紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて上演中のこまつ座『花よりタンゴ』の公演レポートをお届けします(舞台写真 撮影:福岡諒祠)。
こまつ座『花よりタンゴ』は、終戦直後の銀座を舞台に、没落した元男爵家の四姉妹と、戦後を必死に生き抜く人々の姿を描く音楽劇。井上ひさしさんらしい軽妙な会話劇やタンゴ、昭和歌謡の華やかさに包まれながらも、その奥には鋭い“戦争への視線”が通底しています。

高橋克実 朝海ひかる 大田真喜乃 平体まひろ 尾上寛之 枝元萌 大原櫻子 南沢奈央 朴 勝哲

大原櫻子 平体まひろ 南沢奈央 朝海ひかる

大原櫻子 南沢奈央 平体まひろ 尾上寛之 枝元萌 高橋克実 朴勝哲 朝海ひかる
物語の中心となるのは、銀座ラッキーダンスホールを経営する月岡家の四姉妹。戦災によって立場も暮らしも大きく変わりながら、それでも前を向き、ぶつかり合い、支え合いながら生きていく。そこにあるのは、“たくましさ”です。戦後という遠い時代、戦争によって人生を狂わされる市井の人々を描きながら、国家に翻弄される庶民の姿は、「今の世界」を描くようにも思えます。

高橋克実 朝海ひかる 平体まひろ 南沢奈央 大原櫻子

高橋克実 朝海ひかる
一方で、本作の魅力は、重いテーマを“重さだけ”で押し切らないこと。戦争や貧困という重い題材を扱いながら、四姉妹や周囲の人々はどこかたくましく、コミカル。テンポの良い会話、コミカルな人物描写、時にコントのような掛け合いに、客席からは自然と笑いが起こります。でも、その笑いの先に浮かび上がる現実。楽しく観ていたはずなのに、ふと背筋が寒くなる──井上作品特有の構造が、今回も鮮やかに作用しています。
ダンスホールが舞台ということもあり、音楽劇としての充実度も大きな見どころ。劇中ではタンゴや昭和歌謡が生演奏とともに響き、戦後の空気を鮮やかに立ち上げます。中でも月岡四姉妹が踊るタンゴのシーンは凛とした中に4人それぞれの個性があふれる楽しく美しい場面。華やかなドレス姿や、生きるために踊る彼女たちの気迫が、記憶に強く焼き付きます。そして、その姿が愛おしく映ります。

高橋克実

高橋克実
そんな作品世界で強い存在感を放っていたのが、高山金太郎を演じる高橋克実さん。元は月岡家の使用人、今は闇成金として成り上がった男です。戦争成金として凄みを利かせながらも、蘭子お嬢様に「金太郎!」と呼ばれた瞬間、“かつての使用人”の顔に戻ります。その愛嬌と人間臭さが実に魅力的でした。終盤、“模範的な日本人”として懸命に生きてきた男が放つ怒りの言葉には、戦後日本を生きた庶民の鬱屈ややるせなさが凝縮されていたように思います。

朴勝哲 朝海ひかる
長女・月岡蘭子を演じる朝海ひかるさんは、まさに“月岡家の背骨”。責任感ゆえに気丈に振る舞いながら、その奥にある不安や脆さもにじませます。背筋の伸びたタンゴ、キリッとした台詞回し、そしてふと見せる揺らぎ。その姿が、「家族を守ろうとする長女」という役柄と重なっていました。

南沢奈央
次女・藤子役の南沢奈央さんは、夫の帰りを待ち続ける女性。おっとりした“奥様然”とした佇まいで、本の虫、思考や会話のテンポはどこかポエティックで、その夢見がちなズレも愛らしい存在です。やがて訪れる藤子の変化も、力強く体現します。

