KAATを飛び出し、神奈川県内を巡るプロジェクトの第三弾として、「西遊記」のキャラクターたちが神奈川の伝説や昔話の世界に迷い込む冒険譚『冒険者たち 〜JOURNEY TO THE WEST〜』を再演。さらに新作『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』を、同じ出演者による二本立てで上演するというパワフルな企画が実現します。
三蔵法師一行が時空を超えて神奈川の地を旅し、各地の物語と出会っていく本シリーズ。新作では、とある事情から危機に陥った神奈川県を救うため、“冒険者たち”が再び立ち上がります。
2月11日のKAATでの開幕を前に、前作に続いて“神奈川県”を演じる成河さんにインタビュー。作品やプロジェクトへの思いから俳優論まで、新春にふさわしい熱のこもったお話を伺いました。
【「演劇を開く」──KAATカナガワ・ツアー・プロジェクトという挑戦】
──第一作『冒険者たち』はKAATカナガワ・ツアー・プロジェクトの第一弾でもありました。改めて、当時を振り返ってみて、どんなことが思い出されますか。このプロジェクト自体が初めてで、長塚さん自身も探り探りだったと思いますが、「誰に観てほしいのか」ということが考えの中心にあったように思います。演劇をたくさん観てきた人にも楽しんでほしいし、演劇は敷居が高い、自分の場所じゃないと思っている人にも楽しんでもらいたい。その両方が成立する空間をどう作るか、そこを長塚さんはかなり意識していた。そんな長塚さんに、僕らは全幅の信頼を寄せて乗っかっていました。
表現手法がアナログというのも特徴の一つ。長塚さんがよくおっしゃっていた言葉で、今も強く残っているのが、「これって自分たちでも作れるんじゃない?と思わせたい」ということ。手が届かない雲の上の舞台芸術があっても、もちろんいい。でも、演劇は本来、誰がやってもいいし、誰が観てもいいもの。「自分なんかがやる/観るものじゃない」と思わせてしまうのは、本当にもったいない。もし作り手がそう思わせているなら、その障壁をできる限り取っ払ってみよう。そこに真っ向から挑んでいったのが前回。そして、それを言葉にすると、「演劇を開く」ということなんです。
──「ちょっと観てみようかな」と思ってもらい、観た人が「自分にも作れるかも」と思える作品づくり。ただ、そう思ってもらえるものを作るのは、とてつもなく大変。緻密なことをやっていても、「そう見えないように見せる」ことが大事なので、そこを突き詰めていくと、どうしても時間がかかるんです。そのために、みんなが全技術、全キャリアを注ぎ込む。それは公共劇場の作品として、非常に“高級”だと言える。KAATの芸術監督でもある長塚さんが、そのための仕掛けを練って練って作品を作っているシリーズです。
──「演劇を開く」、観客の幅が広がることは、演じる側にも大きな影響がありますか。あります。これは僕の持論ですが、いろいろなお客さんがいないと、俳優は本当にどんどん下手になります。何でも許してもらえてしまうから。
一生懸命観てもらうことが当たり前になりすぎると、囲われた環境で守られてしまう。そうすると俳優は鈍っていく──だから「演劇を開く」ということは、理念ではなく、僕にとっては俳優として生きていくうえで切実な問題なんです。何の興味も持ってなかった人が思わず引き込まれる、それができないで何が俳優か、という気概を持ち続けていたい。
──そして先ほどお話のあった仕掛けの一つが、「西遊記」をベースにしながら、神奈川県を旅していくという本作の構造です。長塚さんが、しっかりと取材を重ねて、みなさんになじみのある「西遊記」という題材と、神奈川県という東西に非常に広い土地を重ねた作品を作り、神奈川県の各地で上演するというのが面白いですよね。
そこには地域性というとっつきやすさとともに、もう一つ大きな理念もあります。県の中央だけで創作、上演して「これが演劇でございます」という顔をしていること自体が、そもそも間違いなんじゃないか、という考え方。いい作品を作って「観に来てもらう」という考え方だけでは、どんどん先細っていくという認識のもと、「来てもらう」のではなく、「こちらから行く」というのが、このツアー・プロジェクト。
