【『サンセット大通り』稽古場訪問】音楽監督・塩田明弘さんが語るアンドリュー・ロイド=ウェバー音楽の魅力

 いよいよ3月14日に、再々演の幕があがるミュージカル『サンセット大通り』

 かつて映画界に君臨した大女優で、いまはハリウッドのサンセット大通りにある屋敷に引きこもる主人公・ノーマ役は、日本初演から同役を演じ続ける安蘭けいさんと、再演から続投の濱田めぐみさんによるダブルキャスト。

 ひょんなことからノーマと同居生活を送ることになる若き脚本家ジョー役は、こちらも再演に引き続き出演の平方元基さんと、新たに参加の松下優也さんがダブルキャストで演じます。

 ノーマ・ジョーの組み合わせは【安蘭けいさん・松下優也さん】【濱田めぐみさん・平方元基さん】の固定制。演出の鈴木裕美さんのもと、各カップルがそれぞれにちがう魅力をより深く見せてくれそうです!


2012年の日本初演からノーマを演じ続ける安蘭けいさん。


ダブルキャスト制となった2015年の再演からノーマ役を演じる濱田めぐみさん。

 本作のもうひとつの大きな魅力は、アンドリュー・ロイド=ウェバーが生み出した “スリリングで、重厚で、優美で、甘美で、官能的で、ロマンティックで、不穏な” (※)音楽。

 2012年の日本初演から音楽監督をつとめる塩田明弘さんに、再々演ならではの見どころ、聞きどころ、本作の音楽的魅力について教えていただきました!
塩田さんインタビューより




指揮者、音楽監督として、数々の作品を手がける塩田明弘さん。
ミュージカルを愛するみなさまにはおなじみですね!


【ロイド=ウェバーから届いた新スコア。オーケストラ人数も増員!】


──3度目となる上演。音楽的になにか変わったことはありますか?

塩田:
 まず譜面(スコア)が変わりました。それに伴いオーケストラの楽器編成も変更に。近年さまざまな事情からオーケストラの人数が減らされることが多いのですが、なんと今回はプレイヤーが4人も増えたんです! ホルン、トロンボーン、ギター、それからエレキベースも入りました。より壮大なアレンジになり、登場人物の心情や時代背景をさらに深くオーケストラで表現できるようになりました。細かい修正を施した新しい譜面が、ロイド=ウェバー・カンパニーから届きましたので、それに基づいて演出家の鈴木裕美さんやキャスト、スタッフとともに作り上げているところです。



──新たな譜面を見た印象は?

塩田:
 新たなアレンジメントになることで変化したのは、登場人物、特にノーマの心情表現。より深みが出ています。情景描写もさらに強烈に見えるようにアレンジが変わったところもあります。表現がより立体的になっていて、これはもうニューアレンジと言ってもいいかもしれない。たとえば、ジョーを含めて映画界での成功を夢見る人たちが歌う「Let's Have Lunch」は、リズムが際立ち、より躍動感がある仕上がりになっています。さまざまな人物が入れ替わりに歌うのですが、その人によってリズムが変わり、性質が変わっていくのが顕著に感じられるアレンジになりました。
 全体を通して、たとえば豪華な舞台セットなどに頼らなくても、音楽だけで充分に満足できるようなアレンジになっていると思いますね。目をつぶって聞いているだけで物語が手にとるようにわかる、そんな音楽です。





インタビュー後に取材陣に公開された稽古より、ジョーとパラマウント撮影所の人々が歌う「Let's Have Lunch」。
(写真前方左より、戸井勝海さん、平野綾さん、平方元基さん)


【音楽が芝居をしている】


──ロイド=ウェバー音楽の魅力について教えてください。

塩田:
 ロイド=ウェバーは “現代のモーツァルト” と言われていますが、それに加えて僕は “現代のヴェルディ” でもあると思っています。「アイーダ」や「椿姫」「リゴレット」…ヴェルディの作品は音符そのものが音楽になっている。音の跳躍や進行を譜面通りに忠実に演奏することですべてが表現できるんです。音符に音楽が含まれているので、譜面のとおりに表現すれば、物語や登場人物の心情、作品のすべてが玉手箱から飛び出してくる。目をつぶっていても、音だけで情景描写が見えるんですね。ロイド=ウェバー作品も同じです。特にこの『サンセット大通り』は、“音楽が芝居をしている” 作品の筆頭。ロイド=ウェバー円熟期にかけての大作だと思います。



