ミュージカル『MURDERER』開幕レポート



韓国発のミュージカル『MURDERER』日本初演が、本多劇場にて開幕しました。




極限状態に置かれた子供たちの7日間を描く本作。
脚本・歌詞をチョン・チャンス、作曲をハン・ヘシンが手がけ、韓国で生まれたミュージカル。本公演が日本初演となります。重いテーマを抱えながらも、音楽と俳優たちの芝居のアンサンブルによって、濃密な舞台体験を生み出しています。開幕に先立って行われたゲネプロ(Wキャストはアン:黒川桃花さん、コギツネ:田仲ゆらさん)レポートを、両キャストの舞台写真(写真:交泰)とともにお届けします。(以下、物語の内容に触れますので、まっさらな気持ちでのご観劇をご予定の方はご注意ください)




客席へ入ると、まずピアノの繊細な響きが観客を迎えます。
舞台上には、薄暗く無機質な空間が広がり、小さな高窓だけが、外界との唯一の接点。朝になればそこから陽が差し込み、夜には暗闇が訪れ、ときには霧の気配も漂います。

不穏な音楽、そこに連行されてくる5人の子供たち。
窓の向こうからは暗闇に響く稲光と雷鳴、そして外の世界の爆撃音も響いてくる。

彼らはこの閉ざされた空間に閉じ込められている。



爆撃の音が鳴りやんだとき、高窓の向こうに“大人”が現れます。「誰かいるのか?何人いるんだ?」、そう声をかけ、わずかな食べ物を投げ入れる“大人”。子供たちが「おじさん」と呼ぶその大人は、「戦争は終わった。必ず助けに戻る」と言い残して、その場を去っていく。
「それまで、力を合わせて、みんなで仲良く」……どこか空虚な響き。

そして再び、5人の子供たちの日々。戦禍の気配が濃く漂う閉ざされた空間での、7日間の物語の幕が上がります。

大人は敵か味方か、助けが現れたことを喜ぶより先に「だまされないぞ」と警戒する子供たち。彼らが、“悪い大人たち”によって何をされたのか、過酷な過去を想起させます。


【「平等」と自治】




5人の子供たちとわずかな食料。そこに自治が生まれる。ある意味、社会の縮図です。
リーダー的存在のアレン。不安を隠さないトミーと、そんな彼に寄り添うエリック。今そこで起きている現実に正直に反応するピーター。合理的に行動するアン。閉ざされた空間のなかで、5人の子供たちはそれぞれ異なるかたちで状況に向き合う。そして状況の変化によって、思考や行動、選択も徐々に揺れ動き、それが相互に影響し合いながら、この密室の均衡は少しずつ崩れていく。




生き抜く目的のもと、皆で決めたルール。予期せぬ出来事が起きたとき、それを例外として、ルールを変えていくべきなのか。
極限状態での子供たちの行動を通して、現実世界を生きる観客に、その問いが投げかけられます。

本作において、予期せぬ出来事のひとつが、子供たちから見れば、さらに弱い存在とも言える「コギツネ」の登場です。

弱っているコギツネに、食料を優先的に与え、助ける。その是非は、本来問われるべきものではない。当然、助けるべき――そう思うのが自然でしょう。しかしそれも、自分たちの安全が担保されていることが前提。子供たちもまた安全圏にいるわけではありません。空腹に耐え、死が隣にある状況で、コギツネの存在は、この密室に新たな倫理の問いを持ち込みます。



そして過酷さを極める状況、取り繕うことのない子供たちの純粋さと残酷さを通して、人間の本質をあぶり出していくのです。やがて、運命の6日目の夜が訪れる──


【想像力、空想力が希望とやすらぎをもたらす】




テーマは深く重い。それでも決して陰鬱な作品ではない。それを可能にしているのが、美しくやわらかな音楽です。ピアノ演奏は、音楽監督も務める田中葵さん。

舞踏会を夢見て踊る軽やかなワルツ、かつて遊んだ秘密基地を思い出しながら歌う伸びやかな五重唱、結婚式ごっこ──子供たちの想像力や美しいハーモニーが物語に軽やかさとエネルギーをもたらす。

