シェイクスピアの『ソネット』集に題材を取り、「詩人、ダークレディ、美青年」に加え『ロメオとジュリエット』『オセロ』『夏の夜の夢』『ヴェニスの商人』などの登場人物を通して描き出される光と闇の世界。2011年、新国立劇場での初演以来、各地で上演されてきた『Shakespeare THE SONNETS』。中村恩恵さんと首藤康之さんがともに創作し、踊られてきた本作に出演する新国立劇場バレエ団のダンサー・小野絢子さんにお話を伺いました。記事後半では、同じく本作に出演する渡邊峻郁さんからのコメントもご紹介いたします。
(お二人はそれぞれ米沢唯さん、首藤康之さんとのダブルキャストになります)【小野絢子さんインタビュー】【シェイクスピアの作品を旅する、誰かの頭の中を覗いているような時間】
小野絢子さん
──まずは、改めまして2020/2021シーズン開幕おめでとうございます。 オープニング作品『ドン・キホーテ』が無事に千穐楽を迎えられたことを嬉しく思います。今シーズンは新たに吉田都芸術監督を迎えてのシーズンだったことに加えて、コロナ禍という予期せぬ事態も重なり、多くの変化に対応しなくてはなりませんでした。先が読めない状況でのオープニング作品が、こうして無事に全公演上演できたことは奇跡のようなこと。関係者やお客様のご尽力、ご協力に感謝をしています。
──続いての公演は『Shakespeare THE SONNETS』ですが、作品へはどのような印象を持たれていましたか。 過去に恩恵さんと首藤さんが踊られた公演を拝見しておりますが、お二人が作り出す世界に強く引き込まれたことを記憶しています。全体的に仄暗く、中劇場の客席を中通路までつぶした劇場空間は客席から舞台を見ているというより、まるで同じ空間に身を置いているような感覚でした。休憩なしで1時間を超えると聞くと長いと思われる方もいるかもしれませんが、私はそれほど長くは感じませんでした。それはシェイクスピアの作品を旅するような、また、誰かの頭の中を覗いているような時間でした。
──シェイクスピアの『ソネット』というと「難しいのかな」と構えてしまうところもあります。 詩の世界は、ひとつの言葉や文章に対して、その意味が一つに断定されるものではありません。その意味は受け取る人に委ねられるところが大きい。そんなに難しく考えるのではなく、イメージを膨らませて“考えること”を楽しんでいただければと思います。もちろん単純なものでもありませんが、わかりやすければ面白いかというと、私は決してそうは思いません。この作品も、ダンスを見ながら詩を読んでいるような感覚でお楽しみいただければと思います。
また、シェイクスピアの作品をご存じの方は、「これはあの作品だな」と気づく面白さがありますが、ご存じなくても楽しめる作品です。なぜならシェイクスピアは人間を描いているので、二人の間に生まれる感情、そのドラマを見るだけでも十分に面白いのです。
【二人のアーティストと共に】
撮影:鹿摩隆司
──中村さんや首藤さんとは以前にもお仕事をされていますが、振付や創作の特色は。 今回は既存の作品となりますが、お二人とは昨年も再演した『ベートーヴェン・ソナタ』で、一から作品を創作する過程もご一緒させていただきました。まず、恩恵さんは頭の中にはスーパーコンピューターがあるのかしら? と思うくらいの方です。図書館にある本をすべて読まれているのではないかというほど豊富な知識量をお持ちですが、その上で、それにとらわれることなくご自身から生まれるもの、感性を大切にされるアーティストです。
──本当にスーパーですね! 恩恵さんのスイッチが入った瞬間、彼女の頭の中から、身体からイメージが溢れ出るのですが、たいてい私は取り残されます(笑)。
──振付についてはいかがですか。 関節が私より100個くらい多いのではないかと思うほど自由で、強くてしなやか。派手な動きというより、ふと振り返る、すっと手を差し伸べる、それだけでそこに世界が広がるところにあると思います。真似できない領域です。
──先ほどおっしゃった、誰かの頭の中という表現。シェイクスピアの頭の中であると同時に中村さんの頭の中でもあるのですね。 はい、振付家の頭の中にあるものを、私たちを通して表現できたらと思っています。
──首藤さんの印象は。 首藤さんはダンサーという言葉で括るより、舞台人、アーティストという印象です。立っているだけで、そこが作品になる力を持っている方です。恩恵さんもそうですが、一つひとつの動きに意味が、言葉がついているような感じがします。ムーブメントがないところでも世界がどんどん広がります。
──立つ、歩くといったシンプルな動きについては吉田都芸術監督も大切にされているとおっしゃっています。 舞台に立つということはそういうことなのだと思います。首藤さんには、生涯舞台に立ち続ける方の美しさが備わっています。
──リハーサルはどのように進められていますか。緊迫した様子なのでしょうか。 集中はしています。また、これまでに上演されたものをもとにしていますが、例えば体格的なことを言っても、恩恵さんと首藤さんの場合と、私と渡邊さんでは違うので、実際に踊るのを見ながら変えてくださっています。
