成河さん×藤田俊太郎さんの対談
【前編】 【後編】に続いてお届けするのは、『ナルキッソスの怒り』稽古場レポート。稽古場で作品を立ち上げる、最初期の段階という貴重な時間をレポートいたします。その前に、本作の物語をご紹介。
STORY
劇作家であり、大学で教鞭も取るセルヒオ。彼は学会に出席するため、スロベニアの首都リュブリャナを訪れる。そこで、イゴールという美しい青年と知り合い、彼との情事に溺れていく。そして滞在するホテルの部屋、228号室で発見したのは部屋のあちこちに点在する数々の、染み。この2つの事象が、セルヒオを戦慄の真実へと導いてゆく…!
【目の前に立ち上がる世界】
稽古2日目。この日から立ち稽古、ざっくりと動いてみましょうという段階です。
稽古場にはイスやテーブル、スーツケースが倒された状態で一列に並べられ、その奥に一台の長机が置かれています。逆に言えば、あるのはそれだけ。その空間に成河さんがいて、藤田さんはそれを見ていたり、自身も動いてみたり、そして二人は大きに語らう。そんな稽古場です。
そこはセルヒオが滞在するスロベニアのホテルの一室、228号室。
成河さんが観客に語りかけ、転がっている椅子や机を立てて座ります。ホテルの部屋に着くとセルヒオは荷解きをし、パソコンを立ち上げる。それが彼のルーティーンという、冒頭のシーン。
イスとテーブルと言葉と想像力で、ホテルの一室が立ち上がりました!
ただ、この作品の台本には「これはひとり芝居ではない」とあり、その一連の行動をセルヒオとして演じるのではなく、「物語る」ことが指示されています。確かに、語っている! なんだか不思議で独特な感覚です。
【「物」が「役割」を持つ瞬間】
さて、イスとテーブルに話を戻します。
転がっているイスや折りたたまれたテーブルが(いわば“OFF”の状態)、通常の形に置かれた瞬間、それがイスとして、テーブルとして機能し始めます(“ON”になる)。そんなルールを提示した藤田さん。
そして、ひとり芝居なのでイスを起こすのも倒すのも成河さん。そうやって語り手の成河さんが、物語のすべてをコントロールしていることに繋がる面白さがあると感じました。
すると今度は、「OFFの状態を、倒して並べるのではなく、積み上げても面白いのではないか」という成河さんの発案で、また別の形が生まれます。そんな表現ルールのもと、成河さんが空間を遊び始めます。

長机を立ててみたり!!
立ち稽古の序盤、まだ何かを決める段階ではないからこそ自由です。
後方の長机は主にベッドとして扱われますが、実際のセットではそれが具象(いかにもベッド)として存在するのか、それとも抽象として扱われる(ベッドであるかのように振る舞うことで、ベッドに見立てる)のかもまだ決まっていません。
「具象もいいけど、抽象だとなんにでもなるよね。いくらでも遊べるよね」と成河さん。
無限の可能性を探っていきます。
さらに、「具象(ベッド)と見せかけて、思いもよらない変化を見せたら面白いですよね」という藤田さんの発想に対し、「それだったら──」と瞬時に応じる成河さん。
アイデアのキャッチボールが止まりません。
こうしてベッドひとつをとっても、これだけ豊かなやり取りが重ねられていきます。それがあらゆる局面で行われる。こうして作品が完成形に至るまでに行われる膨大な取捨選択、そこで手放したものも含めた一つひとつのアイデアが作品を支えていくのです。

楽しそう!

藤田さんも、成河さんの発想に刺激され、どんどんイメージが膨らむ様子
話が進むと、ランニングに出る、博物館へ行くなど、シチュエーションも変化していきます。
そこでは「アクリルパネル」や「映像」といった気になるワードも飛び出し、それを想像しながら動線を試していく二人の姿がありました。
どう「物語」として立ち上がっていくのか、ワクワクしてくる稽古場です。
【熱を帯びるディスカッション】
本作の肝、「入れ子構造」をどう上演するか。インタビューで語られていた内容が、ここでは実践的に検討されます。
本編をどう始めるか(プロローグ)、どう終えるか(エピローグ)。
言い換えれば、日常からオートフィクションへとどう移行し、どう戻ってくるのかのディスカッションは熱い!
演劇の始め方にもさまざまな可能性があります。
派手に始めるのか、何もないところから立ち上げるのか。照明は、音楽は、登場のタイミングは──。
それぞれの考えを持ち寄り、「いまどう思っているか」を共有しながら、お互いの視点に立って想像する。そこから新たな選択肢が生まれていく、とても建設的なやり取り。
作品の性質上、詳細には触れられませんが、確実に面白いものになりそうな手応えがありました。
『ナルキッソスの怒り』という旅を終えたとき、出発した場所へ戻るのか、それともまったく異なる地平へと辿り着くのか──すべての旅を終え、日常へ戻ったとき、胸に何が残るのだろうか。
まだ謎が多いのも正直なところですが、稽古場で感じた熱と、やり取りの密度の濃さは、その謎めいたところも含めて、この二人なら旅の行き先を委ねられる、時間を預けられるという確かな信頼へと変わっていきました。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人