新国立劇場 演劇 シリーズ「人を思うちから」第三弾『キネマの天地』稽古場レポート



 新国立劇場 演劇2020/2021シーズン、日本で親しまれ続けてきた名作をお届けするシリーズ「人を思うちから」のラストを飾るのは、1986年に井上ひさし作・演出で初演された『キネマの天地』

 映画作りに情熱を傾ける人々を描いた映画『キネマの天地』(監督山田洋次、井上ひさしも作者の一人として参加)の続編として井上さんが描いたのは舞台・演劇の世界。映画出演のために集められた4人の銀幕スター女優たちと映画監督、助監督、万年下積み役者が織りなす、井上流推理喜劇が小川絵梨子芸術監督の演出で立ち上がります

舞台は昭和10年、築地東京劇場。
そこに集められたのは、人気の若手女優の田中小春(趣里さん)、妖艶な魅力で世の男性を魅了するヴァンプ役で人気の滝沢菊江(鈴木杏さん)、日本のお母さん的な存在で有名な徳川駒子(那須佐代子さん)、そして説明不要の大女優の立花かず子(高橋惠子さん)。
4人を集めたのは映画監督で、やはり大女優だったが昨年、舞台上演中に急死した松井チエ子の夫でもある小倉虎吉郎(千葉哲也さん)。小倉監督と東京帝大出の助監督の島田健二郎(章平さん)は、万年下積み役者の尾上竹之助(佐藤誓さん)を刑事に仕立てて、松井殺しの犯人探しのために招集をかけたのであった。
果たして犯人は──。


 小川さんを中心に、演劇を愛し、演劇と向き合うキャスト・スタッフのみなさんの集う『キネマの天地』稽古場の様子をレポートいたします。



鈴木杏さん、那須佐代子さん、高橋惠子さん、趣里さん

 “4人の女優”を演じるのは、高橋惠子さん、鈴木杏さん、趣里さん、那須佐代子さん。もうその顔ぶれだけでワクワクですよね! 女優が女優を演じ、さらには劇中劇でも女優を目指す4姉妹を演じるというおまけつき、二重三重に面白さが仕組まれています!

 この日の稽古も、その劇中劇、犯人あぶり出し作戦のための舞台『豚草物語』の読み合わせのシーンから。





 このシーン、笑いをこらえることができません! 台本の内容もさることながら、なんというか、いわゆるトンチキ芝居と言いますか(笑)、みなさん我が道を行く演技なのです。趣里さん演じる若手女優は元気いっぱいで、なかなか強烈な棒読み(笑)。高橋さんと那須さんが演じるベテラン女優たちは台詞を発しているとき以外は正面切ってニコニコ芝居。どうやら「お客様は私たちスターの顔を見に来ている」という哲学をお持ちのようです。それぞれプライドを持った堂々たるお芝居がなんとも滑稽。




 そして、ついに鈴木さん演じる滝沢菊江が業を煮やして抗議! 菊江は、今はヴァンプ女優として有名ですが、もとは新劇、舞台育ちという自負があり芝居の“アンサンブル”を大切にしているという自らの演劇論をぶちまけます。「みなさんのは映画の芝居で舞台は……」なんだか巷でよく聞くような指摘(笑) ですが、それを黙って受け入れる……わけもなく、互いに皮肉をたっぷりと交えながらの歯に衣着せぬやり取りがコミカルに描かれます。




 隠し切れない上昇志向、控えめに振る舞いつつお姉さま方の動向を敏感に察知する要領の良さも垣間見える小春を趣里さんがクルクル変わる目の表情で憎めないキャラクターに、先輩にも臆することなく物申す強めの菊江を鈴木さんが強いまなざしとしっかりと届く台詞で説得力十分に演じます。ちょっとした視線の落とし方でヴァンプ女優としての色気もにじませる!




 日本のお母さんこと徳川駒子を演じるのは那須佐代子さん。先輩を持ち上げるようでチクチク、若手をチクチク、曲者駒子がイイ! そして、高橋惠子さんは大女優の立花かず子として、やや浮世離れしたザ・映画スターらしく美しくたたずみます。スッとしているからこその台詞の面白さも!


