こまつ座第118回公演『イヌの仇討』演出 東憲司さんインタビュー

演出家トーク、キャストトーク、ゲストトークなど
公演後のスペシャルトークショー開催(詳細はレポ後半をご覧ください)


 1988年のこまつ座初演から、実に29年ぶりに甦る『イヌの仇討』!井上ひさしさんが描いた「忠臣蔵」異聞ともいえる本作を演出する東憲司さんにお話をうかがいました。2015年にこまつ座『東憲司版 戯作者銘々伝』の作・演出を務められたことも記憶に新しい東さんですが、井上戯曲の演出は本作が初めてとなります。


写真左より)久保酎吉さん、加治将樹さん、植本潤さん、大手忍さん、尾美美詞さん、大谷亮介さん、彩吹真央さん


 ここで簡単に『イヌの仇討』のご紹介を!

 江戸城松之廊下で赤穂藩藩主の浅野内匠頭が高家の吉良上野介に斬りつけた刃傷沙汰に端を発する赤穂事件をもとにした人形浄瑠璃や歌舞伎の大人気演目が、みなさんご存知の『仮名手本忠臣蔵』。浅野内匠頭はその後切腹、亡き君主に代わり家臣の大石内蔵助以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、仇討を果たすといういわゆる忠義のお話です。
 そのクライマックスとも言える、赤穂四十七士が吉良邸に討ち入ってからの約2時間、両陣営の駆け引きが吉良側の視点から語られるのが本作『イヌの仇討』です。
 一般に、浅野内匠頭をイビリ、赤穂藩の家来たちを路頭に迷わせた憎々しいおじいさんというイメージの吉良上野介ですが、本作で描かれるのはそのイメージを覆す人物像。井上さんが愛情を込めて描いた上野介が暴く討ち入りの真実。おなじみの『忠臣蔵』のもうひとつの姿が浮かびあがるのです!



<東憲司さんインタビュー>




【「僕は山形に留学しました」と言っています】


──作・演出を務められた『戯作者銘々伝』に続き江戸のお話を手掛けられます。時代劇にみる井上戯曲の魅力からうかがいます。

 僕は井上先生のことを江戸博士とお呼びしています。時代劇を好きだけれど、それほど江戸に執着して見たことはなかった。そんな僕が、前回、『戯作者銘々伝』のお仕事を通して、井上先生が遺されたものから自分が生まれ育った日本には、江戸の言葉と文化という豊かな土壌があるということを教えられたんです。僕がそれまで勉強してこなかったことに向き合う貴重な機会となりました。おそらく先生はそれを勉強だと思わずに、自然に江戸のもの(書物)を読むことが身に付いていた。それが井上作品のあの生き生きとした江戸の描写を生み出したのだと痛感しました。

──前回は山形の遅筆堂に滞在し準備されたとか。

 はい。東京と行ったり来たりしながらですが7週間ほど遅筆堂で勉強しました。冬だったので、どんより暗い雪道を本当に俺はダメだなと、毎日、落ち込んで帰っていましたね。先生が一本の戯曲を書くために、どれだけの時間と労力を割いていたのか。そこには執念すら感じました。あれだけの書庫ですから、意地悪な気持ちがわいて、全部は読んでいないだろうと思うのですが、そこにある本を手に取ってみると付箋や赤ペンでの書き込みがいっぱいあるんです。途方にくれました。もちろん戯曲を書くために読まれていたのでしょうが、あれだけ読んでいたら、書く時間がなかっただろうな…なんて思うくらい(笑)。今後、井上ひさしのような劇作家は出るのだろうかと考えてしまいます。…そこは頑張らないといけないんですけどね。

──そして、再び井上戯曲と向き合う機会が訪れました。

 今回、毎日少しずつですが、写経(脚本の書き写し)をしてみました。書き写すだけでも大変でしたが、一応全て書きました。それによって、改めてト書きの美しさに魅了されました。「シーンとなる」というのを「森となる」と書いてあるんです。いとも簡単に「静けさ」が思い浮かぶでしょう。なんて素敵なんだろう。感嘆ばかりです。
 今回も仕事としてやるべきことを果たすのはもちろん、また勉強させていただいているとも思っています。最近では海外研修へ行かれる演出家や劇作家の方が多くいらっしゃいます。東は留学しないのかと聞かれることもありますが、そんなときは「僕は山形に留学しました」と言っています。そのくらい勉強になるんです!


