シェイクスピアの戯曲、プロコフィエフの音楽、そしてケネス・マクミランの振付による傑作舞台。新国立劇場バレエ団2019/2020シーズンのオープニングを飾るのは1965年に英国ロイヤル・バレエにて初演、新国立劇場バレエ団でも2001年10月の初演以来、再演を重ねる人気作品『ロメオとジュリエット』。3組の主役ダンサーの魅力にそれぞれの角度で迫るリハーサルレポートをお届けいたします。
イタリア、ヴェローナの街を舞台に繰り広げられる物語。対立する2つの名家モンタギュー家とキャピュレット家。モンタギュー家の一人息子ロメオとキャピュレット家の一人娘ジュリエットが運命的に出会い、恋に落ち……。演劇、ミュージカル、映画でもおなじみの“ロミジュリ”の物語。シェイクスピアの紡いだ言葉・台詞はどう表現されるの?そんな疑問にもお答えいただきました。
【木村優里さん&井澤駿さん 主役リハーサル】
まずご紹介するのは今回、ともにこの作品では初主役で挑む
木村優里さんと
井澤駿さんのお二人です。
(※井澤さんは前回ケガにより降板) この日はロメオとジュリエットが初めて出会うシーンのリハーサル。すらりと長い手足、伸びやかな踊り、溢れるキラキラ感……次々に大役に抜擢される木村さんと井澤さんのフレッシュコンビ。
ジュリエット(木村優里さん)、ロメオ(井澤駿さん)
指導してくださるパトリシア・ルアンヌ先生の言葉で印象的だったのは、ロメオを探すジュリエットの歩みの「一歩一歩に想いがある」ということ。また会えるかな。ここにいるかも!いないかも…。ただ音に合わせて歩みを進めるわけではなく、そこには必ず意味がある。もう一つは「ロジカルである」こと。たとえば人の気配を感じて物陰に身を隠すロメオを探すジュリエットの視線について、隠れる場所はせいぜい数か所だからあたり全体を見回すのではない。バレエだから特別ではなく、日常生活での行動をベースに動いて欲しいという指導があり、それはとても理に敵っていると思いました。
また、そこはイタリア・ヴェローナ、あまりに若い2人の世界的に有名なラブ・ストーリーです。14歳の少女ジュリエットが恋を知り、ロメオの姿を見つけることで心に幸せがあふれ、彼に触れられることでプラトニックではない、大人の愛の悦びを知っていく……一つひとつの出来事に対して感受性豊かに反応し変化していく二人のシーン。動きを丁寧に確認し、表現に高めていくリハーサル。細かなステップなど振付の裏にあるもの、バレエの奥深さに唸りました。
前回公演では木村さんはロザライン役を務めました
【米沢唯さん&渡邊峻郁さん インタビュー】
続いては、前回に続いてジュリエット役を務める
米沢唯さんとロメオ初役となる
渡邊峻郁さんにお話をうかがいました。
渡邊峻郁さん、米沢唯さん
──米沢さんは前回に続いてのジュリエットです。リハーサルでの発見は。米沢さん) 「技術、振りはできていても、それがこのバレエの真髄ではない」これは指導のパトリシア・ルアンヌ先生の言葉です。もっと言葉が聞こえるように、一つひとつの技術が技術と見えないように持っていかなくてはならない。日々、そのためにどうするべきかに向き合っています。
──ともに向き合うパートナー、ロメオ役は渡邊さんです。米沢さん) これは私自身の性格的なものが大きいのですが、時々、自分一人で頑張ってしまう人です。それは自分勝手にという意味ではなく、相手に負担をかけないようにと頑張ってしまう。それを今回は崩せているかな。今回は踊りのことも作品や役の解釈も、かつてないほどパートナーと話合っています。峻郁くんなら大丈夫、絶対に助けてくれると感じています。ここからさらにどこまで崩せるかは自分の中でも挑戦。それが私の課題の一つだと認識しています。
渡邊さん) 僕もたくさん頼っています。特にお互いの信頼関係の大切さを感じるのがパ・ド・ドゥ。振り自体、かなりぎりぎりのところを要求される、つまり技術的な難易度も非常に高い作品です。そこでは唯さんにもっと頼ってくれていいですよと言うこともありますし、互いにこうしたほうがやりやすいのではないかなどたくさん話し合っています。やはり技術的に振りができて初めて感情表現につながるので。
米沢さん) ある日のリハーサルで先生がピアニストの方に「最初はクリアに、次はミスタッチで弾いて」とリクエストされました。ミスタッチがあると明らかに違和感があります。そして「あなたたちはこうやって踊っているのよ」と。ステップと振りをしっかりと踊ることが大前提、さらにその先に見えてくるものがないといけないのです。
──テクニックと感情表現によって、ロメオとジュリエットの物語が立ち上がるのですね。渡邊さん) 指導の先生方が来日されてからは、ここはこういう感情だからこの振りだということを丁寧に教えてくださいます。その言葉の一つひとつに説得力があり、その上で僕らの表現、僕はこうやってみたいけれど、唯さんはどう思いますかと忌憚なく意見交換ができています。
米沢さん) 一つひとつの振りに意味があるというのは理解しているのですが、ルアンヌ先生の指導は台詞のこの部分がこの振りになっていると非常に具体的に示してくださいます。「あなたのこの言葉によって相手は離れていく、でも気持ちはまだ残っている。それがこの部分の振りになっている」というような。そんな先生の言葉が心にグサリと突き刺さり、それが私たちの糧になっています。
