ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』@明治座
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開幕レポートに続いてお届けするのは、ゲネプロレポートです。
【2つの世界が交錯する】
漱石の人生と小説『坊っちゃん』の世界が交錯する、多層的なドラマ。
井上芳雄さん演じる漱石と土居裕子さん演じる漱石を支える妻・鏡子、三浦宏規さんの「坊っちゃん」、さらに小林唯さんが担う正岡子規/山嵐……。2つの物語が同じ舞台上で繰り広げられ、そして2つは並走するだけでなく、やがて境界を滲ませ、融合していく──舞台ならではの見せ方で“魅せる”ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』が明治座で開幕しました。
1906年、漱石39歳。
この頃の漱石は、大学で教鞭をとりながら小説を執筆していた。小説家として生きていきたいという思いを抱きつつも、家族を養うために安定した職を手放す決断ができずにいる。
家族のため──そのはずが、鬱々とした日々の中で、たびたび癇癪を起こしては家族につらく当たってしまう。そんな葛藤を抱えた時期だった。
<しあわせの時>──自分のしあわせを知っている鏡子。時に強がりを言っているようにも見えるけれど、眠る漱石に向けて歌うこの曲には、紛れもない本心がにじみます。鏡子の強さに守られ、漱石は思うままに生きる勇気をもらっているのだと感じさせる。
怒鳴る漱石を、軽やかに受け流す。どこかで甘えさせているような懐の深さを感じさせる、土居さんの鏡子です。イライラをぶつけてくる漱石をただ献身的に支えるだけでなく、蜂の一刺しのようにウィットの効いた切り返しも見せ相手を黙らせる痛快さ。朗らかな笑顔の奥には、漱石への信頼と愛がある。漱石にとって、最終的に心を許し、安らぎを得られる存在が鏡子なのだと思わせます。
(登世の面影を追うくだりは、正直、少し思うところもありますが……小声)土居さんの透き通るような美しい歌声、おちゃめな笑顔、真摯な眼差し、軽やかさとしなやかな強さを持つ女性像を立ち上げます。
ある日のこと。漱石は、子規が創刊した「ホトトギス」を引き継いだ高浜虚子に新たな小説の構想を話す──小説のタイトルは『坊っちゃん』。
その言葉をきっかけに、<アイ・アム・ア・坊っちゃん>のナンバーが始まり、小説の主人公・坊っちゃんが舞台に飛び出してきます。『坊っちゃん』の登場人物たちを従え、三浦宏規さんの坊っちゃんの躍動感が一気に広がり、もう一つの世界の物語が幕を開けます!

坊っちゃん(三浦宏規さん)

清(春風ひとみさん)坊っちゃん(三浦さん)
どんなに離れていても互いを気にかける、坊っちゃんと下女の清。別々の空間にいながらも心が寄り添うその関係性は、舞台ならではの表現とよく響き合います。
会見でも語られていたこの二人の関係。
事前のインタビューで三浦さんは、年齢の話題の際におじいさまとのエピソードを話してくれました。身近な大切な人を思う、三浦さんの優しさや純粋な感性が、「坊っちゃん」という役に自然と重なって見えてきます。
【人と人が結び合うドラマ】

漱石(井上芳雄さん) 虚子(大音智海さん)
子規が中心となり創刊した「ホトトギス」で『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表した漱石。
子規と出会ったからこそ、小説家・夏目漱石が誕生したのではないか──子規亡き後の、弟子の虚子との交流を通して、影響を与え合った2人の文学者の強いつながりの確かさを感じグッときました。
漱石の兄嫁・登世には彩みちるさん。姪の雪江や『坊っちゃん』のマドンナも演じ分けながら、漱石の内面に宿る“理想”の女性像を担います。
天から見守る亡き登世への思いは、どこか手の届かない光のように漱石の中に残り続けるもの。一方で、その現実を引き受け、隣で支え続けるのが妻・鏡子です。対照的な二人の在り方が、漱石という人間の輪郭を浮かび上がらせていきます。