──『サンセット大通り』の楽曲について

塩田:
 この作品でロイド=ウェバーはノーマの感情を共有するような、ミュージカルならではのナンバーをたくさん書いています。哀愁をおびた「Surrender」や、ドラマティックに歌う「As If We Never Said Goodbye」など、ノーマの心情を映し出す楽曲が多いのがこの作品のひとつの特徴。このあと稽古場で見てもらう「With One Look」もノーマが歌う美しいバラードです。
 それから僕が大好きなのは序曲! 『サンセット大通り』はオーバーチュアの冒頭、不安をかきたてるような印象的な音から始まります。これは『ジーザス・クライスト・スーパースター』にもよく似ていて、どちらも重低音からスタートする。ロイド=ウェバーは重低音が大好きなんだよね(笑)。今回、足されたホルンやバストロンボーンは中低音がよく出るので、その特徴がさらによくわかるようになると思います。この序曲にマックスの歌う「The Greatest Star Of All」の旋律を使うのもすごくおもしろくて、巧みな手法。普通はノーマか、またはジョーの曲かなと思うじゃないですか。それがマックスなんですよね。常に影のようにノーマに付き従っているマックスがこの作品でどのような役割を果たすのか、それが伝わる序曲を得意の重低音で作っているんです。ゾクゾクしますよね。クラシカルで深い趣があって、憂いに満ちた曲です。



「音符そのものが音楽になっている」。塩田さんの言葉のとおり、ノーマが発する音ひとつひとつがその心情を語ります。
変拍子と不協和音、重低音。ロイド=ウェバーの十八番がつまった作品、それが『サンセット大通り』!
(写真左より、安蘭けいさんさん、松下優也さん)

塩田:
 そのあとにジョーが出てきて歌う「Let's Have Lunch」は、作品の時代背景を感じさせるジャズアレンジのナンバー。スリリングで、重厚で、優美で、甘美で、官能的で、ロマンティックで、不穏な序曲から、いきなりジャズになるんですね(笑)。この曲の特徴は変拍子。ジャズは普通、4分の4拍子ですが「Let's Have Lunch」は4分の4と4分の3で、4分の7拍子の奇数のリズムになるんです。一般的に偶数のリズムは自然で心地良いんですよ。(軍艦マーチを口ずさむ塩田さん)ね? それからワルツのリズム“ぶんちゃっちゃ”は4分の3拍子で奇数ですが、“ぶんちゃっちゃ・ぶんちゃっちゃ”と続くと偶数になって心地いいでしょう? でもロイド=ウェバーは“ぶんちゃっちゃ、ちゃ”と変拍子にしちゃう。歌う人にとっても難しいと思います。でもこの一瞬ノッキングするような違和感、これがおもしろいんです。同じくロイド=ウェバーお得意の不協和音とあいまって、不安定な心理や精神的に満たされない感覚を醸し出していますよね。(※ここで塩田さん、ピアノに向かい取材陣に不協和音について実演付きレクチャーをしてくださいました!) もうひとつジョーが歌うナンバー『Sunset Boulevard』も同じで、これが偶数拍子だとなんだか “のんき” な歌になる(笑)。8分の5拍子にすることで、なんともいえない不安な感じが出ています。「これから自分はどうなるんだろう」というジョーの気持ちが見えるような曲です。音符そのものが音楽になっていることに加えて、変拍子と不協和音、これがロイド=ウェバー音楽の特徴であり、『サンセット大通り』の音楽的おもしろさかもしれません。



【演奏と演技は正比例する】


──初演、再演を経て、作品の変化は?

