一組の男女が運命的に出会い、その3週間後に結婚、そして──。アビゲイルとショーン、二人の軌跡を回想していく
ミュージカル『HUNDRED DAYS』。公開稽古&取材会をレポートいたします。
藤岡正明さん、木村花代さん、板垣恭一さん
本作は「作詞作曲:アビゲイル&ショーン・ベンソン」というところからもお分かりの通り、実在の二人の物語を彼らのバンド「ザ・ベンソンズ」の楽曲で綴るミュージカル。しかも6人編成のロックバンド「ザ・ベンソンズ」がライブハウスで演奏をしているかのような形式でお芝居が進行していくというところもユニーク。今回、そんな俳優としての演技力に加えて、ミュージシャン的ライブ力・瞬発力も必要とされるアビゲイルとショーンを演じるのは木村花代さんと藤岡正明さん。暴走女子を木村さん、人見知り青年を藤岡さんというちょっと意外で、実はピッタリ?!なキャスティングも魅力の『HUNDRED DAYS』。開幕を約2週間後に控えた稽古場へお邪魔しました。
【公開稽古】
公開稽古では、冒頭からの数シーンが披露されました。まずは木村花代さん演じるアビゲイルが登場、客席(この日は取材陣)に語りかけます。
「生きるってことはつまり、悲しみの中にいることだと思う人、手を挙げて?」 彼女のペースでぐいぐい舞台を引っ張るアビゲイル。自らの生い立ち、そして運命の人ショーンのことを語り始めると、ギターを片手に登場するショーン、藤岡正明さん。アビゲイルとは対照的に、どこか遠慮がちにしゃべり始めるショーン。
こうしてファミリー・バンド「ザ・ベンソンズ」のライブが始まる~。このように観客もライブに興じながら、彼らとともに物語を、彼らの記憶を旅するような観劇体験が始まるのです。音楽を奏で始めると先ほどまでの人見知りショーンもどこかへ。力強いギターの響きが物語を押し進めます!
高らかに歌い上げ、ギターをかき鳴らす情熱、満面の笑み、互いに向ける優しいまなざし──。その一つひとつが彼らの歴史。アビゲイルとショーンが互いの過去を共有するのと同時に観客も二人の人生を共有していくのです。
フォーク調の耳なじみの良い音楽、力強いロック、心地よいハーモニー。木村さんのパンチのきいた歌声と藤岡さんの自在で伸びやかな歌声の相性抜群。お二人はミュージカル調の歌い上げも素敵ですが、本作ではまた一味違う魅力炸裂!
この日披露されたのは二人が出会い、互いのこれまでを共有し、共に暮らすことを決意する過程ですが、悲痛な叫びも穏やかな慈愛も燃え上がるようなパッションも生でダイレクトに伝わるこの贅沢感、心揺さぶられます。果たしてここからの展開は!!
「ザ・ベンソンズ」の音楽を思いっきり浴びるようなミュージカル『HUNDRED DAYS』、本番がますます楽しみになりました。
【取材会】
続いて取材会が行われました。
──作品の印象。藤岡さん) 第一印象は「なんて作品なんだ!」です(笑)。というのは、はじめに台本を読んだとき、その字面からだけではこの作品がどう伝わることがベストなのかをつかみにくかったんです。描かれていること、伝えたいことはもちろんわかるんですけど。それを生かすも殺すも俳優が作品にどう向き合って、どうお客様を巻き込んでいくのかにかかっている。とても実験的で挑戦的な作品だと思います。
木村さん) 最初に台本を読んだときに感じたのは「なんて素敵なご夫妻なんだろう」ということです。カフェで読んでいたのですが、運命の出会いにはじまり、終盤での二人の掛け合いが続く場面に至るころには周囲の目を気にしつつも号泣してしまいました。作品で描かれている夫婦像、愛に感動し、うらやましいと思いました。また、今、強く感じていることはアビゲイルの孤独。お客さんとして見たときに、アビゲイルと通じ合えるポイントはそこ(孤独)という方もいらっしゃるでしょう。結局、人は一人で生まれて、一人で死んでいくよね。だけど──、希望を持ち帰っていただける作品だと思います。
──木村さん演じるアビゲイルがまず舞台上に登場し観客と交流するなど、まるでライブのような形の舞台です。木村さん) 先ほど初めてみなさんを前にパフォーマンスをしましたが、本番ではおっしゃる通りお客様とコミュニケーションをとることになります。今日はいっぱいいっぱいになってしまいましたが、本番ではしっかりとお客様の目を見てやり取りできるように、そして「これは台詞なの?アドリブなの?」というところまで持っていければいいなと。あのパフォーマンスには、そんな作品世界へ引き込むという重要な役割があると思っています。
藤岡さん) いつもは稽古場ではお芝居を構築しブラッシュアップしていく作業がメインになりますが、この作品の場合はさらにその先、僕らが「ザ・ベンソンズ」というバンドになってライブの生の感覚を楽しむところまでいく必要があると思っています。その状態、空気を作って僕らがお客様の前に立てば、きっとお客様にも楽しんでもらえる作品になる!
