新国立劇場『トロイ戦争は起こらない』で主人公・トロイの王子エクトールの妻アンドロマックを演じる
鈴木杏さんにお話を伺いました。
『トロイ戦争は起こらない』制作発表はこちら【演劇ってすごいんです!】
──戯曲を読んだ印象は。 まずは冒頭の私が演じるアンドロマックと江口のりこさんが演じるカッサンドル(エクトールの妹)のやり取りが思いの外“オモシロ”だなと。そこから後半に向けて話はシリアスに展開していきますが、あちらこちらにユーモアがちりばめられているんです。意外にも笑えるところもあるお芝居という印象です。
──不朽の名作と謳われると、ちょっと身構えてしまいますが、意外にも! 『トロイ戦争は起こらない』というタイトル、登場人物も(力いっぱい)エクトール、アンドロマック、カッサンドル!言い方かもしれませんが(笑)。こうも並ぶと難しそうと肩に力が入りそうですが、リラックスして観ていただけると思います。
アンドロマックの台詞を見ても日常的な軽妙な会話から、ここぞというときの自分の考えをはっきりと伝える言葉まで大きな振り幅があります。それはほかのキャラクター一人ひとりの中にも戯曲全体にもある、とても柔軟で面白い作品です。稽古も、戯曲のもつ揺らぎに乗って、船に揺られるように進めたら。
ただ気をつけないといけないのは、言葉がすごくきれいで詩的な分、アンドロマックとして内面を掘り下げておかないと、何が言いたいのか伝わらない危険性もあるということ。
戯曲の中には、読んでいて難しいと感じるものもあるのですが、演劇ってすごいんです!役者さんが演じているのを見るとわかりやすいんです。稽古場で役者さんが台詞を発するのを聞いて「ああ、こういうこと!」とわかることが、毎回、どの現場でもあるので、すごいなと思うんです(笑)。
──われわれ観客は、毎度、その恩恵にあずかっております(笑)。
さて、ここからは鈴木さんが演じるアンドロマックという女性について。ひとつキーワードになるのは“身ごもっていること”でしょうか。 そうですね。身ごもっているということで、この作品の中で未来が一番近い人、実感として未来がある人とも言えます。母であるということ。そんなこともあってかなんとなくアンドロマックにとっては姑になるエキューブ(三田和代さん)に対してどこか同じ匂いを感じます。後々、愛情深い肝っ玉母ちゃんになっていくんだろうなという。アンドロマックは近い将来起こるかもしれない戦争の話をする中で、エクトールの命やこれから生まれてくるわが子の命が犠牲になることを語るのですが、そこに自分の名前は出てこないんです。彼女が見ているのは、自分ではなく、自分の大切な人がいる未来なんだなって。
──その辺りは、一路真輝さん演じるギリシャの妃エレーヌと対称となるところかと。 正反対な部分かもしれませんね。ひとつの世界を生きているけれど、それぞれ見え方が違うんですよね。
──そして本作の女優陣、ほかに先ほどお話に出たエキューブ役の三田さんにカッサンドル役の江口さん。鈴木さんも含め、すごい顔ぶれだなというのが率直な感想です。 濃いですよね。私、江口さんの大ファンなんです。台本を読んでいても、江口さんがひょうひょうとこの台詞を言うんだと思っただけで、おかしくて。この役を江口さんが演じることでドラマや人間関係にすごく奥行きが出ると思います。そこに一路さん、三田さんと違うタイプの本当に凄い役者さんが出演されるので、世界の縮図のようになるんじゃないですか。
──夫、エクトールを演じるのは鈴木亮平さんです。 実は『椿三十郎』(2007年公開)という映画でご一緒しているのですが、舞台では初めて、こんなにしっかりと芝居で対峙するのも初めてです。印象はすごく聡明な方。どっしりとしていて座長、大黒柱にピッタリですよね。エクトールという役にも!