大原櫻子
そして作品に華やかな“夢”を運び込むのが、三女・桃子役の大原櫻子さん。歌手になるという夢へ真っ直ぐ進む桃子は、「つらくても歌がある」と信じている存在です。桃子が“あの時代”を生きながら歌うからこそ、歌唱場面がより切実に響きます。確かな歌唱力で舞台を明るく照らしながら、その裏で見せる弱さや悔しさには胸を締め付けられました。観ている側まで“悔し涙”をこみ上げさせる瞬間があります。
利発で現実的な末っ子・梅子役は平体まひろさん。“別宅さんの娘”の桃子と同い年。二人は好対照ながら、不思議と気が合い、互いを思いやっていることが伝わってきます。見事な推理力を披露する場面も印象的。平体さんの確かな演技力に加え、大原さんとのハーモニーからも姉妹の関係性が立ち上がっていました。
また、本作の魅力は“四姉妹だけ”ではありません。ダンスホールに出入りする人々が、それぞれに人生を背負い、もう一つ、もう二つのドラマを描き出します。
妹を探す郵便局員・近藤勇蔵役の尾上寛之さんは、いつも息を切らして登場し、実直さとコミカルな空気を運び込みます。闇たばこ売り・佐々木正子を演じる枝元萌さんは、圧倒的なバイタリティの持ち主。佐々木のおばさんが現れるだけで場の空気が変わります。“おさつ”のシーンでは、思わず手に汗を握りました!
尾上さん、枝元さんの笑いと涙あふれるダンス&歌唱の場面も見どころです!
ダンスホールのピアノ奏者・森川俊夫役の朴勝哲さんは、お芝居と生演奏で作品世界を包み込みます。森川の温かなピアノの音色が、登場人物たちの人生にそっと寄り添っていました。
さらに、言葉を失った花売娘を演じる大田真喜乃さんも印象的。身体全体から感情を放ち、未来への希望を担う存在として、溌剌としたエネルギーを舞台に与えていました。

南沢奈央 平体まひろ 朝海ひかる 大原櫻子 高橋克実 尾上寛之 枝元萌 朴勝哲
四姉妹と金太郎による、“館”を巡る大勝負。その人生を賭けた攻防ですら、結局は「国」と「一部の金持ち」の掌の上で踊らされていたのではないか。そして、本作に登場する「忘れることは得意技。私は忘れない」「忘れないところから出直す」という言葉が鋭く刺さります。

高橋克実

大原櫻子
戦争責任、権力への怒り、時代に翻弄される市井の人々。それらを真正面から描きながらも、井上作品は最後に“人間を信じる視線”を失いません。踏み潰されるのは庶民、それでも、どんなに傷ついても、人は生きていく──その姿に励まされる。本作が“絶望”だけでは終わらないところに、井上ひさしさんらしい温かい眼差しを感じるのです。
忘れてはいけないものを忘れないために。
責任を負おうとしない時代に──。
22年ぶりの上演となるこまつ座『花よりタンゴ』を観劇し、改めて、井上作品は古びないという実感が残ります。40年前に書かれた作品でありながら、観客はそこに“今”を見出す。笑いと音楽に包まれながら、劇場を出る頃には、戦争、責任、庶民の暮らし、そして現代社会そのものについて考えさせられる。
“星・花・雪”で綴る「昭和庶民伝三部作」、もうひとつの“花”の物語は、2026年の今を生きる観客にも、確かに問いを投げかけていました。
◆あらすじ◆
昭和二十二年、東京銀座。空襲で焼け残ったビルの一階に急造されたダンスホールからはピアノの音が聞こえている。曲はタンゴ。戦前は男爵家の令嬢として裕福な暮らしをしていた月岡家の娘たち。しっかりものの長女蘭子、本の好きな次女藤子、唄のうまい三女桃子は別宅の子で、成績優秀な月岡の末娘梅子と同い歳。戦災で家族も屋敷もなくして、四人の姉妹は寄り添い合って、銀座にダンスホールを開いた。しかし焼け跡、ヤミ市、GIの世の中。うら若き娘たちには、荒々しく、つらく、生きにくい。黒メガネのヤクザな風体の男がさっそくダンスホールに乗り込んできて、ここをそっくり買い取ることになったと娘たちに追い出しをかけるが…、なんとそのヤミ成金は、元月岡家の使用人、運転手として仕えていた高山金太郎だった。
煙草売りのおばさんはなぜか塩を遠ざけて、郵便配達のおじさんはまるで仇のように煙草をきらっている。ホールの床下から焼夷弾が見つかる。危険な不発弾を見張っていてくれと出会い頭に頼まれて大いに弱る花売娘。彼女は戦災で喉を負傷、しゃべれないのだ。おかしな人物たちが集まって、次から次へとくりひろげられる珍騒動の数々。
ダンスホールの先行きと、四人の姉妹それぞれに持ち上がる人生の事件の重なりを、生のピアノ演奏によるタンゴのリズムと歌声、そしてダンスにのせてお届けする、おかしくて楽しくて感動的な昭和の庶民の物語。
★スペシャルトークショー開催 ★5月17日(日) 1:00公演後 大原櫻子 平体まひろ 枝元 萌
※終了しました5月19日(火) 1:00公演後 朝海ひかる 南沢奈央 大田真喜乃
※終了しました5月22日(金) 1:00公演後 高橋克実 朝海ひかる 尾上寛之
※スペシャルトークショーは、開催日以外の『花よりタンゴ』のをお持ちの方でもご入場いただけます。
ただし、満席になり次第ご入場を締め切らせていただくことがございます。
※出演者は都合により変更の可能性がございます。
舞台写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人