井上ひさしメモリアル10 こまつ座第127回公演『木の上の軍隊』稽古場レポート



【舞台写真が届きました】






こまつ座の“新作”から、こまつ座の“レパートリー”へ。

 「ヒロシマ、ナガサキ、そしてオキナワを書かないうちは、死ねません」そう言い残して逝去した劇作家井上ひさし氏。病床でも最期まで取り組んでいた「オキナワ」を舞台にした二人の兵士の逸話『木の上の軍隊』は、井上さんが残したたくさんの資料本とメモ1枚を元に、その思いを引き継いだ蓬莱竜太さんによって2013年に書き下ろされ、初演されました。2016年の再演を経て、井上ひさしメモリアル10の3作品目として、今年、再々演されます。(井上ひさしメモリアル10:井上さんの没後10年目を記念した企画)




 本土出身、生真面目で戦争経験が豊富な“上官”に、初演より同役を務める山西惇さん。島出身の志願兵、大らかな性格で初めて戦争を経験する“新兵”に、昨年初演された『母と暮せば』での好演も記憶に新しい松下洸平さん。そして、沖縄出身、琉歌で島の風を届ける普天間かおりさんがガジュマルに棲みつく精霊“語る女”として二人の兵士を見つめます。演出は『母と暮せば』にて読売演劇大賞 大賞・最優秀演出家賞を受賞、井上ひさしイズムの継承者のお一人である栗山民也さん。2016年と同じ布陣で上演されます。


【プロローグ】(公演資料より抜粋)

 ある南の島…。その島では戦争が行われていた。

 激しい銃撃戦の末、二人の兵士が追いつめられて、ガジュマルの大木の上に身を隠す。
その木は太い枝と生い茂った葉で絶好の隠れ場所であった。

 兵士達は、終戦を知らぬまま二年もの間、二人だけの“孤独な戦争”を続けた。

 『木の上の軍隊』は沖縄県・伊江島で、戦争が終わったのを知らぬまま、2年もの間、ガジュマルの木の上で生活をした2人の日本兵の実話をもとにした物語です。


【稽古場レポート】

 この日の稽古は物語中盤。上官と新兵の木の上での生活も長くなり、次第に“慣れてきた頃”の場面です。
 戦争の最前線にいたときの危機感は薄れ、敵が捨てた残飯を漁ることで飢えからも逃れた二人、木の上での生活にリズムのようなものが出てくるのです。



写真左より)新兵(松下洸平さん)語る女(普天間かおりさん)上官(山西惇さん)


 交わす会話も、普通の世間話、恋人や夫婦生活のことに。栗山さんからは「二人は幸せな時代の話をしているのではなく、なんでもなかった頃の話をしているだけ。それによって空気が柔らかくなるんだよね」とのお話がありました。なんでもない、あたりまえの生活と、その対比として浮かび上がる「戦争」というもの。




 ある夜、二人は新兵が拾ってきた酒瓶に残る酒を酌み交わし、初めて衝突します。このあたりから、戦場では素人同然、無垢で、のんびり屋さんのように見える新兵が上官を批評し始めるのです。敵の野営地が日増しに大きくなっている現実を前に露わになる二人の決定的な違い。上下関係も含め、それは「本土」と「沖縄」の違いそのもののように思えます。




 新兵は島に生まれ、育ち、そこに住む一人の人間としての感情を吐露する。松下さんが発する真っ直ぐな言葉が胸をえぐります。この3年での経験をこれでもかと新兵役に注ぐ松下さんの芝居にゾクッとします。この感覚は演劇の力でもあり、それ以上の何かでもあるような、それほどまでのエネルギーを感じます。




 そして、上官と新兵という戦中なら絶対的な関係、それが揺らぎそうになりながらも堪えようとする上官の心理と行動。厄介なプライドや意地、その崩壊と、新兵に対する複雑な感情、それを山西さんが嘘のない芝居で体現します。


