昭和の日本を笑いで照らした“ 喜劇王エノケン”が、64年ぶりにシアタークリエ(旧・芸術座)に蘇る!
歌い、踊り、芝居で泣かせる当代随一のエンターテイナー・市村正親さんが、全身全霊で挑む新作音楽劇『エノケン』がいよいよ開幕します。脚本は芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹さん、演出はシライケイタさんが務めます。
物語は、戦前・戦中・戦後を駆け抜けたエノケンの波乱の人生をたどります。浅草の小劇団からスタートし、日本一の劇団「ピエル・ブリヤント(エノケン一座)」を率いた栄光の日々。時代の激流の中で病に倒れてもなお、「笑い」を届けた男の姿が丁寧に描かれます。劇中では「洒落男」「東京節」「私の青空」などの名曲に加え、又吉さん作詞・和田俊輔さん作曲によるオリジナル楽曲「夢や」が、エノケンの人生を象徴するテーマとして繰り返し歌われます。
共演には、花島喜世子と榎本よしゑ(芸者のあい子)の二役を繊細に演じ分ける松雪泰子さん、息子・鍈一と劇団員・田島を真摯に演じる本田響矢さん、そしてエノケンを支える脚本家・菊谷榮を演じる豊原功補さんらが名を連ねます。それぞれの芝居が交錯し、笑いの舞台の裏にある“人間ドラマ”が立体的に浮かび上がります。
かつて、エノケンこと、榎本健一さん自身も立った日比谷の劇場に、再びエノケンの魂が息づく──喜劇に人生を捧げた男を、市村正親さんが出ずっぱりで演じきる姿は必見です。この秋、笑いと涙が溢れるステージに、昭和の輝きがよみがえります。
【囲み取材レポート】
開幕を前に、市村正親さん、松雪泰子さん、本田響矢さん、豊原功補さんご登壇の囲み取材が行われました。

本田響矢さん、松雪泰子さん、市村正親さん、豊原功補さん
「喜劇王」をパワフルに演じる…市村正親さん
──まず、市村さん。いよいよ初日を前にしての今のお気持ちは?
市村正親さん:この役は「喜劇王」ということで、僕はこれまで悲劇が多かったんですけど(笑)、今回はしっかり喜劇王をやろうと思って一生懸命勉強してきました。年齢に負けないように、パワフルに、エノケンを演じております。どうぞお楽しみに。見せ場は……もう出ずっぱりなので、全部見せ場です!
エノケンを愛し支えた二人の女性の演じ分け…松雪泰子さん
──松雪さんは花島喜世子と榎本よしゑ、二役のご出演ですね。
松雪泰子さん:二役の切り替えの部分を楽しんでいただければと思います。早替えの物理的な大変さはありますが、そこにノンストップでエノケンを見つめ続けながら時間が移ろっていくという“演劇の面白さ”を感じています。とにかく駆け抜けるように演じたいです。
市村さん:もう早替えが本当に大変。松雪さんが早替えで舞台に出てきただけで客席がわくんじゃないかな。
家族の絆と「昭和の笑い」…本田響矢さん
──本田さんも二役(エノケンの息子・鍈一と劇団員・田島)を演じられます。
本田響矢さん:鍈一としては、稽古を重ねるの中で、家族のことが本当に大好きなんだなって感じました。家族の絆、紡いできた時間を感じてほしいです。田島はエノケンさんのもとで全力で生きていて、冒頭のシーンなど楽しんでいただけたら。二役ではありますが……(より大変な)市村さんや松雪さんの前で、僕が「大変です」とは言えないですね(笑)。
──稽古場で印象に残っているエピソードはありますか?
本田さん:スリッパ……
市村さん:それは内緒(笑)。
本田さん:はい、内緒です。でも、あるシーンで「昭和の笑い」を学びました。ぜひ見てのお楽しみに!