──各地を巡る中で感じた手応えは。長塚さんは行く先々で、地元の方と交流を持たれていたそうです。ふらっと入った飲み屋で「演劇って、何?」という人たちと膝を突き合わせて話をすると、「面白そうだね、行くよ」と言って、本当に見に来てくれる。ローカルって、そういうことだと思います。日本全体を見ても、近年、地方で元気に演劇を作っている流れは、そういうところに起因しているんじゃないかと改めて思いました。中央には中央の、ローカルにはローカルの演劇の役割があるのだと改めて感じました。
【“ゆるさ”の中にある鋭さ──『冒険者たち』の構造と世界観】
──第一作を拝見しましたが、確かに非常に作り込まれているはずなのに、どこか“その場で生まれている”ような、緩やかな手触りでした。作り込んだ、その先にある“ゆるさ”はどんなタイミングで生まれるのでしょう。この作品の“ゆるさ”は、お客さんが入ってから完成するものだと思っています。
実際、初演でも、「こんなにゆるくて大丈夫かな」という印象も与えたかと思うのですが、その一方で、僕らが行っているパフォーマンスは、かなり尖ったこともやっているんです。わかりやすいところでは、音楽の角銅真実さんの存在が本当に大きい。持ち込んでくださる音楽はもちろんですが、場に漂う雰囲気が「ゆるいんだけど、地に足がついている」。それこそが、この作品を象徴していると思います。
──今回も、創作段階からご一緒されているんですよね。そうです(満面の笑顔)。稽古場にはいろいろな楽器があちこちに散らばっていて、ふと手に取ってみたりする。楽器ができる人も、できない人も関われる。それがすごく面白いんです。
──ちなみに続編は、少しトーンが変わるとか。よくある話ですが、二作目は少し暗くなります(笑)。一作目の“寿ぐ”イメージも大事にしつつ、同じ路線でいくのではなく、しっかりと足場を固めるような作品にする。長塚さんのクリエイターとして、とても誠実な姿勢だと感じています。
──成河さんの役は“神奈川県”ですが。これは概念的なもの?概念というより、言うなれば“道祖神”ですね。道々に存在する、名もなき神様たち。
土地に根ざしたものへのまなざしが、ふと人の気持ちをほぐしてくれる。足元を見ること、道の歴史を感じることは、心に潤いを与えてくれる。日本の神道や神仏習合のおおらかさが、この作品にはあります。「皆、スピリチュアルに目覚めよ!」ってことではなくて(笑)。
──声高にというのではないけれど、確かにそういったメッセージも内包する作品。情報があふれ、時間に追われる忙しない毎日の生活で、視野が狭くなっていると、そんな「まなざし」も忘れがちです。垢がついて見えなくなっているものを、見えるようにするために劇場がある。ふと足元を見つめるために、劇場に来る。それは誰にでも許された、とても豊かな権利だと思います。だからこそ、お客さんにとっての入り口をきちんと開いていきたい。この作品の金額設定は、その意味でも本当に素晴らしいと思います。
演劇はどうしても高級趣味になりがちですが、そこにこちら側が加担してしまうのは違う。だからこそ、これはすごく大事な演目、取り組みだと思っています。
普段あまり演劇を観ない友人が「これが一番好き」と言ってくれることも多いんです。気負わずに観られるけれど、実は中身がとても詰まっている。そういう作品だと思います。特に神奈川県民の方にとっては、とても“お得”だと思います。
同時に、「文化にお金を払うとはどういうことか」を考えるきっかけにもなる。是とする人も非とする人もいていい。ただ、チケット代だけでなく、作品づくりに自分たちが納めた税金が使われることの是非について、もう少し自覚的になる必要があると思います。
──体験し、実感できることも大きいですね。そうですね。インフラのように無意識化されていくものもありますが、演劇は人が直に体験できるものです。そのうえで、「これはお金を払いたい」と思えるか、「払っているのだから、もっと頑張ってほしい」と感じるか。そうした思考も含め、演劇の価値だと思っています。その意味でも、KAATのこの取り組みは、比較的うまく機能しているように感じます。
