こまつ座 第135回公演『日本人のへそ』観劇レポート

劇作家 井上ひさしの原点!『日本人のへそ』、10年ぶりの上演スタート!

 3月6日より紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて開幕した、こまつ座『日本人のへそ』。好きなものをあれやこれやと詰め込んだら、お弁当箱のふたが閉まらない!そんなハイカロリー状態ながらペロリといただけてしまう趣向の数々。そんな、いただくほうはしっかりたっぷりエナジーチャージ、演じるほうは──心身ともに大変なカロリー消費かとお察しします(笑)。




 『日本人のへそ』は、1969年に劇団テアトル・エコーに書き下ろした井上ひさしさんの劇作家デビュー作。喜劇であり、ミステリーであり、言葉の芝居であり、和製ミュージカルでもある本作。2幕仕立て、約3時間(休憩含む)の上演時間の内訳が、第1幕が約1時間50分、第2幕が約50分というのも珍しいのですが、その展開も独特です。1幕は、とある大学教授が提唱する吃音症の治療と称した劇中劇で描く浅草ストリッパー・ヘレン天津の一代記! 一転、2幕は推理劇となり、どんでん返しの連続に、なにが本当でなにが嘘? すっかり翻弄されるうちにたどり着くのは──。晩年の井上作品とは、またひと味違う魅力にあふれる作品です。演出はもちろん栗山民也さん!

 東北出身のヒロインが集団就職で上京し、身ひとつでのし上がっていく(のか、欲望や権力に飲み込まれ、流されていったのか…)過程を歌あり、コントありで描く1幕。ヒロインが電車に揺られ上京する場面で“教授”役の山西惇さんが東北本線の駅名を順に唱える“超”長台詞、次第に上野が近づき、耳慣れた駅名になると「あと一息!がんばれ!着いたー!」と不思議な高揚感。エキサイティング! 冒頭から、これは間違いなく山西さんの代表作になると確信!



 なにも知らない少女が東京への憧れを胸に上京。無邪気なふるまいと、その肉体を男たちは放っておきません。やがて浅草の華!ストリッパー・ヘレン天津になる女性を演じるのは小池栄子さん。ほかの俳優がいくつもの役を演じるなかで、ひとつ役を演じる作品の軸、その大役を見事に果たしています。夢見る少女の瞳、立ち姿の隠し切れない美しさ、そこから1幕ラストまでの変貌を鮮やかに魅せます。それは見た目だけでなく、お国訛りが消えていく──彼女が話す言葉でも表現されます。そして、台詞でナチュラルに笑わせる、名コメディエンヌぶりもいかんなく発揮されています。これは間違いなく小池さんの…と、同じことを書きそうになるほど本当に本当にみなさんが魅力的なんです!



 “会社員”ほかに扮するのは井上芳雄さん。ゲスな父親、軽薄なチンピラなどなどプリンスではないのはもちろんのこと、これまでこまつ座で演じてきた小林多喜二や宮沢賢治とも違う井上さんがいます。ただ、これは小池さんやほかの俳優さんにも言えることなのですが、猥雑な作品世界においても、どこかに清廉さを感じさせる、それが救いになっているところがあります。それは井上さんがもつ清潔感、“会社員”がもつ潔癖さ、さらに……、劇中劇という入れ子構造が巧みに惑わせ、やがて明かされる。とても奥深さを感じさせる芝居であり、キャスティングです。井上さんが、あのミュージカルのあのシーンをというお楽しみも♪



 「スゴイ!」と、思わずマスクの下で声を発しそうになったのはクリーニング店の娘からの驚異の早替えを見せた朝海ひかるさん。キャラクターの変化はもちろん、真ん中に立った時の存在感からアンサンブルを奏でるひとりとしての調和する芝居まで、今や井上作品に欠かせない朝海さん、さすがです。“アナウンサー”という響きに、『私はだれでしょう』を思い出したりもしました。そして、『きらめく星座』のジャズ好きのお父さんを演じた久保酎吉さんも30代の“審判員”をハツラツと演じます。冒頭の腰をかがめて踊る東北のお母さんたち(結構な八百屋での中腰ですよ!)、浅草コメディアンの悲哀を描いた場面などの身体を駆使した芝居はアッパレ。ヒロインの性の流転を三拍子のリズムで歌う半ズボンに蝶ネクタイの合唱団(⁉)シーンの安福さんとの並びは眼福!(あっけらかんと歌われる、その歌詞の内容にぞっとしますが)

 そんな井上ひさしさんの言葉、台詞、そして音楽(ピアノ:朴勝哲さん)を届ける名手たちが全員芝居で届ける『日本人のへそ』なのです。



 本当に動きも言葉も、1幕は2時間全力ダッシュ!のような勢いで進む、それもコントの連続のような芝居。幕間には一緒に駆け抜けた達成感(座っていただけですが)すら覚えるのですが、そこから若干競技が変わり(笑)、2幕はでんぐり返し大会のような「ええっ!!」の連続。いつもながら、あっという間の3時間です。

 ほかにも土屋佑壱さんの“右翼”からのあれこれ、前田一世さんの“鉄道員”からのあれこれなど書き出したら止まらないのですが、それはぜひ劇場で味わってください!(配信も発表されましたので、劇場でのご観劇が難しい方はおうちでも!)



 また、浅草の場面では、視覚はもちろん、台詞や歌で余すところなく街の活気が表現されます。香具師(やし)の口上のような七五調のリズムの心地よさ、ダジャレや語呂合わせ満載で日本語の楽しさが凝縮されています。(言葉遊びは冒頭のカタカナ国のお話でもさく裂!)

 このように、浅草の街やストリップ劇場での描写や東北、吃音など井上ひさしさん自身の経験も色濃く反映された戯曲。初期作品特有のタブーなしの力強い筆力、ショッキングな描写もあるのですが、その根底にはストリッパーやコメディアンという登場人物たちへのリスペクトや愛情があり、街がかかえる悲しみが描かれます。そして親分や政治家、先生といった権力(者)や人々の変わり身の早さへの怒りも。それは井上さんから届けられる一貫したメッセージ。30代半ばで書かれたということに、改めて驚愕。
 
 舞台上と客席、そこに渦巻くエネルギーに身をゆだねる。それによっていろんな感情が呼び覚まされて、揺さぶられて、帰りの電車では「劇場はユートピアだ」と叫び、泣きたい、そんな衝動に襲われました。思い返せば、観劇中から感情の蛇口は開きっぱなしでしたね。知らぬ間に日々抑制されていた感情の発露、それが自分にとってどれだけ大切なことなのか。演劇によって気づかされました。


わたしたちはあらゆるものから自由でありたいとねがっています(中略)
それほどまではげしく自由でありたいとねがっているのに、
わたしたちは四方八方から束縛されて生きてゆかなければならないのです。
──井上ひさし(公演チラシより引用)


【公演情報】
こまつ座第135回公演『日本人のへそ』
2021年3月6日(土)~28日(日)@紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
2021年4月1日(木)~4日(日)@新歌舞伎座
2021年4月6日(火)・7日(水)@横浜関内ホール 大ホール
2021年4月10日(土)@多賀城市民会館 大ホール
2021年4月17日(土)・18日(火)@日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

作:井上ひさし
演出:栗山民也
出演:井上芳雄、小池栄子 / 朝海ひかる / 久保酎吉、土屋佑壱 / 前田一世、藤谷理子、木戸大聖 / 安福毅、岩男海史、山﨑薫、大内唯 / 山西惇
ピアノ:朴勝哲

こまつ座HPはこちらから

おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人

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