──シェイクスピアの台詞・言葉をバレエで表現することの醍醐味もその辺りにありそうです。米沢さん) ちょうど昨日、峻郁くんと「バレエのほうが雄弁になれるね」と話していました。もちろんシェイクスピアの素晴らしい戯曲を基にした作品ですが、感情を表現する上では言葉が制約となるところもあるのではないか。言葉に収まりきらない、言葉を越えたものがバレエで表現できたら、より雄弁に物語ることができるということを。そして、そこまで行きたいねと。
──素敵です!続いては、それぞれの役の人物像について。渡邊さん) まだ僕の中でも探りながらやっている状態ですが、強く感じるのは男性のほうがロマンチストだということ。ロメオは娼婦と遊んでいるところもある若者ですが、ジュリエットと出会い恋に落ちた瞬間に、まるで少女のようにロマンチストになる。むしろジュリエットのほうが現実的なんです。
米沢さん) その通りです。バルコニーの場面でしっとりと出てきたら、ジュリエットがロマンチックすぎると指摘されました。それは14歳じゃないと。
──女子特有のちょっとドライな感じでしょうか。どうしてもジュリエットを悲劇のヒロインととらえがちですが、あくまでも最初は普通の女の子なんですね。米沢さんが考えるジュリエット像は。前回公演より
米沢さん) どんなジュリエットを踊りたいかということはあまり考えていません。ただ、先生の言葉で非常に感銘を受けたのは、バルコニーのシーンは恋を知ったジュリエットが「世界はなんて美しいんだろう、私はなんて幸せなんだろう」と思うシーンだということ。ロメオがジュリエットに触れたことでジュリエットは自分に気づく。自分に気づいて、世界に気づく。それがこのバレエのすべてなのではないかと思っています。世界はこんなに美しく、素晴らしい。そこに生きる人間は素晴らしいけれど愚か、でも愛すべき存在。それを自分の中で感じながら体当たりで踊り切る。そのことだけを考えています。
──ジュリエットが見た素晴らしい世界、それを観客も彼女を通して見ることができる。それが鑑賞の醍醐味ですね。本番がますます楽しみになりました。【小野絢子さん&福岡雄大さん 通し稽古】
最後は
小野絢子さんと
福岡雄大さんの通し稽古の様子をレポートいたします。前回に続いてコンビを組むお二人。これまでご紹介してきたステップや振りといった技術的要素とキャラクター作りや表現など演劇的要素、先生の言葉を体現されていて感激。取材したのはロメオとジュリエット、そしてふたりを取り巻く人々の人間模様が色濃く描かれるシーンです。
ロメオ(福岡雄大さん)、ジュリエット(小野絢子さん)
キャピュレット家の仮面舞踏会に忍び込んだモンタギュー家の一人息子ロメオと友人のマキューシオとベンヴォーリオ。そこでロメオは一人の少女と出会う。彼女はキャピュレット家の一人娘ジュリエット。
ジュリエットを見ているといつの間にか笑顔になっている。そんな小野さんのジュリエットです。ロメオと出会ってからは、群衆の中でもロメオだけがカラーでほかはすべてモノクロといった様子。(実際はみなさんとてもきらびやかです!)ロメオもまたジュリエットに夢中。どんなに離れていても互いを見つけて見つめ合う、手と手が触れ合う……その一つひとつに愛おしさが溢れます。ロメオとジュリエットの動きのすべてが感情の発露なのです!
しかし、ふと我に返ると、ジュリエットを裕福なパリスと結婚させようとする両親、幼き日より彼女を愛しく思っている従兄のティボルト、二人の恋の行方を案じるロレンス神父ら周囲の人々の圧が。彼らが暮らす世界では決して許されない恋なのです。
写真中央)ジュリエット(小野絢子さん)パリス(渡邊峻郁さん)ロメオ(福岡雄大さん)
ロメオ(福岡雄大さん)ロレンス神父(菅野英男さん)ティボルト(貝川鐵夫さん)
キャピュレット夫人(本島美和さん)
ティボルト(貝川鐵夫さん)ベンヴォーリオ(福田圭吾さん)マキューシオ(奥村康祐さん)
華やかな舞踏会は終わり、自室に戻るジュリエット。ここからは大きな見どころ!バルコニーのシーンです。ロメオとジュリエットのパ・ド・ドゥ♪は愛の悦びにあふれています。
言葉のない表現それでもこうしてしっかりと感情が伝わる。近くでみるとそれは表情や目線に表れていますが、大劇場でどうなるのだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、それこそがバレエの素晴らしさ。身体表現によってその感情が何倍にも何十倍にも増幅されて届けられるのです。そして、それだけではありません。音楽、美術、衣裳などがきらびやかな世界と二人だけの精神世界をしっかりと見せてくれるのです。
前回公演より
すべての要素が揃ったとき、二人の若者が見た美しい世界と愚かな大人の世界(社会)のコントラストが浮かび上がる。そんな本作の真髄をしっかりと味わうことができる新国立劇場バレエ団の『ロメオとジュリエット』、開幕は間もなくです。
舞台写真提供:新国立劇場バレエ団
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人
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