【「物事を一方向からだけ見てはいけませんよ!」と先生に言われているような気がするんです】



写真中央:東憲司さん

──ここからは、今回、演出される『イヌの仇討』についてうかがいます。本作の印象は。

 この話は『忠臣蔵』の話ですが、大石内蔵助が主人公ではなく、敵役の吉良上野介に光を当てている点を面白いと思いました。(話としては出てきますが)実際に大石は出て来ずに、吉良側からしか描いていないというところにプロットの妙技を感じます。

──そして、『忠臣蔵』と井上ひさしさんというと、もうひとつ『不忠臣蔵』(仇討(義挙)に参加しなかった不義士たちを描いた短編集)も書かれています。

 『不忠臣蔵』では、当時の資料・書物を読んでも記述が一行くらいしかない人が、先生の知識と想像力と愛情で本当に生き生きと描写されているんです。まず『忠臣蔵』があり、それに対して井上先生は『不忠臣蔵』を書き、そして最後に一番の敵役である吉良さんに愛情を込めた『イヌの仇討』を書かれた。『不忠臣蔵』を読んだことが、本作を読むうえでも大変プラスになりました。なんだか「何もかもを鵜呑みにして、物事を一方向からだけ見てはいけませんよ!」と先生に言われているような気がするんです。
 小説や戯曲、演劇、映画というのは、権力に対して真っ向からモノ申すというのがひとつのテーマだと思うのですが、この戯曲が面白いのは権力とそれに腐れあっている世間、世情も批判しているんです。権力の怖さ、それについていく民衆の怖さです。

──視点も矛先も一方向ではないのですね。
 それと同時にお芝居としてもとても面白いですよね。吉良が身を潜めていた炭小屋を舞台に、側女、女中頭、側近たち、お犬さま付きの御女中、坊主、盗人らの人間ドラマが描かれるというシチュエーションも。


 周りでは殺戮行為が行われているけれど、そこにいる人々は怯えているだけではない。大真面目に言っていることが、なんだか可笑しくなってくるというか。あの密室で本当は何が起こっていたのかというミステリーであると同時に、コメディではないけれどある種の喜劇の要素も含み、そして最後は鳥肌が立つような芝居なんですよね。

──そんな密室は、まるで社会の縮図のようでもあります。戯曲を読んで個人的に気になったのは新助という盗人の存在です。

 新助は庶民代表。過去に生類憐みの令で御上から痛い目に合わされている男です。そんな新助が御上のイヌである吉良に対してどのような感情を抱き、それがどう変わっていくのか、その変化の面白さ。観客のみなさんはおそらく新助の目を通して物語を見ていくようになると思います。
 そして、変化していくのはもちろん新助だけではありません。なぜ仇討されるのか、吉良は徐々にその責任を自分で感じはじめるのです。この仇討という言葉も日本独特のものなんですよね。西洋だと復讐となる。そのあたりも含めて、本当に面白い戯曲です。



写真中央)盗ッ人の新助(木村靖司さん)
取り囲むのは右から)上野介の側近 榊原平左衛門(久保酎吉さん)、大須賀治部右衛門(加治将樹さん)、清水一学(植本潤さん)


【僕は素敵な戯曲に出会うと、すぐに舞い上がって、はい!と引き受けちゃうんですよね】


──面白い戯曲に加え、今回、大変魅力的なキャストも揃いました!

 本当にそうですね!永遠の敵役、吉良に大谷亮介さん、御女中頭にこまつ座、井上戯曲常連の三田和代さん、側女に華のある彩吹真央さんなどなど、ベストキャストが集まりました。あとは僕が頑張らないと。昨日が初めての本読みでしたが、今日の段階ですでに変化があり、これから初日までさらにさまざまな発見をしていくだろうと思います。

──上演は29年ぶりということですが、このキャスト、スタッフで『イヌの仇討』を見られることは演劇ファンとしてラッキーだな、幸せだなと感じます。

 僕もそうです!ラッキーとは言いませんが(笑)、僕は素敵な戯曲に出会うと、すぐに舞い上がって、はい!と引き受けちゃうんですよね。それであとで怖い思いをするんです(笑)。でも、本当にこのまま埋もれさせるにはもったいない戯曲なので、今、この作品を演劇界に再び登場させられてよかったと思いますし、たくさんの方に見ていただきたいと思います。

