新国立劇場バレエ団による《バレエ・コフレ》は、その名が示すように「宝石箱(コフレ)」のような多彩で魅力あふれるプログラムを一度に楽しめる三本立て公演です。20世紀の名作を厳選したプログラムで、情熱的な『ファイヴ・タンゴ』を新制作で上演するほか、爽やかでエネルギッシュなドウソン振付『A Million Kisses to my Skin』、そしてバランシンの華やかな『テーマとヴァリエーション』を披露します。それぞれが優れた音楽、美術、振付を持ち、全幕バレエとは異なるリズムと魅力で観客の感性を刺激します。豪華な三作品を通じて、クラシックや現代の様々なバレエ表現を楽しめる充実したトリプル・ビルです。
おけぴレポでは、『テーマとヴァリエーション』の主役を務める米沢唯さん、速水渉悟さんのインタビュー、さらに主役リハーサルレポートをお届けします。
『テーマとヴァリエーション』は、ジョージ・バランシンが1947年に発表した作品。ピョートル・チャイコフスキーの音楽の美しさを、踊りそのもので味わえる作品です。
新国立劇場バレエ団では長く大切に踊り継がれてきたレパートリーで、揃いの美しさも大きな見どころ。初めてバレエをご覧になる方にもおすすめの一作!
【米沢唯さん×速水渉悟さんインタビュー】

Theme and Variations
Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust
撮影:奥田祥智
──まずは「バレエ・コフレ2026」のおすすめポイントを教えてください。
速水さん)
『ジゼル』のように一つの物語をじっくり味わうよさもありますが、今回は、一度でまったく違う3作品を観られます。まず、その楽しさがあります。
米沢さん)
若手ダンサーの抜擢もあるので、お客様にとって新しいダンサーとの出会いや、また、すでに知っているダンサーの新たな魅力を発見する機会になるのでは。
【おけぴ注】
◆『A Million Kisses to my Skin』英国人振付家デヴィッド・ドウソンによるバッハのピアノコンチェルトにのせて踊られる、バランシンを思わせるネオ・クラシック・スタイルのバレエ
◆『ファイヴ・タンゴ』オランダ人振付家ハンス・ファン・マーネン、現代タンゴの巨匠アストル・ピアソラの楽曲に乗せた情熱的かつ、スタイリッシュでクールな大人のバレエ
◆『テーマとヴァリエーション』ロシア出身でアメリカに独自のバレエ文化を根付かせた振付家バランシンによる、チャイコフスキーと帝政ロシア・バレエへのオマージュ
──「バレエ・コフレ2026」で、お二人が踊る『テーマとヴァリエーション』(以下、『テーマと~』)とは。
米沢さん)
バランシン(振付)とチャイコフスキー(音楽)、まさに天才と天才の共鳴で、音楽がそのまま舞台上に立ち上がるような作品です。
踊りについては、タンジュから始まって、ターン、ジャンプ、パ・ド・ドゥ……、そしてポロネーズを全員で踊るフィナーレと、重層的に展開しながら、「バレエの美しさ」を見せる振付になっています。
リハーサルでは、毎日、「こんなにも大変な作品を、どうして作ったのだろう……」という気持ち(笑)と、「素晴らしい作品を踊らせていただいている」という気持ち、その両方を抱きながら踊っています。でも、一歩引いて見つめると、やはりすごい作品だと感じます。
──速水さんは初めて本作を踊りますが、今の率直な心境は。
速水さん)
今は準備段階で、来週からステージングのベン・ヒューズさんが参加されます。 “作品全体”“本番の感覚”まではたどり着いていないので、来週からのリハーサルがすごく楽しみだというのが、今の正直な気持ちです。
──米沢さんは過去に踊っていらっしゃいますが、振付指導の方はどのような点に重きを置かれるのでしょうか。
米沢さん)
やはり「音楽」です。「音楽をどう踊るか」、フィナーレに向かって盛り上がる音楽に負けないような踊りにしたいと思っています。
──具体的な役を演じるのとは少し違うところもありますか。踊っているのは……
速水さん)
僕自身、です。物語性が強い作品とはアプローチも異なります。言い換えれば、役を背負ってというよりも、パートナーとの関係性で成立する作品。だからこそダンサー同士の呼吸や個性によって変わってくる。これは多くのバランシン作品について言えることだと思います。
──米沢さん、速水さんならではの“色”が出てくると期待してもよろしいでしょうか。
速水さん)
自然と出てくるでしょう。たとえば『ジゼル』だったらアルブレヒトを演じ、彼の感情を表現する中に自分のテイストを入れていくのですが、『テーマと~』は、その逆の感覚です。皆が同じ方向に寄せなくていい、今は、そう感じています。
──役を纏わない作品でパートナーを組んでいるからこそ、ふとした瞬間に見えてくるお互いの魅力は。
速水さん)
唯さんとなら、なにも怖くない。なんでもできると思えます。
米沢さん)
ありがとうございます。
速水さん)
本当です。楽しみしかないです。
米沢さん)
渉悟くんはとてもエレガントなダンサーなので、この作品にぴったり。スピードもパワーもあって、私は安心して身を預けられます。「引っ張ってもらう」という言い方は少し違うかもしれませんが、信頼して、好きに踊らせてもらえると感じています。
速水さん)
僕も同じです。唯さんとは、僕が初めて新国立劇場バレエ団で主役を踊ったときから一緒に組ませていただいています。そのおかげで「ここは任せよう」「ここは支えよう」という判断が、少しずつ自然にできるようになってきました。『テーマと~』に取り組んできた、この1週間、そのことを実感しています。
──先ほどリハーサルも拝見しましたが、近くで見るとパ・ド・ドゥはやるべきことが多く、また立ち位置や顔の角度など決まりごともたくさんある。本当に大変なことをされているのだと改めてわかりました。舞台で観るパ・ド・ドゥは「ただひたすらに美しく、素敵!」なのですが。
速水さん)
ぜひ一度、踊ってみてください。そうすると僕らがどれほど大変なことをしているかおわかりに……というのは冗談で(笑)。どんなに大変なことをしていても、舞台上ではそれを感じさせないということを、僕は目指しています。だから「ただひたすらに素敵だ!」と思ってくださっていいんです。そう言ってもらえるのはとても嬉しいです。その上で、実際にやってみて大変さをわかってもらえると(笑)。
米沢さん)
渉悟くん、2回言ってる(笑)!
