安藤ゆきさんにより2015年~2018年に別冊マーガレット(集英社刊)にて連載された累計140万部の人気作「町田くんの世界」。2024年に、ミュージカル化されその温かく優しい世界観が話題となりました。
勉強も運動も得意ではない、アナログ人間で不器用な高校生・町田一。けれど、誰に対しても分け隔てなく優しさを注ぐ彼のまっすぐな思いは、家族や友人、同級生……周囲の人々の心を少しずつ動かしていきます。2026年7月、待望の再演が開幕。公開ゲネプロの模様をレポートいたします。
【あなたがくれた微笑みが、鮮やかに世界を塗り替える】
舞台上の上手と下手でバンドが演奏し、キャストが歌い継ぐオープニングナンバー♪「Colors of our hearts」。全員でセットを動かすその姿が、もうこの作品のすべてを物語っているよう。
世界は誰か一人の大きな力で動くのではなく、一人ひとりの日々の営みによって紡がれていく──そんな当たり前で、かけがえのないことを、そっと思い出させてくれる幕開けです。
【まっすぐな優しさが、人の心を動かしていく】
町田くんの言葉や優しさが人の心を動かしていく。川﨑皇輝さんは驚くほど自然体で「町田くん」を舞台に存在させています。気負いも打算もない、そのまっすぐさゆえに、優しい言葉の一つひとつが真っ直ぐに届く。類まれなる高潔さというより、人を引き寄せ、優しく包み込むような「人たらし」。そんな町田くんが、確かにそこにいました。再演にしてお芝居は深まりつつ、やはり純度抜群です!

町田くんの「手」にも注目です
怪我をして保健室へ行った町田くん。そこにいたのはクラスメイトの猪原さん。
「私、人が嫌いなの」という猪原さんに手当てをしてもらった町田くんは、「きみがいてくれてよかった」とつぶやく。街でナンパされて困っている猪原さんを助けるために放つ「僕の大切な人なんです」「大切な人だよ。クラスメイトだ」という作為のない言葉も、思わせぶりではなく、ただその瞬間の真心として響きます。
町田くんの優しさは、頑なだった猪原さんの心を少しずつほどいていく。 長澤樹さんが演じる猪原さんは、孤独を抱えた少女の繊細な揺らぎが印象的。そこからの変化も、なんとも愛おしく映ります。
【町田くんが広げる、小さな変化の輪】
神里さんは、容姿端麗で人気者の氷室くんを、自信家な一面と、町田くんとの出会いによって見せる柔らかな表情、その両面から魅力的に立ち上げます。バレンタインデーのエピソードでの、「もっと自分を大事に」という町田くんの言葉が、氷室くんの心に静かに届きます。
学校きっての情報通・栄さんを演じるのは、再演から参加する原田真絢さん。パンチの効いた歌声とコミカルな芝居で物語を軽やかに動かします。栄さんは猪原さんの新たな一面を引き出したり、人と人をつなぐ存在でもあります。
町田くんとはまるでタイプの違う氷室くんと栄さん。それでも、どこか気の合う三人に見えてくるのが面白い。自己主張は強いけれど、人をよく見ているところは、町田くんとどこか通じるものがあります。
礒部花凜さん演じるさくらは、町田くんに猛アプローチ。天真爛漫、積極的な言動で、思わずクールな猪原さんも気が気じゃない!恋物語のスパイス役かと思いきや、肉じゃが作りのために出かけたスーパーでの買い物のシーンで、彼女が抱える思いが少しずつ明らかに。さくらにもしっかりとドラマがあり、やがて町田くんによって救われていきます。
同じく、浜崎香帆さん演じるクラスメイトのひかりも、複雑な思いを抱えた一人。ミュージシャンとしての夢を追う父・健一は、家を出てたこ焼き屋さんを営みながら音楽活動を続ける。二人をつなぐ「たこ焼き」を通して、親子の距離が少しずつ縮まっていくシーンでは、ひょんなことで健一と出会った町田くんと氷室くんが活躍。こうして、同世代の友情や恋愛だけでなく、家族の愛にも優しく光を当てていきます。
健一役の吉野圭吾さんは、夢を追う情熱と、娘を思いながらも一歩を踏み出せない弱さを併せ持つ人物を、どこかコミカルに、そして人間味豊かに演じます。湖月わたるさん演じるしっかり者の再婚相手に背中を押され、健一が勇気を振り絞る場面では、劇場中が「健一さん、頑張れ!」と応援したくなっています。ふと気づけば、町田くんのように誰かの幸せを願っている自分がいる──そんな瞬間です。そして吉野さんの、無邪気な弟や学生役もお見逃しなく!