塩田:
 登場人物たちの思いがより深く表現されるようになりました。キャストもスタッフも、形ではなく、もっと内面的な心の葛藤が伝わるようにと進化しています。音楽も、テンポやリズム、編成が変わり、音色が変化することで、役の心情の見え方がまた変わってくると思います。アレンジが変わることで物語の見え方が変わる。だからこそ何度も見たくなる作品なのかもしれませんね。



2015年の再演では安蘭けいさんと組んだ平方元基さん。今回は濱田めぐみさんノーマとのタッグでジョーを演じます。

塩田:
 それから今回は会場が国際フォーラムに。あそこはやっぱりサウンドが良い。これまで(初演、再演)は舞台の後ろでモニターを見ながらの演奏でしが、今回はオーケストラ・ピットが舞台前面になります! 音は明らかに変わると思いますよ。演奏者と演者がお互いの呼吸を直に合わせられる。歌う方も生の響きが聞こえることで声を出しやすくなるんです。オケが後ろだとマイクを通した電気的な音を聞くことになる。そこに声をのせるってなかなか難しいんですよ。たとえばみなさんカラオケでたくさん歌うと喉が疲れてくるでしょ? でも生オケだと疲れない。オーケストラの倍音に人間の声の倍音が乗るので、疲れるどころか心地よくなるんです。家のステレオで聴く音楽よりも、生で聴く音楽のほうが良く感じるのはそういうこと。俳優も同じです。生の音がよりクリアに聴こえることで、その音を使って芝居をすることができる。稽古場ではピアノに合わせて歌いますが、劇場でオーケストラの豊かな音を感じると、その響きに合わせて「ここはもっとこうしよう、ああしよう」と音と芝居が融合してリンクするんです。演奏と演技は正比例すると僕は思っています。今回の再々演は、譜面やキャストの違いもあるけれど、生の音にのせて歌うことでさらに深みのある演技と音楽を観客に届けることができるのが、一番の変化かもしれないね。オーケストラ・ピットが前にあると指揮者の頭が邪魔だと言われるかもしれないけれど(笑)、やっぱり生の音楽を目の前で演奏することによる臨場感、高揚感はぜんぜん違うと思いますよ。



──稽古場での音楽監督の仕事について教えて下さい。

塩田:
 音楽監督の役割は、スコアを見てその意図を読み解いて皆に伝えること。先ほど言ったとおり、譜面に忠実に演奏し、歌うことで、役の心情や物語が手にとるようにわかるようになる。だからこそ音の強弱やテンポ、フレーズ感、長さなど、譜面に書かれていることを僕なりに解読して、演出家や演者に伝えるのが音楽監督の仕事ですね。



初演からノーマを演じ続ける安蘭けいさんと組んでジョーを演じるのは、今回から新参加の松下優也さん。重厚な作品に新たな風を吹かせます!


──同じ譜面を歌っても、ダブルキャストそれぞれの違いも出てきて楽しめますね。

塩田:
 指揮者が変わると音楽も変わるように、演者が変われば芝居も変わります。人間は主観の生き物ですから、別の主観を持つ同士が組めば、また別のノーマとジョーになる。セリフや動きの間も変わってくるしね。でも上演時間は変わらない(笑)。指揮者としては歌のテンポは絶対に変えないようにしているんです。そのなかで音楽とどう対峙するかで芝居が変わる。それぞれの個性を尊重するので、舞台背景や音楽は同じでも、全くちがう作品のように感じられるかもしれないですね。
 たとえばノーマ役の安蘭けいさんと濱田めぐみさんは、当たり前だけど、ひとりの人間として内面に持っているものが違う。実生活でこれまでどう生きてきたか、これからどうしていきたいのか。強さや弱さ、プライド、劣等感…どれも少しずつ違うはずです。おふたりとも年齢を重ねて前回よりもノーマに近づいたことで、その違いがさらに顕著に表れてくると思いますね。ジョー役も同じです。再演から続投の(平方)元基くんは演技を再構築するだろうし、(松下)優也くんはまっさらからのスタートで新しい息吹を吹き込んでくれるはず。それを見て他の演者の芝居や歌い方も変わるかもしれません。稽古はまだこれから続きますから、お互い切磋琢磨しておもしろいものができあがるのではないでしょうか。音楽の使い方、間奏の利用の仕方もそれぞれに違いがありますよ。声を発しなくても、動きや目の使い方で心情がわかります。このノーマは、ジョーは、どんな心情で動いているのだろうと感じてほしいですね。たとえば、同じ卵とフライパンを使っても、味付けや火の強弱で出来上がる目玉焼きは別のものになる。スープの具材を大きく切るか、小さく切るかでも味わいは変わる。同じ音楽で、それぞれのノーマとジョーがどんな味わいを見せるのか、ぜひ楽しみにしてください。

