新国立劇場バレエ団の2025/2026シーズンは、バレエ団が誇る定番レパートリー、フレデリック・アシュトン振付の『シンデレラ』で幕を開けます。色鮮やかでリズム感あふれるプロコフィエフの音楽にのせ、英国のエレガンスとユーモアを織り交ぜて描かれる名作。前向きに生きるシンデレラ、コミカルな義理の姉たち、美しい仙女と四季の精など、魅力的な登場人物が織りなす夢の世界。シンデレラがポワントで階段を降りる舞踏会の場面や、12時の鐘とともに魔法が解ける瞬間など、息をのむほど美しいシーンの連続です。
心を温まる愛の物語として、観る人を幸福な余韻に包む『シンデレラ』。札幌公演を経て、いよいよ新国立劇場 オペラパレスでの公演が始まります。

『シンデレラ』過去公演より
撮影:瀬戸秀美

撮影:鹿摩隆司
新シーズン開幕を飾る『シンデレラ』で、主役を務める池田理沙子さんと水井駿介さんにお話を伺いました。
【アシュトン版『シンデレラ』の奥深さ】
──まずは昨シーズンの振り返りからお聞かせください。
池田さん)
“激動の一年”でした。『眠れる森の美女』のオーロラ姫を踊らせていただいて、自分の中で何かひとつ掴めた感触がありました。その後も『くるみ割り人形』『火の鳥』『ジゼル』『不思議の国のアリス』、そして『ジゼル』ロンドン公演と挑戦の連続で、本当に充実していて!自分自身が変わるチャンスをたくさんいただけたシーズンでした。
──水井さんは、新国立劇場バレエ団での最初のシーズンでした。
水井さん)
僕は、10代からヨーロッパで踊り、その後は牧阿佐美バレヱ団で活動し、30代になり新国立劇場バレエ団に入団。新たな環境で「また1からスタートしよう」という意気込みで臨んだシーズンでした。これまでに踊ったことのある演目でも、バージョンが違うのでシーズンを通してすべて“初めての演目”。大変だった分、自分と深く向き合えた一年でした。
──そして『シンデレラ』で新しいシーズンが始まります。池田さんは再びシンデレラ役を踊り、水井さんは王子役で新国立劇場バレエ団での全幕主役デビューを飾ります。
池田さん)
『シンデレラ』は、新国立劇場に入って初めて主演させていただいた思い出深い作品です。最初に踊った時は、アシュトンならではのステップや音の取り方が本当に難しくて。顔の角度、手の位置など細かく決まっていますし、音楽に対する感覚も非常に大切になってくるので、それを習得するのにかなり苦労したことをよく覚えています。
今は、これまでの経験を活かせているという手応えを感じられるところもあります。また、前回はコロナ禍の影響でリモート指導でした。当時は直接ご指導を受けられなかったところ、今回は指導でマリン(・ソワーズ)さんが来日されたことが本当に嬉しく、何よりもこの貴重な機会に心から感謝しています。できる限り多くのことを吸収しながら、駿介くんと一緒に、丁寧に作品を作り上げていきたいです。
──アシュトン版『シンデレラ』と仲良くなってきている感じでしょうか。
池田さん)
何度も取り組むことで、ステップが身体になじんでくる感覚があります。まだ完璧には程遠いので、さらに練習を積み重ねなければいけませんが。そして、本作ではステップだけでなく1幕や3幕では小道具の使い方もポイントとなります。吉田(都芸術)監督からも、シンデレラのキャラクター性が自然に伝わる箒やショールの使い方を丁寧にご指導いただいています。総合的に高められればと、リハーサルに励んでいます。
──水井さんは、この大役を任された時は、どのような気持ちでしたか。
水井さん)
キャストが発表された時はもちろん嬉しかったですが、これまでの経験で主役の大変さを知っているからこそ、「新国立劇場での主役」が現実となり、嬉しさとともに、いろんな意味で見えないプレッシャーがのしかかってくる感じでした。
──稽古が始まってからの手応えはいかがですか?
水井さん)
アシュトン版はやはりステップが独特で、同じクラシックバレエでも違う動きです。最初、そのニュアンスに慣れない内はぎこちないように感じられましたが、馴染んでくると滑らかに、美しく見えるようになる。踊ることで「なるほど!」とわかる発見もたくさんあります。
あと、マリンさんがクラシカルな表現を教えてくださるんです。新しいものというより、あえて昔のニュアンスに戻るような指導で、それもとても興味深いです。
──確かに興味深いです。新国立劇場バレエ団でも繰り返し上演されている演目、このシーズン中に100回目を迎えるからこその原点回帰とでも申しましょうか。それがもたらす“新鮮さ”にも期待しています。
【“ポジティブなシンデレラ”と“自然体の王子”】