 職業病自慢にちょっとズレた競い合い、言いたい放題な4人ですが、どこか憎めない、なんなら共感すらしてしまうのは、言葉に実(じつ)があるから。生半可な気持ちで女優をやっている人はいないのです。誇りをもって芝居に身を、人生を投じている。そこに劇作家・井上ひさしさんの芝居、そして俳優への深い愛情を感じます。


 一方、こちらは男性3人。



章平さん、佐藤誓さん、千葉哲也さん

 犯人あぶり出し作戦の大役、築地署の刑事としての出番前から、ことあるごとに4人の女優のやり取りに首を突っ込む尾上竹之助をたしなめる小倉監督と島田助監督という場面です。




竹之助の芸術論、人間賛歌に思わず耳を傾ける4人の女優

 人一倍芝居愛が深く、思いがけず舞い込んだ大役に張り切る竹之助を演じるのは佐藤誓さん。名もなき役をいくつも演じてきた売れない役者のプライド、それはうまく化けて同一人物だとバレないこと、裏を返せば一向に顔を覚えてもらえないという悔しさもにじませます。演劇や劇場に関わるさまざまな立場の人物として登場し、4人を説き伏せる竹之助の七変化!お楽しみに。

 

 女優たちを相手にたじたじな島田助監督“健坊”には章平さん。ワイルドな印象が強い章平さんの新たな一面! 可愛らしくて聡明なインテリ助監督の絶妙なふるまいも見どころです。



 最後にご紹介するのはすべての仕掛人である監督・小倉虎吉郎を演じる千葉哲也さんです。妻殺害の犯人探しのために集めた女優たちの芝居、やり取りを、やや離れたところから見つめる監督の存・在・感! どうしても華やかな舞台の真ん中の女優たちに目を奪われてしまいますが、小倉監督の挙動にもご注目ください。男性3人の役どころを突き詰めていくと、真ん中を輝かせるための縁の下の力持ちかもしれませんね。



 演出を手掛ける小川絵梨子さんにとって本作は、かつて学校の演劇部での上演で小春役を演じた思い出の作品。「どうしてもやりたかった作品の一つ」とコメントされています。(【公演NEWS】新国立劇場『キネマの天地』小川絵梨子、井上ひさし作品初演出!

 思い入れのある作品に向かう姿勢は……、やはりいつもの小川絵梨子さんでした! 1つのシーンが終わると、車座になって(といってもこのご時世、しっかりとソーシャルディスタンスはキープ!)気づいたところをシェアする。すぐに答えの出ない、この後で試してみましょうという場面ももちろんあります。また、ひとつの台詞の方向が変わるとそれに付随して次の台詞も見直さなくてはならないといったことも生じ、それに対して俳優側から提案や質問が投げかけられることも。そうやって誰に向けて発する台詞なのか、その根底にはどのような衝動があるのかを丁寧に積み上げていきます。

 また、演出とは少し違うのですが、井上作品の特長でもある長台詞を自分の言葉にしていくエクササイズ(のようなもの)の紹介も印象的でした。頭に入れた台詞を心、腹、そして自分自身に落とし込んでいくことで芝居が変わってくる。それによって日常のようなカラフルな会話になる。なるほど! 膝を打つ取材スタッフでした。


 初演は井上さん自身が演出を手掛けた本作。その後、栗山民也さん演出版も上演され、今、小川絵梨子版の『キネマの天地』が上演される。作・演出を同じ人が手掛ける強みは当然ありながら、こうして次の世代の演劇の担い手によって新たに解釈、構築されることで戯曲が受け継がれていくことの尊さ。それを実感しました。もしかしたら井上さんが思ってもみなかった解釈もあるかもしれません。でもきっとニコニコ見守ってくれていることでしょう。

 「ウソをホントーのことに化けさせるのがお芝居」
 「すべての優れた芸術はみな人間への讃歌」


 井上さんが遺した宝物のような台詞に込められた演劇への愛、俳優への尊敬、お客様への感謝……最後に、ふっと「人を思うちから」というシリーズタイトルが心に残る、シリーズの締めくくりにピッタリな作品になりそうです。


【公演情報】
新国立劇場『キネマの天地』
2021年6月10日(木)~27日(日)@新国立劇場 小劇場
(6月5日[土]・6日[日]プレビュー公演)
<スタッフ>
作 井上ひさし
演出 小川絵梨子

<キャスト>
高橋惠子 鈴木杏 趣里 那須佐代子
佐藤誓 章平 千葉哲也

公演HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/kinema/

☆本公演は新型コロナウイルス感染予防、拡散防止対策をとって上演いたします。
https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017576.html


おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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