──二人芝居であって、ただの二人芝居とも違うのですね。板垣さん) 通常のお芝居は会話。やり取りの中の感情の流れで台詞を覚えていくので多少“てにをは”が違っても(芝居として)通るのですが、この作品は壮大なモノローグで成り立っているようなところがあります。ダイレクトにお客さんに話かけていくので、常に次の展開を頭においてしゃべらないといけないので、俳優さんは大変そうだなと見ています(笑)。頑張れ!
──藤岡さん、木村さんの中のショーン的、アビゲイル的要素は。板垣さん) アビゲイルに必要な要素はブチ切れられる人であること。ショーンはギターが弾けること。
ブチ切れられる人と言われ(笑)!
藤岡さん) はい、僕はギター要員です(笑)。
板垣さん) もちろんそれだけではなく(笑)、実際のショーンさんは相当な人見知りでとても繊細と見受けられます。藤岡くんはそんなショーンさんの心根の優しさを表現できる人ですし、そんな藤岡くんを見たいという僕の思いもありました。
藤岡さん) 花代さんの印象は──。だってここで話しておかないと花代さん=ブチ切れている人で終わっちゃうでしょ(笑)。変化を求め続ける人。引っ越しとか好きじゃないですか?
木村さん) 模様替えは好き!引っ越しはしたくてもそうそうできるものではないので(笑)。
藤岡さん) 僕は引っ越し嫌い、新天地嫌いなんです。できることならシェルターみたいなレコーディングスタジオを作ってそこに籠っていたいタイプ。ほかにもビールも焼酎も決まった銘柄を飲み続けてつまみも毎日同じ。それで飽きない。保守的なんです。
木村さん) 私は飽きてしまう気がします。同じことはいや。新しいこと、変化を求めているタイプです。
藤岡さん) やっぱり!そんな花代さんの新しいものを求める感覚がアビゲイルの渇き、苦悩にとてもマッチしていると思います。それは僕にはないもの。その意味で自分はショーンに近いような気がします。
木村さん) 今回のアビゲイル役についても、「木村花代がロックミュージカル?!」と言われたことがあるんです。そうだよね、私が──と、一瞬落ち込みましたが、今はそんなイメージを払しょくしたいと思っています。ミュージカル女優として“現状止まり”だったらつまらない!ソプラノを封印して新しいことに挑戦します。変化を求める挑戦好きとして、現状に甘んじることなく頑張っていきます。
──お互いにぴったりですね。続いては実在の人物を演じることについて。木村さん) 実際、彼女が歌っている姿を映像で見ることもできます。声や歌い方や音楽性、生き方を研究したいとは思っていますが、演じるということはモノマネではないので、いずれにしても木村花代のアビゲイルになるでしょう。それを恐れずに、歌唱については音楽監督からもアドバイスをいただきながら作っていこうと思います。
藤岡さん) これは僕自身、俳優としての課題でもあるのですが、ただそこに存在することを恐れない。そんな芝居をしたいと思います。経験を積んでくると、あれこれ小技じゃないですけど小器用になってくるんです。でも、今回この役をやるにあたってはショーンに寄せるつもりも藤岡正明で居るつもりもなく、花代さんが演じるアビゲイルとのやり取りの中で自然とショーンに見える佇まいを突き詰めたいと思います。
板垣さん) 暴走系の女の子と教会で育って学校に行っていなかったという地味な青年、生息地域が真逆だった二人が出会ったからこそ強烈に惹かれ合った。この作品に限ったことではありませんが、そこではテクニカル的なこともさることながら、気持ちのもっていき方、何を大切にしている人なのかをしっかりと捕まえてほしいと思っています。僕は、実は人間同士、ショーンが大切にしていることと藤岡くんが大切にしていること、アビゲイルや花代さんが大切にしていることに大きな違いはないと思っています。ただそれをどう表現しているのか、表出のさせ方の違い、それがキャラクターの正体。それは俳優が考えずとも台詞に書いてあること。だからその台詞に対して自分なりの見方を見つけてしゃべれば自ずと適切な演技になる。トリッキーに役を演じるよりなにもしていないように見えたら勝ち。そんな話をしています。
