強度を増した続投キャストに、新キャストの新たな鼓動が加わり進化し続ける
ミュージカル『レ・ミゼラブル』、2021年公演も力強く上演中!
本日、5月30日のおけぴ観劇会まくあいマップにもご登場いただいている、
エポニーヌ役の屋比久知奈さんのスペシャルインタビューをお届けします。
(※エポニーヌはトリプルキャストです) 「これが再演というものか」── 屋比久さんがエポニーヌとして舞台上に登場した時の存在感、マリウスとの距離感、そして一幕ラスト「One Day More」での歌声の突き抜け感。芝居は深まり、持ち前の歌唱力はさらに磨き上げられ、その進化に、はっ!とされられた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
屋比久さんが初めて挑む「再演」の舞台、改めて感じる作品の魅力、エポニーヌというキャラクターについて……インタビュースタートです。
(※開幕前にリモートにて取材いたしました)写真提供/東宝演劇部
2019年公演より
【初めての再演】
──2019年に続いてエポニーヌ役でご出演されます。 実は、今回の公演は私にとって初めての「再演」なんです。同じ役を再び演じるという経験がなかったので、どうなるんだろうと思いながらのスタートでした。前回も『レ・ミゼラブル』(以下、レミゼ)に出演するにあたって、作品についても役についても私なりに悩み、解釈し演じました。その経験はかけがえのない大きな価値のあるものです。ただ、今回、2回目のレミゼの稽古をしていて感じるのは、こんなにも解釈や表現の選択肢があるんだ!ということです。エポニーヌというキャラクターについても、より多面的にとらえることができ、2回目にして、より新鮮な感覚で作品と向き合っています。この2年間の出会いや経験、私自身が年齢を重ねたことで見えるものが増えてきたのかな。そんなことも感じています。
見え方の違い、これはエポニーヌだけでなく、ほかのキャラクターについても言えることで、「この役はこういうイメージ」と思っていたものが、「もしかしたら…」と違う角度から見ることでちがう解釈ができる、そんな発見がたくさんあります。それはきっと演じる側だけのことではなく、お客様にとっても見るたびに発見があるからこそ、レミゼが長きにわたり愛されているのだと実感しています。
──エポニーヌを多面的にとらえる、少し具体的にお話しいただけますか。 エポニーヌについては、一般的にというかベースとして一途でまっすぐな愛を貫く人、片思いのちょっと悲しい役どころという印象があると思います。でも、それだけじゃない。彼女のマリウスへの愛にはいろんな要素があったと思うんです。ただひたすらに「この人が好き」というだけでなく、もしかしたら、「この人といるときだけは自分がいい人になれる」と、自分のことを好きになれる存在だったのかもしれない。でも、もしかしたら彼といることで自分自身を嫌いになる瞬間もあったかもしれない。とても複雑な感情を抱きつつ、でも結局は「彼のためには何でもする」というシンプルな彼女なりの信念もある。そんな愛のカタチを、とても興味深く感じながら稽古をしています。前回よりも表現の選択肢が増えた分、本番では、より一層、エポニーヌの気持ちに正直にお芝居をしていきたいと思っています。
【進化し続けるレミゼ】
──さらに豊かで奥行きのあるキャラクターになりそうですね。稽古では、そういった解釈や表現を追求していく作業が重ねられるのでしょうか。 お稽古が始まった時に、そうそうこの感覚!と思い出したことは、英語と日本語のすり合わせの難しさと面白さです。レミゼでは、キャラクターの心情が音楽・歌に乗せて紡がれます。翻訳ミュージカル、とくに日本語の“歌詞”となると様々な制約もあるので、どうしても英語と日本語から受ける印象のギャップが生じることがあります。それについては演出補のクリス(クリストファー・キーさん)や同じエポニーヌを演じるふうかちゃん(唯月ふうかさん)や生ちゃん(生田絵梨花さん)とも話し合っています。
エポニーヌというキャラクターに対して、日本語の雰囲気に引きずられると、どうしても感傷的、ウエットな印象になってしまいます。見ている人もどちらかというと「かわいそう」という感情を抱きやすく、歌っていても感情が後ろ向きになりがち。日本語が持つ情緒という点では素晴らしいのですが、英語の歌詞と照らし合わせながらエポニーヌというキャラクターを見直してみると、どうしてもそこにギャップを感じてしまうんです。英語がもつ前向きなニュアンスをどう表現できるだろうか。そこは日本語で上演するレミゼの課題でもあり、私自身にとっても大きな課題です。
クリスの演出を受けていて素敵だなと思うのは、「英語ではこうです」と提示するだけでなく、「じゃあ、日本語ではどうなっているの?」というところを丁寧にフォローしてくれるところ。英語ではこうなんだけど、それを日本語で表現するには何ができるだろうかということを一緒に考えてくれます。その中で、ひとつキーワードを挙げるなら「より前向きに」ということ。そうやって話をすることで役への理解が深まるのを感じます。とてもありがたいことです。