──ここからの稽古で肝になるところは。

 僕自身の中では、タイトルの“イヌ”がカタカナであるということに重きを置いています。とにかく将軍の代理であるイヌの存在をちゃんとお客様に届けることと、壁一枚向こうで殺戮が行われているという緊張感しっかりと作りたいと思います。
 その上で、本読みを終えて改めて思うのは、井上先生の言葉を大切にしたいということです。「目よりも耳を」研ぎ澄ますというくらいに、そんな気持ちで稽古を進めていこうと思います。

──本番ではイヌがどう存在するのか、それによって何を感じるのか、楽しみにしています。

 今回、美術は石井強司さんにお願いしていますが、実は…。「イヌは僕に作らせてください!」と言ってしまって(笑)。この作品ではイヌも大切な登場人物なんですよね。そのイヌを僕は動かしたくて。初演の時は、ラジコンで動かしていてそれはそれで面白かったのですが、またそれとは違う動きをさせたいんです。今、一号機があるのですが、これから本番用を作ります。スタッフや役者の手を借りてイヌがどう動くのか。そこも試行錯誤して頑張ります。

──素敵なお話をありがとうございました。


【本読み稽古潜入ミニレポ】


 本読み稽古で印象的だったのは、台詞の一文のなかで“どの言葉を立てるのか”や“口調”を東さんがキャストのみなさんにリクエストしていたことです。耳慣れない言葉や、その言葉が持つ当時の意味などを丁寧に積み上げることで、すんなりとわかるようになり、同時に緩急がつく。それによって戯曲に書かれた言葉(感情)のうねりがダイレクトに届きます。ときにはリアリティのある芝居というよりも、あえて劇的(ちょっと構えた感じ)にするなど本読みだけで、面白い!!
 また、当時は町民でも知っている慶長小判と元禄小判の違い(金の含有量が元禄小判では著しく減少しているので価値が違う)や大きな意味を持つ「生類憐みの令」についてなどバックグラウンドについての解説も続きます。

 そして、もうひとつ、大変印象的だったのはそれぞれのキャラクターの声のハマり具合。さまざまな立場の人が交わす会話劇、それを立ち上げるにふさわしいみなさんです。どっしりと構えた大谷さんの声、ある場面では穏やかに、そうかと思えばピシャリと厳しい三田さんの声、彩吹さんの(現状に対する)悔しさが根底にありながらもやさしい声…。すでにこんなに面白いって、これからのお稽古でさらに進化した本番が今から本当に待ち遠しいです!!

  おけぴでは、引き続き『イヌの仇討』稽古場やお邪魔し、作品が出来上がるまでの過程をレポートいたします。インタビューも敢行予定!お楽しみに。

 第2弾彩吹真央さんインタビュー&立ち稽古ミニレポはこちらから!


【耳より情報】

★スペシャルトークショー開催★

7月7日(金)13:30公演後 演出家トーク(東憲司)
7月9日(日)13:30公演後 キャストトーク(大谷亮介、彩吹真央、加治将樹、植本潤、久保酎吉)
7月13日(木)13:30公演後 ゲストトーク(米沢市上杉博物館学芸主査 角屋由美子 -「忠臣蔵」異聞?...吉良家の言い分-)
7月16日(日)13:30公演後 キャストトーク(大谷亮介、彩吹真央、植本潤、木村靖司、三田和代)
7月17日(月・祝)13:30公演後 ゲストトーク(精神科医 名越康文 -「殿、ご乱心」は本当か-)

※アフタートークショーは、開催日以外の「イヌの仇討」のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。
ただし、満席になり次第、ご入場を締め切らせて頂くことがございます。
※出演者は都合により変更の可能性がございます。



【公演概要】
こまつ座第118回公演
『イヌの仇討』

作:井上ひさし
演出:東 憲司
出演:大谷亮介、彩吹真央、久保酎吉、植本 潤、加治将樹、
石原由宇、大手 忍、尾身美詞、木村靖司、三田和代

劇場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
公演日程:2017年7月5日(水)~23日(日)

公演HPはこちらから


写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・取材) 監修:おけぴ管理人

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