教えてもらうというより、提案をしてくださる。私たちに寄り添って、一緒に模索しているようなリハーサルです。それによって、先ほどお話した体格的なところだけでなく、演者が変われば見え方も変わる。それがより色濃く出ると思います。
【心地よく想像力が駆り立てられる作品】
撮影:鹿摩隆司
──男女、二人で人間の感情を物語っていく本作の衣裳や音楽についてはいかがですか。 衣裳替えがたくさんあるんです。小道具もたくさんあるので、踊ることに加えてそれらも……と思うと恐ろしくもあります(笑)。音楽はこの作品がもつ心地よい緊張感と吸い込まれていくような求心力、それにふさわしい音楽になっています。踊りについて、ステップがステップになってはいけないのと同じように、音楽も感覚的にとらえていかなければなりません。1、2、3で数えられればいいのですが、そのようにカウントで当てにいこうとすると音楽的ではなくなってしまいます。音にはまっていることが音楽的というわけではないので。それはクラシックバレエにも言えることだと思います。
──では、改めて本作のみどころは。 男性が詩人を演じるので、私たちの場合は渡邊さんが物語の主軸となり、私は彼の話の登場人物になったり、彼を惑わせる存在を演じます。また、バレエダンサーが舞台でしゃべるという機会もあまりないので、そこも楽しみにしていただければと思います。渡邊さんは素敵な緊張感を出せるダンサーなので、この作品にとても合っていると思います。
ダンス公演を見ながら、本を読んでいるような感覚になる、心地よく想像力が駆り立てられるような作品です。自由な感覚で、シェイクスピアが描いた「人間」を味わってください。
【11月28日14時公演で小野絢子さんとパートナーを組む渡邊峻郁さんのコメントが届きました】渡邊峻郁さん
本作では首藤さんや渡邊さん、男性ダンサーが演じる詩人がセリフをしゃべるというのも気になるポイント!稽古の様子や“しゃべる”ことについて興味深いお話の数々です。
──リハーサルの雰囲気はいかがですか?また、恩恵さんや首藤さんからリハーサル中に受けた言葉で印象的なものや、印象に残っているエピソードはありますか? リハーサルはお二人が優しく丁寧に教えてくださるので気張らずにリラックスして行うことができています。毎リハーサルごとに新しい発見やなるほどと思うことがあり、とても充実したリハーサルになっていると思います。
リハーサル中お二人がお手本を見せてくださることが多いです。素晴しくて勉強になるのですが、普通に感動して見とれてしまってやり方や仕組みを見逃してもう一度やっていただくということが結構あります(笑)。
最近のリハーサルで恩恵さんが、踊りでコントラストを出すことについて、例えば黒を描くとしてそれはどの紙にインクなのか絵の具なのか墨汁なのか、色は濃い真っ黒なのかそれとも薄いのか、それでどのように描くのか、それで黒っていう色でも沢山の描き方、濃淡の使い方ができる、それを身体で表現してほしいと話してくださったのが凄く印象的でなるほどと思いました。そんな風に色を使い分けて踊りの濃淡を『Shakespeare THE SONNETS』で出せるようになりたい、練習しなければと思いました。
──小野絢子さんとはどのようにコミュニケーション取りながらリハーサルを進めていらっしゃいますか? 小野さんとは、最近振りがひと通り入って二人が組む上で綺麗に見えて身体に負担がかからない距離感とリフトの高さや立ち位置などを模索中です。恩恵さんに首藤さん・米沢さんのバージョンとはちょっと違う、僕たちのバージョンに少し変えていただいたりしていますね。小野さんは一緒に踊っていてステップ一つひとつが綺麗で見とれてしまいます(笑)。
──セリフを喋るというのは、ダンサーとしてチャレンジになるかと思いますが、その点どのように取り組んでいますか? 今回初めて舞台でセリフを喋らせていただくことになりましたが、首藤さんが「一つひとつの言葉を丁寧に語りかけるように、日本語は英語などと違って言葉の最初より最後をしっかりと喋るといい」などいろいろ教えてくださるので勉強になります。まずはセリフがしっかりと頭に入るようにお風呂や空き時間に練習しています。
──『Shakespeare THE SONNETS』という作品の魅力は?どういう点をお客様に楽しんでいただきたいですか? 個人的に気に入っているところがあって、男性が奥からでてきて本のページをめくる所作から作品が始まるのですが、そこからソネットの世界にぐっとひきこまれます。
二人のダンサーが様々な役を踊りわける(いろいろな男女の関係性を見せる?) というのも、魅力でありダンサーの力の見せ所だと思います。
また、黒と白を基調とした衣裳と照明がソネットの世界に独特なコントラストのある雰囲気を作っていて素敵です。
今回ソネットを踊らせていただくにあたってソネットの詩集を読んだのですが、(お客様はきっともう読まれた方が沢山いらっしゃると思いますが)読むことで『Shakespeare THE SONNETS』の世界をもうひとつ深く楽しめると思います。僕も今もう一度読み直しているところです。
撮影:鹿摩隆司
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人