初演から10年、この物語が現代社会に再び問いかける。
あの“ノート”が再び人間界に落とされたかのように──『デスノート THE MUSICAL』がついに幕を開けました。
囲み取材レポートに続いて、公開ゲネプロレポートをお届けします!
幕開きは、とある教室。<法>と<正義>について教師に意見するひとりの生徒、夜神月(ライト)。彼が、「このノートに名前を書かれた人間は40秒で死ぬ」と記された一冊のノート“デスノート”を拾うことで物語が動き出します。
<月、デスノートを拾う>夜神月(加藤清史郎/渡邉蒼)
はじめは「まさかそんなこと……」と思う月。しかし、テレビで報道された幼稚園立てこもり事件の犯人の名前を試しに書いてみると、犯人は心臓発作で息絶えた。
「自分こそが神に選ばれ、犯罪者のいない世界を創る“新世界の神”だ」──。
月はデスノートを用いて犯罪者の粛清を始める。
警視庁刑事局長を父に持つ正義感あふれる高校生から、“新世界の神”へ。フランク・ワイルドホーンらしい力強いビートの楽曲「デスノート」に乗せて駆け上がる疾走感は圧巻です。
鋭い光を放つ加藤さん、奥に熱を秘めた渡邉さん。ダブルキャストの二人の月は違う表情を見せます。
加藤清史郎さんは、プライドを傷つけられてカッとする瞬間、自分の正義に対する若い自負心が滲み、危うさと勢いを併せ持つ月を立体的に描きます。
渡邉蒼さんは、一見“静”だが、その奥に確かな熱量がある芝居。やわらかさの中に迷いと葛藤が浮かび、時折のあどけなさが人間味を帯びさせます。
月の変化により自然に顔つき、目つきも変わってくるような二人。同じゴールへ向かう二つ道筋が示される魅力的なダブルキャストです。
<退屈する死神>リューク(浦井健治)・レム(濱田めぐみ)
死神界から人間界へデスノートを落としたのは死神リューク。理由は“退屈しのぎ”。享楽的なリュークを冷たい眼差しで見つめるのは、生真面目な死神レム。死神にもいろんなタイプがいるようです。
ほどなくして月のもとに姿を現す死神リューク。デスノートとその力を恐れることなく、犯罪者の名前を書き続ける月を面白がる。ただ、リュークは共犯者ではなく、あくまでも傍観者として月を焚きつけたり突き放したり。
浦井健治さんのリュークは、ちょっとダミ声で叫ぶ豪胆な“動”の芝居から、突然すべてを見透かしたような“静”の芝居へ切り替えが鮮烈。真理めいたことをそれまでとはまったく違った声のトーンでしゃべり始めた瞬間の戦慄! 大きなマントを翻し、月を覆うような動きも象徴的です。
<ミサミサとサユ>弥 海砂(鞘師里保)・粧裕(リコ)
月=“キラ”による粛清は世間を騒がせ、インターネット上ではキラを称賛する声が高まる。月の妹・粧裕が“推す”アイドルの弥 海砂(ミサミサ)もキラ信奉者のひとり。粧裕の付き添いでミサミサのライブに参戦した月。キラを否定し、月を理想のヒーローと重ね合わせる妹を前に月は複雑な表情を浮かべます。
鞘師里保さんのミサは、華やかなライブシーンとは裏腹に深い傷を抱え、キラ(=月)への献身に迷いがない姿が胸を打ちます。リコさんの粧裕は、兄を真っ直ぐに慕う清らかな心と歌声が印象的。
<捜査本部とLの登場>L(三浦宏規)・総一郎(今井清隆)
月の父・総一郎が「キラ」事件の日本捜査本部を率いるが、犯人の手がかりすら掴めない。そこで頼ったのが名探偵・L(エル)。いよいよ、月の好敵手の登場です。
姿を現さず、名前すら明かさない“L”。巧みな戦術とプロファイリング能力で、一歩、また一歩、キラの正体に迫るLと月の頭脳戦は見ている側も手に汗握る興奮。