『シンデレラ』過去公演より
撮影:瀬戸秀美

『シンデレラ』過去公演より
撮影:瀬戸秀美
── 池田さんが思うシンデレラ像とは。
池田さん)
私は、最初から「こういうシンデレラにしたい」と決めすぎないようにしています。舞台は、その時その時のもので、同じ演目でも毎回違う瞬間が生まれる。それを大切にしています。そのうえで、客観的に見ると、私の中ではシンデレラは「何ごとにも屈しない、ポジティブな女の子」。1幕ではお父さんやお義姉さんたちは舞踏会に行ったけれど自分は行くことができない。そんな時も、身近なもので楽しさを見つけるような。そういう切り替えのできる前向きな子だからこそ、仙女が現れて、夢の舞踏会に導かれる。シンデレラの人間性に惹かれた人たちの助けで展開し、最後に王子との幸せが待っている。そんなストーリーの中で、シンデレラを演じようと思っています。
──ご自身に重なるところはありますか
池田さん)
落ち込んでも一晩寝たら「まあいいか」と切り替えられるタイプなので、そういう前向きさはシンデレラと似ているかもしれません(笑)。
──水井さんは、『シンデレラ』の王子をどんな人物だと捉えていますか。
水井さん)
『シンデレラ』の王子は、他の作品の王子たちに比べてドラマ性や、描かれているバックグラウンドなどの情報量は少ないように感じます。だからこそ「立ち姿」や「佇まい」で王子としての存在感を出すことが重要になってきます。リハーサルでも「自然体、等身大の王子にしてほしい」とアドバイスをもらうのですが、僕の等身大だと王子としての存在感が弱く見えてしまう。“自然体の王子”を演じるのは、僕にとっては難しいんです。
──そこからパ・ド・ドゥなど華やかな踊りへと繋がっていくのですね。
水井さん)
踊りだしたら急に王子になるのではなく、立っている時と踊っている時の存在感にギャップがないようにしたい。いろいろと悩んでいたら、宝塚(歌劇団)好きの妻から「(宝塚の)男役さんを見てみたら?」と言われて。目線や立ち姿の見せ方の研究をしました。どのように理想とする男性を演じるのか、興味深かったです。
──池田さんから見た水井さんの王子は?
池田さん)
駿介くんは“自然体の王子”が難しいとお話されていましたが、私の中ではちゃんと駿介くんらしい自然体で嘘のない、優しく見守ってくれる王子です。リハーサルでもすごく話し合って、ひとつひとつ確認しながら作っています。
【ダンサーとして目指す方向性が似ている】

『ジゼル』ロンドン公演より ペザント パ・ド・ドゥ
Photo by Tristram Kenton
──ともに新国立劇場バレエ団では『シンデレラ』で全幕主役デビューという共通点もあるお二人。池田さんにはデビューに挑んでいる水井さんの姿はどう映りますか。
池田さん)
同い年というのもあって本当に話しやすいですし、コミュニケーションが取りやすいです。経験値の違いもあり、私が主役デビューの時は、もう右も左もわからず、緊張でいっぱいいっぱいでしたが、駿介くんは堂々としていて頼もしい。たくさん支えてもらっています。私の踊りについてのアドバイスもくれますし、女性をきれいに見せてくれるサポートにも感謝しかありません。
水井さん)
お互い気を使わずに何でも言える関係だから、リハーサルでも「ここ、ちょっとやりづらいよね」と率直に話せます。また、理沙子ちゃんはアシュトン版『シンデレラ』を何度も踊っているので、僕が慣れない時期、いろいろと導いてくれて本当に助かりました。それを経て、今はお互いに「じゃあこうしてみよう」と意見を出し合い、より良くしている段階です。
──シンデレラを演じる池田さんのダンサーとしての魅力は。
水井さん)
理沙子ちゃんは、どの演目でも本当に器用にこなしていて、僕が目指す「丁寧でクリーンに綺麗に」という踊りを体現しています。ダンサーとして目指す方向性が似ていると感じます。『シンデレラ』は2幕のキラキラしたシンデレラが理沙子ちゃんにぴったり。僕も、それにふさわしいキラキラした王子でいたいと思わせてくれます。
【“運命の出会い”をどう描くか】

