私たちにできるのは、とことんまで役を突き詰めて演じることだけ。でも、そのお芝居を観ることで、旅の達成感や満足感、そして帰ってきたときの安心感までお届けできたら──そんなふうに思っています。
──演技について。たとえば伊礼さん演じるイグネイシアスは、事件の真相を追ってロンドンからハンブルク、そしてタリンへと移動します。ロンドンでは英語を話し、ドイツ留学経験のある彼はハンブルクではドイツ語を使い、同僚の刑事チャーリーの通訳も務めます。これをすべて日本語でどう演じるのかという点も、興味深いところです。
伊礼さん)
僕自身の経験から言うと、日本語とスペイン語──話す言語が変わると、声のトーンも変わるし、人格とまではいかなくても、性格や心持ちが変わるんです。その違いを、日本語の台詞だけでどう表現するのかについてはこれから、上村さんのご意見も伺いながら考えていきたいと思っています。そして、通訳する場面からイグネイシアスの何がにじみ出るのか。それも、この作品における重要なポイントになると感じています。
音月さん)
確かに、日本語だけで伝えるというのは、簡単なことではありませんよね。だからこそ私たちは、この作品が三カ国の共同制作プロジェクトから生まれたという背景はもちろん、イギリス・ドイツ・エストニアそれぞれの土地柄や政治的な背景、国同士の力関係についても、しっかりと学ばなくてはならないと思っています。
伊礼さん)
音月さんも、これまでにたくさんのご経験があると思いますが……翻訳劇って、本当に難しいですよね。
「ヨーロッパで、それぞれの国に暮らす俳優が、それぞれの言語で上演した作品」を、「日本に暮らす俳優が、日本語という単一言語で上演する」というのは、とんでもない挑戦です。でも、工夫して表現すれば、観客はちゃんと“変換”しながら観劇してくれる。演じる側も、観客の側も、イマジネーションを働かせることで作品が成立する──僕たち、日本の舞台人も観客も、本当に素晴らしい!
そのためにも、まずは物語の背景をしっかりと理解し、登場人物の輪郭をはっきりと創り上げていきたいと思っています。
──また、音月さんは登場人物というのとはまた違う、“観客と舞台をつなぐミステリアスな存在”も演じられるとのこと。
音月さん)
まだ私自身、その全貌をつかみきれていないのですが、どこかこの物語を俯瞰しているような存在です。
海外での上演では男性が務めていたそうで、イメージとしては、三カ国の旅の橋渡しを担う“狂言回し”という言葉が近いかもしれません。ただ、現段階では本当に未知の役──というのも、台本上には一切登場しないんです。
今わかっているのは、キーワードは“超越性”。時代、性別、国、現実と妄想──それらを超越した存在であるということ。そして“歌う”ということです。さらに、“トリックスター”である私が、劇中の登場人物も演じるという構造になっていて、そこに二重の意味があるとのこと。どんな居方になるのか……上村さんからは「音月さんの持つ、陽な雰囲気でいいですよ」と言っていただいています。それはそれで「え? 本当にいいんですか?」という感じですが(笑)。
物語とは少し距離のあるところから、お客様と一緒に楽しめたらと思っています。
──ワクワクしますね。
音月さん)
一人だけ次元の異なるところに存在するというのは、かつて演じた『エリザベート』のルキーニ役に少し近いのかなと思っています。物語を遠巻きに見ていて、最後に暗殺者としてエリザベートの前に姿を現す。あの役は、とても楽しかったです。
ただ、ルキーニは実在の人物ですし、今回のように“ここまでの超越性”を持つ役は初めて。だからこそ、新しい自分に出会えるのではないかと、今からとても楽しみにしています。
──では最後に、読者の皆さんにメッセージを!
音月さん)
まずは、あまり構えずにリラックスして観ていただきたいです。シリアスな内容ではありますが、だからこそ、感覚的に味わっていただけたらと思います。そして、なにかを感じて、なにかが残ったら──ぜひ2回目を。そこからストーリーがもう一段階深くなる仕掛けが、たくさん潜んでいます。いろんな角度から楽しんでください。
伊礼さん)
それが、ミステリーの面白さだよね。まっさらな状態で夢中になって謎を追い、最後のどんでん返しに驚く1回目。そして、全体像を理解したうえで観る2回目は、また違った楽しさがある。あからさまに伏線を張っているわけではないけれど、結末への道のりが違って見えてくると思います。だからこそ、僕らは“やり過ぎない”ことが大事。そこは、上村さんがうまく導いてくださるはずです。
そして、ミステリーの枠を超えて、現代社会が抱える問題にもじっくりと向き合っていただきたい。「何度も観てね」という宣伝文句とは少し違う意味で──じっくり味わうための2回目、3回目を、ぜひ楽しんでください。
今日、短い時間でしたが、こうして音月さんとお話しするだけでも、すごく新鮮な視点をもらえました。話が戻りますが、僕がああでもない、こうでもないと悶々と考えていたイグネイシアスのことを、一刀両断、「愚か」のひと言で表現する、その感覚に脱帽です。
人と話す、人と創るって、やっぱり面白いですよね。だから、演劇が好きなんです。
互いに言葉が響き合い新しい視点を生み出していく様子をライブで味わっているような対談。お二人のやり取りから浮かび上がる作品の輪郭に「早く観たい!」の気持ちが早くも爆発です。まるでアフタートークの後、リピーターチケットの列に並ぶ時のようなワクワクソワソワした心境で現場を後にしたおけぴスタッフなのでした。
『スリー・キングダムス Three Kingdoms』は2025年12月2日、新国立劇場 中劇場で開幕です! 個性豊かなキャストが挑む、問題作!? これは究極の翻訳劇になる予感!! 2度、3度のご観劇に備えて、まずは公演序盤に、ぜひ!
ものがたり
刑事のイグネイシアスは、テムズ川に浮かんだ他殺体の捜査を開始する。捜査を進めるうちに、被害者はいかがわしいビデオに出演していたロシア語圏出身の女性であることが判明する。さらに、その犯行が、イッツ・ア・ビューティフル・デイの名曲「ホワイト・バード」と同名の組織によるものであることを突きとめる。イグネイシアスは捜査のため、同僚のチャーリーとともに、ホワイト・バードが潜伏していると思われるドイツ、ハンブルクへと渡る。
ハンブルクで、現地の刑事シュテッフェンの協力のもと捜査を始める二人だったが、イグネイシアスがかつてドイツに留学していた頃の不祥事を調べ上げていたシュテッフェンにより、事態は思わぬ方向に進んでいくのであった。
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人