ミュージカル『ミス・サイゴン』@東急シアターオーブ
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2026年10月に開幕するミュージカル『ミス・サイゴン』。その背景にあるベトナム戦争の歴史を学び、作品世界を紐解くトーク&歌唱イベント「『Miss Saigon』から聴く世界」が7月28日、早稲田大学大隈記念講堂で開催されました。キム役のルミーナさん、クリス役の小林唯さん、ジョン役の金本泰潤さんらカンパニーメンバーが、早稲田大学国際文学館館長・麻生享志教授の解説に耳を傾け、劇中ナンバーを披露。歴史を知ることで、物語や登場人物たちの姿がより鮮明に浮かび上がるひとときとなりました。
登壇者:早稲田大学国際文学館 館長:麻生享志教授
『ミス・サイゴン』カンパニーより、ルミーナさん(キム役)、小林唯さん(クリス役)、金本泰潤さん(ジョン役)、そしてアンサンブルキャストの伊藤広祥さん、植木達也さん、小林遼介さん、高瀬育海さん、深堀景介さん、古川隼大さん。MCは、早稲田OBであり東宝株式会社のプロデューサー・塚田淳一さん。【キム、クリス、トゥイ──3人が映し出すベトナム戦争】
まず麻生教授は、『ミス・サイゴン』が1989年にロンドン・ウエストエンドで初演され、『蝶々夫人』を下敷きに、ベトナム戦争の歴史を織り込んだ作品であることを紹介。着想のきっかけとなったのは、音楽を手がけたクロード=ミッシェル・シェーンベルクがフランスの雑誌で目にした一枚の写真。そこには、アメリカ兵との間に生まれた娘を、父親のいるアメリカへ送り出すベトナム人の母親の姿が写されていたと、実際の写真を示しながら講義が進みます。
続いて、ソ連・中国が支援した北ベトナムと、アメリカが後ろ盾となった南ベトナムが対立したベトナム戦争について。「ベトナムを戦場にして、実は米ソが冷戦をやっていた」と、その複雑な構造を紐解きます。さらに南ベトナム国内には、反政府勢力である南ベトナム解放民族戦線、いわゆるベトコンも存在しました。麻生教授は、南ベトナムのキム、アメリカのクリス、ベトコンのトゥイという三角関係について、「恋愛関係に加えて、当時の国際情勢、ベトナム戦争の構図も投影されている」と指摘。実際に、アメリカ兵とベトナム人女性が出会い、子どもが生まれるケースも珍しいことではなかったとのことです。
また、当時のサイゴンでは市民とアメリカ兵の交流も盛んだったとのこと。若者たちはアメリカのロックを好み、米軍基地やナイトクラブで演奏するバンドも。1969年のウッドストック音楽祭後には、“サイゴンのウッドストック”とも呼ばれる音楽イベントが開かれるなど、戦時下にも若者たちの文化や交流が存在していました。そんな中、キムとクリスは出会ったのです──
重厚な歴史を背景に持つ一方、登場人物の心情を鮮やかに映し出す楽曲も『ミス・サイゴン』の大きな魅力。ここで、キムとクリスが互いへの思いを歌う「世界が終わる夜のように」と、キムが息子タムへの深い愛を歌う「命をあげよう」の2曲が披露されました。
歴史的背景を知ったうえで耳にすると、歌詞の向こうにある二人の置かれた状況にも想像が広がります。そして、ルミーナさんと小林唯さんの歌声が、物語をより鮮明に立ち上がらせました。
【サイゴン陥落、そして“ブイ・ドイ”】
1975年4月、サイゴン陥落が迫る中、アメリカ軍は最後の退避作戦「フリークエント・ウィンド作戦」を決行。ラジオから流れる「ホワイト・クリスマス」を合図に、多くの人々がアメリカ大使館などへ殺到しました。『ミス・サイゴン』でも描かれる、あのサイゴン陥落の場面です。
そしてアメリカ軍撤退後、ベトナムに残されたのが、アメリカ兵とベトナム人女性との間に生まれた子どもたち。“ブイ・ドイ(埃の子)”と呼ばれ、タムがその象徴的な存在です。
ここで麻生教授が指摘したのが、「実は、エンジニアもまたブイ・ドイですよね」ということ。エンジニアはフランス人の父とベトナム人の母を持ちます。アメリカが残したタムと、かつてベトナムを植民地支配したフランスにつながるエンジニア──異なる時代の歴史が、二人の存在を通して浮かび上がります。
麻生教授は、戦争によって生まれた子どもたちの存在が「ずっしり最後に心に残る」作品だと語る一方、タムを「1つの希望」と捉えることもできると解説。さらに研究者の視点から、アメリカへ渡ったベトナム系難民によって新たな文化や文学が生まれ、戦争と難民の物語が今も文学のテーマとして語り継がれていることにも触れます。(
『ミス・サイゴン』から見る世界—戦争、難民、そして文学 HPに作家紹介も)
続く、キャストと教授による質疑応答では、作品のディテールと史実との関係にも話が及びました。
クリスがアメリカへ帰国した後、自力でキムを探し出すことは可能だったのか──。麻生教授は、当時の状況では非常に難しかったとしたうえで、「このミュージカルは、フィクションというよりは、もうヒストリーですね。歴史そのものです」と語る。舞台作品としてわかりやすく構成されてはいるものの、細部には「そういうことが実際にあっただろう、ということが描き込まれている」と。
