英国と日本、それぞれの地で始まった新作ミュージカルの創作が、ひとつの舞台へとたどり着きました。
新作ミュージカル『ニコラ・テスラ ~エジソンが恐れた孤高の天才~』、音楽・歌詞をニック・ブッチャーさん、脚本をロジャー・ディッパーさん、演出・翻訳を下平慶祐さんが手がけ、海宝直人さん、成河さん、濱田めぐみさん、昆夏美さんが出演。わずか4人の俳優が数々の人物を演じながら、発明家ニコラ・テスラの生涯を描く新作オリジナルミュージカルです。
開幕を目前に控えた9月5日、紀伊國屋ホールで会見が行われ、ニック・ブッチャーさん、ロジャー・ディッパーさん、下平慶祐さん、海宝直人さん、成河さん、濱田めぐみさん、昆夏美さんが登壇しました。
語られたのは、作品への手応えだけではありません。異なる創作の背景を持つ人々が集まり、言葉を交わし、試行錯誤を重ねてきた時間。そして初演の幕が上がるその先に、この作品がどこまで歩んでいくのか。夢と理想を追ったニコラ・テスラの物語と重なるように、カンパニーもまた、この新作の未来を見据えていました。
【ロンドンから日本へ。新作を育てた時間】
ウエストエンドを拠点に活動するニック・ブッチャーさんとロジャー・ディッパーさん。二人が日本での創作を振り返ってまず口にしたのは、国による「違い」よりも、日本のカンパニーとともに作品を育てられた手応えでした。
ニックさんは、稽古の段階からバンドが参加し、ともに音を作れたことに触れます。名前を挙げたのが、音楽監督の村井一帆さん。来日の約1カ月前からオーケストレーションについて話し合い、ロンドンで行われたワークショップの映像を共有しながら準備を進めてきたそうです。
一方、ロジャーさんが日本での創作を表す言葉として挙げたのは、「care(大切にする、気にかける)」でした。二人が来日するまでに、日本ではすでに約3週間の稽古が進められていました。下平さんを中心にテーブルワークを重ね、台本を読み込み、細部まで考えてきた日本のカンパニー。その思いを受け取ったロジャーさんは、「この2カ月で、作品は本当に大きくステップアップした」と話し、「皆さんがこの作品を大切にしてくださっていることが伝わりました」と振り返ります。
ロンドンで生まれた創作の種を、日本のクリエイター、スタッフ、俳優たちが加わり育て、新作ミュージカルを作り上げていく。その過程は、予定されたものを順番に積み上げていくだけの時間ではなかったようです。
【重ねた言葉と、異なる才能】
稽古場から劇場へ。開幕直前まで続いた創作について、海宝さんは「たくさんのレイヤー、たくさんの情報を作品の中に織り込みながら作っていきたい」という下平さんの言葉を紹介。「実際にそういう作品になっていったと思います。劇場に来てからも、限られた時間の中で、各セクションが最後まで諦めず、さらにさらに作っていく。繊細に。一分の隙も作らないぐらいの気合と思いで、朝から晩まで劇場で作っています」と、会見前にもギリギリまで工具の音が聞こえる舞台裏のこだわりを言葉にします。
そして、作品の魅力について「この作品の持つスピード感とエネルギーと、音楽のパワーを、見るというより、全身で体感していただけるような作品になっていると思います」と語りました。
その創作の過程を、「本当に全然違う人間が集まって、2カ月、3カ月、喧々諤々やってきて、いろんな化学反応があった」と振り返ったのは成河さんです。ニックさんとロジャーさんがロンドンから参加し、下平さんを中心に、異なる背景を持つ人々が一つの作品を作る。それぞれの才能をどうかみ合わせていくのか。「日本の枠の中で作るということが、とても大変な創作期間でしたが、大きなチャレンジの一歩になっていると思います」、成河さんは、この創作が日本でのミュージカルづくりの慣習や枠を飛び越え、どう作れるかというチャレンジでもあったと話します。
濱田めぐみさんも、この稽古場を「今までの経験上、一番たくさんの言葉が飛び交った稽古場だった」と表現します。一つのことに対して、さまざまな意見が出る。それを受け入れることもあれば、いったん脇に置いて、別の可能性を探ることもある。そんな選択を絶えず繰り返しながら、作品は形作られていきました。「台詞で言われていない、しゃべっていないところにも、我々が稽古したものが刻まれている」──濱田さんがそう語るように、舞台上に現れるものだけでなく、その奥にあるものまで一つずつ掘り下げ、それがキャストの中に確かに蓄積されてきた日々。「ゼロから作り上げていった」という言葉からも、その創作の密度がうかがえます。