──作品の物語に話を戻すと。続編のサブタイトルは「闇に落ちたカナガワを救え!」とあります。神奈川県が闇落ち!?なんだか面白そうでしょ。でも、これ結構ガチなんです。人によって「なんか笑っちゃうな」という受け止め方もできるんですけど、僕なんかは結構深刻に受け止めてしまって。分断や対立──地球規模の、人類の問題を扱っていると感じました。そうやって多層的で、自由に捉えられるところに、長塚さんの作家としての力を感じます。
──「カナガワを救え!」とありますが、救うために、どうしましょう。救うために何が必要か。それはお客さんです(笑)。
考える人が増えれば、神奈川県が、日本が、人類が、地球が救われる。そして演劇は戦争をなくすことができる。演劇に携わる以上、僕は本気でそう思っています。
──土地に根差したものから、今日的な問題提起まで豊かな作品です。問題提起と言っても、この作品の中では、あくまで通奏低音のように流れているだけですが、「じゃあ、どうすればいいの?」という気持ちにはなります。
ただ、この作品は答えをドンと提示することはしません。みんなでその問題を一度遠くに置いて、当事者になりすぎない距離から眺めてみる。その構造自体が、劇場の機構だと思っています。「そうかもしれない」「でもさ……」と考えながら見る。その積み重ねが、突き詰めれば戦争をなくすことにつながっていくんじゃないかと。
分断をなくすのは簡単ではありません。この先の未来にあるのが、さらに強い分断なのか、緩やかなつながりなのか、それとも全く別の形なのか。正直、誰にもわからない。でも、今この時代に誠実に作品をつくろうとしたら、演劇に限らず、必ずこのテーマに触れざるを得ないと思うんです。これを考えずに生きている人は、もういないだろうから。
【鬼になること、それを見ること──演劇の効能について】
──距離感のお話が出ましたが、演じる側として、俯瞰でいることはできますか。どちらがいいんでしょうね(笑)。演技には両方あると思いますが、僕自身は基本的に俯瞰はしません。やる人間は、ちゃんと“鬼になる”。
よく、木像で鬼を彫るときに「自分の中の鬼を外に出す」と言いますよね。自分の中にある鬼を見つめ、一度外に出す。演技もそれと同じで、これはプロだけでなく、本来誰にでもできることだと思っています。
鬼になってみることで、現実では鬼にならずに済む。ただし、それを職業として技術化していく過程には危うさもある。鬼になったまま、帰ってこられなくなることがあるからです。だからこそ「きちんと、いいところで鬼になる」技術が必要なんです。
一方で、観る側はどうか。鬼になる技術を持たなくても、鬼になる俳優を「見る」ことで、自分の中にもそうなり得る何かがあると気づき、結果として鬼を免れる。演劇の効能は、何かを“治す”というより、洗い流す感覚に近いと思っています。そのために今の僕は、俳優は鬼になることが必要だという立場をとっています。
でも、一人で鬼になっても成立しない。人に見てもらって初めて成立することでもあります。俳優は見られることで鬼を演じ、見る人は鬼を見ることで免れる。その循環が人を健康にするなら、演劇はやっぱり必要なんじゃないか、という話でした(笑)。
──闇から距離を取る、取らせる、という話にもつながりますね。そうですね。ただ、僕はたかだか一俳優でしかありません。俳優ができるのは、とにかく必死で鬼になることだけ。観客にどう見せるか、没入させるか、距離を取らせるかは、演出や、劇場のあり方、構造の範疇なのだと思います。
この作品で言えば、独特の「ゆるさ」は、長塚さんが用意した観客に適切な距離を取らせるための、技術的な装置なんじゃないかと思うんです。俳優には徹底的に鬼にならせる。その分、観客にはちゃんと“ゆるい動線”を引く。そうしないと危ないから。そこが、長塚さんの劇のとても好きなところです。
──適切な距離感を創り出す、そこは長塚さんがしっかり手綱を握っている。信頼感ですね。その代わり、俳優はとことん「真実」を求められるんですけど(笑)。それが楽しい!
