18世紀フランスを舞台に、恋と欲望、そして破滅へと向かう若い二人の運命を描くドラマティック・バレエ『マノン』。振付は英国ロイヤル・バレエの振付家として数々の名作を生んだケネス・マクミラン、音楽は ジュール・マスネ の楽曲をもとに構成されています。マスネのオペラ《マノン》ではなく、さまざまな作品から約40曲を選んで再構成した音楽と、登場人物の心理をリアルに描き出す振付によって、バレエでありながら演劇のような濃密なドラマが展開されるのがこの作品の大きな魅力です。
今回は、マノン役:柴山紗帆さん、デ・グリュー役:速水渉悟さんという初役ペアの稽古場を取材。二人の燃え上がるような愛を描く名場面〈寝室のパ・ド・ドゥ〉のリハーサルの様子をレポートします。
指導は、本公演でステージングを担当するロバート・テューズリーさん。新国立劇場バレエ団で『ロメオとジュリエット』『マノン』『ライモンダ』など数々の作品に主演してきたダンサーであり、指導者としてもバレエ団ではおなじみの存在です。
◆第1幕の名場面〈寝室のパ・ド・ドゥ〉
この日の稽古は、第1幕の見せ場の一つ、一夜を共にした二人が、デ・グリューの下宿で迎える朝に踊る〈寝室のパ・ド・ドゥ〉。宿屋の中庭で出会い、恋に落ちた美しい少女マノンと神学生デ・グリューの高まる愛を、静かなアダージョの音楽に乗せて描くシーンです。ケネス・マクミランの振付は、互いに身体を預け合う大胆なリフトや、わずかに軸を外すような複雑な動きが特徴。物語と踊りが密接に結びつくことで生まれる高い演劇性が、この作品の大きな魅力です。稽古場では、そのシーンが丁寧に作り上げられていく様子を見ることができました。
テューズリーさんは実際に身体を動かして見本を示します。たとえば冒頭の場面。ベッドから、机に向かうデ・グリューのもとへ歩み寄るマノン。まだ眠っていると思っていた彼女がすぐそこにいるというサプライズによって、デ・グリューの驚きと愛が一瞬で花開く――そんな瞬間を生み出すような演技的アドバイスが与えられます。まるで演劇の稽古のような時間です。
しかし次の瞬間には、腕の使い方や力の入れ方・抜き方、女性の腕を握る強さ、距離感、リフトに入る前の立ち位置や降ろす方向まで、非常に具体的で的確な指示が続きます。
たとえば「3回回る/回す」という動きについても、1回目2回目と3回目はリズムが少々異なり、その違いによって音楽にぴたりとハマり、さらに次の動きへとつながっていくことの重要性。実際に動きながら、そのコツが細やかに伝えられていく密度の濃いリハーサルです。柴山さん、速水さんは、何度も試し、その都度テューズリーさんからのアドバイスを受け、徐々に身体で覚え、呼吸やタイミングを合わせていきます。ここからさらにリハーサルを重ねることで、役の心情、ドラマティックな表現へと高まっていくことでしょう。その過程は決して容易な道のりではない。 それでも二人は互いの目を見て言葉を交わしながら、一歩ずつ前進していきます。
もうひとつ印象的だったのは、芝居の流れのなかの動きにおいて「ここでは自分を解放して。無理にポジションに入らなくてもいい」という言葉。決まりごとと感情優先の狭間に宿る『マノン』、そしてマクミラン作品の真髄を見た瞬間でした。技術的なところだけでなく、そこにある感情も含めてマクミランの振付を熟知したテューズリーさんからの直接指導は、個々の動き、シーンの完成度を高めるだけでなく、今後の踊りにも影響を与える貴重な機会。それを肌で感じていることが伝わるお二人の真摯な取り組みを目の当たりにし、本番への期待が高まりました。
高揚する感情の発露として現れるアクロバティックな動き。ただしそれは、同時に精密にコントロールされなければならない。踊りだけでも、芝居だけでも成立しない──バレエという芸術の奥深さを感じます。
こうして一つひとつの動きのポイントを押さえながら確認していくリハーサル。そしてそこに音楽やキャラクターの衝動といった要素が加わり、一連の流れとしてつながったときに初めて、二人のドラマが立ち上がっていく。
リハーサルは、そのドラマが生まれる胎動を感じる時間でもありました。
音楽が導く二人の感情
本作の音楽にも触れましょう。<寝室のパ・ド・ドゥ>では、オペラ『サンドリヨン』の〈サンドリヨンの眠り〉や歌曲集『愛の詩』第3番〈君の青い目を開けて〉などが用いられています。一日の始まりに情熱的な愛を歌う〈君の青い目を開けて〉は、恋に落ちたばかりのマノンとデ・グリューの高揚感とも重なります。稽古場でも、テューズリーさんがその歌詞に触れながら、「青い目、しっかりと目を開けてお互いを見つめ合って」とアドバイスする場面がありました。音楽の言葉とともにシーンの感情を掘り下げていく、印象的な出来事でした。
こうして丁寧に作り上げられていく〈寝室のパ・ド・ドゥ〉は、恋に落ちたばかりの二人の幸福な時間であると同時に、この先に待つ“愛と破滅の物語”を思えば、どこか危うさもはらんだシーンでもあります。だからこそ、この静かなアダージョのなかで生まれる二人の呼吸や視線が、観る者の心を強く引きつけるのでしょう。
踊りを身体にしっかりと染み込ませ、その先でさらに演技を深めていく。柴山さんと速水さんがどのようなパ・ド・ドゥを見せてくれるのか。同じタイミングでプリンシパルに昇格し、これまでにも『くるみ割り人形』や『ジゼル』などでも共演してきた柴山さんと速水さんが紡ぐ、愛と破滅の物語。幕が上がる日が、いまから楽しみです。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人