耽美と繊細、静けさのなかに宿る確かな力
幕が上がった瞬間、静寂を切り裂くようにルキーニの声が響くと、その一声で空気が一変し、観客は一気に緊迫する。そして、ハプスブルク帝国最後の皇后エリザベートの時代へと引きずり込まれます。死者たちが語る、エリザベートの真実。
東宝版初演から25年。幾度となく上演されてきた名作が、今、再び新しい命を得ました。まずお届けするのは、エリザベート役:望海風斗さん、トート役:古川雄大さんの回のゲネプロレポートです。耽美と繊細、静けさと緊張感が共存する世界で、運命に果敢に挑む一人の女性の物語が始まります。(レポ後半にダイジェスト動画あり)
望海風斗さんのエリザベート──自我の芽生えとともに立ち上がる力強さ
自我の芽生えとともに、シシィ本来の強さが増し、その力は歌声となって劇場に響きます。望海さんのエリザベートは、愛を信じるまっすぐさと我の強さ、その絶妙なバランスが魅力です。ハンガリーの地で民衆の心をつかんだのは、その美貌だけでなく、高いカリスマ性、そして気高き精神によるものでしょう。
「私が踊るとき」での古川さんのトートとの対峙で迫力も見どころ。互いに駆け引きを繰り広げる中での、確かな歌唱力が光ります。また、そこで見せる甘美な表情など、ハッと息をのむ瞬間が幾度となく訪れました。目的のためには手段を択ばぬしたたかさを見せつつも、愛を求め続ける女性。“生まれる時代を間違えた”という言葉がぴったりの、自由を愛するモダンな感性を宿したエリザベート像です。一人の女性の生き方を体現するとともに、現代に語り掛けるような望海エリザベートです。
古川雄大さんのトート──耽美の極みに宿る静寂の支配
トートとして降臨した瞬間、劇場の空気がふっと変わります。古川さんのトートは、光ではなく“影”の美をまとい、静寂のうちに世界を掌中に収めていきます。その存在に声を荒げる必要はありません。ただ、ささやくような一音、一呼吸で観客を死の誘惑へと誘います。「愛と死の輪舞」では、戸惑いと誘惑、そして愛への確信が、まるで波紋のように広がっていきました。声の表情が移ろいが、観る者の心を掴んで離しません。左手でふと自らの右頬に触れる仕草には、確かな意志が見える。耽美で繊細でありながら、絶対的な存在でもある。古川さんのトートは、静けさの中に宿る力で舞台を支配する“死”として息づいていました。
前回公演から引き続き、全公演地で役を担う古川さん。こうしてトート役のイメージを手中に収めてもなお、新たな挑戦を続ける。“古川トート”を確固たるものとする2025年公演になりそうです。
田代万里生さんのフランツ──威厳と温もりのはざまで
端正さと温かさを兼ね備えた歌声、説得力ある台詞回し。田代さんのフランツは、皇帝としての矜持を保ちながら、一人の男としての愛と苦悩を抱えます。若き日の情熱はそのままに、晩年の哀しみや懇願の中に、人生を経た人間の深みを感じさせました。「悪夢」のシーンでは、シシィを守ろうとする情熱的な愛が爆発します。偉大な皇帝でありながらも、人としての弱さを見せるフランツ像を丁寧に描いていました。
伊藤あさひさんのルドルフ──短くも鮮烈な光
少年ルドルフから引き継ぐしなやかさと気品を持ち、その身体から発せられる歌声は力強い。ルドルフの内面を感じさせる。父フランツ、母エリザベート、そしてトート――伊藤さんのルドルフは、三者との関係性を短い時間の中で的確に築き上げ、とりわけトートとの対峙では、感情が生々しく交錯します。線の細さの中に確かな強さを秘め、若者の苦悩と孤独がまっすぐに胸に届きました。
尾上松也さんのルキーニ──狂言回しとしての確かな支配力
口跡の良さ、外連味、挑発するような視線。松也さんのルキーニは、物語の内外から世界を操る存在として自在に機能していました。耽美な世界の中にあって、あえて異質であることで作品を引き締め、緊張と緩和を生み出します。トートとの化学反応も見事で、最後に“語り手”から“登場人物”へと変化する瞬間の切り替えも圧巻でした。久々の松也ルキーニの帰還が嬉しくなります。
そして、未来優希さんが演じるのは、気品と人間味を併せ持つルドヴィカ、そしてハリのある歌声で娼館を支配する俗っぽいマダム・ヴォルフの二役。生きる場所も立場も異なる二人を一人の俳優が演じる妙。「身分は違っても、人間、そんなに変わらない」――そんな言葉を体現するような説得力がありました。
涼風真世さんのゾフィは、ハプスブルク家の誇りとプライドの高さが際立ちます。時代の移ろいに取り残されながらも、帝国を支えた女としての信念を最後まで貫きます。その生き様は、滅びゆく帝国そのものの象徴。最期の姿には涙が滲みました。
“生き方”という問いを観客に残して
幕開きの尋問シーンから最後の一瞬まで、緊張感が途切れることのない密度の高い舞台です。全編を通して見どころに満ち、豪華キャストがそれぞれの人生を全うしています。東宝版初演から25年を迎え、『エリザベート』は新たな息吹を得ました。切実なテーマ――「あなたはどう生きるのか?」という問いが、劇場を出たあとも静かに、確かに心に響き続けます。
続いては、
エリザベート役:明日海りおさん、トート役:井上芳雄さんのゲネプロレポートをどうぞ!
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ライブ配信対象公演東京公演:
2025年11月29日(土)12:00公演※東京公演千穐楽
福岡公演:
2026年1月30日(金)17:00公演
2026年1月31日(土)12:00公演※大千穐楽
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人