速水さん)
でも、本当のことを言うと、やるべきことが多いのは確かですが、唯さんほどしっかり踊れるダンサーだとサポートに関してはそこまで大変ではないんです。
──そこでは、お互いの高い技術に加えて、先ほどお話のあった信頼関係が大きな力になりますね。
米沢さん)
以前の私は、パ・ド・ドゥを踊っていてもすべて自分で頑張ろうとしていました。パートナーの男性ダンサーに「しんどい」と感じて欲しくなかった。それが、どういった心境の変化なのかはわかりませんが、今回は頼れるところは頼ろうと思います。そしてその分、余白や抜け感というものが生まれ、これまでと違う踊りになるのではないかと思っています。
私がパ・ド・ドゥで感じる喜びの一つに、二人が一緒に、一所懸命に踊る中で、ふと手を取り合ったとき、見つめ合ったときに生まれる“時が止まるような瞬間”があります。その一瞬は意図して作るものではないのですが、どこかに余裕があると生まれる、感じ取ることのできるもの。渉悟くんと、そこまでいけたらいいな。
体力を要する作品なので、全体を通したときにどうなるのかは未知数ですが、そんな瞬間が生まれるようなリハーサルを積み重ねていきたいと思ってます。
──改めてクラシック・バレエにおけるパ・ド・ドゥとは。
速水さん)
今の話にも通じるところですが、信頼関係が築けているほどスムーズにいくものだと感じています。そして、今まさに、そこにしっかりとした手応えも感じています。
米沢さん)
私は、パ・ド・ドゥは“ドラマ”だと思っています。
二人の目線が交わるとき、手と手が触れ合うとき、そしてお互いを唯一無二の存在と感じられたときに、ドラマが生まれるんだと思う。
──このタイミングで『テーマと~』を踊ることについて、どう感じていますか。
速水さん)
ありがたい経験をさせていただいていると感じています。これまでにもミハイル・バリシニコフさんのような偉大なダンサーたちが踊ってきた作品、誰もが踊れるわけではありません。そこで自分がその歴史の一部になれるというのはやっぱり嬉しい。そして、主役を踊ったことのある作品が増えることも、やはりダンサーとして非常に嬉しいことです。
──速水さんはなんでも踊れる=あらゆる演目を踊っていらっしゃる印象があります。
速水さん)
『テーマと~』も初めてですし、今シーズンは『マノン』のデ・グリューや、『ライモンダ』ジャン・ド・ブリエンヌも初めて踊ります。すばらしい作品に携わることで、自分のダンサーとしての引き出しが増える喜びを感じています。
──米沢さんは、この経験が今後どうつながっていくと感じていますか。
米沢さん)
今は、先のことを見つめるというより、その日のリハーサルのことしか考えていないようなところがあって。毎日が、かけがえのない一瞬の連なりだと感じています。
──バレエの粋を集めたような本作、リハーサルでは一つひとつの動きの精度が印象的でした。
米沢さん)
バレエの基礎を自分に叩き込むのは、これまでもずっと、毎日、取り組んでいることです。そして、日々、「バレエってこうやって踊るんだ」ということを発見しています。
──今もなお、更新されていくものがある。
米沢さん)
その通りです。「バレエとは、こういうものだったんだ」と知る喜びを、日々、味わっています。土を掘り、中からほんの小さな金塊を探し当てるような日々──バレエを楽しんでいます。
速水さん)
バレエは積み重ね。「今日から基礎を頑張ります」では、僕らは間に合わない。これまで培ってきたものの上に、さらに毎日のクラスで基礎を固める。それがあって表現という形にできているのだと、唯さんの話を聞いて再認識しました。
米沢さん)
最近、本当に踊るのが楽しいんです。渉悟くんはポジションも完璧ですし、一緒に踊って発見がたくさんあります。二人の踊りがピタッとハマると「頑張ってきてよかった!」と思います。
速水さん)
踊りがハマるときの感覚はよくわかります!「頑張ってきてよかった!」という感情を呼び起こせているなら、僕も嬉しいです。
米沢さん)
ここからもピースとピースがハマる瞬間を積み重ねていきましょう。
──素敵なお話です! そしてお二人の『テーマとヴァリエーション』を見られることを、一観客として、とてもとても幸せに思います。
【リハーサルレポート】
【稽古場に漂う、やわらかな空気と集中力】
