
鄭義信さんが自らのルーツを見つめ書き下ろした名作3作品、一挙再演!
笑いと涙のなかに、昭和の影の歴史が浮かび上がります
1970年代、高度経済成長期へと向かう日本。空港建設が進む関西の地方都市を舞台に、焼肉店を営む在日コリアン家族の悲喜こもごもを温かい眼差しで描く
『焼肉ドラゴン』。
1950年代、朝鮮戦争のさなか、米軍の前線出撃基地があった福岡のダンスホールを舞台に、婚約者を戦争で失った女と、戦地から生還した男の愛を描く
『たとえば野に咲く花のように』。
1960年代、九州の炭鉱町でいつか美容室をひらきたいと夢見る妻と、炭鉱事故の後遺症に苦しむ夫、そして周囲の人々の運命を描く
『パーマ屋スミレ』。
日本の激動の時代を、これまであまり語られることのなかった在日コリアンの目を通して“記録する”影の昭和史。
…と聞くと、「社会派?」「難しそう、暗そう、重そう…」と思う方もいるかもしれません。
しかし!
「舞台上で焼き肉」(お腹が空きます)
「幕間に生演奏♪」(お祭りみたいで盛り上がる!)
「踊ります、歌います、恋をします」(舞台上には恋の花が満開!)
テーマは硬派、でも舞台の上には笑いがいっぱい♪
どこか憎めない登場人物たちが繰り広げる恋模様からも目が離せないっ!
初演時に読売演劇大賞 大賞および最優秀作品賞、朝日舞台芸術賞グランプリなど数々の賞を受け(『焼肉ドラゴン』)、観客からも熱狂的な支持を受けたあの名作三部作が、今年3月から6月にかけて新国立劇場にて一挙上演されます。
作・演出を手がける鄭義信さんに、三部作連続上演への思いをお訊きしてきました。
(※『たとえば野に咲く花のように』の演出は鈴木裕美さん)
初演、再演とこれまでほぼ同じ出演者で上演を重ねてきた『焼肉ドラゴン』ですが、今回はキャスト一新!
ということは、もちろん演出も(細かい笑いのネタも!)変わっていくわけで…
「また格闘の日々が始まるんだなという気持ち」と笑う鄭義信さん。
──日韓の俳優が同じ舞台で演じるのが作品の魅力のひとつですが、俳優を選ぶポイントは?鄭さん)韓国キャストも、日本キャストも、選ぶ決め手はインスピレーション(笑)。オーディションをやって、「いい!」と思っても、いざ稽古に入ってみると「…」ということもあるし、最終的には「こいつと一緒にやっていけそうかな」というところを大事に選びます。芝居って、人と人との関係性、つながりのなかで生み出されていくものだと思っているので、“この才能がすごい!”というのではなくて、この人いい人そうだなっていうところで選ぶ(笑)。あ、今回の韓国側のお父さん役の人(ハ・ソングァンさん)、すごくいい人です(笑)。
鄭さん)『焼肉ドラゴン』『たとえば野に咲く花のように』はほぼ新キャスト、『パーマ屋スミレ』も一部キャストが入れ替わるので、もう一度最初から作り直すのか、大変だな…という気持ち(笑)。出演している彼らのほうがもっと大変だと思うんですけどね。日本語と韓国語をそれぞれ覚えなくちゃならないし、日本語といっても関西弁だし。
大変ですけど、キャストが変わることで、どんな化学反応がおこるのか、どんな新しいものが立ち上がってくるのかという、そっちの興味はあります。演出家が新しくするんじゃなくて、稽古場で勝手に新しくなるんじゃないかな。
特に『焼肉ドラゴン』は初演の評判がすごく良かったから…(笑)、キャストがごろっと変わって、どんな印象を持たれるか。初演を観て、再演を観て、それで韓国公演まで追っかけてきたという人もいるんですよ。そういう方はきっとそれぞれ“わたしの『焼肉ドラゴン』!”という思いがあるでしょうからね。
これまでと同じものをそのまま踏襲するのではなくて、日韓の役者との共同作業でどう新しく構築していくか。すごく未知数です(笑)。不安とともに楽しみでもありますね。
──戦争や、日本と韓国そしてアメリカとの関係など、物語の背景には重く複雑なテーマがありますが、登場する人物はみんなどこか憎めないキャラクターで、いわゆる“悪人”は出てきません。なにかこだわりがあるのでしょうか?鄭さん)僕ね、生まれ育ちがちょっと特殊なんです。在日の屑鉄屋の息子ですから。姫路城の外堀の石垣のところに集落があって、そこに住んでいて。“高級石垣朝鮮人集落”って言っているんですけど(笑)。