昆夏美さんが感じていたのは、「このカンパニーって、誰一人、嘘とか、おべっかとか、うわべじゃない。本音で、本当にみんなが作品を作っている」という、稽古場に流れる“本音”の心地よさです。俳優が腑に落ちていないところがあれば、下平さんはすぐに見抜く。そこに作品の生みの親であるニックさんとロジャーさんが加わり、さらにさまざまなアイデアが持ち込まれていった。昆さんは、4人の俳優がいろいろなことを話せる間柄になったことも含め、「嘘のない期間」が作品の魅力につながっていると語ります。「このカンパニーでよかった」と自信と喜びあふれる笑顔です。
【4人の俳優から、一つの作品へ】
では、異なる個性を持つ4人の俳優を、演出を手がける下平さんはどう見ているのでしょうか。
「4人が4人、まったく違う武器、考え方を持っている」と話す下平さん。そして率直に、「それが稽古中、大変だったことはたくさんあった」とも明かします。しかし、開幕を目前にした今は、「個々というより、本当に混じり合っていて、一つの存在として見ている」と言います。また、俳優だけではなく、舞台上にいる人、舞台裏にいる人、そのすべてが混ざり合った舞台。だからこそ、今はそれぞれの良さを切り分けるのではなく、一つの作品として見えているようです。
4人の俳優が多役を演じながら駆け抜ける舞台。その背後には、何度も交わされた言葉や選択、クリエイターやスタッフを含めたカンパニーの創作の時間があります。
【初演から、すでにその先を見つめる】
そんな世界初演の開幕を前に、下平さんはすでに、この作品の“次”について話しました。
稽古中、下平さんはたびたび「この演出プランは再演からやりましょう」「あの演出プランは、再々演からやりましょう」と冗談を言っていたそうです。ただしそれは、半分は冗談、半分は本気。「私たちのこのプロダクションは、“この先もずっと続いていく日本発のミュージカル”ということを、すごく大事にしてきたカンパニーだと感じています」。その思いは下平さんだけのものではありません。
ニックさんも、日本の俳優だけでなく、プロデューサー、スタッフ、クリエイティブチーム、それぞれの才能に触れ、「日本の演劇界では今、素晴らしいこと、ワクワクすることが起きている」と語ります。そして、「日本発の伝説的なミュージカルを作る、その一部になれたらと思っています」と、その先への期待を口にしました。
世界初演の幕が上がる前から語られる、再演、再々演、そしてその先。下平さんは、この作品を作ってきたカンパニーの姿を、夢と理想に生きたニコラ・テスラに重ねます。
【夢のために、すべてをかける】
科学によって世界を変える夢を追い、自らの道を進んだニコラ・テスラ。下平さんはカンパニーについて、「夢と理想に生きてきたニコラ・テスラの物語とダブるような、素晴らしい未来に向かって進んでいく熱情を感じる」と語りました。
そしてニックさんが、観客に届けたいものとして挙げたのも「夢」です。
作品の最後の楽曲にあるのは、「夢のために、すべてをかけたか」という問い。クリエイターとして何を生み出してきたのか。人生で何をしてきたのか。この世界のために何をしてきたのか。人生の最後に振り返ったとき、自分がしてきた選択を、自分自身でよかったと思えるのか。ニックさんは、「お客様には、少し今よりも夢を持って観ていただきたい」と話します。
ロジャーさんも、「まずはエンターテインメントとして楽しんでほしい」としたうえで、夢を見ること、自分を受け入れること、自分の人生を振り返り受け入れることなどを感じ取ってもらえたらと続けました。
夢と理想を追ったテスラの人生を描くために集まった、異なる背景を持つ作り手たち。そしてカンパニーもまた、この作品の先にある未来を見ています。
「ここから、もう足を止めることなく、まだまださらに研ぎ澄まし、さらにいいものにしていく」
会見の最後、海宝さんはそう語りました。
英国と日本、それぞれの地で始まった新作ミュージカル『ニコラ・テスラ ~エジソンが恐れた孤高の天才~』の創作。その世界初演の幕が、いよいよ紀伊國屋ホールで上がります。
【公開ゲネプロレポート】
世界を変えた発明家、ニコラ・テスラ。その大きな功績の一方で、本作が焦点を当てるのは、一人の人間としてのニコラの人生。
現代の生活に欠かせない電気。その送電システムの発展にも大きく寄与し、数々の発明によって人類の暮らしを変えたニコラ・テスラ。そんなスケールの大きな出来事と、一人の人間の喜びや挫折、葛藤を鮮やかに対比させながら、物語は進んでいきます。
