シリーズ企画「いま、ここに──」のラストを飾る、ノゾエ征爾さん書き下ろし新作『りんごが落ちる』。
自分の前に立ちはだかる大きな壁や他者との断絶、弱さを打ち明けられない葛藤──現代を生きる誰もが抱える心の痛みを、「recover」「cure」をキーワードに、誠実でユーモアあふれる筆致で描き出す本作。演出は新国立劇場初登場となる金澤菜乃英さん。ノゾエさんとの初タッグで、不器用な大人たちの“息継ぎ”の物語を立ち上げます。
描かれるのは、久々の大舞台で主役を射止めながらも、初日の舞台上で突如セリフを忘れ、ラスト10分を沈黙劇にしてしまった舞台俳優・田端光太郎の一夜。舞台関係者や隣人など行き詰まりを抱えた人々が、一人台所に立つ彼のもとを訪れ、それぞれの胸に滞っていた言葉と向き合っていきます。

金澤菜乃英 浜田学 山口森広
撮影:酒井優衣
2026年6月13日の初日に向け、本格的なお稽古が始まったある日。演出の金澤さん、田端を演じる浜田学さん、田端の大学時代の演劇部の後輩・猿橋通役の山口森広さんの取材会が行われました。
【痛みと優しさ──じわじわと心に響く戯曲】
──この戯曲を最初に読んだときの印象からお聞かせください。金澤)
ノゾエさんの作品は、言葉の端々に優しさが満ちています。主人公の田端をはじめ、登場人物たちは重いものを抱えていますが、その追い詰められた姿にはどこか滑稽さもあり、ふと笑ってしまうユーモアもある。とげのある言葉も登場しますが、最終的にはその傷すら掬い上げられていくと感じました。
この「初めて読んだときのほっとする感覚」を大切にしながら、すべてを説明するのではなく、あえて余白を残すことで、それぞれの受け取り方が広がっていく──そんな戯曲の持つ可能性を大事にして作っていきたいと思いました。

撮影:酒井優衣
浜田)
ノゾエさんが描くのは、挫折や痛みを抱えた人間たち。僕自身も人として至らない部分を感じることが多いので、登場人物たちをとても愛すべき存在だと思いました。ただ、読み進めるうちに、それぞれが抱える苦しみの深さが見えてくる。そんな物語を、みんなでどう立ち上げていくかは大きな挑戦になると感じています。

撮影:酒井優衣
山口)
戯曲を読んでいるうちに、気づいたら涙が出ていました。この涙がどこから来たのか、自分でも不思議なくらい自然に。
物語は、ドラマティックな出来事が起こり続けるわけではないのですが、セリフの一つひとつがボディブローのように効いてくる。印象に残る言葉も多くて、じわじわと心に響く作品だと感じました。
【演劇の話であり、誰かの人生の話】

撮影:酒井優衣
──主人公の田端は舞台俳優。ほかにも演劇に関わる人たちが多く登場する作品です。山口)
俳優や演出家、演劇をやめて家業を継いだ人──あの人に似ているなと思い浮かぶ顔も多々あるので、リアルに演じられる部分もあります。同時に、劇中の登場人物たちが仕事に向き合い、傷つく姿は、どの職業でもきっと通じるものがあるとも感じます。僕たちは実感を込めて役を生き、傷つき、もがく。それが滑稽で、笑えて、悲しく見えたらいいのかなと思います。
浜田)
確かに、田端が置かれている立場もわかりますし、参考になる人物も多い。田端が苦しんでいることを自分事のように捉え、自分と役をリンクさせながら立ち上げようと思います。
──セリフを忘れてラスト10分間を無言劇にした。俳優として考えたくはないことだと思いますが。
撮影:酒井優衣
浜田)
自分だったら、10分の沈黙を続ける勇気はないです(笑)。きっと舞台袖にはけて、台本を見直します。だから、10分間舞台上に居続けたということは、何だったのか。そこは戯曲では描かれていないところで、想像するしかない部分でもあります。
──お芝居で「やってしまった」というご経験は。浜田)
実体験として「セリフを忘れて10分の無言」までのことはありませんが、映像の仕事で3行くらいのセリフで20回くらいNGを出したことがあります。頭が真っ白になってしまって。
山口)
ちなみに“その夜”はどう過ごしたんですか。
浜田)
生まれたばかりの子どもをずっと抱きしめていました。このエピソードを人前で話すのは、今日が初めてです。“失敗談”にすることで、ようやくこの出来事が昇華されたのかな(笑)。