──30年以上にわたり上演されていても、今でも模索し続けているのですね。 本当にその通りで、ビリーさん(音楽監督を務めるビリー先生こと山口琇也さん)は初演から携わっていらっしゃいますが、これまでの経験に基づいたアドバイスをくださるのはもちろん、改めて新しい解釈ができるのではないかということをとても大切にされています。実際に、今回も細かなところですが歌詞やリズムの取り方が変わったりしています。カンパニーの一員として、試行錯誤を繰り返しながら上演が続けられていることを目の当たりにし、その歴史を改めて重く受けとめています。
──英語詞に立ち返る、そこでは昨年来の新型コロナによる自粛期間に屋比久さんが取り組まれた「英語をブラッシュアップする」ことが、おおいに役立っているのではないでしょうか。 英語を改めて勉強し直したことが、こうして俳優としての仕事にも活かされる。そうやってあらゆる経験や取組みが繋がっていくことを強く感じています。今もさまざまな制約があり、できないことが多くて大変な状態ですが、そんな時こそ、できないことを見るのではなく、前向きに何ができるかを考えることが大事だと思っています。
──また、おけぴ観劇会向けのコメントで「大切にされているもの」として、原作の言葉を挙げてくださいました。 「I believe I was a little in love with you」というエポニーヌの最期の言葉です。マリウスへ向けての言葉なのですが、「I love you」とは言わずに、ほんの少しだけ…多分…という表現。原作を初めて読んだ時、そこにエポニーヌの愛の概念が色濃く表れていると感じました。愛への憧れがあったり、恥ずかしさがあったり、愛していると明言しないという彼女なりのプライドがあったり……、その微妙なニュアンスにエポニーヌのキャラクターが集約されているように思うんです。ミュージカルには登場しないフレーズですが、エポニーヌとして彼女の人生を生き最終的にそこに行きつけるように、この言葉を心に留めています。
【周りの人との関りで作られるキャラクター】
──とても興味深いお話です。ではここからは、エポニーヌに関わる人々についてうかがいます。彼女の両親であるテナルディエ夫妻はどんな存在なのでしょうか。 家族ではあるのですが……、私、屋比久知奈が自分の両親や家族に抱く感覚とは違います。生きていくために必要な人々、そのために彼女が唯一属しているコミュニティの仲間という、ややドライな見方をしています。悪いことをしているのはわかっていながら、でも生き抜くにはそれしかない。そのスキルや根性はエポニーヌにとっても必要であり、彼女もしっかりと身につけている。「生きるって!!!」、毎回、葛藤しながら全力で生きています。
──コゼットはどう映りますか。 これは俳優によって違うと思いますが、私が大切にしているのは“コゼットを通して見た自分(エポニーヌ)”という感覚です。子どもの頃のことをどのくらい憶えているかはわかりませんが、確実に逆転していることはわかります。それは彼女にとって大きな衝撃。こうも違う生活をし、まして自分が初めてこの人のためにと思えた人の「思い人」。でも、コゼットに対してどうのこうのはあまりないんです。それよりも、あの子と比べた自分を意識しています。人生ってフェアじゃない。自分はここにいて、あの子はあそこにいるという事実として受け止める。そして、自分があの子にはなれないことも知っている。
──割り切っている感じでしょうか。 そうじゃないと苦し過ぎて……。憧れでは生きていけない現実がある以上、自分への哀れみは持たない。クリスの演出もそうなのですが、「フェアじゃない。私はこう生きていくしかないけど、何か?」と、ちょっと強めに作っています。でも、プリュメ街でコゼットと顔を合わせる場面では、堂々と彼女の前に立つことはできない。そこには恋する女性の複雑な思いが顔をのぞかせるんです。と、これは私が今感じていること。ふうかちゃん、生ちゃんの解釈や表現はまた違うでしょうし、私自身もいくつかある選択肢の中からお芝居の中で生まれる感情を大切に表現していこうと思います。受け取る方によっても感じ方はそれぞれでしょう。それが面白さですよね。「再演」の本番でどんな景色が広がるのか、私自身も楽しみですし、お客様にも自由に楽しんでいただけるとうれしいです。
──作品が持つ奥深さ、マルチキャスティングの面白さ、観劇する側の人生のステージやコンディションの違いによる印象の違い……、レミゼが人々の心をとらえて離さない。その魅力についてあらためて感じることができました。素敵なお話をありがとうございました。◆ 初めての再演というのが意外なほど、近年、数々の作品でご活躍されている屋比久知奈さん。とても朗らかにお話される中で、「フェアじゃない」という言葉が強く心に響きました。レミゼでは、ジャン・バルジャンとジャベールを演じる俳優以外はいくつもの役を演じます。エポニーヌ役の俳優も、エポニーヌとして登場する前には工場の労働者や娼婦などを演じます。一人の俳優がさまざまな境遇の人間を生きる、その人生も生まれ落ちた境遇によるところが多く、やはりフェアじゃないと言えるでしょう。そんな世の中をどう生きるか、どこか混迷を極める今に通じるような感覚を呼び起こしてくれるインタビューでした。
『レ・ミゼラブル』2021、 初日会見レポ『レ・ミゼラブル』2021、新プリンシパルキャストの扮装写真、意気込みコメント
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人