デンマークの童話作家アンデルセンの名作『人魚姫』をもとに、新国立劇場バレエ団が贈るオリジナル作品。海の世界で暮らす人魚姫は、嵐の夜に王子の命を救ったことをきっかけに、人間の世界への憧れと王子への恋心を募らせていく。でも、その願いをかなえるためには、大きな代償を払わなければならなかった──。人魚姫の純粋な愛の喜びや切なさを、美しい音楽と色彩豊かな舞台、美しいダンスで描き出す。振付は長年新国立劇場バレエ団で活躍した貝川鐵夫さん。2024年の初演から2年、子どもから大人まで、それぞれの世代の心に響く、夏休みにふさわしいバレエ作品が待望の再演を迎えます。

人魚姫:木村優里さん 王子:渡邊峻郁さん
2024年『人魚姫』舞台写真 撮影:鹿摩隆司

深海の女王:井澤駿さん
2024年『人魚姫』舞台写真 撮影:鹿摩隆司
同作にて、王子を演じる井澤駿さん、人魚姫が暮す海の世界の魔女「深海の女王」を演じる渡邊峻郁さんにお話を伺いました。初演では、渡邊さんが王子、深海の女王を井澤さんが演じたので、今回は役を入れ替えての再演。お二人のご出演日の人魚姫は初演に続いて木村優里さんです。
【役を入れ替えて挑む、再演】
──前回とは役が入れ替わります。配役を聞いたときのお気持ちは。
井澤)
「こどものためのバレエ劇場」は、子どもたちへのバレエ鑑賞の入口となる公演。初めて観るバレエになるかもしれない公演で王子を踊らせていただくことに気が引き締まる思いと同時に、前回と違う役の視点から物語を見ることができるのが楽しみでもあります。配役変更は貝川さんからの提案だと伺っています。リハーサルで、この配役にされた理由も訊いてみたいと思っています。
渡邊)
僕は、「そうか、トゥシューズを履くのか」という思いが、まず頭をよぎりました。前回、駿くんの深海の女王を見ているので、王子とはまた違う大変さのある役だということはわかっています。学生のころにはトレーニングのためにトゥシューズを履いて踊った経験もありますが、大人になってからは初めてです。普段は女性ダンサーをサポートするために身体をつくっているので、ある程度のウェイトは維持しています。ですので、どんなに引き上げても、つま先立ちは大変です。
──ちなみにお二人のサイズのトゥシューズというのは。
渡邊)
僕も駿くんもサイズは27.5cm、なかなか手に入れるのが難しい大きさです(笑)。先日、試し履きのために駿くんが前回履いたシューズを持ってきていただきました。見ると、シューズに「SHUN IZAWA」と書いてあって。僕としてはそのシューズを履いて、“駿くんの深海の女王の魂”を受け継ぎたいと思っていたのですが(笑)、残念ながらちょっと形が合いませんでした。
井澤)
僕が踵の部分を改造していたので、峻郁さんの足には合わなかったんです。
渡邊)
ですので、新しく購入していただくことになりました。新しいトゥシューズが届いたら、まずはリボンとゴムを付けて慣れるところから始めようと思っています。
井澤)
リハーサル室の片隅でリボンをつけている峻郁さんを想像してしまいました(笑)。

