2014年に世界初演されたミュージカル『レディ・ベス』、再演の幕が上がるのはもう間もなく!気になる進化、深化を、作品のまさに中枢にいらっしゃる小池修一郎さん(演出・訳詞・修辞)に伺いました。
『レディ・ベス』のお話、さらには『エリザベート』『モーツァルト!』とゴールデントリオを組んできたミヒャエル・クンツェ氏(脚本・歌詞)、シルヴェスター・リーヴァイ氏(音楽・編曲)の作品の魅力など大変興味深い、ミュージカルファン必聴のお話の数々。
まずは、『エリザベート』『モーツァルト!』そして『レディ・ベス』へと続く系譜から、私たちがクンツェ&リーヴァイ作品に魅了される理由をひも解いていただきました。
【ただの伝記ミュージカルを超えた魅力を放ち、観客の心をとらえるクンツェ&リーヴァイ作品の秘密】
クンツェさんはあらゆる角度から分析的に物事を観る人です。当然、作品にもそれが色濃く反映されており、『エリザベート』は“死”がCTスキャンのように歴史をスパッと横に切り、『モーツァルト!』では“才能(アマデ)”という存在によって今度はMRIのようにヴォルフガングの内側を見せる。その視点、手法が特徴的です。
そして、本作ではそれを担うのがアン・ブーリンであるとおっしゃっています。ただ、ほかと比べるとそこまで強い関与をしているわけではなく、隠し味的に存在しています。
また、エリザベートも現実の夫(フランツ・ヨーゼフ)との愛情はすれ違い、ヴォルフガングの妻コンスタンツェも夫のことを理解できない。
恋愛を賛美するところが少ないことも特徴かもしれません。
ベスもまた然り。一般的に、ひとりの女性の物語では、その主軸に据えたくなるのが恋愛ですが、そこにとどまらないところがクンツェさんらしいですよね。大きな仕事を成し遂げるが恋に関しては残念ながら…という。
その代わりに、エリザベートの意識の中に常にある“死”、それを“死に恋をし、死もまた彼女にアプローチする”と描くのです。
同様に、本作ではベスが幽閉される原因となった“処刑された母”が彼女の潜在意識に語り掛ける。そして、はじめは彼女も母に疑念を持っていたものが、徐々に理解していく。
そうやって
人間の在り方を内在する何か、死の側から、才能の側から、処刑された母の側から見る、そして、そこから鏡に映し出すように主人公を物語るのです。 さらに、そうやってクンツェさんが語らんとするところに、リーヴァイさんの
陰影に満ちた陶酔感をもつ音楽が揺さぶりをかけるのです。
理屈だけでなく情感、観る側の本能や神経といった深いところを刺激してくる、「血が騒ぐような」とでも申しましょうか、そんな力がリーヴァイさんの音楽の魅力です。
おふたりの魅力の相互作用として挙げたいのは、たとえ盛り上がるナンバーだとしても、そこに必ずクンツェさんがフェイントを仕掛けているということです。華やかに見えても、それは非常に愚かな行為であったり、あるいは権威が著しく失墜していたり。それによって
観ているものは心地よく惑わされるのです。
つまり、理詰めでは「そんな話があるだろうか」ということでも、観ているうちにその気になって乗せられていくのです。
知性と情感を刺激され、惑わされながら観ている者はいつしか「生きるとは」、「才能とは」、「人間の成長とは」という作品の本質にたどり着く。そうして作品は、
ただの伝記ミュージカルを超えた魅力を放ち、観客の心をとらえるのです。おけぴスタッフ心の声:ふ、ふ、深い!そして、まんまとその罠にはまり、作品に魅了され続けている…。 続いては、そんなおふたりの創作の様子を目の当たりにした『レディ・ベス』世界初演のころを振り返っていただきました。
【クンツェさんとリーヴァイさんの創作活動を目の当たりにし、圧倒された初演】
初演は帝劇の稽古場にクンツェさんとリーヴァイさんがいらして、日々意見交換がなされました。クンツェさんが新しい言葉(基本的に歌詞ということになる)を足し、それに合わせてリーヴァイさんが曲を書く。逆に削られ、音楽も修正されていく…。そういった作業が目の前で繰り広げられることに圧倒されました。
非常にエキサイティングなことでした。一方で、昨日まであった場面が今日はないことに対応しなくてはならないことですから、それは
大変なことでもありました。
