「私はだれでしょう。だれであるべきでしょう」
日本放送協会の一室を舞台に繰り広げられる、誇り高き人々の物語。 こまつ座『私はだれでしょう』が帰ってきます!好演が記憶に新しい2017年公演のスタッフ・キャストが、この秋、再集結! 3年の年月を経て、それぞれがどんな姿を見せるのか。そして、あなたは何を思うのか。井上ひさしさんが遺したエネルギーに満ち溢れた素敵な音楽劇の深まりを実感した稽古の様子をレポートいたします。演出はもちろん栗山民也さん!
舞台となるのは、敗戦直後の日本放送協会の人気ラジオ番組「尋ね人」の制作現場。全国から届くはがきや封書をもとに、戦争で離ればなれになった人々を探す──その15分の放送に全国の人が耳を傾けている。
◆ 通し稽古が始まると、まず“耳”に飛び込んでくるのはトーン、トトーン、朴勝哲さんが奏でるピアノの音。やがてそれは前奏となり、舞台の上手下手から俳優たちが現れます。その表情、目線、歩く姿、まとう空気から、彼らが抱える大きな喪失感が伝わります。彼らがささやくように、語るように歌い始めるのは「耳」という楽曲。戦後の荒廃した東京がそこにあります。ただ、彼らが真空管ラジオに耳を傾けて、ラジオに向かって「ラジオの魔法♪」と歌う声は、そこに生きている人間が発している声にほかなりません。そしてその歌声を受け取っている自分がいる。そう思ったとき、“生身の人間が演じる”、“生の芝居”への喜びが、突如、溢れてきました。さらにはラジオから聞こえてくる声に、人々は何を求めたのだろうか。耳からの情報に、どんな想像力を働かせたのだろうか。さまざまな思いが心を駆け巡る、これは「芝居の魔法♪」。本作は混乱の時代を生きた人々の物語なのです。
場面は一転、ラジオ番組「尋ね人」を制作する分室に。個性的な面々が集まったところに「ラジオで“私”を探してほしい」とやってきた、記憶喪失の青年「山田太郎?」。太郎の「自分探し」を手伝ううちにラジオ局の人びとも自分自身を見つめることになり……。
この戯曲がもつ怒り、いわゆるテーマやメッセージは確固たるものがあり、3年前に観たときは2007年初演でありながら、「まさに、今のために書かれた戯曲だ!」と思ったのですが、2020年に改めて対峙すると
「まさに、今のために書かれた戯曲だ!」、その思いはより一層強くなっていました。その辺りは、ご観劇いただきそれぞれに感じ、考えていただくとして(いささか乱暴ですが・笑)。ここで声を大にしてお伝えしたいのは、作品のもうひとつの魅力、芝居としての圧倒的な面白さです。太郎はだれなのか、「尋ね人」という番組がどうなるのか、交錯する登場人物たちの人生の選択はいかに、え!まさかそこが繋がるの!というサプライズ、やがて浮き彫りになる真実……それが、ときに軽快な、ときに美しい、そして力強い歌に乗せて紡がれるドラマが、愛すべき登場人物のキャラクターが、見ている者の心を掴みます!もちろん面白おかしいだけの物語ではなく、悲しかったり、辛かったりと悲喜こもごもですが。すべてをまとめて、芝居として掛け値なしで面白い!