──ワクワクしたり、じっくり考えたり、楽しいお話をありがとうございました。◆『冒険者たち 〜JOURNEY TO THE WEST〜』と、新作『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』は独立した作品なので、一方を見てもOK!ですが、同時に2作が上演されるということは、やっぱり両方観たい、観ていただきたいというのが正直なところ。
(劇場毎の2演目セット券など、ちょっとお得なチケットもありますよ。詳細は各公演のHP等でご確認ください)小作品ですので、マチ・お食事・ソワで楽しむもよし、あえて2つの作品を違う劇場で見るのもよし、それぞれの楽しみ方で、三蔵法師一行と共に冒険してみましょう!
【公演情報】
KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト 第三弾
『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』2026年2月11日(水・祝)~2月23日(月・祝)KAAT神奈川芸術劇場<中スタジオ>
公演HP:
https://www.kaat.jp/d/boken2026『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』(2022年初演) 上演台本・演出:長塚圭史(原作:呉承恩『西遊記』) 共同演出:大澤遊 音楽・演奏:角銅真実
上演時間:約100分
<あらすじ> 天竺を目指す道中、時空を超えてなぜか神奈川の国に迷い込んでしまった三蔵法師の一行が、
神奈川各地の伝説や昔話、はたまた現代をも旅する冒険物語。三蔵法師とお供の孫悟空、沙悟浄たちは西も東もわからず迷い続け、グルメな猪八戒は気が付くといなくなり…。
次々と現れる魑魅魍魎をかわしつつ、一行は天竺に辿り着けるのか!?
『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』(新作) 作:長塚圭史 演出:大澤遊 音楽・演奏:角銅真実
上演時間:約90分
<あらすじ> とある事情からアイデンティティ崩壊の危機を迎えた神奈川県。
相模の国にそびえる「ニュー国分寺七重塔」が灼熱を放ち、県内全域が干上がる大ピンチ。
塔を支配するのは、闇に落ちたカナガワ県と謎の女。
捕らわれた三蔵法師と猪八戒を救うため、孫悟空は沙悟浄、玉龍と共に立ち上がる。
県内の神々や関係者の力を借り、果たして神奈川に平穏を取り戻せるのか?!
<出演>
柄本時生 菅原永二 佐々木春香 長塚圭史 成河
<スタッフ>
舞台美術・衣裳:長峰麻貴 ヘアメイク:冨沢ノボル
照明:上山真輝 音響:星野大輔
演出助手:神野真理亜
舞台監督:竹井祐樹、男山竜眞
企画制作:KAAT神奈川芸術劇場
【横須賀公演】
2026 年2月28日(土)16:00『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
2026 年3月 1日(日)15:00『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』
会場:ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
詳細はこちら【川崎公演】
2026 年3月3日(火)18:30『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
2026 年3月4日(水)15:00『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』
会場:川崎市アートセンター アルテリオ小劇場
詳細はこちら【鎌倉公演】
2026 年3月7日(土)16:00『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
2026 年3月8日(日)15:00『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』
会場:鎌倉芸術館 小ホール
詳細はこちら【海老名公演】
2026 年3月14日(土)11:00『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
15:00『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』
会場:海老名市文化会館 大ホール
詳細はこちら【藤沢公演】
2026 年3月20日(金・祝)16:00『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』
2026 年3月21日(土)15:00『帰ってきた冒険者たち ~闇に落ちたカナガワを救え!~』
会場:藤沢市湘南台文化センター 市民シアター
詳細はこちら主催 :KAAT神奈川芸術劇場
鎌倉市芸術館指定管理者 鎌倉市芸術文化振興財団・国際ビルサービス共同事業体[鎌倉公演]
海老名市文化会館(指定管理者:株式会社ケイミックスパブリックビジネス)[海老名公演]
共催:公益財団法人 横須賀芸術文化財団[横須賀公演]
川崎市アートセンター(公益財団法人 川崎市文化財団)[川崎公演]
公益財団法人 藤沢市みらい創造財団[藤沢公演]
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人