 




 インタビュー終了後、一幕のノーマ登場の後すぐに歌われる「With One Look」と、ジョーとパラマウント撮影所の人々が歌う「Let's Have Lunch」の稽古が取材陣に公開されました。普段はダブルキャストごとに稽古をしているということで、4人のノーマとジョーが稽古場に集まるのはレアな機会! これからまだまだ芝居は変化していくはずですが、この日の時点での印象は、演者によってそれぞれ全く異なりました。

 安蘭けいさん演じるノーマは、どこか可愛らしく、セリフの間合いにコメディ的な雰囲気を感じることも。それだけに、ちょっとした“世間とのズレ”が際立ち、ふとしたことで不安定になる表情が哀れを誘います。大きな瞳が動くたびにこぼれだすノーマの感情。見つめる先に、拍手喝采する観衆が見えるような視線使いの巧みさはさすが宝塚歌劇団の元トップスターです。

 一方、濱田めぐみさんが見せてくれたのは、ジョーや観客とは全くちがう世界に生きているような狂気に包まれたノーマ。スター然として歌い上げる姿に、じわじわと恐怖がこみ上げます。彼女が語る過去ははたして真実なのだろうか? そんな気にさせるノーマでした。ふたりのノーマの解釈の違い、これはもう別の作品として見ることができそうで、楽しみは2倍に!

 ジョー役のおふたりも、それぞれ個性がにじみ出るキャラクター。仕事も金もなく、追い詰められているジョーですが、平方元基さんはあくまでスマートでプライドが高そうな、けれどもそれだけに焦燥感が伝わる役作り。松下優也さんは、冒頭の“ある男の死”を語る表情の“この世のものではない”感と、不穏でふてぶてしい“むき出し感”が新鮮でした。もちろんどの役も、見る方の“主観”によってまた印象が異なるはず。劇場でそれぞれのノーマとジョーを発見する楽しみがありそうです。

 このほか、ジョーと心を通わせる脚本家志望のベティ役に平野綾さん(歌声と存在感、ノーマとの対比に注目です!)、影のようにノーマに付き従う執事のマックス役に山路和弘さん、ジョーの友人・アーティ役に太田基裕さん。新たな化学反応が楽しみな新キャストに加え、初演から続投の浜畑賢吉さん(実在の映画監督 セシル・B・デミル役)、戸井勝海さん(シェルドレイク役)らもご出演です。

 哀れで、グロテスクで、滑稽で、愛らしい人間の生き様が、アンドリュー・ロイド=ウェバーの極上の音楽とともに描かれるミュージカル『サンセット大通り』。2020年3月14日(土)から29日(日)まで、東京国際フォーラム ホールCにて上演されます。





公演公式サイトはこちら
【公演情報】
ミュージカル『サンセット大通り』
2020年3月14日(土)から29日(日) 東京国際フォーラム ホールC

作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
脚本・作詞:ドン・ブラック、クリストファー・ハンプトン
演出:鈴木裕美
修辞・訳詞:中島淳彦
音楽監督:塩田明弘

出演:
安蘭けい / 松下優也
濱田めぐみ / 平方元基

山路和弘 / 平野 綾
太田基裕 / 戸井勝海 / 浜畑賢吉

小原和彦
坂元宏旬
杉浦奎介
橋本好弘
ひのあらた
藤浦功一
藤田遼平
若泉 亮
彩橋みゆ
家塚敦子
石井 咲
小此木まり
加藤梨里香
須藤香菜
福麻むつ美
(五十音順)

公演公式サイト

おけぴ取材班:mamiko  監修:おけぴ管理人
写真提供:株式会社ホリプロ  撮影:宮川舞子

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