「パーマ屋スミレ」須美さんのその言葉の響きは、一生ものの感激観劇体験。
いや、観劇の域を超えた、須美さんの大切な思い出です。 ひとつの炭鉱事故をきっかけに、当たり前の景色が大きく変わる。
「これは観劇ではない、追体験だ」と謳う 鄭義信三部作のラストを飾るにふさわしい『パーマ屋スミレ』、泣いて笑って怒って歌っての稽古場の様子をレポートいたします。

須美(南果歩さん)、成勲(千葉哲也さん)
1965年、九州。有明海を一望できる「アリラン峠」と呼ばれた小さな町があった。
その町にある「高山厚生理容所」、そこに暮らす元美容師の須美とその家族たち。
須美の夫の成勲は炭鉱での爆発事故に巻きこまれ、CO患者(一酸化炭素中毒患者)となってしまう。須美の妹・春美の夫もまたCO患者となり、須美たちは自分たちの生活を守るために必死の戦いを始めた。しかし、石炭産業は衰退の一途をたどり......。

大人になった大吉(大人:酒向 芳さん(写真奥)、少年:森田甘路さん)がアリラン峠で過ごした子供のころを回想するスタイルで語られます
少年時代の大吉のキャラクターがとってもチャーミング♪
物語への導入、(大人)大吉の語りはまさにノスタルジック。遠いあの日、あの場所への懐かしさと愛おしさにすでに胸がキューンとします。そして、キューンに浸っていると、そこから一転、活気に満ち溢れた当時の空気に!この弾けるようで鮮やかな導入に、心がわしづかみにされ、そこから先は作品のうねりに身を任せよう!そう思えるのです。

大吉少年の憧れ、いつか"パーマ屋スミレ"を開店させたいと願う在日コリアンの元美容師・須美おばさん(南果歩さん)と妹の春美(星野園美さん)
気風が良くて情に厚い須美おばさん、大吉少年でなくても憧れちゃいますよ! 憧れちゃうというか…惚れちゃいます!

写真左)春美の夫 昌平さん(森下能幸さん)
妹の春美夫妻は新婚さん、まぁ、簡単に言うとアツアツのバカップル(?!笑)。そんな二人のちょっぴり濃い目のやり取りも、この家の人にとっては当たり前の日常なのです。

春美夫婦を見て、「ああ、また始まった…」と言わんばかりのお二人
須美の夫 成勲(ソンフン、千葉哲也さん)、成勲の弟 英勲(ヨンフン、村上 淳さん)
ビール片手の成勲と本を読む英勲なのです
千葉さん、村上さんは新キャストとしてこの作品に出演されます。お二人ならではの成おじさんと英おじさんになることで、作品にも新しい風が送り込まれます。

とても優しく、どこか影がある英勲

ああ言えばこう言う、いわゆるダメ亭主 成勲を千葉さんがどこか憎めない成おじさんに!

ただ、成勲には成勲なりのもどかしさや憤りがあるのです
そんな、何かというと怒る男が…
稽古中に千葉さんから義信さんに「この台詞は怒り、それとも余裕、どちらの芝居のほうが成勲らしいですかね」との質問が。そこからさまざまな芝居が試され、細かな演出がつけられていきます。
怒りに任せて一斗缶(のようなもの)を蹴りつけるシーンは“みみっちい”ほど蹴り続け、その後はあたりかまわず周囲の人に噛みつく。そこで南果歩さんから「そうそう、成勲っぽい。なんでもかんでも、ついでに怒るような人(笑)」との言葉が。
そうかと思うと、須美が成勲に昔の思い出を語るところでは「成勲、もうちょっと恥ずかしがって」と義信さんからリクエストが。そして、それによって成勲がとってもかわいらしくなるのです!
こうして千葉さんの“成勲”が誕生し、初めて見るとビックリしてしまうほどの暴れん坊成勲にも動じない果歩さんの“須美”との夫婦関係が築き上げられるのですね。

こちらは須美の姉 初美(根岸季衣さん)と内縁の夫 大村(久保酎吉さん)
ちなみに語り部の大吉は初美の息子です
女手一つで大吉を育ててきた初美のたくましさ、大村さんとの関係もくされ縁なのでしょうね…。根岸さんのひと言ひと言、久保さんの一挙手一投足に二人の歴史を感じます。

おっと、忘れてはいけないのが須美たち三姉妹の父 洪吉、この家のハルベ(=おじいちゃん、青山達三さん)です
炭鉱労働者として日本へ…、いつの日か故郷へ帰ることを願う、寡黙なハルベ
こうしてそれぞれの登場人物をご紹介してきましたが、シリーズ前二作と共通しているのは、そこに生きた人々としての熱量がひしひしと伝わってくるということ。それは怒り、喜び、慈しみ、悲しみ、そして痛み…あらゆる感情が噴出します。

抗夫役の朴 勝哲さんと長本批呂士さんのアコーディオン、三線演奏も必要不可欠!
そして、日常のドタバタが炭鉱事故をきっかけに一変、この家族たちにさまざまな困難が降り注ぎます。かなり辛い、過酷な展開もあるのですが、その中にも笑いをちりばめるのが義信さんの作品のもう一つの魅力!

制作発表で、「誰よりも再演を心待ちにしていた」とおっしゃっていた南さん、根岸さん。今回もこの作品に真っ向からぶつかって、素敵な須美、初美です!

彼らの行く末は…ぜひ劇場で!
笑って泣いてしているうちに、気づいたらこれは私たちのお話なのかもしれない…自分の中に作品が入ってくるのか、作品の中に自らが入ってしまうのか、そこはよくわからないのですが、この「追体験」は確実に私たちの中に記憶として残ります。その爪あとの痛みを感じながら、さあ、私たちはどう生きていくか。
今はただ、夕暮れ時に「明日は、きっとえぇこつ待っちょる」、そう思えるしあわせを手放してはいけない。そして、強く手を握りしめたくなる。そんな作品です。
新国立劇場 「鄭義信 三部作」合同制作発表レポート
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人