さらに、帰国後のクリスが苦しむ姿についても、当時のアメリカ社会と重ねて解説。戦地サイゴンとアメリカ国内ではベトナム戦争に対する温度差があり、帰還兵たちは厳しい現実に直面した。麻生教授はブルース・スプリングスティーンの「Born in the U.S.A.」(ベトナム帰還兵が直面したアメリカ社会の冷遇と、その苦悩を描いた曲)にも触れながら、「クリスのPTSDというのも、本当に現実的な話です」と説明してくださいました。
続いて、金本泰潤さんとアンサンブルキャストによる「ブイ・ドイ」が披露されました。こうして歴史解説とミュージカルのシーンを行き来しながら進んでいくのも、このイベントならでは。
歌唱後、金本さんは「講義を聞いて、国を動かさなきゃいけない、訴えかけようという気持ちがすごく増しました」とコメント。小林さんも「とても熱かった」と、その歌声を受け止めます。
【「50年前」の出来事で終わらせない──俳優たちが現在へ引き寄せる】
ここからは、お客様からの質問コーナーへ。
企画展や講義を今後の役作りにどう生かしていきたいかを問われると、ルミーナさんは、戦争によってPTSDが残ることにも触れ、「戦争が終わったから、終わり、ハッピーではなく、戦争を体験した方たちは今もなお、そこの延長線にいるのではないか」とコメント。時代背景を細かく知ることで感じた重みを、これからの稽古や役作りに生かしていきたいと語ります。
カンパニーでは「サイゴンスクール」として歴史を学ぶ機会を設け、ベトナム戦争を題材としたドキュメンタリー映画などを鑑賞したり、経験のシェアやディスカッションも重ねるとのこと。
イベントでも、実際にベトナムを訪れた経験を持つ小林さんと金本さんから、現地で感じたことも語られました。
小林さんは、フランス統治時代の建築が残る街並みや、サイゴンからホーチミンシティへ名称が変わって50周年、街に数多く掲げられた国旗を目にしたことに触れ、「まだ最近の出来事なんだな」と実感したといいます。戦争にまつわる資料館にも足を運び、そこで目にした写真や風景に「それがクリスが見てきたものなのかな」と思いを馳せ、「景色として目に焼き付けられたのは、すごくいい経験になりました」と振り返ります。
金本さんは、ツアーで訪れた、ベトコンがゲリラ戦の拠点として使用したクチトンネルのお話を。現地のガイドから聞いた「戦争はまだ続いている」という言葉や、「皆さんはベトナム戦争と言いますが、我々にとってはアメリカ戦争なんです」という言葉が強く印象に残ったと語ります。さらに、厳しい暑さの中、狭い地下トンネルや大きなヤスデなどを実際に目にしたことで、戦場の過酷さを身体でも実感。「想像を超えるストレスを感じただろう」と、アメリカ兵にとっても過酷な戦争だったことに思いを巡らせました。
また、大隈講堂での歌唱について感想を求められた小林さんは、会場に早稲田大学の学生が約120名いると聞くと、「学生の皆さんは、今日ご参加されたのも、きっと僕たち目的じゃないですよね(笑)」と笑わせ、「今日の僕たちの歌などがすごいなと思っていただけたら、ぜひ本番も観に来てください」とアピール。会場は和やかな笑いに包まれました。
ここで、ご来場の皆さま向けのフォトタイムも! そして最後に、イベントの感想と公演への意気込みが語られました。
麻生教授は「素晴らしい歌を聴かせていただき、心を打たれました」とキャストの歌唱を絶賛。実はリハーサルですでに歌唱を聴いていたそうで、「涙が出てきそうで、本番どうなるかなと思っていたんですが、一回聴いていたので、おかげさまで耐えきりました(笑)」と明かし、「本番を楽しみにしております」と期待を寄せました。
金本さんは、これからさらに学びを深め、「しっかり落とし込んで、ジョンという役を生きていきたい」と決意を語り、小林さんは、「過去の声、死者の声や思いを、自分たちが言葉で体現して、代弁することを肝に命じている」と語り、俳優にはそういった「歴史の代弁者」という演劇的な役割があるのではないかと言葉に力を込めます。
そしてルミーナさんは、暗い物語の中にも「たくさんの愛があふれています。愛のお話でもあります」と話し、登場人物それぞれが「その時代に最善の選択」をしようとする中で生まれる物語だと捉えます。歴史と作品への理解をさらに深めながら稽古に臨む思いを語り、イベントを締めくくりました。
麻生教授からは、ベトナム戦争に従軍した父を持つ教え子の家族に、後年ベトナムから「子どもがいる」と連絡が届いたというエピソードや、難民としてアメリカへ渡ったベトナム人とその子孫についてのお話も。また、日本でも神戸市や大和市などがベトナム難民を受け入れ、今もその2世、3世の人々が暮らしているといいます。
歴史的背景を知るだけでなく、そこから続くいくつもの人生に触れることで、『ミス・サイゴン』の物語がより実感を伴って迫ってきた今回のイベント。50年前の歴史を、2026年を生きる俳優たちがどう受け止め、舞台の上に立ち上げるのか。10月の開幕がますます楽しみになりました。
なお、早稲田大学国際文学館では11月8日(日)まで、
企画展「『ミス・サイゴン』から見る世界-戦争、難民、そして文学」を開催中。
ミュージカル『ミス・サイゴン』は10月より東急シアターオーブにて上演されます。
ミュージカル『ミス・サイゴン』@東急シアターオーブ
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おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人