光と影が交錯する新たな『ジキル&ハイド』──Wキャストで描く人間の両面2001年の日本初演以来、音楽とドラマの両輪で観客を魅了し続けてきたミュージカル『ジキル&ハイド』。美術や振付などが大きく刷新された“新演出版”として立ち上がった今回、タイトルロールには2023年に続きこの難役に挑む柿澤勇人さんと、新キャストの佐藤隆紀さんが名を連ねる。Wキャスト両組が披露された公開ゲネプロの模様をレポートいたします。
ゲネプロ① ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド:柿澤勇人、ルーシー・ハリス:真彩希帆、エマ・カルー:Dream Ami/ゲネプロ②ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド:佐藤隆紀、ルーシー・ハリス:和希そら、エマ・カルー:唯月ふうかまず目を奪われるのは、奥行き豊かに構築されたロンドンの街並み。
立体的に広がるセットが、物語の世界へと観客を一気に引き込む。
そこに現れるジョンが語りだす──
背を向けて座る父と、その身を案じる息子。苦しみからの解放、すべての発端がここにあったことが深く印象に残ります。
一転、舞台はロンドンの街中。<FAÇADE 「嘘の仮面」>が観客の心をつかみます。アンサンブルナンバーとして、迫りくる迫力のナンバーにはエマやルーシー、後に登場する病院の理事会メンバーもそこに居る。誰もが物語の一部として息づいている。
【人間の両面を生きるタイトルロール】
柿澤勇人さんのヘンリー・ジキルは、繊細さと危うさを内包した人物像。悲しみを湛えた青年が抱える生きづらさが、やがてハイドとして噴出する。
「父を救いたい」──そこに悲しみが漂い、繊細な青年の危うさを感じさせ、狂気の中にも、どこか子どもっぽさがのぞく人物造形。周囲に認められないもどかしさや疎外感の積み重ねが表出するような形で表裏一体の存在としてのエドワード・ハイドが立ち上がる。父への思いを起点に語るように歌い出し、階段を駆け上がるように高揚感を増していく<THIS IS THE MOMENT 「時が来た」>。狂気じみた笑いを見せ、ハイド誕生の<THE TRANSFORMATION 「変身」>、ハイドがロンドンの街に解き放たれる<ALIVE 「生きている」>への一連の場面は、そこで起きていることを思うと不謹慎かもしれませんが、柿澤さんの芝居を観ていてワクワクします。
エマやルーシーに見せる誠実さとハイドの残虐さ、前回の衝撃を更新する圧倒的な芝居の純度と、俳優としての胆力が物語をけん引します。
一方、佐藤隆紀さんのジキルは、誠実で豊かな歌声に裏打ちされた“善”の力が軸にある。強い正義感と父への思いを携え、まっすぐに突き進むジキル。
その光が強いからこそ、善き市民として生きていく中で押し殺していたものが噴き出したかのようなハイドの歪みが際立つ。<THIS IS THE MOMENT 「時が来た」>はコンサートで見せるスケール感を、ヘンリー・ジキルの決意、物語のひとつの山場としての表現に昇華。終盤の、<CONFRONTATION 「対決」>は一人の人間の内面でのギリギリの葛藤を歌に乗せた、まさにタイトル通りの緊張感あふれるシーンに。
歌唱を芝居に、楽曲をシーンに──理性を突き抜けた先のワイルドさと底知れぬ恐ろしさ、誰の中にも潜む“もう一つの顔”を突きつける造形が強く印象に残る。
【二人のヒロインが照らす「光」】
ルーシー役は真彩希帆さんと和希そらさん。
真彩さんは、どこか諦念を抱えながらも懸命に生きるルーシー像を、前回とはまた違う少し大人のアプローチで魅せる。<BRING ON THE MEN 「連れてきて」>のショーアップされた世界をより輝かせる歌唱力、表現力はさらに磨かれ、“どん底”を男たちのかりそめの“天国”に変えるルーシーに目も心も奪われます。そして、搾取され、その日その日を生き抜いてきたルーシーが<A NEW LIFE 「新たな生活」>で見せる夢見る希望の笑顔が胸に焼き付きます。
