エリザベート役:望海風斗さん、トート役:古川雄大さんの回のゲネプロレポートに続いて、もう一組、エリザベート役:明日海りおさん、トート役:井上芳雄さんのゲネプロレポートをお届けします。(レポ後半にダイジェスト動画あり)
重厚感と迫力、生の鼓動で描く“死”
明日海りおさんのエリザベートが舞台に立つと、そこに宿るのは「儚さ」と、確かな「生」。その声、その動きの一つひとつが、束縛された世界を打ち破るようなエネルギーを放ち、美しさの奥に強靭な意志を秘め、運命に抗いながらも“生きる”という選択を貫きます。対峙する井上芳雄さんのトートは、圧倒的な支配力の黄泉の帝王。甘美な誘惑で誘う古川雄大さんのトートとはまた違い、井上芳雄さんのトートは力で包み込む“死”。19世紀後半のハプスブルク帝国末期のオーストリア 、時代の変革期を迎えた世の中と、井上トートが作り出す黄泉の世界のはざまで葛藤するエリザベートを明日海さんが全身全霊で演じる舞台をレポートします。
明日海りおさんのエリザベート──秘めた強さで運命に抗う
登場時の少女時代の可憐さに心を奪われるのは、トートだけではありません。おてんば娘が、オ―ストリア皇帝と結婚、結婚生活の孤独、自由を奪われ、やがて自我に目覚める。比類なき程の美への執着の裏にあるのは、完璧ではない人間としての葛藤なのかもしれません。迷いながらも、自分の人生を選び取ろうとする女性の姿。
製作発表会見で不安を口にしていた明日海りおさんが、舞台上では凛とした存在として立ち続ける――その強さに息をのみました。のびやかでまっすぐな歌声は、時に切実。年齢を重ねるごとに深まる悲しみや孤独を内に抱え、やがてトートと対等に向き合う成長を見せます。トートダンサーたちに翻弄されるシーンでも、音楽的な身体表現でその世界に身を委ねる姿が美しい。その繊細な芝居の積み重ねが、戦い抜く女性のリアリティを作り上げていました。
井上芳雄さんのトート──帝王として君臨
登場の瞬間から、まさに「帝王」です。井上さんのトートは、その一歩、その息遣いにまで重力が宿っています。深みのある圧倒的な歌声が劇世界を包み込み、観客をもその支配下に置く。「愛と死の輪舞」は、井上トートの世界へようこそ――そう語りかけるような迫力で、生者を飲み込む“死の熱”を感じさせました。一方で、シシィを生かすと決めた表情の奥には、“死”でありながら一人の“愛する者”としての戸惑いが垣間見えます。「最後のダンス」恭しく頭を垂れる姿は、美しさと妖しさが同居し、長年この作品とともに歩んできた井上芳雄さんという俳優が立ち上げるトートのひとつの境地を感じさせました。静の古川雄大さんに対し、井上芳雄さんは動。命の鼓動と死の支配、その緊張が観客の胸を強く打ちます。
また、東宝版『エリザベート』の25年の歴史はミュージカル俳優・井上芳雄さんの歴史でもあります。ルドルフ役で鮮烈なデビューを飾り、今はトートとして君臨する。本作だけでなく、ミュージカル界に君臨する井上さんのトートを、節目の年に見られることに感謝です。
佐藤隆紀さんのフランツ──皇帝としての宿命と静かな愛
皇帝として生きるべく育てられ、皇帝であり続けた男。佐藤さんのフランツには、純粋培養のノーブルさと、決して心を乱さない強靭さを感じます。常に皇帝であり続けたその生き方は、過酷な宿命を背負う者のものです。ラストでようやく、内に隠していた愛情を吐露する瞬間──そこに自らを律して生き続けたフランツの悲劇性を強く感じます。言葉を音符に乗せて、感情とともに明瞭に届ける技術、威厳ある歌声が、フランツ像を確立させていました。
また、香寿たつきさんが演じるのは、ハプスブルク家の誇りを背負い、生涯を帝国に捧げたゾフィ。ピンと伸びた背筋が語る歴史の重み。強く、厳しく、その根底にあるのは“家”への大きな責任感。削ぎ落とされた芝居だからこそ、言葉の一つひとつが鋭く届く。香寿さんのゾフィは、帝国そのものの矜持を体現していました。