われわれは変更に合わせて言葉を翻訳し、歌詞として乗せていかないとならない、その作業をやりながら、稽古も進めていく。いくつもの作業が同時進行で行われていると当然予定していた段取りも変わっていきます。海外では公演をしながら逐次変えていく長期間のプレビュー公演や地方でのトライアウト公演が行われるのが常です。そのために、その晩の公演から加える場面を、その日の昼に稽古するということに慣れている。日本ではそういった習慣がないので、スタッフも役者さんたちも大変だったと思います。
【稽古で感じるキャストの成長】
レディ・ベス(王女として生まれながら、王室から離されて育ち、のちにその運命に翻弄される若き日のエリザベス一世) 花總まりさんにとって、女優復帰後、初の主演作が前回の本作でした。宝塚ではエリザベートでもマリーアントワネットでも、主役は男役。女性主役(ヒロイン)の経験は豊富ですが、彼女自身が帝劇で主役をはる、座頭として自分の物語をお客様に観ていただくというのは初めてでした。
また、役柄も若い青春像を演じるということで本人の中で大きな戸惑いもあったでしょう。でも、「選ばれた以上はやるしかない」と彼女が役に立ち向かっていく姿が、ベスが自らの人生に立ち向かっていく姿と見事にオーバーラップし、そしてベスは即位した。今回は主演でいることに慣れたように感じます。だからこそ今度は「演じ」なければならない。別の意味で
勝負の作品になると思います。
平野綾さんも帝劇での主演は初めてでしたが、落ち着いていらっしゃるように見えたのですが、本人はドキドキの連続だったらしいです。帝劇出演の経験はお持ちでしたが、主演の重圧というのは並々ならぬもの。やはりそこはベスと重なりました。
彼女もまた、そこから数多くのミュージカル出演の経験を積んで、改めてしっかりとベス役と向き合っています。また、ニューヨークで勉強されてきたことも非常に活きていて、
歌にも大変磨きがかかっています。女優として充実したところを見せてくれるでしょう。
ロビン・ブレイク(ベスの秘められた恋のお相手、吟遊詩人) 山崎育三郎くんはみなさんご存知のようにメディアでブレイクされましたね。電車に乗ったときドアのところに顔写真があると「おお!」と思います(笑)。ただ、彼は常に自分のルーツ、ベースは舞台、ミュージカルであると言っていて、実際に稽古では彼自身が改めてそれを実感しているでしょう。
ロビンは何かを成す人というより、青春という言葉そのものを体現している人。若者が世の中を変えるんだという前提のもとに生きていた人のひとりです。前はがむしゃらだったものが、今は客観的にその役をとらえることができていて、とても
陰影のある人物像が立ち上がっています。青春の香りをまとったロビンになるでしょう。
加藤和樹くんもこの3年の経験がしっかりと実を結んでいます。『フランケンシュタイン』、『罠』そして『ハムレット』などさまざまな舞台経験を通し、舞台で主要人物として動くことにも慣れたようです。もちろん演技に深みも出て、とてもリアリティをもってロビンという若者を演じています。
旅するフォークシンガーのようなロビンの雰囲気は彼自身が持っていますが、ボヘミアン(自由気まま)気質ではないので、そこが苦労のしどころになるでしょう。でも、それを乗り越えて、
心に染みるところまで持っていけると思います。
メアリー・チューダー(ベスと対立する異母姉) 未来優希さんと
吉沢梨絵さんのおふたりは女優として、人間として成熟されたことが、演技の深みとして現れています。今回はコミカルな要素は少し影を潜め、
大きな悲劇を背負った人という面が強調されるメアリー。おふたりとも見事な演技です。
フェリペ(スペイン王子) 平方元基くんは本当に歌がうまくなりました。彼は努力家、積み重ねてきたことが形になっています。前は、自分がいわゆる「ミュージカル畑」出身でないこと、ミュージカルを志して入ってきたわけではないということで、どこか及び腰でした。果たして自分でいいのだろうかという迷いにも似た。そこから今では自分がやるべきことだという自覚を持つようになり、それに伴い貫禄も出てきました。先々まで成熟した役者として、ミュージカル界で生き残るでしょう。そう感じさせる
プロフェッショナルな存在になりました。
古川雄大くんは、今、人気も、勢いもある存在ですね。歌唱力も上がるとともに、翻訳ミュージカルで歴史に名を残した人物を演じることに対しても臆することなく取り組めています。フェリペ王子という、自分自身とは生まれも置かれている状況も違う人物を実感を伴って演じていますので、