ニコラとともにその人生を巡るのが、キャサリンです。「ここからはこの物語のいいシーン」「そのことはあまり話したくない」。キャサリンとの対話を通して、晴れやかな日も、沈む日も、自らの記憶をたどっていくニコラ。嵐の夜に誕生し、生まれながらに「闇の落とし子」という言葉を背負った彼が、光を求めて生きようとする葛藤 が、その人生を貫きます。
ニコラを演じる海宝直人さんは、約100分の舞台の中心に立ち、その人生を駆け抜けます。とりわけ、「稲妻走る頭脳」では、頭の中に浮かぶひらめき(ビジョン)が爆発的に広がっていく瞬間の表現が鮮烈。伸びやかな歌声と輝く瞳にニコラの高揚があふれ、ドライブ感のある楽曲に乗って、目の前の壁をぶち破っていくようなエネルギーを放ちます。
そのニコラを励まし、時に優しく包み込むのが、濱田めぐみさん演じるキャサリン。遠くから見守り、隣に寄り添い、温かく力強い歌声でニコラの背中を押します。
発明に邁進していたニコラが出会うキャサリン。二人の思いが交じり合う「愛か幻想か」。圧倒的な推進力と緊張感を保ちながら進んできた物語に、ふっと柔らかな時間が訪れます。海宝さんと濱田さん、二人の歌声の相性の良さも印象に残るナンバーです。
一方、ニコラを取り巻く世界は目まぐるしく変化していきます。
エジソン陣営が推進する直流と、テスラ陣営が推す交流。その主導権争いは「電流戦争」へ。発想力や技術力だけでなく、財力や政治力までが絡み合う熾烈な攻防が、一人の発明家の心にも重くのしかかります。目まぐるしく展開する芝居と光の演出が一体となり、その攻防を刺激的に見せていきます。
そして、そのスピードとエネルギーをさらに加速させるのが、ニック・ブッチャーさんの音楽です。電子音を取り入れた現代的なサウンド、疾走感のあるリズム、4人の声が幾重にも重なるコーラスまで、緻密に組み立てられた楽曲が物語を力強くドライブさせます。
この目まぐるしい世界を次々と立ち上げるのが、成河さんと昆 夏美さんです。

稽古場取材会でも披露された「特許を取得」。投資家のペック(成河さん)と技術者のブラウン(昆さん)の登場の仕方はびっくり。シンプルながら、様々なアイデアが詰まって、たくさんの表情を見せるセットにも注目です。
成河さんはニコラの父、ペッシェル教授、ハロルド・ブラウンら13役、昆さんはナース、兄ダネ、エジソンら12役。一瞬で人物の輪郭を立ち上げる鮮やかな役替わりはもちろん、一つひとつの役がニコラとどう関わり、その人生に何を残したのか、その関係性に一本の筋が通っています。
昆さんが、幼くして亡くなった兄ダネと、発明家として立ちはだかるエジソンという、ニコラが複雑な感情を抱く二人を演じるのも印象的です。憧れや罪悪感、対抗心――ニコラの内面に異なる感情を呼び起こします。
成河さんは、ニコラとは異なる価値観を持つ父や、交流を一蹴するペッシェル教授、電流戦争で敵対するハロルド・ブラウンなど、時にニコラの行く手に立ちはだかる人物を、声色や姿勢、重心まで自在に変化させながら、鮮やかに描き分けます。そして、その壁にぶつかることが、ニコラの人生を次の局面へと動かしていきます。
単なる「多役」にとどまることなく、一人ひとりの人物を確かに息づかせながら、アンサンブル的に作品全体を支え、物語のスピードを生み出していきます。
そして海宝さんがニコラの人生を生き抜き、濱田さんがキャサリン、そして母としてその人生を包み込む。4人それぞれの力を前面に押し出すのではなく、その力がほぐされ、混ざり合い、一つの作品として立ち上がっていることにも、下平慶祐さんの演出の手腕を感じます。
物語はやがて、ニコラの晩年へ。
誰かに自らの人生を語ることで、点在していた記憶がもう一度つなぎ直されていきます。後悔も誇らしさもその手に抱き、最期の時が近いことを察して、死への恐怖と向き合うニコラ。その時、胸にこだまするのは、亡き兄ダネの言葉です。
夢を語り、ビジョンを語るときの眩しいほどの瞳の輝き。その光の中では気づけなかったものも含め、自らの人生を受け入れていくニコラ。苦みを帯びた晩年を経て、やがて故郷へ帰るような安らぎが訪れます。
一つひとつ点描されてきた人生の記憶が、一枚の絵となって浮かび上がるような作品。刺激的でスピーディーに駆け抜ける物語のその先、観客の心に残るのは、爽やかな余韻。それでいて、心には新たなエネルギーが満ちているのです。
世界を照らすことを夢見て、電気への興味と情熱だけは手放さなかったニコラ・テスラ。その人生を描く新作ミュージカルが、いよいよ世界初演の幕を開けます。
ミュージカル『ニコラ・テスラ ~エジソンが恐れた孤高の天才~』稽古場取材会レポート
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人