 稽古を見ていると、「こんな印象だったかな?確かにこういうやりとりはあったけれど…」と感じました。
 一つひとつのシーンがよりクリアに届くのです。二人の滑稽なやり取りや、普天間さん演じる“語る女”のすべてを見透かしたような冷静な指摘(ときにツッコミのよう!)に声を出して笑ってしまったり、新兵の問いが心に突き刺さり息苦しくなったり。この数年で自分の感度が高まったのかな?と(ずうずうしくも)思ったのも束の間、休憩中、演出の栗山さんの「そうでしょ、変わったでしょう」のひと言ですべて解決。作品、そこから発せられるエネルギーが増したのです。

 聞くと、むしろ台詞は少しカットされたとのこと。それでも増すエネルギーの正体はきっとリアリティ。だからこそ、上官と新兵の言葉や姿に心を動かされ、二人の温度差に愕然とするのです。



 そして、普天間さんの存在感もさらに増しています!ゆったり流れる時間、南の島の風、波、踏みしめる砂浜を感じさせ、その言葉は強く、地に足が着いている。柔らかさの中にある大地にしっかりと根を張ったガジュマルの木のようなどっしり感が作品を支えます。ヴィオラ奏者の有働皆美さんが奏でる音色も物語に寄り添い、作品に欠かせないものとなっています。



 二人の人間の対話という極めてシンプルな構造をもつお芝居ですが、そこで描かれることはとても複雑なこと。きれいごとでも、勧善懲悪でもない、正直な心情は新兵の終盤のある言葉に集約されています。

 チラシには「時代がこの芝居を追いかける」という言葉があります。その言葉の通り、今、現在進行形で私たちに突きつけられている沖縄問題。ガジュマルの木から発せられる問いかけにどう答えるか、その正体から目を背けてはいけない。複雑で大きな問題を、「むずかしいことをやさしく~」、まさにその言葉の通り私たちに投げかける“こまつ座の”『木の上の軍隊』。


 実は、前回の公演の完成度がすごく高く、ここに極まれり!そんな印象を受けたので、今回はどうかな…?と思う自分もいました(失礼ながら)。
 でも、稽古の様子を見て、改めて「2019年の『木の上の軍隊』、とてつもない作品だ!」と俄然本番が楽しみになりました。可笑しいところは可笑しくて、えぐられるところは容赦なくえぐられる。

 こうして上演を繰り返すことで作品が大きく、強く、深くなり、こまつ座の“新作”から繰り返し上演される“レパートリー”になっていく過程を目の当たりにし、こまつ座ファンの一人として『木の上の軍隊』をどんどん好きになります。それは作品からの力強い問いかけ“演劇の力”が感じられるのはもちろん、“演劇としての面白さ”が確かにそこにあるからかもしれません。すごい戯曲ですよ。

 初めてご覧になる方はもちろん、初演や再演、これまでご覧になった方にもぜひ見ていただきたいと思うのです。もう、本当にメチャメチャ楽しみです!



 そして、『木の上の軍隊』は『父と暮せば』『母と暮せば』と共にこまつ座「戦後“命”の三部作」の一つです。そこに生きる命、その強さ、輝き、尊さを目の当たりにし、改めて「戦争とは、戦後とはなんだろう」ということを感じる作品です。

 ついに沖縄公演も実現する『木の上の軍隊』。東京での開幕は5月11日、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて。


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【公演情報】
井上ひさしメモリアル10 こまつ座第127回公演『木の上の軍隊』
2019年5月11日(土)〜19日(日)@新宿南口・紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
2019年6月26日(水)@沖縄市民会館

原案 井上ひさし
作 蓬莱竜太
演出 栗山民也
出演 山西惇 松下洸平 普天間かおり 有働皆美(ヴィオラ)

<スペシャルキャストトークショー>
★5月15日(水)2:00公演後 山西惇 松下洸平 普天間かおり
 ※トークショーは、開催日以外の『木の上の軍隊』のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。
  ただし、満席になり次第、ご入場を締め切らせていただくことがございます。
 ※出演者は都合により変更の可能性がございます。

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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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