登世(彩みちるさん)漱石(井上さん)
『坊っちゃん』の世界に戻ると。赴任した松山の中学校で、坊っちゃんは個性豊かな先生たちと出会います。その一人ひとりにあだ名をつけていく坊っちゃん──と言ってもこれは漱石の小説の世界。『坊っちゃん』を執筆する漱石もまた同じ舞台上に存在し、リアルタイムで物語が創作されていくのです。
お馴染み『坊っちゃん』の登場人物たちと坊っちゃんがつけたあだ名を紹介。校長はたぬき、教頭は赤シャツ、赤シャツの太鼓持ち美術教師の吉川は野だいこ、気弱な英語教師でマドンナの婚約者の古賀はうらなり……。なるほど、言い得て妙だと思える人物造形です。
そしてもう一人、山嵐こと、数学主任の堀田を小林唯さんが豪快に演じます。

野だいこ(山野靖博さん)赤シャツ(松尾貴史さん)山嵐(小林唯さん)坊っちゃん(三浦さん)
赴任したばかりの坊っちゃんを、山嵐が城下町へ案内する。<TAKE IT EASY>に乗せて、団子を頬張り、湯につかり……。軽やかな場面の中で、二人の距離はぐっと縮まっていきます。すれ違いもありながら、やがて親友となっていく二人。強い信念と行動力を持つ山嵐と、一本気な坊っちゃんが見せるバディ関係は実に魅力的で、「二人が揃えば負ける気がしない」と思わせてくれます。
また山嵐は、ふと『坊っちゃん』の世界を飛び出し、漱石の前に姿を現します。歯に衣着せぬ言葉で率直に語りかけるその姿は、今は亡き親友・正岡子規。無意識のうちに山嵐へ子規を投影していた漱石と子規の対話は、胸に迫るものがあります。
1幕の「生きてさえいれば、どんなこともできる。自分を信じて」と、苦悩の底にいる漱石を坊っちゃんと共に励ます<負けない心>や2幕の<風を見て>、漱石、坊っちゃん、山嵐(子規)の心が重なり合う井上さん、三浦さん、小林さんの美しい三重唱は大きな見どころ、聴きどころのひとつです。外へと突き進む子規と、内へと沈潜する漱石、そして坊っちゃんと山嵐、異なる気質を持つ者同士の互いへの敬意と友情が描かれます。
群舞やマイム、フォーメーションで見せる乱闘シーンの動きなど、面白さと緊張感が同居する山田うんさんの振付もお楽しみポイント。釣り船のシーンでの自由過ぎる(!)船頭さんも注目です。
こうして実世界と劇世界(小説)、リアルとフィクションを自在に行き来する本作。そして創作を通して、漱石が自らと対話し、答えを見つけていく劇構造の素晴らしさが、G2さんの演出で舞台に立ち上がります。
【“どう生きるか”を問いかける】
井上さんが演じる夏目漱石は、怒鳴ったり当たり散らしたりと、これまでのイメージとは異なる激しさを見せる役です。しかしその裏には、喪失感や迷い、罪悪感といった、人に見せたくない負の感情がにじみます。そうした揺らぎを丁寧に芝居に織り込みながら、井上さんは等身大の人間・漱石を立ち上げています。
一方で、鏡子に言い負かされて悔しそうな表情を見せたり、雪江と鏡子の会話が気になってそっと聞き耳を立てたりと、ふと垣間見える素直になれない可愛らしさもまた大きな魅力です。
そして土居さんとのデュエットで重なり合う声に、支え合う関係の確かさがにじむ。漱石と鏡子の関係性が凝縮された瞬間であり、ミュージカルという表現の力を強く感じます。
現代よりも男女の役割が限定されていた時代。漱石と鏡子夫妻の在り方を単純に美化することはできないけれど、そこには弱さと強さが同居し、互いに支え合う関係が確かにあった。
同時に、世の中とどう向き合うかを模索し続ける坊っちゃん。病によって道を閉ざされながらも、最期まで戦い、思いを友に託した子規。弱さを抱え、内省を重ねる日々から一歩を踏み出そうとする漱石。
そして、漱石をいつも温かく受け入れた鏡子や、なにがあっても坊っちゃんの味方でい続けた清の存在。時代を選ばず心に響く人物像が立ち上げられています。

登場人物たちの歌声が、優しく、力強く漱石の背中を押す
誰かに支えられながら、自分の生き方を探していく──現代を生きるの私たちにとっても、それぞれの生き方や関係性から受け取るものがある作品。多彩な音楽に乗せて紡がれる『アイ・ラブ・坊っちゃん』を観て、とても清々しい気持ちで劇場を後にしました。

ここにも小林さん!!
サンチョ(小林唯さん)、ドン・キホーテ(今村洋一さん)
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』@明治座
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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人