2016年の『マクベス〜The tragedy of Mr. & Mrs. Macbeth』から10年。演出家・ニシサトシさんと俳優・成河さんによる創作は、2026年、風姿花伝プロデュース『ハムレット』へとつながりました。

那須佐代子さん、ニシサトシさん、成河さん
英語原文や翻訳、歴史や文学を読み込みながら、1年にわたって作品と向き合ってきたお二人。そして、その挑戦を見守るプロデューサー・那須佐代子さん。
「草書のシェイクスピア」「わかればわかるほど、わからなくなる『ハムレット』」「本当のコミュニケーションとは何か」──。創作の現在地と、「現代にアップデートされたシェイクスピア」としての『ハムレット』の魅力に迫ります。
【「10年に1人の逸材だ!」──20年以上続く創作の原点】
──ニシさんと成河さんの共同企画として始動した『ハムレット』上演プロジェクト。まずは、お二人の出会いからお聞かせいただけますか。
成河)
出会ったときは大学生。まだプロの俳優になる前、駒場で演劇サークルをやっていた頃です。
ニシ)
東大の駒場小空間で上演された芝居に出演していた成河を見たとき、「10年に一人の逸材だ!」と思ったんです。演劇界にとってどうこうという話ではないのですが、自分の周りにいる、一緒に何かを創る人間として「みつけた!」って。実際に舞台を観ながら、本当に、「10年に一人の逸材だ」という言葉が頭に浮かびました。あれは成河の初舞台って言っていいんだよね?
成河)
サークルのね(笑)
僕は1年で、ニシさんは大学6年生くらいだったかな、もう仙人みたいだった(笑)。
ニシ)
いるでしょ、そういう人(笑)。
それで、次に芝居を創るときに声をかけたんです。初舞台を踏んだだけの人はまだ出さないという自分ルールがあったのですが、成河には、早く唾をつけておこうと思って出てもらったんです(笑)。しかも主役で。
成河)
だからニシさんは、演劇を始めてから最初に僕に声をかけてくれた「見ず知らずの演劇人」なんです(笑)。そこから20年ではきかないくらいのお付き合いです。
【シェイクスピア×漫才から生まれた『マクベス』】
──出会いから四半世紀ほど経ち、現在『ハムレット』のお稽古をされているお二人。その前に、そこにつながる2016年の公演、ニシさんの演出、成河さんと池田有希子さんによる二人芝居『マクベス〜The tragedy of Mr. & Mrs. Macbeth』について教えてください。
ニシ)
実は、30代の10年間、僕は演劇を離れていました。本棚には本がいっぱいあって、読みたいと思いながらも読まなかった(笑)。それが40歳になったとき、いろいろなきっかけがあって、日本近代文学を読み始めると、わりとすぐに読めたので、「次は世界(文学)、行っちゃう?」って(笑)。そうやって丸10年、古今東西、主要な文学作品をひと通り読んできました。読み始めた当初は演劇から離れていたものの、文学の中の1つとしての演劇の戯曲を捉えてみようと思って。
その中でシェイクスピア全37戯曲を読んでみようと思って、最初の頃に読んだ『リチャード三世』がめちゃめちゃ面白かった。ものすごく簡単に言うと、どんどんのし上がっていき、最後にストーンと落ちて、「国をやるから、馬をくれ」と言って終わる。非常にシンプルながら、強い構造を持った作品。シェイクスピアが凄いというのは、こうことかと。
よく覚えてるんですが、その『リチャード三世』を読んでいた明け方に、漫才が“ターン”と降りてきたんです!
──漫才が降りてきた!
ニシ)
前月に今いくよ・くるよのいくよ師匠が亡くなりました。それをきっかけにYouTubeで漫才の動画を見漁っていると、小1の頃の漫才ブームが自分に決定的な影響を与えていることや、漫才コンビB&Bが好きだったな、なんてことを思い出して。信じられないくらい高速のしゃべくり漫才なんですけど、言っていることは大体わかる。
もしかしたら発語する人間の中にはっきりとしたイメージがあれば、B&Bのように超高速で、漫才のような形式でシェイクスピアの詩的な台詞を言っても──伝わるのではないかと思って、実験がしたくなった。
それを検証実験をするには、腕が立つ俳優が必要。そこで思い浮かんだのが旧知の成河と池田有希子さんでした。そこからいろんな奇跡があって、その半年後に『マクベス』を上演しました。
成河)
僕と有希子さんは、その「実験」があまりにも楽しくて、これは本番もやろうと。だから、ニシさんには内緒で、僕ら二人で勝手に劇場を押さえました(笑)。
──内緒で!?