会話のキャッチボール、シリアスとコミカルの緩急、歌と芝居の切り替え、そこにこそ同じ俳優での再演の強みが顕著に現れています。芝居のメリハリ、テンポが心地よく、それでどうなるの?と次の展開に夢中になっているうちに、井上戯曲の真髄にたどり着くような感覚。稽古では、ときどき勢い余って芝居がスピンアウトしそうになる場面もありましたが(笑)、それぞれがしっかりと役を生きているので気付くとちゃんと役に、物語に戻っている安心感。
キャストのみなさんをご紹介します。
「尋ね人」脚本班分室長・川北京子には朝海ひかるさん。凛とした佇まいの中に見せる影、それでも気持ちを奮い立たせて使命を果たす。高潔な人を体現。そこから愉快な歌の場面になると、身も心も思い切り弾ける、そのギャップも魅力的な人間味あふれるキャラクターです。権力や矛盾に敢然と立ち向かう姿に、見ているこちらの背筋もシャキッと伸びます。ふと、前回公演時におけぴに届いた「お仕事ドラマとして見ると、川北さんは理想の上司」という感想を思い出しました。
分室のメンバーは、暴走しがちな(笑)ムードメーカー山本三枝子役は枝元萌さん。おそらく本人としては秘かに(、でもバレバレなのはご愛嬌)お芝居の脚本公募に挑む三枝子さんの口調はいつもどこか芝居がかっていて笑いを誘います。彼女の冒頭の長台詞で一気に観客の心をつかみます!パワフル!そこに水を差すのが、この分室の片隅にデスクを構える放送用語調査室主任の佐久間岩雄。演じるのは大鷹明良さん。「まっとうな日本語」に厳しい反面、放送では「忖度した表現」に置き換える。三枝子さんとは犬猿の仲のようだが、その丁々発止のやりとりには抜群のコンビネーションが光ります。ちょっと皮肉屋さんだけど、根はチャーミングな佐久間さんです。そして、もう一人の若き分室員・脇村圭子を演じるのは八幡みゆきさん。ハツラツとして、真っ直ぐな圭子ちゃんをさらに魅力的に見せてくれます。ダンスのキレ!
占領軍、CIE(民間情報教育局)のラジオ担当官として着任したのは日系二世のフランク馬場。吉田栄作さんが演じるフランクはスマートで冷静ながら、その内に熱い思いをたぎらせている。アメリカでの生活も長く、且つ、出身が神奈川県と、フランクと縁浅からぬ吉田さん。あてがきでないことはわかっていても、そう思えるほどの当たり役です。
組合費やカンパの徴収にかこつけて、ちょくちょく分室にやってくる組合書記の高梨勝介には尾上寛之さん。一本気な高梨の存在感、ドラマがぐーんと増しています! 登場からそこに高梨がいる。寝食を惜しんで組合の活動に励む青年はまぶしさと危うさを感じさせます。そして、お待たせいたしました「私はだれでしょう」とやってくる山田太郎?役は平埜生成さん。失った記憶と無意識に反応する身体能力や語学力、その狭間で葛藤する太郎。自分を取り戻す過程を若さいっぱいに演じます。平埜さんはまさに七変化!多才さをフルに発揮します。高い身体能力を活かしたタップやアクションなどのシーンでも見せ場たっぷりですが、やっぱり最大の魅力はお芝居。平埜さんと尾上さんの芝居で、太郎と高梨の人生の歩み、その交わりというもうひとつの軸をより強く感じました。そこに、セリフの中だけで登場する川北の弟、彼の人生も重ねたくなります。
川北とフランクの生き様、青年たちのこれまでとこれから、分室で幾重にも重なる人生ドラマ。より深まり、より重層的になったと同時に、ポップにも感じる2020年の『私はだれでしょう』、その奇跡を劇場で体感してください!
◆ “まっとうな日本語”、“自由な意見が言える世の中”を提唱する一方で、“コトバの煙幕を利用して当たり障りのない、つまりは忖度した原稿にする”、“二枚舌”という現実。報道とは、放送とは。そんな分室でのやりとりには、正直、耳が痛いところもあります。また、「おそらく……ソング」「ぶつかって行くだけ」で語られることもズシリと響きます。今年のこまつ座がテーマに掲げた<発信する側と受信する側>の覚悟、まさにそのど真ん中をいく作品です。
「尋ね人」という番組に届く手紙、川北京子らの仕事、そして演劇、そのどれもが血が通っていると感じさせるものです。生きた人間の言葉だからこそ届くものが劇場にある。まだまだ状況が許さないという方も多くいらっしゃると思いますが、また皆が心置きなく劇場へ通える日まで、演劇を未来に繋ぐ。感染予防に努めながら上演をする! こまつ座の覚悟を感じる明るく楽しい稽古場でした。
写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki 監修:おけぴ管理人