新国立劇場バレエ団『街の灯』@新国立劇場オペラパレス
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チャールズ・チャップリンの不朽の名作映画『街の灯』が、新作バレエとして生まれ変わります。
新国立劇場バレエ団が2026/2027シーズンの開幕作品として上演する『街の灯』。振付を手がけるのは、英国ロイヤル・バレエなどで活躍してきたアラスター・マリオットさんです。
開幕に向けて行われた公開リハーサルでは、作品の一部を披露するとともに、マリオットさん、振付補佐のジョナサン・ハウエルズさん、トランプ役の奥村康祐さん、盲目の花売り娘役の米沢唯さんが取材に応じました。まずは、質疑応答の模様をレポートいたします!
なぜ今、『街の灯』を全幕バレエにするのか。何も持たない“小さな人”が起こす奇跡、映画から舞台へと広がるチャップリンの音楽、そして「見えない」ことから生まれる新たなパ・ド・ドゥ──。創作に込めた思いと、稽古を重ねる中で見えてきた作品の魅力を語りました。
なぜ今、『街の灯』を全幕バレエにするのか
──以前から『街の灯』を全幕バレエにしたいと考えていたのでしょうか。また、バレエにできると確信したきっかけは?
アラスター)
『街の灯』をバレエにすることを本格的に考え始めたのは、パンデミックの最中です。
約100年前にもスペイン風邪があり、その前にはひどい戦争があった。人々は「もう二度とこんな戦争は起こらない」と思っていた。その後、1920年代には、まるで明日がないかのように人々がパーティーをして人生を謳歌する時代があり、やがて1930年に入るころには世界恐慌が起こり、裕福な人々でさえ財産を失っていきました。
100年後の私たちの世界にも、どこか似たことが起きているように感じたんです。そして私は、とても小さな人生、とてもささやかなものを、オペラのような大きなスケールにしてみたら素敵なのではないかと思いました。
この物語でトランプが成し遂げることは、ある意味では大富豪が成し遂げることよりも大きい。大富豪なら、彼女にお金を渡してしまえば済むことです。でも、それでは物語にはならない。何も持っていないリトル・トランプが、花売り娘とその祖母の人生を完全に変えてしまう。それでも彼自身は最後までリトル・トランプのままです。
パンデミックの最中には、ごく普通の人たちが驚くようなことを成し遂げる話をたくさん耳にしました。だからこれは、人間性を描くとても美しい物語だと思ったんです。
日本、新国立劇場バレエ団との出会い
──来日して日本のダンサーたちと接したことで、振付や作品に変化したことはありますか。
アラスター)
新国立劇場バレエ団とは『ジゼル』で一度仕事をしていて、そのときに私はこのカンパニーに恋をしました。ですから今回のアイデアを考えている段階から、それぞれの役を誰が演じるだろう、とダンサーたちを思い浮かべていました。
また、これは、あくまで私が感じていることですが、日本には歌舞伎や人形劇などの文化があり、物語を語ることについて何か特別なものがあるように思います。その語り方が、とても繊細で、とても正確であることは、私のアイデアとも相性がいい。『街の灯』は言葉のないサイレント映画であり、身体によるコメディとペーソスに大きく依存しています。そういう作品にも、とても合っているのではないかと感じています。
トランプ/花売り娘を、どう捉えているか
──ダンサーのお二人は、それぞれの人物をどのように捉え、どう表現しようとしていますか。
奥村)
この役をやるにあたって、『街の灯』だけでなく、ほかのチャップリン映画もたくさん観ました。チャップリン、リトル・トランプというと、ぱっと浮かぶのはコメディの要素だと思うんです。でも実際に映画を観ると、もっと深い哀愁があり、寂しさや人間の弱さといった、とても繊細な面が際立っている。その部分を際立たせるためにコメディがあるのだと感じました。
映画ではクローズアップができます。トランプの顔だけ、少女の顔だけを大きく映すこともできる。でもバレエでは、舞台全体がフラットに見える。その中でどう立体的に見せるか。身体の角度なども含め、いま試行錯誤しています。
人物像として大切にしているのは、あくまで彼が「紳士」であるということ。身なりは汚くても、心はとてもきれいな人物です。だから荒っぽい動きにするのではなく、もっとジェントリーな感覚を持つことを意識しています。
同時に、チャップリン独特の歩き方、目や眉の使い方──映画を観れば観るほど、彼の偉大さを感じます。監督し、演出し、音楽も作り、自ら出演している。演技も、とても大きく表現するときと、まったく大げさにしないときがある。その違いも、いま研究しているところです。
奥村)
文楽版の『街の灯』も拝見しました。まだ今回の振付が始まる前だったので、感動すると同時に「これからどんな振付が来るんだろう」という不安もありました。でもリハーサルの最初の1、2回で振付をいただいたときに、「これはすごい作品になる」と思いました。今日お見せしていない場面にも素晴らしいものがたくさんあります。
文楽版には大阪の人情噺のような味わいがあって、大阪出身の僕にはすごく感じるものがありました。一方、今回のバレエにはまた違ったヨーロッパの香りがある。そして今回のバージョンの幕切れは、アラスターさんによるオリジナル。そこも見どころだと思います。
米沢)
お分かりの通り、奥村さんのチャップリンへの愛と敬意が本当に素晴らしくて、リハーサルで一緒にやっていてとても楽しいです。毎日いろいろなことを研究してアップデートし、稽古場に戻ってくる。本当に素晴らしいトランプです。