幼少期には周りに変わったおじさんがいっぱいいて…車の中で寝泊まりしている“ねずみ男”と呼ばれるおじさんとか…そういう人たち。子供のころは彼らをバカにしてたんですけど、大人になってみると、みんなそれぞれ理由があって、いろいろなものを背負って生きていたんだな、ダメな人間でも愛すべきところがあるんだなって思うようになった。
僕のバックボーンが歪んでいるから(笑)、作品に変わった人たちがたくさん出てくるんだと思います。
──仕事もせずに酒を飲んでいるような、一見すると、適当にゆるーく生きているように思える人物がたくさん出てきます。こういったキャラクターをあえて新国立劇場の舞台に登場させる意味とは?鄭さん)それは僕というよりも、劇場が大胆なんだと思います(笑)。
『焼肉ドラゴン』の初演のときも、「こんな話を書いて大丈夫なのかな?」という思いがありました。新国立劇場ですから。韓国公演の劇場も“芸術の殿堂”という公共ホールだったし。
こんなことを言ったら怒られちゃうかもしれないけど、公立の劇場で「棄民」─棄てられた民としての在日の話を舞台にのせることに、すごく意味があると思った。物議を醸すかもしれないという不安はありましたが、「ええーいっ!」と書いてみたんです。
そうしたら、けっこう共感を持って受け入れてもらえてしまって(笑)。劇場からストップがかかることもなく、背後から刺されることもなく(笑)。あれ? おかしいぞって。
──どのあたりが観客の心に響いたと思われますか?鄭さん)『焼肉ドラゴン』は、日本では比較的年齢の高い観客に支持されて、韓国では逆にすごく若い人にうけたという逆転現象がありました。日本ではノスタルジックな、裏・三丁目の夕日というか(笑)、そういう受けとめ方をされた。一方、韓国では今まさに「家族の崩壊」という現象が起きているので、現代の問題として捉えられたんですね。
僕としてはすごく小さな家族の話を書いたつもりだったんだけど、かつて日本でもあった、そして韓国でもおこりつつある、家族の崩壊、離散の物語として受け入れられたのかなと思いました。
──2016年、いまこの時代に三部作をふたたび上演する意味とは?鄭さん)『たとえば野に咲く花のように』では日本がアメリカの機雷を回収していたというエピソードが出てきます。有事立法より前に日本はすでに戦争に加担していた。その事実は隠されていますよね。『パーマ屋スミレ』の労働問題もそうです。過ぎ去った時代と片付けられたらそれだけのことに過ぎないのかもしれませんが、歴史は繰り返すものですから。そのなかで翻弄される庶民、光の当たっていない人たちのことを、“隙間産業”として(笑)、書いておかないとダメかなあ、と思ったんです。
今回、三部作の連続上演ということで、ひとつの時代の流れとして捉えてもらえるかな、と思っています。「裏・昭和史」という感じで観てもらえたら…といっても、まあ、そんなに大上段に構えた作品ではないので(笑)、気軽に楽しんでもらいつつ、なにか少しでも感じて、考えてもらえたら嬉しいです。
ここからは、普段ミュージカルや歌劇の舞台を観ることが多いおけぴスタッフが、鄭義信作品の“エンターテイメント”な魅力にクローズアップ! “記録する演劇”と言われると、ちょっとむずかしそうですが、実は笑いとLOVEがてんこ盛りの鄭義信さんワールド。その秘密に迫ります…!
──物語の設定や時代背景をみると「むずかしい社会派の作品なのかな」と思ってしまうのですが、実際に舞台を観ると、笑いと男女の恋愛模様が印象的。メロドラマ的な展開もありますし、実は鄭さんはすごくロマンチックな方なのではないかと。鄭さん)ロマンチックかどうかはわかりませんが(笑)、好きですね、そういうの。
基本的に家族の話を書いていますので、僕の周りにいた人たち、そうあってほしかった人たちの物語です。僕の家族はそんなにドラマチックではなかったですけど、周りはけっこうドラマチックというか、ロマンチックというか…くっついたり離れたりを繰り返す男女がたくさんいましたから。
…「くっついたり離れたり」って、ミュージカル好きな人たちに届くんだろうか。大丈夫かな(笑)? …ロマンチック、俺にはできない! どうしたらいいんだろう(笑)!?
