ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』@明治座
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1992年に音楽座ミュージカルで初演されたオリジナルミュージカルの『アイ・ラブ・坊っちゃん』。苦悩の底にあった作家・夏目漱石の内面と『坊っちゃん』執筆の過程を重ねて描く本作は、史実とフィクションを織り交ぜたオリジナルストーリーも高い評価を受けました。この名作が、2026年、『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』『リトルプリンス』に続いて、東宝製作により上演されます。

三浦宏規さん
演出はG2さん、夏目漱石役に井上芳雄さん、劇中の「坊っちゃん」役に三浦宏規さん、そして音楽座ミュージカルでも同役を演じた土居裕子さんが、漱石の妻・鏡子役を務めることでも話題の本作。
「坊っちゃん」役の三浦宏規さんに作品の構造、役への共感、そして舞台に立つ意味まで、じっくりとお話を伺いました。
【漱石と坊っちゃんが交差する劇構造】
──この作品の出演が決まったときの思いや、作品の印象からお聞かせください。音楽座ミュージカルさんによるオリジナルミュージカルの名作、和物、そして(井上)芳雄さんとミュージカルで初めてご一緒できるということもあって、ぜひやらせていただきたいと即答しました。題材も『坊っちゃん』ということで、「僕にぴったりかな」と思いました(笑)。
──和物にご興味があったとのことですが。日本人なのに、これまでほぼ未経験で。漠然とではありますが、いつか挑戦したいと思っていたところに今回のお話をいただけて、すごく嬉しかったです。
──ご自身で感じる、坊っちゃんとの共通点は。幼少期のエピソードなど、原作を読んでいると「自分の自伝かな」と思うくらいで──というのはちょっと言い過ぎなんですけど(笑)。嘘や、曲がったことが大嫌いで、どんなときも信念を貫こうとするところ。忖度しない、人によって態度を変えないところには、似ているというより、憧れも含めてシンパシーを感じます。
──幼いころは無鉄砲なところもおありでしたか?度胸試しは好きでした。でも、人を貶めるようなやんちゃはしてこなかったので、そこも坊っちゃんと近いのかなと。
──本作では、坊っちゃんは小説の登場人物というだけではなく、漱石の思いを担うようなところもあるキャラクターです。僕は、この作品は、漱石と鏡子さんの物語だと思っています。
漱石がどんな心理状態で『坊っちゃん』を執筆していたのかを描くこの作品には、「漱石の世界」と「坊っちゃんの世界」があるんです。その二つが重なり合っていき、やがて、坊っちゃんが小説を飛び出して、漱石の心に働きかけるようになる──。この劇構造は、出演者という立場を超えて、とても興味深く、作品の大きな魅力だと思います。
自分の役割として、小説の中の坊っちゃんをどう演じるかだけでなく、作品全体で自分がどう存在するべきかを、しっかり考えて体現していきたいです。

『アイ・ラブ・坊っちゃん』人物相関図
──井上さん演じる漱石と三浦さん演じる坊っちゃんは、作者と生み出したキャラクターというだけではない。表裏一体のような関係性なので、対峙してがっつり芝居をする場面は意外と少ないのですが、漱石と坊っちゃんがリンクするようなシーンでは、舞台上で芳雄さんと動きや芝居がシンクロします。そしてそこで阿吽の呼吸が求められる。そのシンクロする芝居を立ち上げていく過程を、稽古場で楽しんでいます。
──東宝版として新たに立ち上げる稽古場の空気はいかがですか。やることが多くて、毎日必死(笑)。でも、演出のG2さんをはじめとてもクリエイティブな方が集まっているので、すごく充実しています。中でも土居(裕子)さんは音楽座ミュージカルでの初演から鏡子役を演じられているので、当然のことながら作品への理解が深く、お芝居を観ているだけで作品世界に引き込まれる。土居さんがそばにいてくださることの安心感は絶大です。たくさん勉強させていただいています。
──ミュージカル創作現場での井上さんの存在は。いつものことながら、まったく隙がありません。お芝居や歌はもちろん、人間性も含めて尊敬しています。その現場を間近で見られること自体が財産だと思って、日々過ごしています。
【“一人でもいい”ようで、救われている】
──山嵐役の小林唯さんとは、『レ・ミゼラブル』でアンジョルラスとマリウスとして共演しました。今回お二人は親友どうしの役どころです。再共演できて嬉しいです。漱石自身を坊っちゃんに重ね、山嵐には漱石の亡き親友の正岡子規が重ねられているので、この作品では坊っちゃんと山嵐の関係がより深く描かれています。僕が坊っちゃんを演じる上でも、唯くんの山嵐はすごく大事な存在になっています。