中桐聖弥さんのルドルフ──孤独と憧憬の果てに
父にも、母にもその声、思いは届かず、孤独の中で苦悩するルドルフ。新たな世界、自由を求める姿は、若きエリザベートの影のようでもあります。若さと落ち着きの両面を感じさせる歌声に宿る焦燥と、追い詰められていく過程の緊迫感。トートへの接吻には、死を“安らぎ”として受け入れる説得力がありました。中桐さんのルドルフが描き出すのは、若さゆえの暴走と儚さの物語です。
黒羽麻璃央さんのルキーニ──時代の証言者
混迷の社会が生んだ犯罪者。黒羽さんのルキーニは、闇を纏い、狡猾で、人間臭さを残します。民衆を煽り、トートに怯え、罪を逃れるためにシシィを利用しようとしているのか──真意を煙に巻くことで生まれる余白を感じます。その中で、「憎しみ」(Hass)の場面で見せる憎悪の高まり、その圧は確かなものでした。狂気を帯びるルキーニ、その存在が、作品に陰影を与えていました。
“生”と“死”の狭間で生き抜く
井上芳雄さんと明日海りおさん──互いの存在がぶつかり合うたび、舞台は熱を帯びていきます。 “生の躍動”で心を震わせるような時間でした。トートが支配する死の世界で、エリザベートが貫いたのは“生きたい”という人間の本能。その二つの力がせめぎ合うたびに、劇場に生まれる新たな鼓動。常に、今、描き出されてきた『エリザベート』を見て、25年を経て、世界はどう変わったのだろうか。そんなことも頭をよぎりました。
本作では、音もなく忍び寄り、世界を変えていくトートダンサーの存在も忘れてはなりません。シルヴぇスター・リーヴァイさんによる珠玉の音楽、その一音、一音に乗せいびつに躍動する身体。それが人あらざる者の魅力となって、気づくと見入ってしまいます。特に背中の雄弁さが印象的。ほか、アンサンブルキャストのみなさんも様々な階級の登場人物たちを巧みに演じ分け、時代と世界を作ります。
◆古川さんのトートが夢の中の幻影のように美しく囁くなら、井上さんのトートは大地を踏みしめる重力を持つ帝王。耽美の果てにある静けさと、圧の中に潜む執着と狂気──そのいずれもが『エリザベート』という作品の深みを作っています。さらにツアー公演から加わる山崎育三郎さんがどんなトート像を見せてくれるのか、今から楽しみです。
そして、タイトルロールのエリザベート。生と死、夢と現、その世界のはざまを揺れる女性を、望海風斗さんと明日海りおさんが、印象の異なる強さで、それぞれのエリザベート像を立ち上げています。圧倒的な歌唱力で運命に真っ向勝負を挑んでいく姿に勇気をもらえる望海エリザベート、確かな演技力で打ちのめされても自らの力で人生を切り開いていく姿に胸を打たれる明日海エリザベート。お二人は、幅広い年代のエリザベートを、歌、芝居、たたずまいで魅せていました。製作発表で、演出の小池修一郎さんがおっしゃっていた、俳優としてのキャリアを積んだ二人が挑むエリザベート役への期待。その狙いがズバリとハマっています。
ここからダブルキャストもシャッフルが始まります。2025年の『エリザベート』がどう進化してくのか。楽しみです。
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東京公演千穐楽及び福岡公演大千穐楽を含む計3 公演の
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ライブ配信対象公演東京公演:
2025年11月29日(土)12:00公演※東京公演千穐楽
福岡公演:
2026年1月30日(金)17:00公演
2026年1月31日(土)12:00公演※大千穐楽
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人