なにかがすごく好きで、それに励まされる。
そんな“好き”への愛と尊敬が溢れる『キネマと恋人』。 ケラリーノ・サンドロヴィッチが描くロマンティック・コメディ『キネマと恋人』が世田谷パブリックシアターにて開幕!
大評判となった初演は2016年、3年ぶりに帰ってきた『キネマと恋人』はやっぱり“好き”がいっぱい詰まっています!
ウディ・アレン監督の映画「カイロの紫のバラ」(1985年製作・86年日本公開)にインスパイアされて誕生した本作。舞台を1936年(昭和11年)の日本の架空の「梟島(ふくろうじま)」の港町に置き換え、そこに暮らす市井の人々の人生、心の機微を描いています。架空の町の架空の方言も心地よい♪
一瞬の暗転、映写機の音、モノクロ映像…。
この「一瞬の暗転」が絶妙でふわりと作品の世界へ誘われるのです!
そこは島唯一の映画館“梟島キネマ”、上映が終わってもその余韻に浸る女性ハルコがこの作品のヒロイン。彼女にとっては、夫との貧しい暮らしの中での唯一の娯楽が映画。まるで竹久夢二の作品から飛び出してきたようなちょっとレトロでロマンティックな印象のハルコですが、映画について話し出すと止まらない止まらない!溢れ出す映画愛!
ファンになるのも、スタア俳優ではなく、その横にいるサブキャラを演じる俳優というところがオタクゴコロをくすぐるというか、妙に共感してしまいます。
そんなハルコが、大好きな高木高助演じる「まさかまさかの間坂寅蔵」が登場する『月之輪半次郎捕物帖』を観ていると…銀幕から寅蔵が話しかけてきて──
左から: 緒川 たまき、妻夫木 聡
ここからハルコ、高木、寅蔵の奇妙な関係や梟島の人々、映画関係者、さらには銀幕の世界の人々も巻き込んで、それこそまさかまさかの大騒ぎが始まるのです。
劇中の歌や音楽もツボ!くーーっ、イイ!!
もう説明不要、『キネマと恋人』の世界へいってらっしゃいませ~!という作品です。
緒川たまきさん演じるハルコはとってもとってもチャーミング、でも切ない。旦那さんには恵まれずという境遇がすっと影を落としています。それはともさかりえさん演じる妹のミチルも。島の閉塞感なのか、時代の気配なのかどこか物悲しい空気が漂います。愚かに見える行動も、そこには理由がある。そしてそれを否定することもできない。ともさかさんの初日コメント「ファンタジーですが実は生々しいものを含んでいる」、この言葉に尽きます。
高木高助、間坂寅蔵を演じるのは妻夫木聡さん。エノケン、ロッパ、喜劇を愛する男・高木と現実世界のことはなにも知りませんという無垢な寅蔵をくるくると演じ分けます。髙木さんはすごくいい人なんだけど、それゆえの残酷さも持つような…人間味あふれるキャラクター。「喜劇は安っぽく、深刻なものは高級なのか」高木の言葉に心の中で拍手拍手!
ほかにも三上市朗さん、佐藤誓さん、廣川三憲さんといったベテラン勢の声の深さ、声といえば個人的にやっぱり好きだわーと思う村岡希美さん。尾方宣久さんがメインで演じる小松さんの中盤からの扮装(状態?!)はこういうのアルアル!!スタア俳優嵐山進をリアル(なのか?)に演じる橋本淳さん。いや、本当に居そう~と思うのです。
個性的な登場人物を芝居巧者のみなさんが生き生きと舞台上に出現させます。
妻夫木さんが2役、緒川さんがハルコのみ、ほかはみなさんいろんな役を演じるので、なんていうか○○役を誰が演じてというより、みなさんが『キネマと恋人』の世界を作っているような感覚です。
そして、崎山莉奈さん、王下貴司さん、仁科幸さん、北川結さん、片山敦郎さんといった振付の小野寺修二さんの世界を『キネマと恋人』と結びつけるみなさんの活躍もステキ!まるで生きているような椅子たち!これは上田大樹さん監修の映像効果にも言えることですが、最先端でスタイリッシュだけど、有機的。懐かしさ、ぬくもりを作りだしているのです。
物語から飛び出してくる登場人物と過ごす。その見せ方の仕組みはちょっと冷静になればわかることなのですが、わかっていても目の前で起きることにドキドキするんです!結局、お客さんも作品世界へ入ってしまっているということですね。そんな感じで、銀幕と舞台と客席が一緒くたになっていくのです!