ちなみにこちらは前回公演時の井澤さんと奥村康祐さんの様子!
【ダンサーとともに育ったオリジナル作品】

2024年『人魚姫』舞台写真 撮影:鹿摩隆司

2024年『人魚姫』舞台写真 撮影:鹿摩隆司
──作品の印象は。
渡邊)
初演では、深海の女王が物語を大きく動かす存在として印象に残りました。男性がトゥシューズで踊る役というのも限られていますし、衣裳も存在感も派手なキャラクター。前回の奥村康祐さん、駿くん、仲村啓くん、それぞれが本当に美しかった。男性が演じるからこその独特な“女性らしさ”も魅力ですが、それ以上に、ダンサー一人ひとりの技術や表現によってまったく違う味がある。同じ振付でも三者三様で、どのキャストも強い存在感がありました。僕も自分らしい深海の女王を目指したいと思っています。
また、人魚姫と王子のパ・ド・ドゥは、デュエット(アダージョ)からバリエーション、コーダという流れがシームレスで、それが二人の感情の高まりと重なりとても美しいと感じました。
井澤)
初演は、自分が演じていたこともありますがとにかく深海の女王の印象が強くて(笑)。今回、王子を演じるにあたり、改めて映像を見返したところ、まずソロもパ・ド・ドゥも音楽の使い方が素敵だなと感じました。
そして、2幕はモナコをイメージした街の風景や、「違いにこだわって争うことはやめよう」というメッセージが込められているレモンやオレンジのモチーフ(小道具)を使った演出にも、明るさがあふれています。終盤での、王子が暮す人間界から一瞬にして、人魚姫の幻想のシーンに切り替わるセットチェンジもお楽しみいただけると思います。
──初演の思い出について伺えますか。
渡邊)
貝川さんが表現したいイメージに対して、ダンサーからも提案し、それを取り入れていただきながら、『人魚姫』の世界を作っていきました。もちろんここはしっかりと守ってほしいというポイントはありますが、それ以外のところでは人魚姫役と王子役を演じる二人の感性に合っていれば、それを採用してくださいました。細かく見ると、実は振付が少しずつ違うんですよ。
井澤)
振りだけでなく音の使い方も、それぞれのチョイスを尊重してくださいました。それによってペア毎の個性が生まれ、作品としての面白さが増していったように思います。
【王子と深海の女王】