和希さんは、退廃美と官能をまとったルーシー。その場にいるだけで空気を変える色香を放ちつつ、ヘンリーに見せる純粋さとのコントラストが鮮やか。
ジキルを思って歌う<SOMEONE LIKE YOU 「あんなひとが」>で見せる晴れやかな表情、<DANGEROUS GAME 「罪な遊戯」>の大人びた表情、一人の女性の内面を大胆に立ち上げます。目が離せないルーシーです。
エマ役もまたそれぞれの魅力を見せる。
Dream Amiさんのエマは、ただ一人の味方として寄り添い安らぎを与える存在。<ONCE UPON A DREAM 「あれは夢」>の愛する決意の強さ、そこから生み出される光を体現するような包容力が印象的。
唯月ふうかさんのエマが見せる、<TAKE ME AS I AM 「ありのままの」>の芯の強さとまっすぐな愛情。ヘンリーへの思いがエマを強くし、ひとり娘として、父から巣立とうとする確かな意志を感じさせます。
【関係性が立ち上がるアンサンブル】
ヘンリー・ジキルを取り巻く人間関係、とりわけジョンとストライドとのバランスも新鮮。ジョン役の竪山隼太さんは、あたたかさと軽やかさで物語を支え、親友としての存在感が際立ち、ストライド役の章平さんは、エマへの思いとヘンリーへの複雑な感情を繊細に表現。共に育ってきた同世代として積み重ねてきた歴史がにじみます。
三人が互いをどう見ているのか、その視線の差が、ヘンリーという人物像をより立体的にし、物語の緊張感と悲劇性を静かに底上げしています。
【人間を描くドラマの深化、音楽と演出が生む没入感】
倫理、良心、社会性──私たちを日常につなぎとめるものが、ジキルの実験によって崩れたとき、何が現れるのか。抑圧された感情の爆発、止められない悲劇。権力者の醜さや社会の鬱屈も浮かび上がり、本作が“人間そのもの”を描いていることを強く実感させる演出は山田和也さん。
従来の重厚さはそのままに、キャラクターや関係性を新たな角度から再構築した新演出版には、蓄積と刷新、その両方が確かに存在しています。
ドラマ性と共に改めて実感するのは、フランク・ワイルドホーンの音楽の力。
ソロナンバーの爆発力、群衆の圧を伴う合唱、感情が交錯するデュエット──
塩田明弘さん率いるオーケストラのサウンドが物語と融合し、観客を一気に作品世界へと引き込んでいく、理屈を超えて心を揺さぶる“音楽の魔法”がそこにあります。
光と影、善と悪、生と死、対立するものを鮮烈に浮かび上がらせる照明も印象的です。ステージングも含め、エマとルーシーの関係性を象徴する、<IN HIS EYES 「その目に」>の見せ方が強く心に残ります。
静かに始まる旋律の中、中央にはジキル。その両脇へと歩み出るエマとルーシー。
一人の男性を思い、それぞれの言葉で歌い上げる二人の声が、やがて重なり合っていく。対照的に見える二人が、その胸に宿る思いはどこか似ている。交わることのないはずの感情が、旋律の中で一瞬、重なり合い光を放つ。
静けさから熱を帯び、あふれ出す感情。ミュージカルという表現の力を、改めて実感させる場面です。そして、その目に映るもの、その奥にある愛──それはやがて、ラストシーンへつながっていく。美術は大田創さん、照明は高見和義さん、振付は桜木涼介さん。
観客を熱狂の渦に巻き込み、ここからどこへ向かうのか。
続投キャストと新キャスト、それぞれが全身全霊で挑む大作。個の深まりとともに、Wキャストの組み合わせが変わることで生み出される化学反応は、ここからどこまで深化していくのか。
観客を巻き込みながら進化を続けるこの作品は、これからも人々の心を強く捉えて離さない──2026年の『ジキル&ハイド』の誕生を感じました。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人