幕開きの第一声から印象を残す岩橋 大さん。メインで演じる吉高は、忙しさの中で優しさを忘れ、大切な人との関係にも亀裂が生じてしまいます。そんな彼も、町田くんのささやかな思いやりに触れ、自分自身を見つめ直し、大切な人とも向き合うことを思い出していく。
鶴岡政希さんが演じるのは、猪原さんに思いを寄せる西野くん。空回りしてしまう自分を「いじられキャラ」だからと自嘲する彼に、町田くんは「恋をしている西野くんはキラキラしている」と語りかけます。そのひと言に対する西野くんの返事が、やがて物語の終盤で大きな意味を持つことに──。
町田くんのお母さんの妹・カズミちゃん、幼稚園の頃の先生・英子先生を演じるのは大月さゆさん。第6子の出産を控えた姉一家を支えるカズミちゃんの秘めた思い、婚活がうまくいかない英子先生が抱える葛藤……。大月さんがそれぞれの人物を明るく、繊細に描き出します。
そして町田くんの思いやりは、大人たちの心にもそっと届いていく。無意識に優しい言葉を投げかけ癒していく町田くんを、カズミちゃんが「ナチュラルボーン」と呼ぶひと言に、思わず深く頷いてしまいます。
こうして一人ひとりのエピソードを重ねながら、町田くんという人物が少しずつ浮かび上がっていきます。
【初めて知る、自分の気持ち】
町田くんの母さんには湖月わたるさん。明るくたくましく、チャーミングに演じます。町田くんの優しさは、このお母さんの愛によって育まれたのだと自然に頷ける佇まい。そして母さんの言葉が、町田くんに気づきと勇気を与えます。(そこはぜひ劇場で)
周りの人々との関わりを通して描き出されてきた町田くんが、ついに自らの心を語り始め、初めて抱く恐れや不安さえも、町田くんの世界をより一層色鮮やかにしていきます。

そこにある笑顔は、ひときわ輝いて見えるのです。
【温かな世界を立ち上げる舞台の力】
演出・ウォーリー木下さん、脚本・作詞のピンク地底人3号さん、音楽・作詞・演奏の和田俊輔さんら、注目のクリエイター陣が紡ぐ『町田くんの世界』。キャラクターや物語の魅力とともに、舞台上に温かな世界を立ち上げる演出も魅力的です。冒頭でご紹介した全員で動かすセット、バンドや出番のないキャストも舞台上でその世界を見守る姿。そのすべてが、この作品の温かな空気をつくり上げています。
こちらは町田くんの弟や妹たち! クッションに命を吹き込むような見立ての芝居がなんとも愛らしく、兄妹げんかから仲直りまでのわちゃわちゃしたやり取りに思わず頬が緩みます。あっという間に本当の子どもたちが見えてくる。ウォーリー木下さんならではの、観客の想像力を信じる演出の豊かさに唸らされます。
また耳なじみの良いミュージカルナンバーだけでなく、アンダースコアや言葉がこだまするようなコーラス、効果音までが登場人物に優しく寄り添う音楽。雨粒の映像からパッと開く傘の花へ──デジタルとアナログの融合も、『町田くんの世界』を温かく立ち上げています。
そして、登場人物たちとの何気ない日常、小さなエピソードが町田くん像を描き出し、やがて町田くん自身が動き出すような物語の流れ。西野くんのひと言が終盤で大きな意味を持つことや、物語の最初と最後を結ぶおばあちゃんとの交流が生み出す円環構造など、愛おしい日常がこれからも続いていくことを感じさせる、巧みな作劇にも注目です。
登場人物たちは、自分や身近な誰かを思わせる等身大の存在です。だからこそ、互いに影響を与え合い、愛し、愛されながら少しずつ変わっていく姿に、自然と観客の心が重なります。
町田くんが周囲の人々を変え、そして町田くん自身もまた変わっていく。そのみずみずしいドラマを鮮やかに描くミュージカル『町田くんの世界』。観終えたあと、少しだけ誰かに優しくしたくなる作品です。ぜひ劇場で、その温かな世界に触れてみてください。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人