こうして人は“好き”に支えられて生きていくんだな。そして隣で笑う誰かがいる。人生泣き笑い!そんな思いが沸きました。それと同時に、あの後の島の人々の人生、映画産業に携わる彼らの人生はどうなったのだろう。そんなことも、ふと頭をよぎります。
そして観劇後には『キネマと恋人』というタイトルに思いを寄せます。「キネマ」という言葉の持つ現代から見るとレトロで当時から見るとモダンな響き、「恋人」という言葉が持つ甘さとほろ苦さ。ああ、『キネマと恋人』だなと。
【初日コメント】
台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
今日は作品のファンのお客さんが多い印象でしたね。1幕が終わって暗転した途端に拍手が来たり、「待ってたよ」という声が聞こえるような客席でした。ここまで再演を待たれていた感の強い再演の初日は初めてで、とても嬉しかったです。
俳優たちは初演より深く人物を演じてくれていて、格段に「深化」したものになっていると思います。それから初演の時には気付かなかったけれど、作品上の太平洋戦争前の世相と今の時代に呼応するところが多い気がする。それもあって、初演時よりも「現実世界の辛さ」がより響くようになっているのではないかと。つくり物の世界に憧れるって切ないけれど、自分もこういう仕事をしている人間だから、やっぱり創作の世界に助けられているし、もちろんこの『キネマと恋人』にも助けられていると思います。
ダンサーを含めキャスト全員が島の世界観をつくりあげてくれて、スタッフ含めみんなとつくれた作品だと思います。特に映像の上田(大樹)君と振付の小野寺(修二)君は、この作品ならではの付き合い方をしてくれました。仕事量もハンパじゃない。
僕の他の作品と比べるとこんなに間口の広い作品はない。これからもずっと、こうした親切な作品を何年かに一遍作れると思われちゃたまらない(笑)ので、「これを観てもらわないと!」と思います。毎回「今回で最後かもしれない」と思いながらつくっているので、是非楽しみに観に来てほしいです。
妻夫木聡:高木高助(俳優)/間坂寅蔵(映画の登場人物)役
初日を終えて、やっぱり演劇はお客さんのものだなと感じました。特にこの作品は、舞台に立っている時、お客さんとの間に本当に強い一体感があるんです。客席もステージの一部の様に感情移入できて、みんなが寅蔵を好きになって、みんながハルコの気持ちになって、幸せで終わってほしいけど、人生ってそんな甘くはないよね、それでも生きてかなきゃいけないよね、というようなほろ苦さも残しつつ、ファンタジーみたいにどこか別の世界に連れて行ってくれる、「夢なら覚めないで」っていう言葉がぴったりの、稀有な作品だと思います。そんな舞台に関われてとても幸せです。まだ始まったばかりで、当日券もありますので、一回と言わず何回でも、色々な方に、寅蔵やハルコたちに会いに来てほしいと思います。
緒川たまき:森口ハルコ役
初日が終わりました。再演の機会をいただいて、キャスト・スタッフ、みんなで力を合わせて、とにかく大事に大事に思いながら稽古してきました。いよいよ本日、お待ちいただいているお客様に見ていただけたわけですが、やはりお客様はあったかい、この場所に帰ってこれた、と感じました。この作品の魅力は、いろいろな登場人物がでてくるのですが、誰かしらに感情移入していただける、というところなんじゃないかと思います。これからご覧になるお客様には、例えば、どういう作品内容なのか分からないまま見に行った映画が、面白かったという体験のように、この作品もただ席に座ってただ見ていただけるだけで…。きっといつの間にか、ハルコさんが映画の世界に惹かれるように、この舞台作品の世界に入っていただけるんじゃないかと思っております。
ともさかりえ:ミチル役 ほか
お客様が温かく迎えてくださって、無事に幕が開いてほっとしています。みなさんが待っていてくれていたのが伝わってきてすごく幸せな初日になりました。
どんな世代の方にもこんなふうに愛していただける作品もなかなか無いと思います。ファンタジーですが実は生々しいものを含んでいるところもこの作品の魅力で、私がメインで演じているミチルも一見突飛なように見えますが彼女なりのいろんな理屈や信念を持っているキャラクターです。他にも様々な役を演じているので毎公演、毎公演、新鮮な気持ちで演じられたらいいなと思っています。今回ラッキーなことに再演をすることができました。ぜひ劇場に足を運んでいただけたら嬉しいです。
おけぴ取材班:chiaki(文) 監修:おけぴ管理人