一方で、子供たちが連行される場面では、軍歌のような圧をもつ音楽が恐怖を深める。その合間に、ふと子供たちの思いがこぼれる旋律が差し込まれる。
絶望とも希望ともつかない不安定な状況のなかで、子供たちの声こそが希望だと感じました。

韓国ミュージカルというと、心の奥底から湧き上がる慟哭にも似たアリア、いわゆる“歌い上げ”が魅力だという印象を持つ人も多くいらっしゃるでしょう。不安や希望、繊細な心情を語るように歌う本作は、それとはまた違う魅力にあふれています。

まるで演劇のように、ひと言ひと言を絞り出すように歌われる楽曲。一方で、夢見心地のナンバーでは、束の間、絶望から解き放たれるようにポップな響きも広がる。

音楽が物語に推進力と浸透力を与えるという意味では、どちらも同じです。さらに音楽やダンスは、作品にエンターテインメントという側面も生み出す。そこにこそ、ミュージカルという表現手法の妙があります。

その絶妙の塩梅を創り出しているのが、本作の演出を手がける松崎史也さん。翻訳ミュージカルの演出は今回が初めてとなります。5人の子供たちとコギツネ、物語が進むにつれて関係性が変化していく6人の俳優の芝居と音楽を融合させ、舞台上に豊かなハーモニーを生み出しています。





アレンを演じる橋本祥平さんの声は、第一声から少年性を響かせる。正しさを貫こうとするアレンもまた、達観した人物ではなく、ひとりの子供であることにハッとさせられます。

アンは黒川桃花さん(山本咲希さんとのWキャスト)。まっすぐな歌声に宿る、狂気にも似た「生」への執着。アンなりの「最善」を、ただひたすらに尽くそうとする姿が印象的。

トミーとエリックを演じるのは工藤広夢さんと新里宏太さん。互いの存在が支えとなる二人の関係性を、声の相性のよい二人が確かに立ち上げていき、ピーターの小西成弥さんは、立場、状況によって大きく変わる人物像の心理を巧みに表現。

コギツネには田仲ゆらさん(原周石さんとのWキャスト)。基本的に言葉を発しない存在ながら、その命の尊さを身体表現に乗せて届けます。人をじっと見つめる視線の強さに、確かな「生」の気配が宿ります。




懸命に生き延びる道を模索する子供たち。その姿に、この作品に食らいつくように取り組んできた俳優たちの積み重ねが重なり、舞台上にドラマとして結実していくのです。

一方、唯一の「大人」として作品を支えるのが今拓哉さん。ときに圧をかけ、ときに甘く囁き、ときにやさしく語りかける。誠実な今さんの声だからこそ、その奥に潜む怖さや空虚さが、より静かに立ち上がります。

追い詰められた状況のなかでも消えることのない「生」のきらめき。その瞬間瞬間を、俳優たちが全身で掴み取り、それぞれの立場で客席へと手渡してくれます。

本作はドイツの劇作家ゲオルク・カイザーによる『メデューズ号の筏』を原作としています。戦時下という設定は、極限状態を描くための比喩と感じられるかもしれません。けれど、今まさに戦禍に置かれた子供たちの存在を思うと、『MURDERER』という作品が投げかける問いは、より切実に響いてきます。命の重さ、尊厳、生きている奇跡──平和への祈りに満ちたラストシーンをしっかりと受け止めたいと思うのでした。タイトルがずしりと心に残る作品です。

公演は3月15日(日)まで本多劇場にて。




【公演情報】
ミュージカル『MURDERER』
2026年3月7日(土)~3月15日(日)@本多劇場

<スタッフ>
原作:ゲオルク・カイザー『メデューズ号の筏』
脚本・歌詞:チョン・チャンス
作曲:ハン・ヘシン
オリジナル・プロデュサー:ハン・ソヨン
演出:松崎史也

<出演>(戯曲掲載順)
アレン:橋本祥平
アン(Wキャスト):山本咲希・黒川桃花
トミー:工藤広夢
エリック:新里宏太
ピーター:小西成弥
コギツネ(Wキャスト):原周石・田仲ゆら
大人:今拓哉

主催:アイオーン/ぴあ
公演HP:https://ae-on.co.jp/murderer2026/


おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人

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