木村さん) お二人のお話を聞いていて思ったことは、私自身がアビゲイルという女性に寄り添い、彼女をより理解したいということです。言い換えると“役と仲良くなる”。稽古序盤はどうしても覚えること、声のことなどテクニカルなところでやらなければならないことに追われていましたが、ここからは今まで以上に彼女と向き合うことが前に進んでいく一番の力になると感じました。
──本作はラブ・ソングで紡がれる物語。ラブ・ソングと言えば?板垣さん) すべての曲がラブ・ソングという解釈は、もともとそういう触れ込みだったわけではなく僕がしました。訳詞をはめているうちに、「全部ラブ・ソングだ!順風満帆だったわけではない二人だけど、この芝居はずっと夫婦ののろけを聞かされているのでは」と感じたんです(笑)。
藤岡さん) 昨年ラブ・ソング縛りでライブをしたのですが、あえてそこでは歌わなかった歌を挙げたいと思います(笑)。僕の中でのラブ・ソングはミュージカル『アニー』の「Tomorrow」。愛とは希望を持つこと。絶望の中では愛も見えない。じゃあ希望って──と思ったとき、それをシンプルに持っているのは子供。明日は幸せ!と言えることが愛なんです。
木村さん) そう思うと失恋の歌もラブ・ソングですし、平和を祈る歌もそう。私のオリジナルの歌を思い浮かべてもすべて愛の歌に思えてきます。私の周りには愛の歌が溢れていて一曲を選ぶことはできません!
──最後にキャストのお二人からひと言。藤岡さん) 若い方にも見てほしいというのが近頃の常套句ですが、この作品については個人的には50代、60代の方にもおすすめしたい!人生経験を重ねてきたからこそ響くものがあると思います。
一方で、作品のメッセージなどからはちょっと離れたところでお話すると。ミュージシャンをやっていてよかったと思っています。ショーンとしてギターを弾きながら歌い、芝居をする。これができるミュージカル俳優、今の日本には俺しかいないんじゃいかなって(笑)。でも世界にはざらにいる。その意味では、こんな形のミュージカルもあるということを、これからミュージカル俳優を目指す若い方にも見てほしいですし、この作品を上演することがミュージカル界の底上げになると思っています。
木村さん) 昨日、まさくん(藤岡さん)が話していた例えがすごく腑に落ちたんです。絶対に美味しいと思うんだけど、味見はしていない状態(笑)。きっと面白いと思うけど、見たことのないテイスト。そこを試しに来てください。もしお口に合わなかったらごめんなさいですが、きっと美味しいと思います!音楽も素晴らしいのでライブ感覚で音楽を聴くもよし、お芝居をがっつり味わっていただくもよし、俺も第二の藤岡正明になってやる!と決意するのもよし(笑)。様々な楽しみ方のできる作品です。劇場でお待ちしています。
【おまけ:お二人が好きな劇中ナンバー】
藤岡さん:M10の過ぎゆく年 / The Years Go By アビゲイルとショーン、バンドのみんなで歌うナンバーですが、とても美しい曲。秀逸なロックだと思います。アメリカというより、ヨーロッパ的な印象。スウェディッシュ、ブリティッシュな繊細な質感の一曲にご期待ください。
木村さん:M14奇跡の歌/ Bells 美しいメロディ、自然と涙がこぼれるような愛に満ち溢れた心温まるナンバーです。この曲はザ・ベンソンズの二人がはじめて一緒に作った曲でもあり、二人の思い入れも並々ならぬものを感じます。この曲を聴くと心穏やかになれるんです。
★ 取材から数日経っているのですが──、冒頭でアビゲイルが投げかける言葉「生きるってことはつまり、悲しみの中にいることだと思う人、手を挙げて?」、今もこの言葉が耳から、頭から離れないのです。100日を100年のように生きようとした二人の男女の回想録、ミュージカル『HUNDRED DAYS』、全編を駆け抜けたときなにを思うのか。楽しみです♪
★リクエスト受付中★ザ・ベンソンズ・ジャパンによる『HUNDRED DAYS』の日本初演を記念して、アンコール曲のリクエスト受付中!二人の声で聞きたいロックでポップなリクエスト曲、お待ちしてます。リクエストは
公式サイトから!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人