成河)
当時のニシさんは演劇から離れていたので、おそらく稽古の先の本番は想定していなかった。だからいきなり「本番もやろうよ」と言ったらニシさんはいやがるかもしれない。だから万が一、ニシさんがダメだって言ったら、そのときは二人で何かやろうと覚悟を決めて劇場を押さえて(笑)、ちょっとずつ「せっかくだから、やってみたいな」という話をして実現させました。
ニシ)
それが2016年、ちょうどシェイクスピアの没後400年だったという巡り合わせ。『マクベス』がとても評判がよく、そこからいくつかのご縁もつながりました。そうして再び演劇に取り組むようになり、10年が経って今に至ります。
【実験で終わらせないために──風姿花伝プロデュースへ】
──今回の上演に向けて1年、創作を積み上げてきたとのことですが、その前から脈々と続く創作の延長にあるものなのですね。そして、今回は風姿花伝プロデュース『ハムレット』。那須さんのところへお話を持って行ったのは?
成河)
前回の『マクベス』は有希子さんと僕の勢いで実現しましたが、今回はニシさんとも「どうすればこの創作をもっと先へ進められるだろう」と話し合いました。というのも、こうした実験的な取り組みを小さい規模の公演で終わらせてしまうのは、どこか消費的な気がしていて。劇場の大きさという意味ではなく、もう一段スケールの大きな形にしたかったんです。
ただ、非常にニッチで実験的な企画ですし、作りながら発見していくタイプの作品なので、じっくり時間をかけて取り組みたかったんです。
そう考えたときに、こうした興行の問題意識を共有しながら第一線で実践されている方は、那須さんしか思い浮かびませんでした。
──那須さんは、この企画を聞いてどう感じましたか。
那須)
ニシさんの作品は、同時期に、私も別作品で関わっていた新国立劇場のこつこつプロジェクトの試演(『リチャード三世』)で拝見したのが初めて。そして、「あのニシさんだ」と認識した上で、SNSの発言がすごく面白い方だと気にかけていました。
ニシ)
それは初耳です(笑)。面白いですか。
那須)
「あれが面白い」とか、「これがつまらない」という発信のセンスが興味深くてチェックしていました(笑)。そして、2年前の『OTHELLO』(2024年、滋企画)のチラシを見て、これは!と勘が働き、ずっと手元に置いておいたんです。その後、観劇した方の評判を目にして、公演終盤に観に行きました。観るとやっぱり面白くて、DMで「面白かったです。機会があったら、ぜひ風姿花伝でも何かやってください」とお伝えしたんです。
ニシ)
僕のほうは、那須佐代子さんからメッセージが届いたことに、びっくりしました。
那須)
その後、シアター風姿花伝が空いていた期間にお声がけして、『わが星』(2024年、TextExceptPHOENIX + steps)を上演していただき、私の中ではニシさんはすでに「面白いものを創る人」でした。ですから、成河さんから今回のお話をいただいたときも驚きはありませんでした。『リチャード三世』や『OTHELLO』で挑戦してきた、シェイクスピアを現代の言葉で立ち上げる試みが、いよいよ『ハムレット』へ向かうんだな、と。そしてもちろん、ニシさんと成河さんの『ハムレット』を観てみたかった。その思いでプロデュースをお引き受けしました。ただ、これまでの風姿花伝プロデュースは基本的に私自身が出演していたので、その意味では初めての挑戦でもあります。
──那須さんとお二人の信頼関係があってのこととは思いつつ、実験的で完成形がはっきりとは見えていない作品を引き受けることは、プロデューサーとして覚悟がいるかと。
那須)
それはやっぱり──今でも、不安がないとは言えません(笑)。
また、スタッフの中には、ニシさんのやり方に慣れていない方もいらっしゃいます。「実は、台本とかなくて」というところから説明するのはなかなか大変ですが、資料をお見せすると、その方も面白がってくれて。プロデューサーとしても、とても刺激的な作品です(笑)。ただ、稽古も始まり、ここから約1か月(取材時)、作品としても少しずつ形になってきているので、とても楽しみです。
【1年かけて読み解いた先にある「結局、わかんねえ」】
──では、いよいよ本題です!今回の『ハムレット』の現在地は。
成河)
この1年、まずは英文で何が書いてあるのか、それを先人たちがどう日本語にしているのか、いくつかの翻訳と原語を照らし合わせてきました。同時に、世界史的な背景や文学史的な観点からも見直すなど、こちらの「知の巨人」(=ニシさん)といろんな勉強をしてきました。ニシさんほど勉強をしている演劇人は僕の周りにはいないですし、塾講師をされていたから話がめちゃくちゃ上手い! 歴史の説明自体が、すでにエンタメなんです。
その土台のもと、いざ作品をというときにニシさんが1つの大きな設計図を作ってくれました。設計図というか、小説かな。ただ、それは台本ではない(笑)。
ニシ)
こういうことが起こるかもしれないねということを文章にした「演出ノート」ですね。今は、その一つひとつを実行、実現させているところ。ただ、設計図からは思ったより変わったなという印象です。成河はもともとすごかったけど、今回集まった俳優たちのクリエイティブ力、チーム力もすごいです。
──俳優との作業でどんな変化が。
ニシ)
ああでもない、こうでもないと稽古と話し合いをするうちに「シェイクスピアが書いたそのままの順番で、言葉が、話が伝わったらスリリングなんじゃない?」と。林田航平に言わせると、それは「ストロングスタイル」。正攻法って感じ。
──ということは、割とオーソドックスな仕上がりに?