撮影:酒井優衣
山口)
実は、僕が出演した舞台の本番で無言が続いたことがあるんです。それはセリフが飛んだのではなく出とちり※だったのですが、アドリブで繋げられる状況でもなく一同沈黙。おそらく1~2分のことでしたが。
※出とちり:出番のタイミングを逃し、舞台に出るのが遅れてしまうこと──その場にいた人にとっては、1~2分が永遠のように感じられたことでしょう。それを思うと10分というのはなかなかです。
撮影:酒井優衣
金澤)
10分間の沈黙を持たせたというのは、すごいこと。たぶん田端が動物的な感覚で乗り切って、成立させたんだと思います。
その動物的、生物的な感覚というのがポイント。ノゾエさんの戯曲は演劇を出発点にしていますが、それは入口にすぎません。身近な生活感のある内容から、「沈黙の10分間」の捉え方も含めて、自然や宇宙などに広がっていくようなスケール感のある作品です。だからこそ私たち作り手も演劇人として物語に向き合いながら、演劇畑を飛び越えて、大きな広がりを持つ作品を作り上げたいと思っています。
──台所が舞台となり、調理や食の様子が描かれるというところも「生物的」に繋がるように感じます。金澤)
それぞれの背景を抱える登場人物たちですが、みんな「調理する」「食べる」ことで救われるところがあります。自分のため、誰かのために調理して、食べる──もうそれだけで生きるエネルギー、希望ですし。それが物語の結びにどうつながっていくかを、日々、考えています。
【多様な解釈と“ポジティブな棚上げ”】

撮影:酒井優衣
──本読み稽古も始まったと伺っています。山口)
最初に読んだときに続いて本読みのときも、思わず涙がこぼれました。顔合わせで初めてお会いする方も多い場だったので、こらえようとはしたのですが、やっぱり涙がこぼれてしまう。ノゾエさんの優しい言葉って、思いがけないところでプスッと心に刺さるんです。
例えば、田端と父親の話のときに、「自分は両親に対して100%いい子どもではなかったな」と感じてグッとくる。こうした感覚は、多くの方がどこかに持っているものではないかと思います。そして読み終えたときには、希望が残り、優しさに包まれる作品だと改めて感じました。
浜田)
本読みでは、ようやくセリフを言葉として発することができた喜びを感じました。今は正直、やることが多くてパンクしそうな状態ですが、金澤さんとともに、みんなで丁寧に戯曲をひも解き、掘り起こす作業を重ねています。こうして少しずつ耕していけることを、ありがたく感じています。
金澤)
まず、キャストだけでなく、スタッフの皆さんも交えて色々な体験談をシェアする時間を設けました。それを経て、本読みを始めました。そこでは、これまで自分の中だけで読んでいたものが、5人の俳優がそれぞれの解釈のもとで声に出して言葉を発することで、新たに物語が立ち上がっていく喜びを感じました。
山口)
ただ、読み合わせもあまり進まなかったですよね。ことあるごとに、これって、こうだから──
浜田)
あれだよねって(笑)。
山口)
それで登場人物たちの年表を作ったんです。あのとき、あの人は何歳だったのかを確かめ、みんなで共有する。
浜田)
話の中だけで登場する田端のお父さんは、いつ頃、亡くなったのか?とかも。あの作業でいろいろ整理されました。
山口)
その中で、決めたほうがいい部分と、あえてまだ決めないほうがいい部分を洗い出していく。決めることで、何かが失われてしまいそうなときは「これは一旦、置いておこう」と。