今回、主役を踊るのは、米沢 唯さんと速水渉悟さん、柴山紗帆さんと李 明賢さんの2組。米沢さん以外は、初役となります。振付指導のベン・ヒューズさんの来日を前に、稽古ピアノに合わせて、本作の大きな見どころとなるパ・ド・ドゥの振りを確認していきます。
「どちらの組から踊りますか」と声をかけるのは、バレエマスターの森田健太郎さん。まずは先輩チームの米沢さん組からとなるのですが、そこに至るまでの「どうしますか?」「ではお先に」といった譲り合いも微笑ましいのですが、いざ踊りはじめると朗らかさの中にピリッとした緊張感が生まれます。足や首の角度や手の位置、立ち位置など非常に高い精度が求められることが伝わってきます。さらに本作の醍醐味は「音楽を表現する」ということ。音楽のテンポも確認しながら、物語やキャラクターの心情とは違う、構築の仕方が印象的。
【音楽を踊るということ──パ・ド・ドゥに求められる精度】

Theme and Variations
Choreography by George Balanchine
© The George Balanchine Trust
撮影:奥田祥智
経験者の米沢さんが、前回の記憶を呼び起こしながら細かなところまで速水さんに伝えていく。バレエ団の中で継承されていくクオリティの源泉を、こうしたやりとりから感じます。そして高い技術をもつダンサーたちの対応力に、ここからどう深化していくのか期待が高まります。
とくに間近で見て感じたのは、やるべきことの手数の多さです。
とりわけ、女性ダンサーの美しい回転やリフトを支える技術、体力など、男性ダンサーのサポートの重要性が印象的でした。そしてそれをいとも簡単に行っているように見せる技術。そのために寸分の狂いなく呼吸を合わせていく地道な稽古──ふわりと持ち上がり、くるくると回る、そしてぴたりと止まる。これまでもペアを組んできた米沢さんと速水さんの息はぴったり。まだまだ調整段階とは言うものの、やはり「バレエって、パ・ド・ドゥって素敵だな」と感じさせます。
【同じ振付、違う輝き──二組のパ・ド・ドゥから見える魅力】

Theme and Variations
Choreography by George Balanchine © The George Balanchine Trust
撮影:奥田祥智
続いて、フレッシュな柴山さん組のリハーサルが始まります。
それまでも米沢さん組の踊りを見たり、視野に入れながら後ろで踊ったりと準備されていた初役のお二人。“距離感”の確認に重点を置いたリハーサルとなりました。
二人の距離や動き出すタイミング、立ち位置への移動、音楽の流れの中で踊るための調整が繰り返し行われました。どうもうまくいかない、悩む李さんに、後ろで見ていた速水さんが「近いよ、もう少し離れてみて」と、アドバイス。その瞬間に、「ですよね!不安で、近づきすぎてしまっていました」と、李さんも手応えありの様子!喜びを隠すことなく、満面の笑みを見せる李さんに稽古場の空気がふっと和みます。コツをつかむと柴山さんの踊りも伸びやかになり、パ・ド・ドゥに続く男性ソロでは李さんのしなやかで軸のしっかりとした美しい踊りを見ることができました。
男性ソロは、李さんと速水さんのお二人が同時に踊りましたが、同じ振りなのに速水さんはダイナミックで力強い印象でした。個性が出るものですね。もちろん米沢さんと柴山さんも、シャープさ、やわらかさなど異なる魅力がにじみ出る。こうして目の当たりにしてしまうと、やはり両キャスト見たくなってしまうものです。同じ音楽、同じ振付、それでも違う──生身の人間による表現の醍醐味です。
この日見学したのはリハーサルの一部ですが、本作には群舞をはじめ、ほかにも多くの見どころが用意されています。「音が見えるよう」とも言われる振付が、音楽に寄り添いながら舞台全体を彩っていきます。
物語重視だから……とハードルの高さを感じる方もいるかと思います。でも、視点を変えれば難しい物語はなく、華やかな衣裳や整然とした群舞、そして素晴らしいダンサーたちのパ・ド・ドゥやソロを通して、クラシック・バレエならではの気品と楽しさ、美しさを感じることができる。それはバレエ通だけでなく、バレエ初心者にも「わかりやすい作品」と言えるのではないでしょうか。
劇場に足を運び、客席に座れば、まばゆいばかりの宝石のような作品が待っている!
新国立劇場が誇るダンサーたちが放つ輝きをお見逃しなく!
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人