成河)
そこは要注意。僕らは、何度も何度も、もう5周くらいしての「ストロングスタイル」なので……実際、めちゃくちゃなことはしているんですよ(笑)。読み下して、1人何役もやって、コロコロ役を替えて、わかりづらいことを延々やった上で、今は、元の構成の力強さに引き寄せられているだけで、オーソドックスではない(笑)。
今回、松岡和子さんの翻訳を基調として取り組んでいるので、それで言うと今、第一幕が下書きからおおざっぱな色塗りまで終わったかなという状況です。
──ちなみに、1年間深掘りしていくことで、わかっていくものなのでしょうか。
ニシ)
めちゃくちゃわかっていきます! 『ハムレット』は、研究書を読んでいるうちに人生が終わるなんて言われるくらい、読むもの、調べるものがたくさんある。さらに、今はAIが400年前の英語の文法まで解説してくれるので、それも面白い。
そうやって調べていくと、『ハムレット』の包容力というか、作品の巨大さは本当に身をもってわかってくるんです。
ただ、面白いのは、わかればわかるほど「結局、わかんねえ」というところにも辿り着くことなんですよね(笑)。「どういう作品なんですか?」と訊かれても、「あ、わかんないんです」って(笑)。
成河)
疑い続ける人だからね。
ニシ)
ハムレットが?
成河)
ニシさんがです!自分が見つけたことも疑い続け、戯曲も演劇も、いろんな様式を疑い続ける。そして疑って消去し捨てるのではなく、重ね塗りしていく。どんどん厚塗りしていって、最後に残ったものが作品となり、それを「どうですか?」とお客さんに見せる。それはすごくスリリングだし、演劇の本質で、ニシさんの創作の根っこなんです。しかも演劇だけでなく、文学、映画……いろんな角度からモノを見ながら問い続ける。
僕らは、初日には自信と喜びをもって作品を出しますが、創作過程はずっと疑い。そして初日が開いても千穐楽まで、その問いは終わらないんです。
【「草書の演技」で立ち上げるシェイクスピア】
──「現代の話し言葉」での上演というのは、どんな感覚なのでしょうか。
ニシ)
井上ひさしさんがこまつ座『円生と志ん生』の公演パンフレットに「円生役の辻萬長さんは楷書の演技の人で、志ん生役の角野卓造さんは草書の演技の人だ」と書かれていて。これ、すごい納得するじゃないですか。
我々の『ハムレット』は、松岡さんの翻訳という書き言葉を草書的に、話し言葉にしていると言うとわかりやすいかな。シェイクスピアというと楷書で演技をする印象なので、邪道と言われるかもしれないけれど、大真面目に原文や松岡さんの翻訳に向き合って、いろんな発見をして、それを演技としては草書でやってみようという試みです。
──「草書の演技」でシェイクスピア、わかりやすいたとえですね。
成河)
ね、説明がわかりやすくて面白いでしょう(笑)。
あと「大真面目」というのが大事。アドリブ的にちゃちゃっとやるのではなく、大もとをよくわかった上で大真面目にというのを、僕らは大切にしています。『マクベス』をご覧になった松岡さんも「もっとめちゃくちゃなことをやるのかと思っていたけれど、意外とちゃんとわかった。すごく真面目にやっているのね」と。すごいテンションでめちゃくちゃやっているんですよ?(笑)。でも、本質を知る松岡さんにそう言っていただいたことは、とても嬉しかったです。
那須)
確かに、出来上がったものだけ見ると、草書のオンパレードだから簡単に作っているみたいに思われてしまうかもしれない。でも、取り組み自体は時間をかけて、原文から当たったきちんとしたもの。その努力は、見せる必要のないものかも知れないけれど、誤解なく伝わる場を設ける必要もあるのかなと思っています。
【演劇は「本当のコミュニケーション」を探す場所】
ニシ)
演劇は1万人、10万人、100万人に開けるメディアではなく、草の根運動。でも、それによって世界に風穴が開くといいなとは、本気で思っています。人が「自分の言葉」として語れる日本語。伝わる、豊かなコミュニケーションを生む力がある、カジュアルな日本語。その1つのサンプルを演劇で示したい。
たとえば大学の必修授業で、先生は話しているのに学生は寝ている。そこにコミュニケーションが生まれていないのに場だけは成立していることになっている。僕はあの状態がすごく嫌でした。
