2020年2月博多座、3月南座にて上演される
スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』。小栗判官役・遊行上人役で交互出演される
市川猿之助さん、
中村隼人さんの取材会が行われました。スーパー歌舞伎と相性のいい劇場
博多座での上演、東京から通算4か月目に突入する
南座での集大成!『新版 オグリ』の成長から目が離せない!
(取材会は東京公演終盤に行われました)【『新版 オグリ』についてはこちらも!】
【テーマは歓喜】スーパー歌舞伎Ⅱ<セカンド>『新版 オグリ』製作発表レポート
『スーパー歌舞伎II(セカンド)新版オグリ』市川猿之助さん取材会レポート◆──博多座、南座での公演に向けて演出を変えていくとのことですが。猿之助さん) 最初はとかくあれもやりたい、これもやりたいとなるものなんです。そんな今回のバージョンの初演となった(東京公演の)2か月の本番で見えてきたものを踏まえた2月の博多座、3月の南座はもっともっとシンプルかつ凝縮したものにしたいと思います。
──そもそも初演から四半世紀以上経って『オグリ』を自ら手掛けようと思われた理由は。猿之助さん) スーパー歌舞伎Ⅱの1作目は新作、2作目はアニメとのコラボでしたので、3作目はリメイクをしてみたいと思いました。リメイクに際しては、伯父(猿翁さん)のころには(技術・予算的に)出来なかった映像を用いた演出を、今回LEDを使って実現させました。ただ話に関してはやや時代に合わないところもあり、僕なりの解釈をして横内謙介さんに台本を書いていただきました。
原案のテーマは「ロマンの病」、つまり女性を取っ替え引っ替えするということ。そういうロマンは、昔はカッコよかったかもしれませんが、今ではただ薄情な男に映るだけ。そこで今の「ロマンの病」はなにかと考えたとき、「やりたいことをやる。その思いは素晴らしいけれど、人に迷惑をかけてしまうのはちょっと子供じみている」となりました。
──具体的な演出について。LEDや衣裳、白い地獄など見どころはたくさんありますが、特にこだわったところは。 猿之助さん) こだわりは“前作にとらわれないこと”。二十数年経ち前作はいまや伝説的になっています。「オグリは素晴らしかった」と言う人のなかには、たぶん見ていない人もいるくらいに伝説(笑)。過去というものは美化されるものなので、今回やっても「いや、昔のほうが良かった」という人は絶対にいる。それには一切耳を貸さないと決めました(笑)。以前のものは、みなさんの記憶の中で素晴らしかったと覚えていていただければ。今回はダブルキャストですし若手の挑戦でもあります。彼らに盛り上げていってもらいたいと思って作りました。だってオグリ役も彼(隼人さん)のほうがニンですからね、たとえ“取っ替え引っ替え”だったとしても(笑)。それは、僕には似合わないので。
隼人さん) それは否定させてください。そんな薄情じゃないですよ(笑)。
──お二人はオグリと遊行上人の2役を交互に演じます。お互いのオグリの魅力は。猿之助さん) ベストはわかっているんです。1幕、2幕を彼(隼人さん)が演って、僕が3幕を演れば完璧なオグリになる。それに尽きます。つまり隼人くんは世阿弥が言うところの“花”、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの若さは役の魅力と重なって清々しい等身大のオグリとなります。一方で僕は人生の暗いところも経験しているので、それが餓鬼病になったときに活きてくる。そこは人生経験の差。さらにその違いが最後の照手との関係性にも表れてくるから面白い!彼のオグリでは二人が相思相愛、僕のときは照手が甘えてくる。それぞれの良さがあります。
遊行上人については、彼は悩んでいるお坊さん。御仏の力はただの気休めだと言われて、「確かに極楽浄土があるのか──」と。僕のは、実は薬師如来や閻魔大王まで操っているのではないかと思えてくるほど胡散臭い新興宗教の教祖のようだけれどすごい説得力がある。最後に踊りましょうと言ったとき、お客様がこの人が言うなら踊ってもイイかなと思わせるような。
隼人さん) 僕がお兄さん(猿之助さん)を見て思うのは、オグリは人々の心を煽り立て、みんなが慕ってついて行く、いわゆる兄貴的なリーダーシップをとれる魅力的な人だということです。もし自分がオグリ党の一人だったら心惹かれるだろうなと。2幕の地獄の場面では、僕は閻魔に言われたことに対して本当に怒っている。それに対して猿之助さんは閻魔の言うことも全部わかっていて、わかっているけどこうなんだという響きがあります。3幕は先ほど猿之助さんが「人生経験の差」と仰ったとおり、餓鬼病としてすべてを失った絶望感やおどろおどろしさ、あのにじみ出てくる空気感。僕もそこを出せるようにと演っていますがまだまだ及ばないところです。