──山嵐との関係をどう捉えていますか。自分とは違う価値観を持っている者同士、でも大切な存在。坊っちゃんは「正しさのためなら一人でもいい」ように見える人物ですが、実は山嵐の存在に救われている部分も大きい。率直に言って、二人とも“イイ奴”なんですよ、心が美しすぎるというか。そんな二人の友情にグッときます。そこが漱石と子規の関係性とも重なってきて、坊っちゃんと山嵐の関係はよりドラマ性を帯びていく。この作品のひとつの軸になると思っています。
また、公演は明治座さんだけでも1ヶ月あるので、唯くんとの芝居の深まりも楽しみです。
──楽曲の印象は。オープニングから心を掴まれます。
坊っちゃんのナンバーは“ザッツ・ミュージカル”という感じの派手なナンバーも多く、曲調はラインダンスでも始まりそうな勢いです(笑)。もちろんそれだけでなく、とても繊細な楽曲もあります。この多様な楽曲を和装でというのも楽しんでいただけるポイントだと思います。ダンスをするにも、坊っちゃんは下駄を履いていますからね。下駄だから……ダンスシーンはどれくらいあるのか。本番を楽しみにしていただきたいです。
──本作タイトルが『アイ・ラブ・坊っちゃん』。そのココロは?そのココロですか?なんだろう(笑)。
観に来てくださったお客様に、劇場を出るころに<アイ・ラブ・坊っちゃん>って思ってもらえるような坊っちゃんにしないと──って、意味わかんないですかね(笑)。でも、泥臭く取り組んでいけば、自然にそうなっていくのかなと思っています。
【生の舞台に立ち続けるということ】
──ここからは少し三浦さんご自身について伺いたいと思います。『坊っちゃん』を語る上でのキーワードの一つが「若さ」かと思います。「若さ」について、どう捉えていますか。ずっと若いと言われてきましたが、もう27歳で、決して“若手”という意識はなくて。昔から、年齢で括られるのは好きではなく、同時に年齢に甘えたくもなかった。だから歳を重ねることは自分にとって嬉しいことです。その分、責任が伴うことも含めて。
だから自分の年齢に対してはあまりこだわりがなかったのですが、先日、祖父に「もう27歳か」と寂しそうに言われたときに、年齢って自分だけのものじゃないんだなと思って。自分では意識していなくても、周りの皆さんとの関係の中で意味を持つものなのかもしれないなと感じました。
──最後に、今感じている舞台芸術の魅力について。舞台は“不要不急”と言われたこともありました。でも、だからこそ舞台芸術があり続けるということは、奇跡のような時間だと思います。また、デジタル化が進み、画面上で何でも観られる時代にあって、すべてが生であるということ──生身の俳優が目の前で演じ、音楽も生、お客様も劇場にわざわざ足を運んで観てくださる。僕は、そこに大きな意味を見出しています。その場にいる人たちと時間や空間を共有する価値は、これからもっと大きくなると思います。
芸術、表現を生業にできていることは、とてもありがたいことで、だからこそ、自分は必死にもがき続けなければいけない。大げさに聞こえるかもしれませんが、命がけの気持ちで向き合っていきたい。そして舞台芸術の魅力や、社会における役割については、これからも自分に問い続けていくつもりです。
スタイリスト:小田 優士
ヘアメイク:AKi
<ストーリー>
1906年、39歳の夏目漱石は教師を辞め、小説家として独立したいと願っていたが、家族を養う安定した生活のためにふんぎりがつかず、鬱々と日々を暮らしている。
妻の鏡子や幼い娘にイライラをぶつける毎日。妻の鏡子は漱石の癇癪をものともせず、明るく日々を送っているかのように見えたが、実際は心通じ合えぬ夫に言い知れぬ寂しさを深めていた。
ある日漱石は、訪ねてきた高浜虚子に新しい小説のプランを話す。タイトルは「坊っちゃん」。
江戸っ子で曲がったことが大嫌いな坊っちゃんは心に闇を抱えた漱石とは正反対のキャラクターだったが、漱石はいつしか坊っちゃんに自らを、結核で亡くなった親友の正岡子規を山嵐に重ね、自分では叶えられなかった冒険物語に筆と心を躍らせ、執筆に没頭する。
やがて漱石は登場人物たちに周囲の人間を重ね自らの闇に向き合い、時に飲み込まれそうになる漱石の筆は坊っちゃんに教え子の反抗や学校組織による理不尽な人事といった数々の試練を与えるが、坊っちゃんと山嵐はそれらを必死に乗り越えながら漱石を励まし続けるのだった。
なぜ生きるのか。苦しみ続ける漱石は、果たして「坊っちゃん」を書き上げることができるのか―。
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』@明治座
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おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人(撮影)