こまつ座『国語事件殺人辞典』@紀伊國屋サザンシアター
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井上ひさし版「ドン・キホーテ」とも称される戯曲『国語事件殺人辞典』が、2026年3月より、こまつ座にて初めて上演されます。正しく美しい日本語だけを集めた国語辞典を作るため、すべてを投げ打ち旅に出る国語学者・花見万太郎。その愚直で滑稽、けれど真摯な姿は、ことばを信じ続けたひとりの人間の肖像でもあります。ことばの価値や意味が揺らぐ現代において、「何を言ってよくて、何が許されないのか」「誰がそれを決めるのか」という問いを投げかけます。
1982年の初演(しゃぼん玉座)から40年以上の時を経て、こまつ座としては初めて立ち上がる“ことばの物語”。 演出は大河内直子さん、主演はこまつ座初参加となる筧利夫さんが務めます。稽古場では、その“巡礼の旅”が、俳優たちの身体とことばによって、確かな輪郭を帯び始めていました。
【「旅立ち」の瞬間をつくる──稽古場に満ちる創作の熱】
稽古場に入ると、まず耳に飛び込んでくるのは、ピアノに合わせて発声練習をする俳優たちの声。身体と声を丁寧に整えながら、これから始まる“ことばの旅”への準備が進められていました。
この日の稽古は第4場からの止め通し。と、その前に、演出の大河内直子さんの意向で第3場から第4場への転換が改めて確認されます。家も売り払い、「正しい日本語だけの辞典」を作るために旅へ出ることを決意する国語学者・花見万太郎が、弟子の山田青年とともに、旅立ちの歌を高らかに歌いながら歩み出す(というか、飛び出していく!)場面です。そこで大河内さんが求めるのは「勢い!」。

写真中央)筧 利夫さん 右)諏訪珠理さん

写真中央は演出の大河内直子さん
借金の返済を迫って花見の家に集まっていた人々は、突然の決断に驚きながらも、家の売却によって返済の目処が立つことに沸き立ちます。「新聞束」「椅子」「火鉢」などを手に、それぞれが舞台を去っていく動きのなかで、場面は自然に次の空間へと移行していきます。
演出部と俳優が緊密に連携しながら作り上げるこの“場の移ろい”は、単なる転換ではなく、芝居の流れそのもの。俳優たちは「このタイミングから動けます」「ユニゾンではなく、それぞれの反応で」と細やかに確認し合いながら、役の呼吸、動きを用いてシーンに生命を与えていきます。こうして舞台上のすべてが、有機的につながり始めていました。
【ことばをめぐる出会い──テンポよく展開する旅の物語】
旅に出た花見と山田は、駅前食堂の主人、大衆演劇の座長、駅長、作家など、市井の人々と次々に出会っていきます。彼らは皆、 “ことばの使い手”。花見が信じる「正しい日本語」の理論は、ときに軽やかに、ときに鋭く論破されていきます。
筧利夫さんが演じる花見は、情熱的で頑固、そしてどこか滑稽でもある人物。切れ味のいいせりふ回しと軽快な身体表現が、理想に生きる“ことばのドン・キホーテ”を生き生きと、そして論破のダメージを隠さない花見のチャーミングな側面も微笑ましい、人間味あふれる人物像を立ち上げます。
その傍らで、諏訪珠理さん演じる山田青年は、「ドン・キホーテ」で言うところのサンチョ・パンサのように、師を慕い続けます。真っ直ぐな眼差しと、時折見せる素朴な反応が、旅の現実と理想の間に揺れる青年の姿を体現しています。
そんな二人の掛け合いはテンポよく、時にユーモラスに、時に切実に響きます。
さらに、旅のテーマソングを高らかに歌い上げる場面や、大衆演劇一座の賑やかなお練りなど、音楽(阿部海太郎さん)と振付(前田清実さん)によって、舞台は豊かな広がりを見せます。“演劇の楽しさ”そのものが、稽古場の空間に溢れていました。
【「ことばとたましい」を取り戻す旅】