『シンデレラ』過去公演より
撮影:瀬戸秀美

『シンデレラ』過去公演より
撮影:瀬戸秀美
──たくさんあると思いますが、お二人で深く話し合い、時間をかけて作ったシーンをひとつ挙げるなら。
水井さん)
宮殿で王子がシンデレラを見初めるシーンはとても大事にしています。階段から降りてくるシンデレラを王子が迎える、そこで運命の人に出会った “ビビビッ”とくるような化学反応を感じていただけるように、目線や手の動かし方で、一目惚れのドキドキ感を出したいと。
池田さん)
あの一瞬で世界がガラリと変わるインパクトを残したいよね。たくさんリハーサルを重ねるうちにどうしても慣れが出てしまうけれど、頭で考えたものを手放し、心で感じたものを、素直に、身体を通して表現したいです。
水井さん)
本当に、初めて出会った二人が見つめ合うその瞬間、まるで時が止まったかのように感じられたら──それが理想です。宮殿にいる人々は皆、同じ時間の流れの中にいるはずなのに、シンデレラが現れたことで、王子とシンデレラだけの時間軸がふと止まり、あるいはゆるやかにほどけていくような。そんな一瞬を描けたら素敵だなと思っています。
──素敵なシーンになりそうです。ふわりと舞うベールに包まれたシンデレラの美しさも際立つあのシーン、王子の表情にも注目ですね。
【「好き」という気持ちを忘れずに】
──お二人の舞台を拝見していると、役どころとは別次元のところで、いつも踊る喜びに溢れているように感じます。踊るうえで、お二人が大切にしていることは?
水井さん)
「バレエが好き」という気持ちを忘れないことです。好きだからこそ悩むこともありますが、それでも踊りたいという思いがあるから続けてこられました。好きという気持ちがすべての原動力です。それが観ている方には“喜び”に見えるのだと思います。
池田さん)
私も同じです。好きという気持ちだけでここまで歩んできました。バレエのおかげで人間的にも成長でき、今の自分があります。うまくいかない時も“これは乗り越えるチャンスをバレエがくれたんだ”と思うようにしています。そこはちょっとシンデレラにも通じるところかもしれません。これからも踊れる環境があること、支えてくれる人たちへの感謝を忘れずに踊っていきたいと思います。
──最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。おけぴの会員さんはバレエファンもさることながら、普段はミュージカルや演劇をご覧になっている方が多くいらっしゃいます。まだバレエを観たことのない方をお誘いするなら?
池田さん)
バレエには台詞がありません。そこに少し壁を感じるかもしれませんが、一度観ていただくと、身体の雄弁さを実感されるのではないでしょうか。身体表現だけで言葉が聞こえてくるような瞬間がたくさんあります。特に『シンデレラ』はストーリーもわかりやすく、衣裳も音楽も華やか──五感で楽しめる舞台ですので、気軽に劇場にいらしてください。
水井さん)
理沙子ちゃんがすべてまとめてくれました(笑)。付け加えるなら、意外と他のジャンルの舞台で直球の“シンデレラ”を観る機会はないですよね。バレエならではの見せ方が、おとぎ話の『シンデレラ』をどなたの心へも届く作品にしてくれているのだと思います。ぜひ、バレエで『シンデレラ』を楽しんでください。劇場でお待ちしています。
◆お二人のお話に何度も膝を打つおけぴスタッフ。“箒がおともだち”のごとく健気に、楽しそうに踊るシンデレラや、舞踏会に登場するシーンの息をのむ美しさがよみがえったのはもちろん、大人になって『シンデレラ』に触れたのが、このバレエ作品だったことも思い出させてくれました。シンデレラの純粋さ、王子との出会いのきらめき、個性的な義理の姉たちや美しい仙女、カボチャの馬車……“ワクワク”がぎっしり詰まった『シンデレラ』。新国立劇場バレエ団のダンサーによる確かな踊り、表現で届けられる至福の時間は、明日への活力をくれるはずです。新国立劇場 オペラパレスで気忙しい日常を忘れ、しばし夢の世界を楽しみましょう。
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人