三浦宏規さんのLは、姿勢・歩き方・話し方すべてが常人離れした存在。天才ゆえのズレ、不均衡の中でこそ最大限の能力を発揮させるLというミステリアスな人物を、オフバランスの美学にまで高めて体現。一方で、その歌声は深みを増し、月の高音とぶつかり合うナンバーでは頭脳戦・心理戦をよりスリリングに。真実へのあくなき欲求が現れる強い眼差しも印象的です。
<月とLの攻防>
会見でも話題に出たテニスのシーン、人はこんなにまでも躍動できるんだ!というほどアグレッシブなテニスの試合(をしながらさらに歌唱!)も大きな見どころ。大学のキャンパスで互いに真っ向勝負を挑む姿は等身大の若者の姿、まるで“青春の1ページ”のように映るゲームは華麗な動きで、その裏で繰り広げられている超人的な頭脳戦は内面を語る言葉、歌で伝えられる。ミュージカルならではの身体表現と歌唱の融合、観客も視覚と聴覚フル稼働で心を躍動させる名シーンとなっています。
攻守の入れ替えや流れていく時間、回り盆も本作で大きな効果を発揮します。また、栗山民也さんの演出らしい陰影のコントラストが豊かで、人物の感情まで照らし出すような照明設計にも唸らされます。
包み込むような豊かな声とたたずまい、今井清隆さんの総一郎は、父として、警察官としての“譲れない一線”を揺るぎない存在感で示します。家庭人として、捜査本部の一員として──キラの正義は暴走し、捜査員にも命の危険が迫ると、総一郎は仲間に一切の咎めなしに離脱することを許可します。捜査員一人ひとりの、職務への責任と守るべき家族の存在の間での葛藤には胸が締め付けられます。
<もう一冊のデスノート>
ついに一線を越えてしまう月。Lは月への疑念を強め、攻防はさらに激化する。そこへ、もう一冊のデスノートが海砂のもとに落ちてくる──。
ここから先、物語の行方は、ぜひ客席でご体感ください。
<「愚かな愛」>
2幕、レムが歌う「愚かな愛」は、<正義>とともに物語の核となるテーマのひとつを歌う名曲。死神なのに、“愛”を貫く存在としてのレムが浮かび上がります。
濱田めぐみさんのレムは、静かに、しかし強い意志を秘めた死神。語るように歌いはじめ、自問自答し、やがて決意する──繊細で力強い歌声とともにレムの慈愛が劇場を満たします。歌と芝居が気持ちいいほどまでに融合する、ミュージカルの醍醐味がそこにあります。
またレムが静、リュークが動、なにもかもが真逆のように見える二人ですが、リュークがふと見せる“温度ゼロ”の瞬間、その冷たさから根本は同じであると感じます。そんな死神と人間の対比、関わり、人間同士の対立──多層的なドラマが展開します。
物語のカギを握る死神という異形のキャラクターを、『デスノート THE MUSICAL』10年の歴史を知る二人の俳優が演じるというのも、作品ファンには大きな喜びです。
<10年後の世界と作品の問い>
初演で月を演じた浦井さんには、2025年の月やLがどのように映るのだろう──そんな思いが頭をよぎりました。初演から10年の間に、私たちの世界はどう変わったのか。
熱狂や扇動で動く世論。
自分の正義を振りかざす人。
そして、誰かを愛し、守ろうとする力。
言葉を信じ、俳優の声の力を信じる栗山民也さんの演出で届けられる“社会を映す鏡としての演劇”、『デスノート THE MUSICAL』が、今、再び強いメッセージを放っていることを実感します。
池袋駅までの帰り道。スマホに目を落としたり、仲間たちとおしゃべりに興じる若者たちがあふれる街の景色に、この世の中が劇世界と地続きであることを感じる──そんな観劇体験でした。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人