撮影:酒井優衣
金澤)
いわばポジティブな棚上げですね。みんなで話し合ったうえで棚上げすることで、この先の立ち稽古で「こういうことだったんだ!」と見えてくることもあると思いますし、もしかしたら最後まで棚上げのままかもしれない。
私自身の解釈と5人のキャストそれぞれの解釈──すでにいくつか見方が分かれている部分もありますが、それについてノゾエさんは「僕が答えてしまうと1つに絞られてしまう」と捉え方の幅を狭めてしまわないように、あえて明言を避けている様子でした。みんなでいろんな可能性を探りながら、どこまで絞り込み、どこに余白を残すのか。そのさじ加減が、今回の座組ならではのカラーになればいいなと思っています。そしてそれもまた、集団創作の醍醐味です。
【想像力をひらく演出──“りんご”は現れるのか】
──ビジュアルも含めた演出はどのような方向性でいくのでしょうか。金澤)
最終的にはよりシンプルな形にしていく予定です。
具体的なものが多いほど助けになるとは限らず、むしろ可能性を狭めてしまうのではないかと感じています。拠りどころが少ないと、俳優の皆さんは大変かもしれませんが、そのぶん時空間の飛躍は自由になります。
例えば、二人が目の前を指して「りんごだ」と言えば、そこにりんごが見えてくる。その作用が演劇の面白さだと感じています。デジタル化が進む中で、想像力がやや希薄になりつつある今だからこそ、演劇の可能性は“究極のアナログ”にあるのではないかと。
また、美術がシンプルであるぶん、衣裳に遊びを持たせたり、生活音や環境音など、キャラクターを想起させる音を使うことで、人物や世界を立ち上げていきたいと思います。
──今、「りんご」という単語が出ましたが、本作のタイトルは『りんごが落ちる』。りんごは登場するのでしょうか。金澤)
りんごを出すのか──それについても、いま検討しているところです。
タイトルにあるもう一つの言葉、「落ちる」はメタファーであり、物が落下することや、感情の落ち込みにも重なります。それらが最終的にどう帰結していくのか、そして「りんごが落ちる」というイメージにどうつながっていくのか。ビジュアルとして提示するべきかどうかは、とても難しいところです。
ノゾエさんの世界観を大切にしつつ、かといって説明を省きすぎると、観た方の中に「?」だけが残ってしまう。そのバランスを、いままさに考えているところです。
──果たして皆さんがどんな選択をされるのか、「りんご」にも注目ですね。最後に、ここから稽古を経て本番を迎える、今の段階の意気込みをお聞かせください。
撮影:酒井優衣
金澤)
新国立劇場は、私にとって憧れであり目標としてきた劇場です。今回、演出のお話をいただき、大変光栄に思っています。プレッシャーもありますが、家族をはじめ、これまで応援してくださった方々も心から喜んでくれています。
私自身、一人で生きているわけではなく、多くの方に支えられて今があります。恩返しの気持ちを胸に、大切な誰かを思い浮かべながら作品に向き合うところは、この作品の劇世界にも重なります。
ノゾエさんの繊細な戯曲を丁寧に立ち上げ、お客様へ届けるために、全力で取り組みたいと思っています。
浜田)
新国立劇場の主催公演で主役を務めることは、これまで想像もしていませんでしたので、今回のお話は、驚きから始まりました。同時に身の引き締まる思いもあります。素晴らしい座組と舞台が用意されているからこそ、余計なことにとらわれず、田端という人間をまっすぐに生き抜くことに集中したいと思っています。
稽古で、みんなで「ああでもない、こうでもない」と言いながら、戯曲の本質を丁寧に掘り下げていきたいです。
山口)
新国立劇場の舞台に俳優として出演できることは、自分にとって一つの目標の達成でもあり、とても嬉しく思っています。
この戯曲は会話劇なので、難しく構えることなくご覧いただけます。とても分かりやすい一方で、感じ方は人それぞれで正解はありません。ぜひ、素直に感じるまま受け取っていただけたら嬉しいです。
キャッチコピーにある「タフな人に憧れる。でも生きるの難しい。そんな人たちに贈るエール演劇。」の通り、最後には温かい気持ちになれる作品です。
演劇に少しでも興味のある方、初めて観る一本としてもおすすめです。劇場でお待ちしています。
◆それぞれの人生で止まっているセリフたちは、果たして再び動き出すのか──。
ラスト10分を沈黙劇にしてしまった舞台俳優のもとを、生きづらく、行き詰まり、息が詰まっている……傷や葛藤を抱えた人々が次々と訪ねてきて、ズレた思いやりと身勝手が錯綜する一夜を描く『りんごが落ちる』。
りんごは果たして、目に見えるかたちで“落ちる”のか。それとも心の中で、静かに落ちていくのか──。そして誰がりんごを拾うのか。そんなところも気になりますね!
今まさに作品に向き合っている、臨場感あふれるお話をありがとうございました。
ものがたり
台所に一人立つ男。ベテラン舞台俳優の田端光太郎。 1時間前、彼は舞台上にいた。近年仕事が減る中、久々に舞台の主役が巡ってきた。 迎えた初日。セリフが止まった。ラスト10分が沈黙劇となった。 田端は今、台所に立ち、料理をしている。二人暮らしの小学生の息子は合宿で不在だ。 そこへ、学生時代の後輩・猿橋が。この舞台の若い演出家・鴨川が。お隣の婦人・鶴野が。それぞれの事情で訪ね てくる。そして地元で働く妹・夢子からは、何度も気遣いの連絡がくる。 行き詰まり、息が詰まっているアンバランスな人々の、ズレた思いやりと身勝手が錯綜する。 田端は果たして、本当にセリフを忘れたのか? 明日セリフは言えるのか? それぞれの人生で止まっているセリフたちが動き出す。 りんごが落ちる。誰が拾う。
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人