第一次世界大戦下のヨーロッパを舞台に、伝説の舞姫マタ・ハリの愛と運命を描くグランドミュージカル『マタ・ハリ』。華やかなダンサーとして人々を魅了しながらも、二重スパイの汚名を着せられた彼女の数奇な半生が、フランク・ワイルドホーンさんの壮大な音楽と石丸さち子さんの演出によって鮮やかに蘇ります。
物語は、ドイツ軍の侵攻が迫る中で自由にヨーロッパを往来していたマタ・ハリが、フランス諜報局のラドゥー大佐にスパイを強要され、悩みながらも青年パイロットのアルマンとの恋をきっかけに一度だけ任務を引き受けるところから始まります。愛を知った彼女を待ち受けるのは、想像を超えた国家間の謀略と苛烈な運命──。
マタ・ハリ役は、前回に引き続き、圧倒的なカリスマで観客を惹きつける柚希礼音さんと、可憐さと力強さを兼ね備えた愛希れいかさんのダブルキャスト。加藤和樹さんがアルマンとラドゥーを回替わりで演じ分け、ラドゥー役ダブルキャストとして廣瀬友祐さん、アルマン役ダブルキャストとして甲斐翔真さんが新キャストとして名を連ねます。
初日を前に、主要キャスト、演出家石丸さち子さん、作曲家フランク・ワイルドホーンさんが作品への思いを語る囲み会見、公開ゲネプロが行われました。
【『マタ・ハリ』への思い、役と向き合う上で大切にしたこと】
柚希礼音さん(マタ・ハリ役) 2018年の初演から3度目の挑戦です。本当に大好きな作品に再び挑めることが嬉しいです。2021年は途中で中止になってしまいましたが、ずっと再演を願ってきました。
マタ・ハリの「生き延びるためだったら何でもやりました」という台詞を心に置いています。想像を絶する人生を歩んだマタ・ハリに自分自身を重ねながら、強くたくましく美しく生き延びたい。そして最後に“人生は素晴らしい”と思える瞬間を届けたいと思います。
愛希れいかさん(マタ・ハリ役)再演から参加し、今回で2度目となります。この作品、そしてマタ・ハリという役が大好きです。自分にできることはお稽古場ですべてやり切ったつもりです。みんなで作り上げた作品、お客様に最高の舞台を届けたいと思います。
衣装係アンナに言われる「生き抜くんです。生き抜いてこそマタ・ハリでしょう」という台詞を胸に、マタ・ハリとしても自分自身としても、生き抜くことを大切にしています。私自身、フランクさんの素晴らしい楽曲は大好きなのですが、難しさもあります。それにくじけず、負けずに立ち向かう勇気をマタ・ハリからもらっています。そして私たちが演じ、生き抜く姿を通じてお客様にも勇気を届けたいと思っています。
加藤和樹さん(アルマン/ラドゥー役)初演から出演し、今回は7年ぶりにアルマン役も務めます。石丸さち子さんの愛と情熱あふれる演出に出演者たちは奮い立たされ稽古を重ねてまいりました。再演は最後まで走り切れなかった悔しさがあるからこそ、今回は誰一人欠けることなく届けたいです。
今回大切にしたのは“頑張らないこと”。アルマン役は7年ぶりということもあり、「頑張って、若々しく見せなければ」と余計な力が入っていました。でも頑張ることをやめ、相手からの感情を受け取り、共有する。その基本を改めて意識し、毎日新鮮な気持ちで演じることを大切にしています。
廣瀬友祐さん(ラドゥー役) 今回が初参加です。稽古場でワイルドホーンさんにいただいた「一度しか観られない方、これが最後になる方もいる」その言葉に尽きます。一公演一公演、命をかけて挑んでいきたいと思います。
大切にしたのは”人間らしくあること”。作品の持つ大きな力に飲み込まれず、自分の人間らしさを失わないように役と向き合いたいです。
甲斐翔真さん(アルマン役) 観客として見てきた憧れの作品、この舞台に立てることが夢のようです。アルマンの登場曲の「生き抜くために戦うんだ 生と死を分かつため 命かけて守るべきもの……」という歌詞は、現代の僕らにも刺さる言葉。歌っていても背筋が伸びる思いです。公演期間中も、アルマンという人物に甲斐翔真を育ててもらいながら頑張りたいです。