──まだお稽古前ですが、どんな“夫婦関係”が築けそうですか。 これから栗山さんとも一緒に作りあげていくことになりますが、戯曲を読んでいて感じるのは、夫婦を超えた同志のような関係でもあるような…。“大地の人族”(笑)とでも言うか、地に足をつけて現実から未来を見ているところが似ている、理想の夫婦像だと思います。
──そして、この作品は最後の展開が非常に印象的です。 一気に加速していきますよね。なんでそうなってしまうのか…と、すごくリアルなものを受け取れる戯曲です。ゾワッとしました。この感じは戦争だけでなく私たちの日常でもあって、どんなに頑張っても最終的に理解し合えない。そのどうしようもない一瞬で世界が変わってしまう絶望感がよく描かれています。「憤懣やるかたない」というのはこういうことなのかも。戯曲のもつ温度というのが、物語という温度ではなく、妙にリアルなものだと感じました。
【日常の延長に演劇がある】
──ここからは杏さんご自身のことをお聞かせください。30代に入り、何か心境の変化は。 日常の延長に演劇があるということをより意識するようになりました。ですので、普段の生活、家事をして、犬の散歩をして、スーパーに買い物に行って見切り品を見つけたり(笑)。そういう日常と演劇をあまり離したくない。芸能の世界にいると周りの方から特別な人として見てもらえるけれど、芸能のお仕事は特別だとしても、私自身は全然特別じゃないんです。もちろん、スターという存在は世の中に必要です。また、私のことを特別だと思ってくださる方もいらっしゃるかもしれない。それはありがたいことだと思うのですが、でもだからこそ自分自身は普通の人でいるべきだと思うんです。それこそ、地に足をつけた“大地の人族”でいたいなって。そんなことを、今朝、歩いていて思いました。また変わっていくかもしれませんけど(笑)。
──最後に、これまでにも『るつぼ』『星ノ数ホド』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』と新国立劇場ではどれも一筋縄ではいかない作品ばかり…。 ええ、とっても!!
──ですよね(笑)。開場20周年を迎える新国立劇場は鈴木さんにとってどんな場所ですか。 稽古場も劇場も、作品に集中できる環境が非常に整っている場所。お客様も演劇と向き合うという姿勢、意識が強い方が来てくださるので身が引きしまります。
そして、役者としても観客としても感じるのは新国立劇場だからこそ上演できる作品がとても多いということ。ここまで骨太で厄介な(笑)作品にはなかなか出会えません。そんな特別な場所でこれまでに3作品、次で4作品目に挑戦する機会をいただけていることは、とても幸運なことだと思っています。会見で三田さんも仰っていましたが、実は役者としてのキャリアって、毎回毎回、新しい作品に立ち向かう時には何の力にもなってくれないんです。でも、向き合う過程で鍛えられていく“筋力”のようなものは必ずあると思います。新国立劇場では、その筋力を鍛えるための負荷がすごく重い作品ばかり、毎回、これでもかこれでもかと鍛えられています(笑)。
あ!でも、今回ちょっと違うのは、これまではどちらかというと業を背負う役が多かったのですが、この作品では伸びやかでおおらかな部分のある役!あまり眉間にしわを寄せずにいられたらいいなと思っています(笑)。
──確かに(笑)。『トロイ戦争は起こらない』の幕が上がり、アンドロマックとして新国立劇場の舞台に立つ鈴木さんに出会う日が楽しみです。 新国立劇場開場20周年記念公演『トロイ戦争は起こらない』は同劇場にて10月5~22日まで。兵庫県立芸術文化センターで10月26、27日に上演されます。ーあらすじー
永年にわたる戦争に終わりを告げ、ようやく平和が訪れたトロイの国。
夫である、トロイの王子・エクトールの帰りを待つアンドロマック。しかし、義妹のカッサンドルは再び戦争が始まるという不吉な予言をする。
一方、エクトールとカッサンドルの弟・パリスは、ギリシャ王妃・絶世の美女エレーヌの虜となり、戦争の混乱に紛れてギリシャから彼女を誘拐してしまう。妻を奪われ、名誉を汚されたギリシャ国王・メネラスは激怒し、「エレーヌを返すか、われわれ、ギリシャ連合軍と戦うか」とトロイに迫る。しかし、彼らの父であるトロイ王・プリアムやそのとりまきたちは、たとえ再び戦争を起こしてでもエレーヌを返すまいとする。
幾度にもわたる戦場での生活に、戦争の虚しさを感じていたエクトールは、平和を維持するためにエレーヌを返そう、と説得するが、誰も耳を貸そうとはしない。
とうとう、エレーヌ引渡し交渉の最後の使者・ギリシャの知将オデュッセウスがやってくる。果たして戦争の門を閉じることはできるのか。あるいは、トロイ戦争は起こってしまうのだろうか。宿命の罠は、愚かな人間たちが囚われ堕ちていくのを静かに狙っている―。
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文) hase(撮影)
監修:おけぴ管理人