エノケンを支えた脚本家として…豊原功補さん
──役どころや稽古場の雰囲気をお聞かせください。
豊原功補さん:僕が演じるのは、エノケンとともに「笑い」の舞台を支えた座付作家・菊谷榮です。戦地に向かい、ちょっと悲しい人生を歩むのですが……。舞台自体は、とても盛りだくさんでテンポよくお楽しみいただけると思います。
芸人である又吉さんの脚本が世界観をしっかり形づくっていて、それを市村さんが出ずっぱり、全力で引っ張ってくださる。稽古場は、本当に全員が力を合わせて作り上げていく、「全員参加の作品」でした。
「歌も踊りも恋も別れも病も」──これぞ人生劇
──市村さんは、歌も踊りも恋も別れも、人生のすべてが詰まっている役どころですね。
市村さん:本当ですね。台本では冒頭の場面で歌うのは、一曲だけでした。でも「これじゃ足りない」と思って二曲増やして、結局三曲歌います(笑)。お客様に喜んでもらいたいから。エノケンの私生活や稽古場での姿を知る方は少ないですが、今回は又吉さんがそこをしっかり描いてくれました。その部分を丁寧に演じたいです。
──曲を増やすというのも大変なことです。
市村さん:そう、自分に苦労、困難を与えると、その分お客さんが何かを感じ取ってくれる気がする。楽な道よりも、苦しんでいる姿がエノケンの物語には正解かもしれません。あとは身体がもつか……いや、もたせます!(笑)
──ご自身とエノケンが重なる部分もありますか?
市村さん:稽古を重ねるうちに、自然とエノケンが生きた時代に自分も生き始めている感覚になりました。今は、役者を目指していたころの“青春”を思い出しながら演じています。
エノケンさんは歌って踊って芝居の人。僕も同じです。だんだん踊りができなくなってきて、膝も痛い(笑)。だからこそ、エノケンの苦しみや哀しみを実感として演じられる。途中から「エノケンなのか自分なのか」わからなくなる瞬間があります。
──市村さんは本当に出ずっぱりでパワフルなお芝居を見せます。本田さんから見た市村さんの印象は。
本田さん:市村さんが疲れている姿、一度も見たことがないんです。

(市村さんがその場で疲れたそぶりを見せて)

本田さん:……今初めて見ました(笑)。
演劇人の汗と涙、輝きをつなぐ~シアタークリエの舞台に立つ喜び~
──今回は、エノケンさんゆかりの“シアタークリエ(旧・芸術座)”での上演ですね。
市村さん:芸術座時代からいろんな芝居を観てきましたが、シアタークリエの舞台に立つのは今回が初めて。ここには多くの人の歴史がある。そして今もその先輩方が、見守ってくれていると感じます。この舞台に立てるのが本当に幸せです。
豊原さん:エノケンさんが芸術座に立たれたのは昭和30年代。僕が生まれる前のことです。でもその時代に作られた芝居の精神ものが、今も舞台に息づいている──そういう脈々と続く歴史を感じながら立てることが嬉しいですね。
──昭和が舞台ですが、本田さんから見てどう感じましたか?
本田さん:エノケンさんのように日本を明るく照らした人がいたことを、僕と同世代、そして下の世代の人たちにも知ってほしいです。そして、エノケンさんをはじめとする先人たちが紡いできた歴史を感じる舞台でお芝居ができることを、僕も幸せに思います。
──シアタークリエでの公演の後には、ツアー公演も待っています!松雪さんの故郷、佐賀でも公演があります。
松雪さん:地元・佐賀で公演できるのが本当に楽しみです。文化庁の取り組みで、
子どもが無料で観劇できる企画もありますので、ぜひこの機会に舞台芸術に触れてほしいです。
──最後に、市村さんより全国で楽しみにされている皆さんへ、一言お願いします。
市村さん:全国の皆さん、この『エノケン』は本邦初演です。喜劇王・榎本健一という素晴らしい人間と、彼を取り巻く人々の物語、いい感じに仕上がっていると自負しております。ぜひ、音楽劇『エノケン』にご期待ください!