アルマンは恋愛的な側面が注目されがちですが、一人の軍人として戦時下を生き抜く姿を大切にしています。時代への向き合い方を常に意識しています。
【石丸さち子さん(訳詞・翻訳・演出)&フランク・ワイルドホーンさん(作曲)が語る『マタ・ハリ』の魅力】
石丸さち子さん『マタ・ハリ』のバックグラウンドが作品の魅力の一つ。第一次世界大戦の終盤、先の見えない戦況の中で、だからこそマタ・ハリのような存在“エンターテイメント”が必要だった。彼女は華やかなダンサーとしてヨーロッパを飛び回りながら、それゆえ二重スパイの汚名を着せられる。そんな運命と戦った彼女の生き様は、まさに時代が生んだ寵児と言えます。
そして物語の中心にあるのは「自分で自分の道を選ぶ女性の強さ」。マタ・ハリが「これが私なんだ」と生き抜く姿は、多くの観客の心を打ち、共に生きようとするアルマンや、もしかしたら戦争の一番の犠牲者かもしれないラドゥー、そしてアンサンブルを含めた登場人物たちが舞台上で織りなす「生き抜く力と美しさ」が、この作品が愛され続ける理由なのではないでしょうか。そして、その根底を支えるのが、フランク・ワイルドホーンさんによる雄大でドラマティックな楽曲です。
再々演にあたっては、ゼロから新たに立ち上げる気持ちで取り組みました。俳優たちが新しい役を模索し、そんなキャスト同士が出会う瞬間に演劇の素晴らしさ──“演劇は人の作る芸術だ”と改めて感じました。今回は(日本初披露となる)新曲も加わり、さらに強度を増した『マタ・ハリ』をお届けします。
フランク・ワイルドホーンさんレディー・ガガやマドンナの前に存在した、時代を先取りした女性がマタ・ハリ。彼女の生き方は時代よりも早すぎたために、苛烈な運命を背負うことになるのですが、その姿、先進的な女性像は現代の観客をも魅了するのだと思います。
そして、世の中、人は誰しも仮面をつけて生きている。その中で自分が何者であるかに向き合うことというのも、現代に響くテーマです。そんなマタ・ハリのドラマティックで演劇的な人生を音楽で描きました。
つまりマタ・ハリは「演劇的な題材そのもの」。彼女の人生は現実よりもドラマティックで、舞台にふさわしい物語を備えていました。本作を通して、素晴らしいキャストが届けるパッションを感じてください。
【稽古場のエピソード】
稽古中には、加藤さんがアルマンとラドゥーの2役を演じるため、ご自身も含め「今どっちだっけ?」と混乱する場面もあったとか。すると甲斐さんは「二人の男」のシーンが“二人のアルマン”になったと笑いを誘い、和やかな雰囲気の中で作品が練り上げられてきたことがうかがえました。
続いては、公開ゲネプロの模様をレポートいたします。
【ミュージカル『マタ・ハリ』公開ゲネプロレポート~戦禍の緊張と甘美なロマンスを極上の音楽に乗せて~】
公開ゲネプロ(マタ・ハリ:柚希礼音さん、ラドゥー:加藤和樹さん、アルマン:甲斐翔真さん)をレポートいたします。(撮影:岡千里)
マタ・ハリ役は初演から同役を務める柚希礼音さん。そこに居るすべての人の心を捉えて離さないマタ・ハリ。そのカリスマ性に説得力をもたせる柚希さん。アルマンの前で見せる「かわいらしさ」も印象的です。誰が敵で、誰が味方かもわからない。気持ちを張り詰めて生きてきたマタ・ハリが、安らぎの場所を得た喜び。愛を知り、ますます強くなる──彼女が本来持っていた純粋さを感じさせます。
また、会見でお話されていた「生き延びる」ことへのマタ・ハリのエネルギー。困難に立ち向かうほどに強く、美しくなる姿に、マタ・ハリの人生経験がにじむ。そして空間を掌握し、魅せる技術とともに、表現者としてキャリアを重ねてきた柚希さんの内面の充実がマタ・ハリの人生をリアルなものにします。
マタ・ハリに真っすぐな愛を示す若き青年パイロットのアルマンは甲斐翔真さん。命を懸けて祖国を守ろうとする、純粋さと情熱を持ち合わせたアルマンが、マタ・ハリとの出会いをきっかけにどう変化していくのか。