2024年『人魚姫』舞台写真
撮影:鹿摩隆司

2024年『人魚姫』舞台写真 撮影:鹿摩隆司
──この作品での王子をどのような人物だと捉えていますか。
渡邊)
すごく優しい人。優しすぎて、ノーと言えないイメージがあります。婚約者にもそうですし、権力や決められた人生にも抗えない。ある意味で、典型的な王子なのではないかと思います。貝川さんからは、特にソロでは若々しさを出してほしいと言われました。若さと情熱があふれ出る、そのパッションが踊りになっているように、と。
井澤)
前回の映像でも、(速水)渉悟くんが本当に躍動感あふれる王子で。溺れたところを人魚姫に助けられ、生きる喜びにあふれた踊り……僕も頑張ります(笑)。
渡邊)
駿くんの爽やかさが活きる役だと思います。
──「深海の女王」はどんな存在でしょう。
井澤)
すごく情に厚い“良い人”なんだろうなと思います。タコですが(笑)。人魚姫のことが心配で、彼女を追って地上にまでやって来る。見た目や動きは個性的ですが、その気持ちにはすごく共感できました。
渡邊)
「もう、しょうがないわね!」って(笑)。ちょっとお節介なところも魅力です。
井澤)
峻郁さんが演じる深海の女王、僕もすごく楽しみにしています!
渡邊)
ありがとう。僕たちの役替え、優里さんが一番びっくりするだろうね(笑)。優里さんと駿くんのパ・ド・ドゥを見たとき、どんな感情がわくのか、僕も楽しみです。
【トゥシューズの秘密】
──初めてのバレエ鑑賞というお客様もいらっしゃるでしょう。注目ポイントを。
井澤)
ここまでお話してきたように、バレエには物語や音楽、踊り、セットなどたくさんの見どころがありますが、今回は、ぜひ「深海の女王」のつま先にも注目してほしいです。
渡邊)
駿くん、ハードルを上げないでよ(笑)。
──今年のこどものためのバレエ劇場では、
夏休み特別企画「バレエについて自由研究をしよう!」も実施され、その中には「トゥシューズの秘密」に迫るコーナーもあります。
(新国立劇場 オペラパレス2階パレスサロン(2階ホワイエ上手側)にて、各公演 開場から開演まで&休憩中に開催)渡邊)
自由研究でバレエ、面白そうですね。トウシューズの秘密を知った上で、舞台では、物語とともに僕の美しいつま先にも注目してください!
──トレーニングのためにトゥシューズを履かれたというお話もありましたが、最初から立つことはできましたか。
渡邊)
すぐに立てましたが、調子に乗っていたら、あっという間にマメができてしまいました。すごい痛みで、これがトゥシューズか……と。この痛みを乗り越えて、レッスンして、コンクールに出ていた仲間の女性ダンサーへの敬意を新たにしました。
舞台では、日々の鍛錬によって獲得し、その大変ささえ感じさせない女性ダンサーの美しさをご覧ください。
井澤)
僕も、子どもの頃は足を鍛えるために履いたことがあります。実際、前回もトゥシューズを履いて踊ることで、蹴り上げる力がちょっと強くなったと感じました。公演後も、しばらくの間、いつもよりつま先が効いてジャンプがしやすかった。常にその状態で踊る女性ダンサーには尊敬しかありません。
【役を通して広がる視野】
──今シーズンも、お二人ともほぼ全ての演目で主役を務められました。また、お二人とも主役だけでなく、さまざまな役柄で新たな魅力を見せています。
渡邊)
ありがたいことに、いろいろな役に挑戦させていただいています。本当に楽しいです。
──主役とはまた違った難しさもありますか。
渡邊)
確かにあります。王子のように最初から最後まで物語を背負う役とは違って、出番は限られていても物語を動かす重要な役があります。少し前の公演になりますが『ホフマン物語』のリンドルフも、人と人をつなぎ、物語全体を一つにまとめ上げていく存在でした。主役とはまた違う面白さがあって、とてもいい経験になりました。
──井澤さんは、『白鳥の湖』でのロットバルト役も見事でした。
渡邊)
僕の話題ではないのですが、先にひと言いいですか。ロットバルト、かっこよかったです。
井澤)
ありがとうございます(笑)。
ロットバルトを演じられたことは大きな経験となりました。王子とはまったく違う視点で作品を見ることができ、視野が広がりました。ロットバルトは姫たちを白鳥に変え、自分のコレクションのように扱っている。あれだけの人数を集めるには長い時間を生きてきたのではないか、あの執着はどこから来るのか。あくまで僕の解釈になりますが、そういう背景まで想像しながら役を作っていました。楽しかったです。
──具体的には、どのようなアプローチをされましたか。
井澤)
静かなイメージです。フクロウって飛ぶときの音が驚くほど静かなので、その雰囲気を意識しました。ただ、走り方や細かなニュアンスは自己流の部分も多くて。次に踊る機会があったら、さらに深めていきたいと思います。
──大きな目でわずかな光を捉える夜の支配者のような威圧感がありました。
井澤)
目力も頑張りましたが、あの衣裳ではそれも隠れてしまうかなと(笑)。
渡邊)
ビームのような目力がしっかりと出ていたよ(笑)。首の使い方も絶妙に鳥っぽかった。王子とロットバルトの2役、駿くんファンは両方を楽しまれたのではないでしょうか。
──ご自身の役の幅の広がりに挑戦を続けるとともに、『白鳥の湖』の王子役では、井澤さんは吉田朱里さん、渡邊さんはロールデビューの直塚美穂さんという若いダンサーとペアを組まれました。そこからも、若手からベテランまで一丸となって作品を届けるバレエ団としての充実ぶりを感じました。来シーズンへの期待とともに、まずは7月の『人魚姫』での王子と深海の女王を楽しみにしています!
井澤・渡邊)
お楽しみに!
第26回英国舞踊批評家協会賞(National Dance Awards)最優秀カンパニー賞受賞の新国立劇場バレエ団による、こどものためのバレエ劇場。一流のダンサーによる公演でありながら、上演時間もコンパクト(約1時間35分(休憩含む))で、チケット料金も通常の公演よりリーズナブルな設定となっています。お子さんはもちろん、大人のバレエ鑑賞デビューにもおすすめです。新国立劇場 オペラパレスの雰囲気もとっても素敵ですよ!
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人