【ゲネプロレポート】
「洒落男」「エノケンの月光値千金」「東京節」、エンターテイナー“市村エノケン”の登場に心躍る観客。この幕開きに、観客は物語の舞台となる“あの頃”に一気に引きこまれます。すると一転、終演後の薄暗い舞台上へ。そこにいるのは痛みに耐えるエノケンと息子の鍈一。父を慕う息子に、お約束のエノケンの思い出話が始まります。(以下、物語に触れます)
華やかなステージと舞台裏の過酷さ、この対比がエノケンの人生を象徴します。市村さんが演じる“人間エノケン”がたまらなく愛おしい。そして父を尊敬し、母を思いやる息子、純粋で優しい鍈一を、やわらかい声、口調、眼差しで演じるのは本田響矢さん。笑いも涙もあるのが人生、でも少し涙が多いかもしれません。
ときは遡り、エノケン、若かりし日へ。(この「とき」を伝えるのが“めくり”というのが心憎い!)エノケン率いる一座のいつもの日常。
妻で花形女優の花島喜世子や座付作家の菊田一夫、若い劇団員の田島太一、さらに行きつけの飲み屋でエノケンと出会い、絵描きから座付作家に転じた菊谷榮という仲間たちと、新しい演劇をつくることに精を出すエノケン。エネルギーに満ち溢れています。
妻として、座員として、夫・座長のエノケンを支える喜世子、すべてお見通し、気風のいい頼れる女性像、“小股の切れ上がったいい女”という昭和の香り漂う女性像を、松雪さんが粋に演じます。そんな喜世子が見せる母の顔、「赤とんぼ」の優しい歌声も見どころです。
飲み屋には、エノケンファンの芸者のあい子(松雪さん、二役)もやってきて。真っ直ぐにエノケンを見つめる眼差し、全力でエノケン愛を伝えるあい子。喜世子とは異なる魅力を持つもう一人の女性を、松雪さんが可憐に演じます。会見でもお話のあった、早替えですが、その大変さを臨場感のある笑いに変える台詞もあって、生の舞台の面白さを味わえます。
小松利昌さんが演じる菊田一夫は温厚で情に厚く、本田さんは二役目の“当時の現代っ子”田島太一をはつらつと演じます。いわゆる師弟関係となるエノケンと田島、いつの世も、「まったく、今の若い者は」なのです。熱血指導のかみ合わない面白さは笑いを誘います!
ほかにも「さすが笑いのプロ!」と言いたくなるような日常の何気ないやり取りに笑いが溢れる、そんな“くすぐり”がいっぱいです。
しかし、次第に戦争の影が迫り──
「新しい演劇を作る」、ともに夢を語り合ったエノケンの朋友、菊谷のもとについに召集令状が届きます。戦地へ赴く菊谷を品川駅に見送るため、観客に舞台を抜ける許しを請うエノケン。「行ってこい!」と送り出す観客、決して明るいシーンではないのですが、そんな信頼関係、人情の温かさを感じます。そして──志半ばで命を落とす者、不屈の精神で再び立ち上がる者、時代に翻弄されながら生きた人間たちの慟哭が耳に残ります。
そして終戦からしばらくすると、エノケンを病魔が襲います。足の指を切断し、喜劇俳優人生の危機をむかえるものの、強い精神力と家族の支えで復活を遂げるエノケン。見事な回復!
自らも病弱でありながら、懸命に父を勇気づけ、リハビリに付き合う鍈一。
深い苦悩のシーンにも笑いを生み出す、芸人でもある又吉さんの筆が冴え、それに応える市村さんの妙技ともいえるお芝居に泣いたり笑ったり大忙しです。
大切な人との別れや病、戦争などエノケンの人生には数多の困難が押し寄せますが、家族や仲間、そして彼の笑いを求める観客の存在によって再起を図る喜劇王エノケン。喜劇に生き、喜劇に生かされる男の生き様を、おなじみの既存楽曲や心情を吐露するオリジナル曲に乗せて描く音楽劇『エノケン』。バンドの生演奏も物語に寄り添います。
苦難の時代を生きる人々を勇気づける演劇、娯楽の力、それに情熱を燃やす人々の思いがあふれる台詞の数々にも胸が熱くなる。人とともに生きる喜びが溢れる舞台です。
おけぴ取材班:chiaki(囲み取材撮影・文)監修:おけぴ管理人