二人の出会いの場面。怪我をしてマタ・ハリに手当をしてもらい、そのまま彼女の部屋で寝てしまったアルマン。朝を迎えて、ベッドから大胆に転げ落ちる微笑ましさ、二人で見た朝焼け──戦時下、常に死と隣り合わせの日々に訪れる甘美な時間にうっとりです。
一方で、戦闘機パイロットとして仲間たちの前に立つアルマンはまた別の顔を見せます。死をも恐れない強き軍人として仲間を、飛行を恐れるピエール(長江崚行さん)を鼓舞する場面の力強さ。その後に直面する大きな葛藤も含め、その瞬間の感情の発露に噓がない。お芝居、歌唱両面で、新しい甲斐さんに出会え、大きな喜びを感じました。
そんなアルマンが全力でぶつかっていくのが──
ラドゥー大佐を演じるのは加藤和樹さん。フランス諜報局員としてのゆるぎない愛国心と、戦争の終結が見えないことへの焦りからくるいらだち、マタ・ハリへのゆがんだ愛情の表出を表裏というだけでない、一人の人間に複雑に内在するものとして立ち上げます。
そして、カチッと整えられた髪を振り乱してもがき苦しむ姿をも美しい。葛藤する男の美しさは、不思議と悲しみ呼び起こすのです。誰も幸せにならない戦争を印象付けるキャラクターです。
アルマンとの対比で言えば、「大人の色香を纏うラドゥー」を、深みのある歌声、繊細な旋律に込められた感情の起伏を歌唱で届けます。甲斐さん演じる若きアルマンの全力を、どっしりと受け止める加藤さんのラドゥーに圧倒されます。ここまでラドゥーを深めた加藤さんが演じるアルマンとは──ラドゥーを観た直後だと想像がつかないのですが、それだけに期待が膨らみます。(記事後半で、早速届いた加藤アルマン舞台写真もご紹介しております)
こちらは、常にマタ・ハリの身を案じ、見守る衣裳係のアンナ。春風ひとみさんが演じます。すべての言葉にマタ・ハリへの愛がにじみ、「彼女らしさ」を大切に、優しく背中を押す。誇り高く生きるマタ・ハリのよき理解者です。
ドイツ軍の軍人ヴォン・ビッシングを演じるのは神尾佑さん。確かなお芝居で、冷徹で知略に長けた、諜報戦を象徴するキーパーソンとしての存在感を見せつけます。スリリングなシーンも見ごたえあり!
ギリギリの状況にいるのは主要人物だけではありません。幕開きから、明日を迎えられるかもわからない人々の切実な声が耳に残ります。一人一人の声が束になって迫りくるときの圧──脅かされる個人と国家としての集団、誰もが“普通の幸せ”を希求する声や姿は、現代を生きる私たちへの大きなメッセージとなって届きます。マタ・ハリの生き様、男たちとの駆け引き、ロマンスを主軸にしながら、市民から上流階級、軍人たちまで、あの時代を生きた人々の息づかいと世の中の緊張感を舞台にもたらすアンサンブルワークにも拍手を!また、三井聡さんのダンスや、完全な暗転ではなく一部に光を残す形でシーンとシーンを繋げることで、物語が美しく展開させる様子も印象的でした。
そしてその一つ一つの景色の中にある楽曲。感情の高ぶりを増幅させ、人間ドラマをよりドラマティックに、ロマンティックに彩るフランク・ワイルドホーンさんらしい「これぞミュージカル楽曲」が揃っています。
生きることが困難な世の中で、マタ・ハリの美しい舞が求められた理由。どこか祈りにも通じるような芸術が果たす役割についても考えるのでした。
ここでダブルキャスト(マタ・ハリ:愛希れいかさん、ラドゥー:廣瀬友祐さん、アルマン:加藤和樹さん)の舞台写真もご紹介いたします。
戦時下を生き抜いた伝説的ダンサー、マタ・ハリ。彼女の壮絶な生き様と愛を描くミュージカル。キャスト・スタッフの皆さんが口を揃えて語るのは「生き抜く力」と「美しさ」。観客は、舞台に立ち、そこに生きる人々の情熱を通じて、大きなエネルギーを受け取ることでしょう。再々演を迎えることで新たな命を吹き込まれるミュージカル『マタ・ハリ』、いよいよ開幕です!
舞台写真提供:梅田芸術劇場(撮影:岡千里)
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人