──だ、大丈夫です! ミュージカルや歌劇でも、「よく考えると…!?」という設定はしばしばありますから…
鄭さんの作品を観ていると、その“くっついたり離れたり”の真ん中に立つ女性像がすごく美しくて、強くて、でもはかなくて、素敵だなと感じます。女優さんを選ぶときに決め手になるのはどんなことですか?鄭さん)やっぱり“ダンディ”な人を選んでいます。気風が良くて男前な人たち。
女優さんって綺麗で、女性らしくて…というイメージだと思いますが、南果歩さんにしろ、馬渕英里何さんにしろ、みなさんすごく男前でハンサムなんです。
演出家の無茶振りにも、「わかったわよ。じゃ、やってみる」って。やってみて無理なときは「できない」ってはっきり言ってくれるので共同作業がしやすいんですね。男前だから、しつこい演出とか無茶振りに対しても根に持たないし(笑)。私生活のカッコ良さがにじみ出ているんですよね。
逆に男はね、女々しい人が多い。今回も、誰とは言いませんが、おばちゃん系の人とかね(笑)。こういう人たちはね、御しやすいんですよ。おばちゃんたちとお茶飲み話でもしてればいいやって(笑)。
女優さんは“職業としての女優”ということをすごく意識しているんです。男の俳優にはこの意識はあまりないんじゃないかな。生活の延長として俳優をしている。
でも仕事として“女優”を続けていくって、女性としてすごくいろんなハードルがあるんです。それでもこの仕事を選んで、続けていくというはっきりとした意思とプライドがある人たちなんですよね。だから男前にならざるを得ないんだろうけど。
いい女優さんってね、大抵、男前ですよ。そうじゃないとやっていけないだろうし。
たとえば、麻実れいさんとかすごくかっこいいですよね。僕より歳上の方ですけど、稽古帰りにね、ジーンズをばしっと履いて、ロングヘアーをなびかせて、「おつかれ!」なんて言われちゃうとね、もう目がこんな(ハート型)になっちゃう。きゃー素敵! あなたについていきます! ってなっちゃいますから(笑)。
──麻実れいさんといえば、鄭さん演出の舞台『しゃばけ』で、宝塚時代からは想像もできないような(笑)、あっと驚く弾けたパフォーマンスをみせてくれました。
鄭さん)ねえ(笑)。麻実さんにギャグばっかりやらせてね。
あ、でも僕、この前、麻実さんの芸能生活45周年のお祝い番組にコメント求められたんですよ。麻実さんのご指名って。宝塚の番組から。一回しかお仕事していないのに気に入っていただけたみたいで。またいつか別の舞台でご一緒できるといいなと思っています。
──みたことのない麻実れいさんに出会えるのを楽しみにしています!
今回ご出演の南果歩さん、馬渕英里何さんもそうですが、演者の“みたことのない顔”を引き出すためになにか秘訣はあるのでしょうか?鄭さん)演出がくどいこと、ですかね(笑)。
申し訳ないな、と思いながらも、ちょっと出てくるだけのシーンを何度も繰り返す。普通だったら「いい加減にしろ!」と怒られると思うんですけど、彼女たちは全然嫌な顔をせずにやってくれるんです。
──よく「アジアで一番しつこい演出家」と自称されていますが、なぜそこまでされるのでしょう?鄭さん)「しつこい」というか、「くどい」んです(笑)。ギャグもくどいってよく言われますけど。
どうしても生理的にひっかかって気持ちの悪いところは何度も繰り返します。理想というか、ここまで行ってほしいという、僕なりの到達点があって、そこまで彼らもできるだろうという思いがあるので、何度も何度も、ちょっとした動き(の稽古)を繰り返しちゃうんですよね。まあ、そういう意味では、あまり匙を投げずに最後まで付き合う演出家ですね。
「こういうふうにやって」とお手本を見せたりすることはありません。その俳優がどう見せたいのか、どうやりたいのかをじっくり聞いて、でもそう見えていないから、じゃあどうしようって話し合って。共同作業です。
でもときには話し合えないこともあるんです。僕の演出家としての言葉が足りなかったり、それぞれの演劇用語が噛み合わなかったりして。初めて仕事をする人は、お互いに要求していることがわからないということがよく起こります。
これまで韓国で何度も公演をしていますが、やっぱり最初はわかりあえないことがある。でもいい役者さんって、言葉が通じなくても、何度もしつこく演出しているうちに、「あ、お前の言っていることはこういうことか」って見つけてくれるんです。日本語でもない韓国語でもない、共通言語を稽古場で探していくんです。
──言葉じゃなくてもわかること、まさに鄭さんの作品を観ていて客席で感じることです鄭さん)言葉だけじゃなくて、食べたり、飲んだり、歌ったり、いろんなことが僕の戯曲には出てくるので(笑)映像では味わえない“演劇”だと思います。
『焼肉ドラゴン』は歌や踊り、生演奏もあります。あと『パーマ屋スミレ』もちょっと踊るかな。
ミュージカルも歌があって、踊りがあって…なにより基本的には“演劇”ですよね。普段、あまりセリフだけの演劇を観ないという方もぜひ、新しい扉を開けていただいて(笑)、きっと楽しんでいただける作品になると思いますので、ぜひ劇場へお越しください。
鄭義信 三部作『焼肉ドラゴン』、『たとえば野に咲く花のように』、『パーマ屋スミレ』は、2016年3月から6月にかけて、新国立劇場にて連続上演されます。
3作通して観劇することで、庶民の目から見た戦後史を俯瞰できることはもちろん、魅力的な出演者・演出・音楽など、純粋に演劇としての楽しみもいっぱいにつまった作品です。
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おけぴ取材班:mamiko(文)、hase(撮影) 監修:おけぴ管理人