原作は2001年から2010年まで、月刊「少年ガンガン」(スクウェア・エニックス刊)にて連載され、日本漫画界における歴史的名作として名高い、荒川弘の代表作「鋼の錬金術師」。
舞台版は2023年3月の第一弾、2024年6月の第二弾公演を経て、舞台効果と俳優の身体表現を極限まで追求したダイナミックな演出、原作から飛び出してきたかのようなリアルなキャラクタービジュアル、そして物語を劇的にいざなう楽曲が大きな話題を呼んだ。
天険の地・ブリッグズを舞台とする第三弾公演では、主演エドワード・エルリック役を一色洋平さんと廣野凌大さんがWキャストで続投。アメストリス全土を巻き込む巨大な野望が明らかになる中、物語は新たな局面へと突入します。エルリック兄弟の旅が迎える緊迫の展開に、手に汗握った公開ゲネプロの模様をレポートいたします。
【公開ゲネプロレポート】
幕が上がり、エルリック兄弟のこれまでの旅路が目の前に立ち上がった瞬間、あの日、あの時の記憶が一気によみがえります。これまでの出来事、彼らの成長の喜びが次々と思い出され、冒頭からすでに胸が熱く、瞳はウルウルしてきます。
とはいえ感傷に浸っている余裕はありません。タイトルバックに続いて第三弾本編が始まると、物語は怒涛の展開へ。感情と理屈、人間とは。舞台は次々と深淵なる問いを、笑いも交えながら投げかけてきます。重みと軽さのバランスによって説教くささはなく、笑った直後にハッとさせられる。そのリズムが心地いい。それが大きな魅力、推進力となり観客を作品世界に引きずり込みます。気が付くと夢中になって観ていました。
禁忌の人体錬成によって失った身体を取り戻すために歩みを進めるエドとアル。その根底にあるのは「愛する弟のために」「誰かの犠牲の上ではなく」という思い。彼らは、目的達成のために盲目的になることはなく、どちらか一方が間違えそうになると、互いを補い、支え合いながら続く──そんなエルリック兄弟の旅。命の尊さや心の痛みを感じ取りながら、一歩ずつ進んでいく姿に胸が熱くなります。立場や地位、民族を問わず、誰の命も等しく尊いという価値観が、舞台上に確かに息づいています。
エドワードを演じる一色洋平さんは、卓越した身体能力と、陽のエネルギーややんちゃさをにじませる台詞回しで、物語を躍動させます。兄に寄り添うアルフォンス役は、スーツアクターの桜田航成さんの動きと、眞嶋秀斗さんの芝居が見事にシンクロ。二人で作り上げるキャラクターが別れ別れになった「肉体と魂」を体現するかのような演劇ならではの魔法を感じました。
今回は別行動をとる場面も多く描かれますが、それでも揺るぐことのない兄弟の絆は健在。
じゃれ合うような微笑ましさも、再会の喜びも、深い愛情と信頼に裏打ちされた関係性として丁寧に描かれています。また、幼馴染のウィンリィも「守られるだけの存在ではない」という決意を胸に、自ら考え、行動する姿を見せます。
協力者たちの輪が広がっていく兄弟の旅路。第三弾にして、さらに点と点が繋がっていくような感覚です。今回は、軍の闇を追うロイ・マスタング、ブリッグズ要塞で出会うオリヴィエ・ミラ・アームストロング、傷の男(スカー)、シン国の皇女で錬丹術の使い手メイ・チャン、元軍医のティム・マルコー、そしてひょんなことから同行者となるヨキ。それぞれの物語がひとつに集結し、兄弟に力を貸していきます。
一方、キング・ブラッドレイ、キンブリー、そして“お父様”など、兄弟と対峙するキャラクターたちもまた非常に強烈で、底知れぬ恐ろしさを感じさせます。
そんな巨大な権力や武力に立ち向かうには、決して万全とは言えないかもしれない。それでも兄弟たちは、決して諦めずに不利な状況を切り拓いていく。互いに力を与え合いながら進む姿に、確かな希望を感じます。
権力者が隠す真実、知らないところで着々と進められる企て。そこに、背筋がぞわっとする瞬間もありますが、本作が映し出すのは、人を強くするもの──大切な人の存在、信じる心、勇気や愛。「青臭い」と思われるかもしれませんが、それでもそんな青臭いことを真正面から信じてみたくなる。そんな観劇体験でした。
長い旅路を描く物語であり、多くの魅力的なキャラクターが登場する本作。シリーズ作品ごとに描かれ方に濃淡があるのも事実、ただ、その中でも人物たちはしっかりと息づき、存在感を示します。それもまた、このシリーズの大きな強みです。
今回、個人的に印象深かったのは、シン国皇子のリン・ヤオやブリッグズのマイルズ少佐の選択と生き方です。国や民族と、個人──宿命や因縁と向き合いながら、どう生きるのか、自らが成すべきことはなにか。
その問いに向き合う姿が胸に残ります。
また、オリヴィエ役のAKANE LIVさんは、クールな佇まいと、登場して間もなく響くハイトーンの美声でカリスマ性を、また、芝居で信頼に足る人物像を鮮やかに体現しています。さらに今回マルコー役を演じるのは盛隆二さん(劇団イキウメ)。新たな仲間が加わったことも、本作に新しい風を吹き込んでいます。もちろん前作に引き続き、文学座の鍛治直人さんや、NINAGAWA STUDIO出身の大石継太さんも出演。ジャンルを横断したキャスティングが、舞台『鋼の錬金術師』を、より広い演劇的フィールドへと押し広げています。
2.5次元舞台で活躍する俳優たちの若さとエネルギー、ミュージカルや小劇場、そしてベテラン陣の確かな存在感。それら多様な力をまとめ上げているのが、脚本・演出の石丸さち子さんです。原作への深い敬意と物語の力を信じる姿勢が、この「舞台ハガレン」を支えていると感じました。その姿は、物語を旅するエドの姿とも重なります。そしてファンタジーが現実と地続きだと感じられる演劇作品を立ち上げます。
戦いの描写も多い作品ですが、人々がただ殺し合う物語ではありません。
シリーズを通して一貫しているのは、尊厳をもって描き出す姿勢です。だからこそこれは「戦いの物語」ではなく、「生きることの物語」なのだと、あらためて感じさせられます。
錬金術で禁忌を犯し、その肉体を失った兄弟。「錬丹術」に新たな可能性を見出したエドとアルの、そして舞台『鋼の錬金術師』の旅は、まだ続きます。
本作を味わった上で、さらに観客という立場で、その行く末を見届けたいと思います。
なお、
開演前に流れる映像や
冒頭場面の動画公開、
過去作の配信など、これからでも物語に追いつける導線も用意されています。もちろん原作も!
ですので「乗り遅れてしまった」と感じている方にも、まだ間に合います。
ぜひ劇場で、汗し、涙し、笑い合うエルリック兄弟の旅を体感してほしい舞台作品です。
公演は2月15日まで、シアターHにて上演の後、2月20日~22日は梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演です。
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人