『親愛なるレニー』リーディング・トライアウト公演、静かで大きな愛に包まれるような穏やかな時間が流れていました。
◆『親愛なるレニー』は、20世紀を代表する音楽家レナード・バーンスタインと、二人の日本人との知られざる交流を描く物語です。
原作は、吉原真里さんによるノンフィクション『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』(アルテスパブリッシング)。ワシントンの図書館に所蔵されていた数百通の手紙には、バーンスタインと深い交流を続けた二人の日本人、「カズコ」と「クニ」との親密なやり取りが残されていました。
この原作と出会い、「これなら演劇になるのでは」と舞台化を企画したのが井上芳雄さん。脚本を高橋知伽江さん、演出を小山ゆうなさん、音楽監督を島健さんが務め、2028年の本公演に向けた第一歩として、今回のリーディング・トライアウト公演が行われました。
本編が始まる前には井上さんから、小道具の使い方など、回を重ねながら少しずつ変更を加えているというお話も。作り手も手探りなら、観客も「いったいどんな公演なのだろう」と、どこかソワソワ、ワクワク。まだ形の定まらない作品を前にした、トライアウトならではの期待感が劇場を包んでいました。
◆バーンスタインと深い交流を続けた二人の日本人。ひとりは、戦後まもなく若き日のバーンスタインのファンになったカズコ。もうひとりは、後年、バーンスタインと親密な関係を築くクニ。二人がレニーと交わした手紙を軸に、それぞれの長い歳月にわたる交流が紡がれていきます。
カズコを演じるのは土居裕子さん。少女のようなきらめきから、人生を重ねていく中で生まれる深みまで、リーディングというシンプルな形の中にも豊かな時間の流れを感じさせます。
本作の企画にも携わる井上さんはクニ役。レニーへの敬愛、そして親密な思いを言葉に乗せ、二人の関係を描いていきます。
カズコの夫・礼二や、物語の端緒となる書簡を取り出すアメリカ議会図書館の司書などを演じるのは糸川耀士郎さん。とりわけ司書の明るさは、静かに紡がれる物語のアクセントとなり、舞台に心地よいリズムを生み出します。大倉杏菜さんは、カズコの娘・菊子などを演じます。愛と音楽に育まれ、母の人生の歩みに伴走する菊子。くるくると変わる表情と豊かな存在感も印象的で、カズコの人生に寄り添います。
また、4人はそれぞれの役を演じるだけでなく、物語を運ぶナレーションも担当。その際には眼鏡をかけるというシンプルなルールが設けられ、人物としての言葉と語りとを鮮やかに行き来します。
手紙を出してから返事を待つ時間。海を越える距離。何年もの時を経て実現する対面や再会──。現代とは異なるゆっくりとした時間の流れが、リーディングと音楽というシンプルな構成、その余白とよく似合います。
そこにいるのは、まず「偉大な音楽家レナード・バーンスタイン」ではなく、一人の人間“レニー”。
一人のファンに向ける温かな眼差し、札幌のPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の創設など若い音楽家たちを育てる教育者としての顔。そして、その眼差しは社会へも向けられていました。
物語では、1985年8月6日、戦後40年の節目に広島で行われた平和コンサートのエピソードにも触れられます。その実現にはクニさんが尽力。核兵器廃絶を訴え、平和への願いを音楽に託したバーンスタインの姿からは、音楽家、巨匠マエストロというだけではない、“レニー”という人間の大きさが感じられます。
そして、その思いを受け取るかのように、カズコを演じる土居さんが歌う『ウエスト・サイド・ストーリー』の「Somewhere」。二人の日本人とレニー、それぞれの歩みが音楽の中で交わるような構成も美しく、土居さんの歌声が深く胸に響きました。
「劇団四季」「ホテルオークラ」といった、私たちにもなじみのある名前がふいに現れるのも印象的。遠い世界の巨匠の物語だったはずのものがぐっと身近になり、カズコもクニも、レニーも、確かにこの時代を生きていた人なのだと実感させられます。
そんなレニーの人生から音楽を切り離すことはできません。
カズコやクニの手紙から浮かび上がってくる“レニー”の姿。その傍らにはいつも音楽があり、言葉では語られないものまでを、歌やピアノが伝えていきます。
最後に響くのは、『キャンディード』の「Make Our Garden Grow」。クニこと橋本邦彦さんによる訳詞で、井上さんが歌い始めた歌に、やがて皆の声が重なっていきます。
人と人との間に生まれた親愛が、時と距離を越え、音楽によって大きく広がっていくようなフィナーレでした。
本編上演後には、観客も交えたトークセッションも。作り手と観客が作品について言葉を交わす時間そのものが、トライアウトとして作品を育んでいく場となっていました。
その中で印象に残ったのが、音楽監督補でピアノ演奏もされた松田眞樹さんが語った、バーンスタインの大きな愛や人間性がそのまま彼の音楽につながっている、というお話。クラシックという枠にとらわれず、自分がいいと思った音楽を取り込み、それを実験的という域を超え作品として結実させていったバーンスタイン。その人間の大きさを知ることで、彼が遺した音楽もまた違って聴こえてくるように思います。
今回は、許諾を得らえた楽曲を用いて構成したというお話が井上さんからもありました。バーンスタインが遺した数多の名曲、今後、使用楽曲についてもさらなる検討がなされるだろうと。
偉大な音楽家、レナード・バーンスタイン。そして、“レニー”という響きがよく似合う、ひとりの人間。『親愛なるレニー』というタイトルそのままの、親愛に満ちたひとときでした。
トライアウトなので、まだまだ完成形ではない。それでも、確かな息吹を感じた今回の公演。たくさんの可能性を秘めたこの作品が、これからどのように育っていくのか。その歩みを、これからも見届けたいと思います。
おけぴ取材班:chiaki(文)監修:おけぴ管理人