清水 緑さん、佐藤正宏さん
旅の途中、花見と山田は一人の女性と出会い、物語は思いがけない方向へと展開していきます。再会、発見、そして新たな問い──奇想天外な出来事を経て、物語は核心へと迫っていきます。笑いに満ちた旅のゆかいさと、ときに鋭く胸を刺す批評性との絶妙なバランスもまた、井上ひさし作品ならではの魅力です。
ことばを守ろうとする強い意志。
そして、ことばを失うことの危うさ。
終盤に向かって物語が大きく動き出すとき、浮かび上がるのは、どこか遠い世界の話ではなく、「今」を生きる私たち自身の姿です。井上さんがこの作品で描いたのは、単なる“ことばの問題”ではなく、「人間とことばのあり方」という問い。44年前に書かれた作品でありながら、現代の私たちに鋭く迫ってくるその今日性は、驚くほど鮮明です。
大きな出来事に直面したとき、「井上ひさしさんだったら、どう考え、どんなことばを選んだだろう」──いまだに、そんな思いが、ふと胸をよぎります。本作は、その問いにひとつのかたちで応えてくれる作品なのかもしれません。
こまつ座としては初めての上演となる本作。稽古場では、俳優とスタッフが一体となり、場面のつながり、ことばの響き、身体の動きを丹念に探りながら、一つひとつ丁寧に、この作品を立ち上げていきます。それは、単に物語を再現する作業ではなく、せりふとト書き、井上さんが残した「ことば」そのものと向き合う旅のようにも見えてきます。演出の大河内さんをはじめ、“初こまつ座”の方の多い、フレッシュな座組で届けられる笑いと驚き、そして深い問いを携えた“ことばの巡礼”。13人の多彩な出演者とともに、劇場で体験しましょう。
【『吉里吉里人』、そしてこまつ座へ】
本作執筆の背景を振り返ると──『国語事件殺人辞典』が書かれたのは1982年、50歳を目前にした井上さんにとって、ひとつの節目となる時期でした。前年の1981年には、日本SF大賞、読売文学賞受賞など、井上さんの代表作のひとつ、架空の村が日本からの分離独立を宣言するという大胆な物語、長編小説『吉里吉里人』を発表。
続く1982年、井上さんの盟友・小沢昭一さんのひとり劇団「しゃぼん玉座」 の旗揚げ公演として書き下ろしたのが、本作です。正しく美しい日本語だけを集めた国語辞典を作ろうと旅に出る国語学者の姿を描きながら、「ことば」とは何か、「ことば」は人と社会にとってどんな意味を持つのかを、ユーモアと風刺を交えて問いかけます。
そして翌1983年、井上さんは自作戯曲の上演を中心とするこまつ座を立ち上げます。自らの“ことば”を舞台というかたちで届け続けていくための、新たな創作の場の始まりのときと言えるでしょう。
そんな時期に創作された本作。主人公の国語学者・花見万太郎。その愚直なまでの旅路は、どこか滑稽でありながら、同時に切実でもあります。そして、花見の姿には、国語学者も舌を巻くほどの知識をもつと言われた井上さん自身が重なるようなところも。
ことばを守ろうとする強い意志。決して手放してはいけないもの。
そして、ことばを放棄したとき、人は、社会はどこへ向かうのか──。
ブラックユーモアと奇想天外な展開のなかに息づいているのは、井上さんの「ことば」への深い信頼と愛情です。時代とともに変化する生き物のようなことば。人間とことばの主従関係が揺らぐような昨今、観客は、花見万太郎という“ことばのドン・キホーテ”の姿を通して、なにを思うのか。
ことばの巡礼の旅が、こまつ座の舞台で新たに始まろうとしています。
<最後にひと言>
「国語辞典」「殺人事件」はなじみがあるけど……『国語事件殺人辞典』というタイトルも気になりますよね。どんな事件?どんな辞典? その真相はぜひ劇場で!
こまつ座『国語事件殺人辞典』@紀伊國屋サザンシアター
おけぴ会員限定チケット 申込受付中!
★スペシャルトークショー★
★3月12日(木) 13:00公演後 登壇者:大河内直子(演出家)
★3月15日(日) 13:00公演後 登壇者:大河内直子(演出家) 筧 利夫
★3月21日(土) 13:00公演後 登壇者:諏訪珠理 佐藤正宏 青山達三 加藤 忍
★3月25日(水) 13:00公演後 登壇者:筧 利夫 諏訪珠理
※スペシャルトークショーは、開催日以外の『国語事件殺人辞典』のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。
ただし、満席になり次第ご入場を締め切らせていただくことがございます。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人