より内面が詰まった人物像になるでしょう。そして、古川くんもまた、こらからのミュージカルを支えるひとりとして活躍すると思います。
ガーディナー(ベスを陥れようとする司教)と
シモン・ルナール(スペイン大使) 石川禅さんと
吉野圭吾さん、ガーディナーとルナールは、前回はベスが切り開く新しい時代に対しての、いわゆる旧社会(チューダー朝)のイメージを色濃く反映した役ということで、メアリー共々ちょっとナンセンスな面白さを狙っていたところがありました。それに比べるとシリアスな存在になっています。
おふたりともキャリアが違いますから、個性をより強烈に出すことでキャラクターがより一層濃縮されて伝わると思っています。
アン・ブーリン(ベスの亡き母) 和音美桜さんはもともと達者な方。宝塚歌劇団のたいへん優秀な卒業生ですが、優等生的なところから、さらに練れたものが出せるようになりました。表現にまろやかさが出てきて、色合い、風合いが非常に熟成されました。それによって
アン・ブーリンの情愛がより一層にじみ出るようになったので、役の印象が変わると思います。見事にミュージカル女優としての存在感を確立してきたことを感じます。
ロジャー・アスカム(物語の語り手でもあるベスの家庭教師)と
キャット・アシュリー(ベスを心優しい少女に育て導く親友であり教育係) 山口祐一郎さんと
涼風真世さん、ベテランのおふたりとも若い後輩たちをしっかりと支えてくださっています。その上で、光るべきところではきちっと光って、存在が浮き上がってくる。
私たちにとって宝物です。長い芸歴の中で光り方は変化しているかもしれませんが、決して輝きを失わないおふたりです。その存在が作品に厚みを持たせています。
ここからはいよいよ気になる再演での改変についてのお話です!
【改変の指針、クリアになったテーマ性】
再演に当たっては、上演時間をもう少しコンパクトにするということ、まずはそれをドイツチームに依頼しました。
(※クンツェさん、リーヴァイさんは現在ドイツ在住のため、ドイツチームと呼ばせていただきます)そうして上がってきたものには大胆なカットが施されており…(笑)、ここは残したほうがなど、さらにこちらの要望とすり合わせる作業を行いました。
マイナーチェンジは数多くありますが、全体的には
濃縮されていると感じていただけるでしょう。劇中でアスカムが語るように、ルネサンスの時代、新しい時代を切り開いたエリザベス一世、彼女がどのような立場に置かれ、どのように自己形成をし、そしてどのように女王職に就いたのか、その物語、テーマ性がクリアになったと思います。作品全体から受ける印象はシリアス、シビアという色が濃くなっているかもしれません。
【新曲について】
具体的に言うと、ベスとロビンが別れという決断を下す、そこに至る心情をもう少し切々たるものとして描きたいという我々の要望をもとに、デュエット曲が変更されています。
物語としても、音楽的にもここはひとつのピーク、起承転結の“転”ですので、そこを強調しました。
新曲はドイツチーム発信です。この作品にはベスが苦難に立ち向かう曲がいくつかありますが、新たに覚悟を決めるという心情を描いた楽曲を頂きました。ドラマティックで作品のテーマにも繋がる楽曲なので、終盤にベスが即位を受け入れるシーンで歌います。
【再演から登場する子役たちが担う役割】
冒頭でイギリスの歴史、物語の来歴を語るときに子役が出てくることも再演で特徴的なことです。それによって物語の導入がとてもスムーズになっています。また、ヘンリー王
(メアリー、ベスの父)やメアリーの母も人間紙芝居的に出てくるので、彼らが残したもの、彼らの娘たちなのだということが強く印象付けられます。
ベスとメアリーの間の宗教的確執、対立せざるをえなかった姉妹が和解するというストーリーも子役が出ることによってクリアになったと思います。
初演をご覧になった方にも、今回初めてご覧になる方にも響き、ますます期待が高まるお話をありがとうございました!
主要キャストがほぼ続投、さらにさらに深められた若き日のエリザベス一世の物語『レディ・ベス』再演は10月8日開幕です。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人