話している人も、本当に伝わると思っていない。聞いている人も、受け取る気がない。お互いがそう思いながら、その場をやり過ごしている。でも本来は違うはず。大学の先生なら、その人は人生をかけてその学問に向き合ってきた。その面白さを誰かと共有できるはず。それに興味を持つ人が集まればいいし、伝わる人数に向けて伝えればいい。そこで、どう伝えるのかを考えるというのは、これはある種、「演技」の問題でもある。
「ああ、こういう話し方や伝え方があるんだ」と感じてもらえたら、それは演劇の外にも広がっていくかもしれない。そして、日本語を喋る日本語話者が人前に立ったとき、必要以上に構えたり、カチカチになったりするのではなく、「私はこう思います」と自分の言葉でしゃべれるのではないか。という願いを込めて、真面目に演劇をやっています。
成河)
演劇、劇場って、どういう場所かを考えると、もっと、本当のコミュニケーションを探す場所なんじゃないかって。この10年、ずっと考えています。「本当のコミュニケーション」って言うと、なんだそれって感じですけど(笑)。
でも、僕らはコミュニケーションの中身を腑分けしたり、そもそもそういうことを考える訓練をあまりしてこなかった。
それを演劇でやってみる。「本当に伝わっているのか」「権威にぶら下がらずに成立しているのか」と、コミュニケーションの質を疑うというか、問い直し、その「本当のコミュニケーション」という感覚を次の世代にも伝えていきたい。というと少し大風呂敷かもしれませんが、演劇にはそんな可能性があると本気で思っています。
僕に、そういったことをインストールしてくれたのがニシさん。僕にとっては演劇や思考の「始祖鳥」みたいな存在です。
【ハムレットは「近代的自我の始祖鳥」】
──今、感じている『ハムレット』の魅力は。
ニシ)
標語にすると──「世界で一番 面白くて よくわかる『ハムレット』」。それを目指していて、かなりいい線いくかもしれない。ここからのひと月で(笑)。
成河)
『ハムレット』の面白さって、世界史の文脈で見るとよくわかる気がするんです。
近代的な自我の始まりというか、「私は何者なんだろう」という、自分自身を疑う感覚がまだ当たり前じゃなかった時代に、シェイクスピアがこういう登場人物を書いた。今の僕たちからすると、悩んでばかりいて、「何なんだこいつ!」って思うじゃないですか(笑)。でも当時は、こういう人物は、そうそういなかった。
そう考えると、ハムレットってものすごく新しい存在だったんです。そしてその後、僕たちは、この類型の登場人物たちをたくさん見てきた。『エヴァンゲリオン』碇シンジとか。その意味で、ハムレットもまた「始祖鳥」。
しかも、シェイクスピアはその人物をとても細かく書き込んで、精巧な飴細工のような作品になっている。だからやっていて楽しいんです。結局、それに尽きるのかもしれません(笑)。
【歩き出した『ハムレット』を目撃してほしい】
──那須さんは、現時点で今回の公演をどうご覧になっていますか。
那須)
ここまで探求心や向上心にあふれる作品創りの現場は、久しく目にしていません。先ほどニシさんとも少し話したことですが、一人ひとりのクリエイティビティの爆発が素晴らしく、さらに、徐々にみんなが自主的に動き出している。これはとても理想的なことです。
ニシ)
この間、「作品が、自分の手を離れつつある」と思ったんです。自立して、歩き出した──その瞬間、「生き物」を作っているんだと感じました。
那須)
このような取り組みはなかなかありません。出来上がりの全貌は、まだわかりませんが(笑)、創作過程、その進行形としては、もう「すごい」としか言えません。みんなの試行錯誤、恐れずにやってみようという気概──ニシさんの采配のもと、日々アイデアが生まれているので、1か月後の本番をぜひ目撃していただきたいと思える『ハムレット』です。
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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人