遊行上人については、同じように悩んでいても猿之助さんからは、厳しい修行を積んだ結果として導き出したのがあの悩みだということを感じます。オグリとして、そんな遊行上人に導いていただいています。
──『新版 オグリ』を手掛けるにあたり、敢えて変えなかったこと。 猿之助さん) 地獄/極楽の思想。宗教に対する懐疑です。本当に救われるのだろうか──。梅原猛先生も宗教は大いなる詐欺と仰っていた。でも、信じるしかないじゃないか。津波、台風、多くの犠牲者の出る自然災害が起きているなかでなにができるのか。極楽はないかもしれないけれど、仏がいて少しでも気持ちが救われればいいじゃないか。否定の否定は肯定のようなもの。
──隼人さんはストーリーに対してどのような印象をお持ちですか。隼人さん) 横内さんの脚本のオグリは若々しく描かれていることもあり、共感できるところが多くあります。我が道を行く集団の1幕から、不自由になったことで人の優しさや繋がりを感じる3幕まで、僕自身もこの作品で成長させてもらっています。
──今回、オグリ党とオグリの関係が変わっているようにお見受けします。猿之助さん) 伯父はカリスマ性がすごいからオグリとその弟子たちという構図になってしまう。僕はそうではなく対等にものが言える仲間にしたいと思っています。群像劇にしたいけれど、どうしても歌舞伎はスター性が出てしまうのでなるべくそうならないようにして、それでもどうしても出てくる個性を大事にしたい。今回、若手のみんなも本番の舞台を重ねるうちにどんどん個性が広がっていきました。あれは彼らの努力。
──演じている中で出てくるものが変わっていった?猿之助さん) 全然違うんですよ。本当にどんどん目が活き活きしてきて、全く違う。稽古のときはどうしようかと思うところもあったけれど(笑)。さらに12月、1月とみなさん古典をやるので、そこでもっと輝きを増した2月、3月はもっとすごくなると思います。
──小栗一郎が市村竹松さんから中村鷹之資さんに変わるなど、一部のキャストは演じる俳優さんも変わります。それによる変化は。猿之助さん) そこは彼らがどうやるか。僕からの指定はありません。東京公演での一郎は竹松くんが作ったキャラクターであり、あの一郎は竹松くんの右に出るものはいない。彼でハリーポッターをやりたくなったくらい(笑)。今度は鷹之資くんがどう作るか。そして、面白いのは新しい子が入ってくることによって、ほかも変わりますからね。その変化は、僕は彼らに委ねます。
──猿之助さんが演出する上で大切にされていることは。猿之助さん) 映像で次々に場面を展開させていますが、それをやりすぎると歌舞伎らしい大道具が全くいらなくなってしまいます。すべて映像で処理できてしまうから。そのうち役者もいらなくなったりして(笑)。それでは本末転倒、つまりハイテクとローテクをどう使うかには注意を払っています。最終的にその塩梅は好み。料理で言えば中華料理が好きなのかイタリア料理が好きなのか、それとも日本料理が好きなのか。うちは日本料理を出します。なんでイタリア料理を出さないんだと言われても、それは日本料理屋なので(笑)。全部の味を入れるとぼやけますので、そこは的を絞っていかないと。
──歌舞伎界におけるスーパー歌舞伎Ⅱはどんな位置づけにありますか。猿之助さん) スーパー歌舞伎Ⅱをやることによって、逆に「古典のほうが新しい」と思ってほしいんです。古典にも来てもらえるように、あえてやり続けたいと思っています。
──呼び水?猿之助さん) 新作流行りの昨今、それによって古典が浮き立つ。古典回帰の時流が必ず来ると思っています。いずれ古典のほうがお客様が入るようになったらうれしいな。
隼人さん) 猿翁さんがスーパー歌舞伎を始めたころは、それが現代のお客様の心を打つ、古典は古いという感覚があったのかもしれません。でも、お兄さんが仰ったように、こうして新作歌舞伎が増えているなかで徐々に世間が古典に興味を持ちだしていると感じます。実際、『新版 オグリ』を見た方から「古典の『小栗判官」を見たい」という声が多く聞かれます。古典をリスペクトしながら新作も盛り上がっていることは、すごくいい方向に向かっていると思います。
──最後に猿之助さんからひと言。猿之助さん) 『新版 オグリ』はなにも考えずに見て楽しいという作りにもなっていますが、「幸せとはなにかを考えて生きようよ。本当に今の生き方でいいんですか」ということも問いかけています。本当にあなたは幸せですか、電車で隣に座っている人も幸せですかって。そんなことも感じていただけるとうれしいです。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人