私も最初に振付をいただいたとき、「これは素敵なバレエになる」と確信しました。私にとって、とても大切な役、大切な作品になりそうだと思っています。
映画を観たとき、この花売り娘を「かわいそうな人」だとは感じませんでした。目が見えないから守られる人、目が見えないから不幸な人、というのではない。自分の足で立ち、自分の手で生活し、前向きに生きている女性だと思いました。その部分は、とても大切にしたいです。
トランプは、花売り娘から受け取った一輪の花をずっと胸に挿して、大切にし続けます。この作品には楽しく賑やかな場面もたくさんありますが、私自身は、その中にある一輪の花のような、何かをそっと差し出すような存在であれたらと思っています。
──目の見えない人物として踊る難しさについて。
米沢)
目線を外したままクラシック・バレエとして正確なパートナリングをすることも難しいですが、それ以上に大切なのは、彼女の揺れ動く感情や、言葉にあたるものをお客様に伝えることだと思っています。クラシックのラインや正確なパートワークを守りながら、目が見えないということも表現し、同時にドラマを伝える。その難しさを感じながら、楽しんで試行錯誤しています。
チャップリンの映画音楽を、全幕バレエの音楽へ
──映画とバレエでは時間の流れ方が違います。チャップリンの映画音楽をバレエ用に構成するうえで、どんな苦労がありましたか。
アラスター)
編曲を担当してくれたティモシー・ブロックは、本当に親切でした。ロンドンの私の家まで来てくれて、そこでアイデアを説明しました。ときには音楽の尺を伝えるために、私たち自身が芝居をして、「まだ車を運転しています、まだ運転しています」と見せたり(笑)。ボクシングの場面ではベルを用意して、実際に芝居をしながら「ここでベルを鳴らしてほしい」と伝えたりしました。そのほうが編曲の意図を伝えやすかったんです。
ちょっと滑稽なやり方ですよね。でも、後で知ったことですが、チャップリン自身は楽譜を書くことができなかったので、映画音楽を作るときには旋律を編曲者に口ずさんで伝えていたそうです。そう考えると、私たちがやったことも、彼がもともとやっていたことと、それほど違わないのかもしれません(笑)。
ジョナサン)
スコアを作るうえで大きな挑戦だったのは、映画の中ではほんの短い音楽なのに、私たちが「ぜひここを使いたい」と思う箇所がたくさんあったことです。ティモシーに電話して、「これを2分に延ばせますか?」とお願いする。でも元の音楽は10秒しかない、というようなこともありました。それを彼は受け止めて、本当に惜しみなく応えてくれました。
音楽が届いてからも、「ここをもっと際立たせられないか」「ここはもう少し静かにできないか」と、何度もやりとりしました。それを言葉で説明すること自体が、とても大きな挑戦でした。
映画を全幕バレエへと広げることも大きな課題でした。映画では場面が次々に切り替わっていきます。「これをどうやって舞台でつなぐんだ?」と思いましたが、最終的にはうまく形にできたと思います。ティモシーが作ってくれた音楽はとても美しく、キャラクターにも根ざしています。花売り娘には花売り娘のテーマがあり、リトル・トランプにはトランプのテーマがあり、ほかの人物にもそれぞれの音楽がある。
スコアを完成させるまでには長い時間がかかりましたが、いいものができたと感じています。
「見えない」ことから生まれるパ・ド・ドゥ
──花売り娘が目の見えない人物であることは、踊るうえでは制約にもなると思います。一方で、それによって新しい表現や、踊りの可能性が開かれていると感じることはありますか。
米沢)
(奥村さんは)長いお付き合いのある相手なので、安心して身を任せられるということが大きいです。その信頼関係があれば、舞台に立ったとき、本当に何かが通じ合うのではないかということを、肌で感じています。
本当に目線を合わせられないので、少しずつ感覚が研ぎ澄まされていくんです。彼がいまどんな状態なのか、どんな息遣いをしているのかを、すごく感じるようになっています。それが舞台に立ったときにどうなっていくのか、とても楽しみです。
奥村)
最初の頃のリハーサルでは、まだ振付がしっかり身体に入っていない中、お互いに目を合わせられないので、「次、何をするんだっけ?」と一瞬分からなくなることもありました。こちらへ行きたいのに相手は違う方向を見ていて、「あ、ごめん、間違えた」ということも多々あって。今でも少しあります(笑)。
でも、目の見えない人と踊るということを通して、逆に、普段のバレエで自分たちがどれほど目線やアイコンタクトを使って踊っているのかに気づきました。
先日、文楽を観たとき、複数の人形遣いが一体となって人形を動かす、その感覚に近いものがあるのかもしれないと思いました。彼女の動きを感じてこちらがついていく、あるいは動いたところを感覚で捉える。目が合っていればもっと簡単にできることかもしれませんが、だからこそ、お互いの長いキャリアがあって生まれるパ・ド・ドゥになるのではないか。これからさらにリハーサルを重ねることで、もっと素晴らしいものが生まれると思っています。
新国立劇場バレエ団『街の灯』@新国立劇場オペラパレス
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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人